白髪の人

 

工藤冬里

 

そんな世界の終わりも
LINEのスタンプで知らされるのだろうか
ひとりのままでいるのはよくない
名前を付けている間に気付いた
そのスタンプをまだ使っている
躑躅が奥に嵌め込まれ
瞳は暗く引っ込む
浅いつながりが分からないので
靱帯のない内臓は揺れている
立ち位置が分からないのに
白髪がぼおっと立っている
癌がこちらを向いている
文革のように水溜まりに輪が出来ている
いけない いけない
母音を端折っては
その名前をまだ使っている
評判が含まれている子音の靱帯
白髪の変色する悲劇
オイルのない気管の故障の音に射抜かれ
三つの石鹸の置かれた
外部にはみ出した構造
透明な幅広の草
綿花を飾って
顔を抱き締めた
ポエーシスは閉じている
窓のない外
宍色(肌色言い換え)やピンクに蜘蛛の巣は合う
フロントガラスを伝う雨
内部は開かれ外部は閉じている
きっと体に来る
詩どころではない
遠ざかる軽トラに雨が触れる
ハンドルのように三つに分かれている
コンクリの電柱は真直ぐに立っている
白や青の車は往来している
躑躅は奥まっている
裏のない躑躅が奥まっている
切られた幹から細い枝が出ているのを
絵と勘違いしている
介助のおばさんの声がする
雨は

(びゃあびゃあ)降っている
雨は激しく焼杉の壁を打つ
縫いぐるみは綿で出来ている
屑入れはない
SUZUKIのロゴがスワスティカのように見える
池はそのままであってはいけない
川は間違っている
場所が分からなくなる
雨が降っているのは分かる
白髪は立っている

 

 

 

#poetry #rock musician

日曜日

 

廿楽順治

 
 

なにもかもが過ぎてしまった
越えたものは多い

(子どもなんかいなくてよかった)

そのひとを亜麻布につつんで
引き取り
丘にむかって
われわれにおおいかぶされ

(と言ってはみたものの)

この亜麻布はなににひとしいのか
ひとしさの
包み方がわからない
「生きたひとをなぜ死人のなかに
たずねているのか」

日曜がきたので仕事はやすんだ
(わたし)というのは
丘の過去形です

ひとしさのうえにいて
ずっとはたらかない

 

 

 

さたん

 

道 ケージ

 
 

明治新政府の本質は江戸幕府と変わらず、内実は、 (個の尊重を旨とする) 近代なるものとは程遠かった。「五榜の掲示」では切支丹宗門禁制を布告。地方ではそのような中央政府を忖度し、キリシタンの摘発が始まる。長崎県五島列島では明治元年から上五島、下五島の各地で潜伏キリシタンに対し苛烈な弾圧が行われた。明治元年(一八六八年)、五島列島久賀島では潜伏キリシタン約二百人を捕縛。わずか六坪(十二畳)ほどの牢屋に乳飲み児から老人まで二百人が押し込められ、改宗を迫られ石抱きや水責めなどの拷問を受けた。この極小の糞尿まみれの牢で、四十二人が獄死(出牢後の死亡三名)。「牢屋の窄 殉教事件」(明治元年)である。

 

ささささ さささ
しのびより
外海<そとめ>
しず集落から

すーっ(姿なく)、すーっ(風?)
隣にさたん(意識なしに)
ジワンノ、ジワンナ
知らぬ名の
死後の石は重い

知らんのか
「さあね、そういうものゆえ」
さむい

足がつかない
さよなら
サンタマリア
ゼススは救わない

「生き血ば吸うげな」
咎める理由はよく知らぬ
さいていな奴

サルビアの花
こわごわ蜜を吸う
相槌にさたん
作り笑いにさたん

「踏み潰され
 煎餅のごつ平とうなったげな
 蠅たかり黒ゴマばまぶしたごたる」
 そげんね
 サタン嗟嘆

「広い狭いはわが胸にあるぞやなあ
 パライゾの寺にぞ参ろうやなあ
 あーしばた山 しばた山なあ
 涙の先にはなあ…」

生活にさたん
さたん飼いならし
誰が何するかわからんめぇも
血の聖牌にぎる

太古丸フェリーは
滑るように進む
島は明るい
さたん、笑う

 


    以下の著書等を参照した。一部引用もしている。

    1.世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」パンフレット
    2.森 禮子『五島崩れ』(主婦の友社、一九八〇)
    3.津山 千恵『日本キリシタン迫害史』(三一書房、一九九五年)

