Les Petits Riens ~三十五年はひと昔

蝶人五風十雨録第3回「七月三十日」の巻

 

佐々木 眞

 

 

1981年7月30日 木曜
はじめて油蝉鳴くを聞く。今年は珍しく遅し。されどニイニイは盛況。ミンミンは既に鳴いている。

1982年7月30日 金曜
スポーツ物にworkoutの JaneFonda を起用する件で絶望的な努力を払う。
神奈川県県域自閉症児者親の会の夏の合宿の準備をする。

1983年7月30日 土曜  快晴
機械計算課にてコンピューターの勉強。

1984年7月30日 月曜 晴れ
CMランドにてUCLA編集ラッシュ。

1985年7月30日 火曜 晴れ 暑し
「おごれる者は久しからず」と妻君より叱責を受く。正しき批判なり。
ゴダール演出のTVCMのナレーションをヴァレリー&掘辰雄訳の「いざ生きめやも」に決める。

1986年7月30日 水曜 猛暑
富士見乙骨滞在2日目。生まれてはじめてゴルフをする。インもアウトも81。初めてにしてはうまいと褒められたり。

1987年7月30日 木曜
ワーナーにて「勝利への旅立ち」。ジーン・ハックマン、バーバラ・ルーシー、デニス・ホッパーのアメリカン・バスケット・ロマン。泣かせる映画だ。
ギャラリー・フェイスにてハリー・ランバートの「Spiritual Art展」パーティ。

1988年7月30日 土曜 晴れ 寒
耕君ノド悪し。会社を休みて部下に電話で指示。
東海地方ようやく梅雨明けしたが気温低く避暑地の如し。ニイニイ、カナカナ鳴けどもアブラを見ず。

1989年7月30日 日曜 小雨
熱海より車で10分。全日空伊豆山研修所にて研修3日目。海底火山の下田沖を見晴らす山中なり。朝8時から夜は9時まで。余は長谷川君と同室なりき。

1990年7月30日 月曜 晴れ
毎日暑い。鼻の中のキノコ、少し小さくなる。
高橋は不貞腐れて全然仕事をしない。

1991年7月30日 火曜 晴れ
IN・EXPRESSのショー打ち合わせ。ブルーハーツのスケジュール出しを待っている。

1992年7月30日 火曜 晴れ
横須賀線の新橋で降りたときに、最愛の薄手の濃緑のジャケットを車内に忘れたり。10年以上前に新宿丸井のバーゲンで求めし伊ポリーニ社製の極めて着心地よき最高の一着なりしが、遂に戻らずなりぬ。嗚呼!

1993年7月30日 金曜 曇りのち雨
試写会で2本。「デーブ」はよくできた娯楽作。「オルランド」はヴァージニア・ウルフ原作の時の旅の物語なり。
河野洋平、自民党総裁となる。

1994年7月30日 土曜 小雨のち晴れ
愛犬ムク、太刀洗いに大いなるイボガエルを襲うが、蛙もさるもの必死に水溜まりに潜りて、九死に一生を得たり。

1995年7月30日 日曜 晴れ
「通帳に2億円の預金がある」と嘯く商人の隣で、冷やし中華を食したり。

1996年7月30日 火曜 晴れ
午後6時より九品仏浄真寺にて金谷善文氏通夜。八高会の弔辞物凄し。列席者全員で南無阿弥陀仏を唱えて終わる。

1997年7月30日 水曜 雨
嫌いな上司休みたればわれらリラックスして仕事に励む。
雨戸が閉まらないので、長男を叱る。結局妻が直したが、後味悪し。

1998年7月30日 木曜 曇り一時雷雨
次男が山で雷雨に遭わねばいいがと心配する。
本日小渕内閣誕生。

1999年7月30日 金曜 晴れ
本日をもって部長職を解任さる。8月を戦う決意を固め、メールを送る。

2000年7月30日 日曜 晴れ
終日授業の講義録を作る。

2001年年7月30日 月曜 晴れ
終日仕事をする。 参院自民64、改選過半数の61を単独で突破。公明と併せた与党は78で非改選併せて139と参院過半数の124を上回った。小泉人気の賜なるか。

2002年7月30日 火曜 晴れ 猛暑
東映にて大映映画「桃源郷の人々」、松竹で北野武の「Dolls」をみる。後者は素晴らしい映画であった。

2003年年7月30日 降ったり止んだり
先日ボブ・ホープ100歳で死す。義母と3人で魚屋さんで昼食す。義母、美味しいという。

2004年7月30日 金曜 晴れたり曇ったり
台風10号太平洋岸に居座って土用波高し。
妻はふきのとう舎の掃除に大和迄行く。

2005年7月30日 土曜 曇り
今年初めて長男と由比ヶ浜にて海水浴。たった2回だけで「もう帰ります」という。7時10分に出かけて帰宅10時半なりき。
ミンミン、アブラ、ニイニイ鳴く。シャープの電子辞書を発注す。

2006年7月30日 日曜 晴れ 梅雨明け
文化の学生を伴って新宿、表参道の店舗デザインを見物す。
長男と朝夷奈峠を登って熊野神社へ。蝉が鳴き、藪茗荷花盛りなり。

2007年6月30日 月曜 大雨 、雷のち曇り
昼前に雷雨あり。小田実、癌で死す。昨夜民主60で参院第一党となる。自民は37.

