@140509 音の羽

萩原健次郎

 

 

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暴れ川と呼ばれた面影はないね。
氾濫して、呑んだのは、幼児だったのかなあ
老女だったのかなあ、

山と川の
天地を逆転して、夜眠っているあいだは
眼の間の、眉間のまんなかに、細い水流があり
見えていないが、
それは、両耳のあいだでもあり
溺死した、高い声を発する
ぎゃあという叫びを、顔面に流している。

泥という字は、
なずむ、と読むことは知らなかった。
溺れた人も、
地が液状になり、川と野の境が失せた

ぼくの眼と、耳のまんなかで

泥になった。
なずんだ。

ここは、いつも夕暮れているようで不思議だ。
午前も、午後も、夜も
泥んでいる。

一画に、春に花をつける木々があり
その下に、黄花の野草が密生している。
その光景も、夕暮れで

むかし、溺れた人の、
ガラスペンで書いたような叫びが
電気のスイッチみたいになって
暮れていく。

なあんだ、絵だったんだ。
一人か二人の、死がね。

それから、叱られる。

なあんだ、劇だったんだね。

それだから、怒鳴られる。

空に、傷つけたな。
また、ぼくの眼のまんなかに
文字を、なずませたね、え、

鳥の糞か。

白い粉になってる。

泥の図が
嵌め絵になって、
ホースの水で、じゃあと、地面に落ちていく。

ありすぎる。
白茶けた、息。

 

連作「音の羽」のうち

 

 

 

reason 理由

風が吹いて
いた

水面を渡っていった

波紋は
振動していた

草木の
花芽の先端の伸びていった

荒ぶるものがある
それが理由だ

そこで生まれた

わたしは
そこで生まれそこに帰る

汽笛は鳴っていた
鐘が鳴っていた

ひかりの中から此の世をみていた

 

 

 

ring 鳴る 鳴らす

昨日は
夕方にモコと近所を散歩した

道端に
花々は咲いていた

それから
西の山に日が沈むのを見た

日は沈み
日は昇るだろう

長崎では
汽笛が鳴るのを聴いた

たくさん鐘が鳴るのを聴いた

長崎では鐘が鳴っていた
長崎では鐘が鳴るのを聴いていた

 

 

 

look 見る 見える

昨日の朝
きみの名が知りたくて

もう一度
県美の公園にきみを見に行きました

ヒトツバタゴ
別名ナンジャモンジャ

白い花のきみは
ねむの木かと思ったけど違った

きみの花の時期は短いんだね

それから市電で長崎原爆資料館へ向かった
11時2分だった

 

 

fear 恐れ 恐怖

千駄ヶ谷の
美術館にたっていた

千駄ヶ谷の美術館のなかの
小部屋にたっていた

全裸だった
少女は獣の毛皮をはおっていた

わたしの娘なのだとわかった
すぐにわかった

鳥肌がたった
全身に鳥肌がたっていた

アンディ・ウォーホルはわたしの娘なのだった