 

 

 

4月のカルテット~西暦2024年卯月の歌

 

佐々木 眞

 
 

Ⅰ 相寄る魂

 
天秤座から蠍座に入ろうとする青白い月を見ながら、
しろうさぎのおばさんが、いいました。

「コウ君、私の誕生日を知ってる?
2月29日は、4年に一度の私の誕生日なのよ」

すると、すかさず、暗算の得意なコウ君が、コウ答えました。

「しろうさぎのおばさん、今年でやっと21歳だから、超若いね。」

んで、今年84歳になるおばさんは、仕方なく苦笑いしていますと、
いつの間にか近寄ってきた、柔らかい肌をしたロクロ首が、こう呟いたのでした。

「アタシの妹は、最近シモーヌ・シニョレに似てきたけど、アタシなんか、いつまで経っても、花も恥じらうスリムな25歳なのよ」*

 
*「ロシュフォールの恋人たち」で共演した仏蘭西の大女優カトリーヌ・ドヌーヴ(1943.10.22)の姉フランソワーズ・ドルレアック(1942.3.21―1967)は、1967年6月26日、ニース空港に向かう車を、自分で運転している際の交通事故で、首を切断し命終。

 

Ⅱ 同志少女よ、誰を撃つ

 
春だった。
ある晴れた日の、朝だった。

チボー家の人々は、誰も徴兵されなかったのに、オレっち、ジャックだけが徴発された。
どうだ、カッコいいだろう?

で、まさか戦争が始まるとは、夢にも思ってもいなかったのに、それが突然始まったときには、驚いた。

オレは、動員されて戦場に赴いた。
稠密に張り巡らされた塹壕の中で、
まるで芋虫のように、ゴロゴロ蠢いていた。

テキは、豊富な物量に物を言わせて機関銃でガンガン撃って来るが、
こっちは弾丸不足なので、
三八銃で、パチパチ撃ち返すのみだ。

仕方がないから、オレは一計を案じて、
オリベッティのタイプライターを、機関銃のように塹壕の上に持ち上げ、
広辞苑のように部厚くてまっ白な本の上に、
ダダダダダと、戦いの文句を撃ち込んだ。

テキが、機関銃でガンガン撃って来ると、
こっちは、オリベッテイでダダダダダと撃ち返す。

ガンガンガンガンガンガン ダダダダダダダダダダダダダダダ
ガンガン ダダダ ガンガン ダダダ カンダタ ガンガン

どうだ、これが戦争だ。
これが凄絶な撃ち合いじゃ。

すると、
塹壕の上に据えた書きかけの白い詩集を、
食草のカンアオイと間違えたギフチョウがとまろうとしているのを見つけたので、
オレは、つと身を乗り出して、その黒と黄色の羽に触ろうと、腕を伸ばした。

途端に、ダンと一発。
続いてダンと、もう一発の銃声が、
鳴り響いた。

噂の女スナイパーが、オレの両眼を、見事に撃ち抜いたのだった。

 

Ⅲ のでのでゾンビ

 
桜が満開の庭に、布団を干そうとしていたら、
突然マイケル・ジャクソンの動画に出てくるゾンビ踊りをしながら、
初老の男女数名が、光る庭に入ってきた。

その中の2名は、
縁側を跨いで、青畳の8畳間に侵入しようとしているので、
「なんだお前らは! 勝手に我が家に入るな!!」

と叫んだら、慌てて黄色いチューリップが鈴なりの、光る庭に逃げ出し、
いそいそと、ゾンビ踊りの仲間に加わったので、

希死念慮、
2階に通じる階段を調べてみたら、
そこにも、男か女かは分からぬ風体のゾンビが、
瞳孔を開いたまま、呆然と座っているので、

パシリを一撃お見舞いすると、ようやく目に光が蘇ったので、
「お前たちは、なんでこんなことをするのだ?」
と、訳を聞くと、驚くべきことを口走った。

なんでも彼ら、すなわち「のでのでゾンビ」らは、
かつて700年前の鎌倉時代に、この家が建っている所に住んでいた
オオエ・ヒロモトの従者たち、だというのである。

ここ鎌倉十二所に、鎌倉幕府の官房長官みたいな権力者である、オオエ・ヒロモトの屋敷があったことは、知る人ぞ知る史実なので、

希死念慮、
そのことは、近所に立っている鎌倉大正青年団が建立した石碑にも、
しかと刻まれている。

ので。

 