2008年7月30日 水曜 晴れ *
2匹のアブラゼミが路上にひっくり返っていたのを木につかまらせたり。工芸大勤務の最終日。阿久津氏に蕎麦屋でごちそうになる。
イチロー3000安打。

2009年7月30日 木曜 晴れ 暑し暑し
文化女子大試験。4名欠席。

2010年7月30日 金曜 曇り*
午前、美人で苦労人のホーミングの高橋さん、来訪。
夕方横須賀パナソニック修理人の小川さん来訪。3台目のブルーレイレコーダーに交換してもらう。

2011年7月30日 土曜 雨 のち曇り
元ロッテ、NYヤンキースの伊良部投手がロスで自殺、42歳。いかなる次第ありしか。

2012年7月30日 月曜  晴れ 暑し*
朝、次男千葉に帰る。余は文芸社の仕事をする。

2013年7月30日 火曜 晴れ
本日はなぜか長男からの電話攻勢なし。

2014年7月30日 水曜 晴れ
義姉、妻の容態を案じて南浦和より来る。

2015年7月30日 木曜 晴れ 猛暑
鎌倉に住んで40年ほどになるが、かくも暑き夏は生涯にわたって経験したことなし。私の家は真夏でも風通しがよく、エアコンをつけることもなかったが、今年は別。地球は確実に温暖化し、日本列島は亜熱帯化している。
夕方滑川でオオウナギのウナジロウの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。

 

 

暗闇にウナジロウの名を呼ぶ暑さかな 蝶人

 

 

 

光の疵 迷子

 

芦田みゆき

 

 

よく知った道だった。
だから、あの日のあたしは地図を持っていない。
日差しは強く、道は白く、幾度も同じ場所を通過するたびに、あたしはあたし自身をあちこちに置いてきているような気がした。

 

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魅惑する景観。揺らぐ花、異国の雑貨、まだ入ったことのないレストラン。
あぁここだと角を曲がると、あるのは光ばかりだ。
よく知ったはずの光景は白く塗りつぶされ、ゆるゆると流れはじめる。
そして次第に、あたし自身も白くなってゆく。

 

3

 

4

 

あたしは思い描く。
この道の先にたたずむ、見慣れた店の入り口。珈琲の香り。店内の喧騒。裏庭の立像たち。
いつまでたってもそこへの入り口はみつからず、
歩きながらあちこちに置いてきた無数のあたしは、
迷子に気がつくのだ。

 

5

 

 

 

 

pond 池

 

そこに
いた

ひかりは
射していた

祠のまえに
ござをひいて

すわって
いた

笑って
いた

牡丹の紅い花が咲いていた

母も
沖縄で死んだ

叔父さんも

笑って
いた

祠の横には
泉があり

山椒魚たちが
泳いでた

そこで産まれ
帰る

そこに帰る

 

 

 

touch 触れる

 

おととい
大阪から帰って

ビールを飲んで
ねむった

それから
海をみた

のか
空をみたのかな

突堤をみた
波が光るのをみた

世界の果ては

平らで
この世の時間がない

深夜に
ブラームスのピアノを聴く

晩年の118-5
この世の果ての唇に触れた

 

 

 

養命酒

 

爽生ハム

 

 

尾木沼という街だとして
左足から入り
のそのそと贖罪がてら
右足で出ていくまで
航空機を撲滅しなきゃな

寝ているのか?そこの人よ
恥ずかしそうな目をくれ
どうせ
立体の飛行機が
雲間から
靄をまきちらすのを
見ているのだろう?