Ⅳ どんどん 

 
歩いて行こうよ、どんどん。
どこかで知らない蝶が、飛んでいるかも知れないじゃないか。

語り合おうよ、どんどん。
へえー、こんな人だったんだと、びっくりするかも知れないじゃないか。

愛し合おうよ、どんどん。
殺し合うより、よっぽど仕合わせでいいじゃないか。

子どもをつくろうよ、どんどん。
今度はどんな子ができるか、この目で見たいじゃないか。

歌おうよ、どんどん。
気分が変わって、楽しいじゃないか。

踊ろうよ、どんどん。
ひょっとして、素敵なひとに会えるかも知れないじゃないか。

作品をつくろうよ、どんどん。
次に出来上がるのが、最高傑作かも知れないじゃないか。

生きていこうよ、どんどん。
これから世の中、何が起こるか分からないからね。

死んでいこうよ、どんどん。
あとから、若くてイキのいいのが、どんどんやって来るからね。

 

 

 

卵のひと

 

原田淳子

 
 

 

そのひとは
五月の風に葉を揺らして
仔犬のような足音で
あの部屋に来た

混ざりあう時間
ことばの波
わたしたちは泳いだ

殻のなかには
いのちが萌えていた
うた/詩 が溢れていた

脆い夢が
熱く
孵化する
そのとき、
わたしたちは
世界に
はみ出して
よれて
もたれて
沁みて
笑い
弾けて
生きる
卵のひと

.

編集者 小林英治さんを偲んで

 

 

 

走る姿

 

長谷川哲士

 
 

お前が走る姿
横向きでしか
見た事ない様な気がするけどな
凄く変な走り方だな
男みたいだよ

そんなの嘘だ
あたしの事よく見てないから
そんな事言えるんだ
あんたに向かって正面から
走ってぶつかってるじゃんか
そしてあたしの事お前なんて
呼び方すんな
男みたいなとか古臭え事
言ってんじゃねえぞ馬鹿

そう言えば
この間職場まで迎えに
行った時
遅くなっちゃって
って言いながら鬼の形相で
前から走って来たの見て
思い出したよ

鬼だと馬鹿野郎
てめえが車ん中で
イライラしてるんじゃねえかと
推測して速度上げてんだ

最初のデートの待ち合わせ
お前遅れて来て
ラガーマンみたいに
前方から走って来て爆笑したよ
冷めるなあなんて

ラガーマンだと
てめえラグビーの事なんか
何も知らないだろ
このガリガリ野郎馬鹿野郎
お前って言うのやめろってんだろが

しいいいんと静寂
アナログ時計の秒針は
電池が切れそうカチカチカチの
間が抜けてしづくが
ぽたりぽたりと落ちるよう

あったなあったな
記憶の地層穿り返して
切なくなって
涙出そうになっちゃったよ

あったなあったなだと
何全部終わった気になってんだ
涙出てるのはこっちだ馬鹿
鼻水もだよ花に水やる時間だよもう

もう大丈夫だからよ
そんなに力走するなよ
何処にも行かないからよ

何処にも行かない競争だな
負けないよお馬鹿さん

 

 

 

花と会う

 

さとう三千魚

 
 

今朝も
早く

目覚めた

河口まで
歩いていった

川沿いの桃畑の
桃の木にはピンクの花が咲いていた

菜の花も
まだ咲いている

茎の下のほうは
尖ったさやとなっている

ヘラオオバコかな
ほそい茎の先の

白い花穂が風に揺れている

ヒメツルソバとも会った
ピンクの星雲が群れ咲いている

大病院の下の小道では木のベンチに座った
縦に割られた大木の波の模様のベンチだった

このところクルマで黄色の花と擦れ違うことがあった
レンギョウの花だった

レンギョウの黄色の花と会った
レンギョウの黄色の花がこの世を貫いていた

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

岸のない川

 

工藤冬里

 
 

家族を創ろうと思って造ったのに死に別れるのはなぜか
テザリングのために俺たちは斜めに向き合い
英数字を読み上げた
晴れやかなものを犠牲にして
銃のように空洞はすぐに腐敗して
見分けが付かなくなる
どんな武器も役に立たない
光の残影が赤い線となっている
詩を終わらせようとしてこの店に来た
昔の学校のようだ

 

 

 