まばたきを忘れ
目に付着した外国の街
尾木沼という街で
すれちがった人を外国人にする
外国人たちは路地にそれ
呑み屋に入り唐突に笑う

笑ってからじゃもう遅い

街の道が徐々にひらけ
看板の文字が白紙に吸収される
白紙はミステリアス
あそこには医療が隠れている
失敗して間違えた人の
身体が隠れている
食材はあそこにありそうだ
見たこともない食材が
人を食べるだろう

そこの人もあそこへ

電子を繋いで
興奮して
身体を清めた
そして
散々な目に遭う方へ足を動かした

あそこには私がいる
興奮する
会えないと決めつけていた間に
どんなに悲劇を誇張したことか
街の道をひらかせた比喩の思いが
恥ずかしそうに私の贖罪を
笑っている

失敗だ
こんなにも笑っていては
目的がない人のようだ
潰しているのに進まない
子どもじみた悲劇は
貫通行動で動いている

穴をしっぽでふさぎ
狐になって
笹で身体をきざむんだ
言動に嘘偽りがないことを
証明するんだ

 

 

 

そうめん、極太の

 

薦田 愛

 

 

宏くんがやっと東京に来られるというから
案内しなくちゃ、と母が
日ごと地図を広げるようになったのは
梅雨のさなかだったか

徳島の山あい阿波半田に住まう母のいとこ
母ひとり子ひとりというところは
考えてみたら、うちと同じ
その母、私にとっては祖母の妹すなわち大叔母の千代子さんは
眉の太い口数が多くはない
自分を偽らないひと、言葉を換えれば妥協がない
歳末押し迫っての大往生は淡々とくもりのない顔
病院との往復もしくは泊まり込みの数年を知っていたから母は
落ち着いたら東京へも遊びに来てよ
案内するからね、と年下のいとこをねぎらって
モノクロームの山と雲と川の町から私と帰った
宏くんとか宏ちゃんと母は呼び私は宏兄ちゃんと呼ぶ
母の実家のある琴平や父の郷里の川之江まで車で
県境を越えて送ってくれたり
いつの間にかみんなの写真を撮っていたり
大叔母に似た太い眉毛でにこにこ
そんな宏兄ちゃんが東京に

きくと隅田川の花火をはさむ日程だ
浅草に泊まるって宿はとれるのかな
二泊は浅草、花火の日は両国だって
移動しなきゃならないのは面倒ね
うちにも寄ってもらいたいから案内すると母
そうねと話しているところへ届く
そうめん、極太の
荷物になって持っていけないから先に送るよと
阿波半田の絶品そうめん、極太の
うどんじゃないのと驚かれもするこれは
そうめん、半田そうめんという、極太の

小学校に上がったばかりだったろうか雪の日に
社宅の前で泣きべそかきながら
縄跳びの練習をしていたところに現われた
宏兄ちゃん、親戚の誰かと
あれは川口の工場街
うんと大人に見えたけれど二十代だったんだな
あの時どんなふうに来たんだろうね
どうだったんだろうと母
とにかく羽田まで迎えに行くから

京急で行けるよね
そうだね長崎旅行の時、
都営浅草線で乗り換えなしだからと
勤め先に近い宝町まで来てもらったっけ
日比谷線なら人形町で直通電車に乗り換えればいい
平日の朝出勤する私に一緒に行ってと母は言わないけれど
乗換検索で時間は調べておこう
さもないとむやみに早く出かけてしまうから
それでもメモの時間よりだいぶ早めに出ると言う
空港行きではないのには乗ったらダメだよ、とだけ念押し
そうだね西馬込行きとかねとうなずき母は
じゃあ雷門で十八時にねと言い置いて

浅草寺や花やしきの奥イタリアンでビールにワイン
宏兄ちゃんのまたいとこ大島在住の清さんもまじえて
阿波半田の子どものころのこと
昼間、母と歩いた泉岳寺のこと
七十代が三人揃うとあっという間に満腹だからあとは食べてと
いい大人の私を若者扱いするので困りもの
明日は私のいとこ靖くんが案内
あさっては母と飯田橋を皮切りに江戸城をぐるりと歩くのだって
連絡してよと見送る母と帰りながら
日陰の少なそうなルートが気がかり
暑くなるから水分ちゃんと摂ってね
博物館なんかのほうが涼しくって安心だけどなあ
いやたぶん宏っちゃんはと勢い込むように
実際そこにあるものを見たいんだとおもう展示されてるものではなくて
それなら仕方ないね暑くても

それにしても八時集合は早いね移動日だとしても
東御苑は閉まるのが早いから早く行かなくちゃ
なるほど、どのへんで合流できるかメールするねと私
今週はお預けだね、そうめん
週末の昼はたいてい半田そうめん腰が強くて伸びにくいから
夏場はつゆにおろし生姜たまにぶっかけ寒くなればにゅうめんと決まっていたのを
思いついてポン酢とごま油で冷やし中華風にしたら簡単かつ美味しく
ホールトマトで冷製パスタ風にしてもらったらこれもなかなか
そういえば宏兄ちゃん
阿波半田で生まれ育ったのにそうめんを好きじゃないと言う
美味しいよねえと言うと、そうなと笑って
山あいの五千人に満たない町に四十もの業者さかのぼること二百年
歴史好きなのに宏兄ちゃん太い眉毛でにこにこ
好かんとさらり
流されないところは案外、千代子さんと似てるのかな
浅草でチェックアウトしたら入谷のわが家へ来てもらい
荷物を置いて出かけるという母に
花火の日は尋常じゃなく混み合うから
歩き始める前に両国へ移動しておいたほうがいいよと説得
不承ぶしょうの母と二人ずっしりかさ張る荷物を提げて
浅草から都営浅草線、浅草橋で乗り換え両国へ出て宿に荷物を預け
総武線で飯田橋へ出て牛込橋取って返して竹橋へ
またいとこ清さん再登場で三人というより
男の人はどうしてああふざけてばかりと眉ひそめる母が
先に立ちぐいぐい先導して平川門東御苑天守台松の廊下
お土産手配に東京駅そして赤坂紀尾井坂
道中の実況ショートメールが刻々来るけれど私は
夜集まる人たちに半田そうめん提げてゆくから荷物が重いしと合流をあきらめ
明日羽田まで一緒に見送るからと返信
昼過ぎの便ならその前に寄ってもらえばいいよね
ところが ところが

清さんが言うのよ日本橋に行くべきだって
せっかくお江戸に来たんだから
日本橋が好きな母はまんざらでもなさそう
聞き間違いで夜の便だったから時間はたっぷり
でも荷物は重いから手ぶらで来てもらって
あとから取りに行こうよ日本橋の前に
だとするとどこまで迎えに行こうかなと母
聞けば上野で晩ご飯だったというのでびっくり
赤坂からまっすぐ両国へ送っていったのではなくて
上野まで戻ってきたんだ銀座線で
それからまた両国まで送って帰ってきたんじゃ疲れたよね
乗り換えて降りて見届けてまた乗って乗り換えて日比谷線へ
三十五度超えのまぶしいまひると混み合う上野の駅ビルそして階段階段を思い浮かべる
清さんの登場に安心、半田そうめん提げて出るので合流しなかったけれど
母が振り出しの両国まで戻ることは考えてなかった
そうだよね不案内ないとこをひとり帰せなかったよね
でも最終日は途中まで来てもらうと言う
浅草と言うのを上野のほうがとつよく言ったのは
移動が楽だからなのだけれどそれが
間違いのもとになるなんて

出かけた母から連絡がない
まさかと電話するとうろたえ声会えないと
改札から改札へ探しまわったというのに
いちばん小さな改札へと案内したつもりでも慣れない町のこと
しかも日曜で夏休みあまりの人ごみに迷っているのか
迷う宏兄ちゃんもだけれど探しあぐねる母が
まっしろになって棒立ちになる姿が浮かんでしまう
私が行けばよかったいや行こう
バッグをつかんで立ち上がるや鍵のまわる音と声
照れくさそうないとこを連れて大変だったわよと母
改札の名前を間違えていたのは私
だからだろうか待たずに動いてしまった不安にもなるよね
携帯の声を頼りに見える駅舎をめざしてもらって
よく会えたよね行き交う幾十いくひゃくの待ち合わせをくぐりぬけ
ジュース飲んで帰ってきたからと日比谷線でひと駅
もうコーヒー淹れなくていいね
マンションの狭い屋内をひとわたり見せてと思っていたら
リフォームの仕事柄フローリングはシンクの高さは窓の大きさはとチェック
引き込まれそうになるけど時間がなくなるよ
汗を拭いてさあと促す
日本橋いやその前にもう一度荷物を取りに
両国へ

うちに来る前に宿から近いしと勧めた江戸博
連絡待ちになってしまって楽しめなかったみたい
母の分析どおり実地に見るのが好みなのかな
それより何より物知りでしっかり者と思っていたのが
切符はどこメモはどこと紛れがちなことにびっくり
私は日々探しもので大人の注意欠陥障害を疑ったりしてるけれど
にこにこ頼もしい宏兄ちゃんにまさか
なくしものの癖があるなんて
携帯で話した上野駅の待ち合わせ場所はいったい
どこに紛れてしまったのか

両国から日本橋へとシュミレーションは完璧
コインロッカーに荷物を三つ
今度こそ一緒だからと気持ちは先へ先へ
歩くの早いんなあとあきれられながら
さああれが日本橋と指さす先、首都高速のかかる大通り沿い
浴衣やうすものの女の人たち
川面には小舟
麒麟や魔物の青銅がそびえる橋の中ほど臍のような
あれは日本国道路元票
五街道はここからひょるひゅる四方へ伸びて
地を這う途切れることのない幾筋いずこへなりとも私たちを
いざなってくれる

 

 

 

farm 農場

 

きのう
大阪から帰って

深夜にビールを飲んで寝て
しまった

今朝
モコに起こされて

モコに
おしっこさせて

ソファーで空をみてた

子供のころの夏の朝を思った

キュウリと

トマトと
オクラをもいで食べたな

どこの国の村でも
朝の野菜を食べただろうな