#poetry #rock musician

人間の屑(Star Dust,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

僕は、人間の屑を見た、そこで。
葛飾区に唯一という、その場所。
精神病院というのは、いつも星屑の瞬く夜だ。

僕の、閉鎖病棟の、病室には
2人、拘束されている患者が居る。
大暴れして、叫ぶので、彼らには手枷足枷、口には猿ぐつわ…。
食事の時だけ、それは、解かれる。

僕は、と言えば、彼らのことを言うことはできない。
両腿の筋肉が恐らく強い抗鬱剤の影響で断裂し全く歩けなくなり、ストレッチャーで
ここに運ばれてきた。

臀部には、ぐるぐると分厚いおむつ。寝返りを打つ時くらいしか動けない。うんちが漏れる、おしっこが漏れる。定期的に看護師が巡ってきて僕のおむつを交換する。
「ああ、一杯出てるなあ!」

僕もまた、窓辺の、星屑に照らされている、人間の屑、なのだろうと、嘆息する。

人間の屑、と断罪してはいけないのかもしれないが、この場所よりも酷い場所って
日本にあるのだろうか…?収監されたことは無いけれど、刑務所の中よりも酷いんじゃないか…?

…と、夜明けまで悩んだ挙げ句には薄紫色の朝が来る。時が進んで、朝8時、朝食の時間になる。配膳係が、部屋に入ってきて、朝食のお盆を配る。

「田中さん、朝ごはんですよ!」
配膳係が、隣で拘束されている患者に声を掛ける。隣で拘束されている人は、「田中さん」というのだ。田中さんは、手枷足枷と猿ぐつわを解かれて、電動ベッドを食事できる角度まで起こされる。田中さんの食事内容は、窒息しないように、とろみのついたお粥とおかずの刻み食だ。

僕はと言えば、丼に盛られた普通食の白ごはんと深海魚か何か知らないが、魚の切身の照り焼きときゅうりのお新香とワカメの味噌汁。ほぐした魚の身で温かい白ごはんを食べると、僕の中には、少しだけ力が湧いてくるのだった。

2人並んで、飯を食っている2つの星屑たちは、そんな時、例えば、一緒に思いを浮かべることだろうか?

…………青春は、短かった、な。

「田中さん?」と、僕は、田中さんに語りかけてみた。田中さんは、スプーンを休め僕の方を振り返り、何か喋ったが、何を言っているのか、さっぱり解らない。栄養が脳まで届いていない、という感じなのだ。

恐らく田中さんは、生活保護受給者で、この病院に1年居ても2年居ても医療費は無料という立場だろう。その一方で僕は精神障害者年金受給者なので厳格に3割負担。
高額医療費還付制度があるにしても、1年居たら、何十万もの負債を抱え込むことになるだろう。

飯を食いながら、僕は、「何とか、ここを、脱出しなければならない」と思った。

飯は、まだ、湯気を立てている。

きゅうりのお新香をパリパリ噛りながら、僕は、単なる、人間の屑かもしれないが「まだまだ、希望のようなものは、持てるぞ」と考えたのである。

 

(2024/04/07 グループホームにて。)

 

 

 

公園に、時の、降る。(Spring Has Come,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

千本桜の公園の、しなだれかかる
染井吉野をくぐり抜けながら…

僕は、時が、花を開かせたと想いを巡らせ

時の、降る。
仰ぎ、観る。

僕は……大手を広げながら、花びらの色彩を吸い込む。

時の、降る。
仰ぎ、観る。

千本桜の染井吉野が、花びら達のアーチに
成っている。

「桜まつり」の、午後。
グループホームの係の人達が、
テントを張って、浅利や昆布のおにぎりを
売っている。

前の晩から、事務所に泊まって
おにぎりを拵えたのだ。

「売れていますか?」と
僕は、何気なく声を掛けた。参加は、強制では
ないのだ。

「売れてますよ」と
グループホームのリーダーが微笑った。
参加している7、8人ほどの居住者たちも
微笑った。

「今井さん、折角ですから
おにぎり、食べていきませんか?」と
或る女性が、僕に言った。

彼女は、40歳くらいで、顔の右半分に
大きな血管の浮腫がある人だ。

彼女は、僕に2個入りの
浅利のおにぎりのパックを、手渡した。

彼女の話し方は、とても清潔で心地よく
クリスマス会の時から好きだった──。

時の、降る。
仰ぎ、観る。

咲き誇る染井吉野を背景に
彼女の姿が記念写真のように映る。

 

(2024/04/07 グループホームにて。)