トマト選果場

 

みわ はるか

 
 

ひょんなことから残暑がまだまだある日、わたしはトマトの選果場で1日働くことになった。
その選果場はとても広く大きなシャッターは全て開けられていて開放的な場所だった。
中は想像していた通りでたくさんの機械や箱ごとトマトを運ぶための乗り物が所狭しに並んでいた。
驚いたのは人の多さだった。
100人以上はいると思われた。
女性が圧倒的に多く、それぞれタオルや帽子を用意しており手にはペットボトルや水筒を握りしめていた。
年配の人が多く若い人を探す方が難しかった。
外からは熱気がムンムンと押し寄せてきていた。
空は青かった。

大きなスピーカーによる簡単な朝礼が終わると機械的に配属場所が割り振られた。
わたしはDゾーンに行くことを支持され、そこには長いレールが待ち構えていた。
他のレーンからは大きなプラスチックケースに詰められた様々な大きさのトマトが流れてきた。
それをよいしょと自分のそばに引き寄せ自分の前にある動くレーンに移し替えていく。
移し替える基準は大きさ、傷の数、傷の深さ、熟成度などいくつか見るべき所があった。
それを瞬時に判断して4つのカテゴリーのどれかに収めていく。
おちおちしているとどんどん周りに置いて行かれるので必死にマニュアルを覗き込んだ。
両脇はベテランだと思われる70才位のおばさま。
手慣れた様子ですごい勢いでトマトを選別していた。
ちらっとわたしの方を見て小さなため息をもらしつつもコツというものを丁寧に教えてくれた。
それを参考に作業を続けるとわたしの作業ペースは格段にあがった。
迷ったときは申し訳ないと思いつつも両脇のおばさまに尋ねた。
あっという間に2時間が過ぎ10時の休憩がやってきた。
なぜか休憩もあの両脇のおばさまと同じ木の椅子に座って休憩することとなった。
予想通り70才近い年齢で夏のこのシーズンだけ働きにやってくる。
家にいても迷惑をかけるから、都会からの出戻りで今でもお金が必要だから、働くことが好きだから。
理由は様々な色んな人がここには集まっていることを教えてくれた。
疲労感は感じたけれどみんないい顔ををしていた。
知らない人同士で塩味が効いた飴を分け合っていた。
たった2つしかない自動販売機には長蛇の列ができていた。
わたしは2人のおばさまと同じ空と雲を見た。
最後の力を振り絞って鳴く同じセミの合唱を聴いた。
お互いのことを詮索することもなくその時を過ごした。
汗がポトリと滴り落ちたがあっという間に蒸発していった。

1日はあっという間に終わった。
終わるころにはおばさまたちに負けないくらいのスピードで作業できるようにまでなっていた。
なんだか昔小学校の花づくり活動で泥だらけになりながら味わった達成感に似ていた。
外での作業はものすごく久しぶりだった。
ものすごく疲れたけれどすっきりした気分でいっぱいになった。

トマトの時期はもう終わる。
もうここに来ることはおそらくないだろう。
ここにいる人とも会うこともないだろう。
そんな1日ぽっきりのジリジリ太陽が照り付けていた日の出来事。

 

 

 

暗白色の明るい黒

 

工藤冬里

 
 

黒い屏風 黒い屏風が 窓の代わりに立っている
暗灰色の中で溶けていく
前を向いて話さないからだ
暗黄色の机に黒いディスプレイが立てられて 消える
机の広さとの比率がホックニーだ
遠く 脱穀の重層低音が
立てられている
学習や金メダルといった黄色が
ささいな秋に消える
隙間の明るさが秋だ
首回りの
阿弥陀籤を横向きにしたHの連なりが窓だ
椅子からずり落ちる
鳥の声が滑り落ちる
行き先を知らないまま行く
設計・設立された都市というシニフィエが
定住を止(トド)めてきた
レンブラントはプラスターの街も暗茶色に塗った
彼には猫も獣であった
あ、頭が痛い
陽性かも

 

 

 

#poetry #rock musician

ものぐるひ

 

薦田愛

 
 

空白空0これはこのあたりを旅する者にてそうろう
空白空0大学にて対面授業の始まらん前に
空白空0Go To トラベル とて
空白空0うどんのクニとや呼ばるるサヌキに
空白空0初めて足踏み入れてそうろう
空白空0そこやかしこに
空白空0うどんの店の軒連ねるが見ゆるによって
空白空0いざ、そろりそろりと参ろう

あれあれ そこを行く
日に灼けたるおのこやおのこ
そなた
誰やらに似たりと思えば
いとしや 背の君にてあるまいか
つもる話のそうらえば
まずその足を止め給えかし

潮の匂いのする ここは
あのひとに初めて会った町
洋裁学校のクラスメートと通った
社交ダンスの教室に
幼なじみなのよといって
連れてこられたひと
浅黒いひたい きりりと眉
はたちだったか私 あのひとはひとつ上

空白空0これ何をいたす
空白空0ちぎれるではないか
空白空0袖をひく
空白空0ここなたいそう老いたる媼
空白空0そなたは誰
空白空0うどんの店に入るによって
空白空0その手を放してよかろう

ふりきられてみれば いやだ
ちがった あのひとではない
少し似ていた浅黒い額のあたり
あのひとはいない
いないのだった
とうに

文を交わしているのが父に知れ
家に呼ばれたあのひとと
隠さず文をやり取りして三年あまり
二百通の半分より少し多く書いたのは私
いっしょに暮らしてあの子がうまれ
そう あの子
いっしょに暮らしたあのひとが
なんてこと
先にいき
あとはあの子とふたり

空白空0媼を残してくぐったのれんの
空白空0奥にべつの媼がござる
空白空0翁もござるが
空白空0うどんのクニでは媼も
空白空0うどんを打ってござる

あのひとと暮らして二十一年
うれしかった たのしかった
いそがしいひとだったから
さみしかったけれど
あの子がいた
いそがしかったあのひとが身体をこわし
それでいっしょにいられる時間ができた
うれしくてつらい
二年とすこし
あのひとは
いってしまって若いまま
私にばかり年月が降り積もる

そしてあの子が

あの子が学校を出てはたらき
私は針とミシンでかせぎ
なんとか暮らした
ある日あの子と男が来て
むすめさんを両親に会わせたいといった
あの子と三人暮らしたけれど
突然おわった
また
ふたり
うどんを食べたりそうめんを食べたり
作ってやるのは私で
おそく帰ってくるのはあの子
むすめだけど
あのひとの代わりみたいと
にがわらい

なのに
あの子が

ある日あの子の
連れてきた男は親切だった
ありがとうといった
助かると思った
あの子が笑っていた
いっしょに旅をした
さんにん
また三人
いっしょに暮らそうと

なのに
あの子が

テレビつけっ放しだとカレが疲れるから
みおわったら消すかじぶんの部屋でみて

なんて
あの子が 
あの子が

口ごたえを叱ったら
泣いてあやまる子だったのに
ごめんなさいとくりかえすのが
うるさくて
おもわずうるさいっとどなるほど
しつこくて
そんなあの子が
あやまらない
あやまることばをのみこむように
にらみつける
こわい

わずかな荷物をまとめる
指がふるえる
となりの部屋から寝息がきこえる
こみあげる
ねむらずに身仕度
ドアをあける
さよならありがとうごめんねしあわせに

行くところがなくて
乗り換えのりかえ海を渡っていた
泊まってうとうと
まぶた重くて朝

なのに

三日目
もどると
くちをきかないあの子
カレと呼ばれる男が来ていた
おかあさんと呼ばれた
まっしろだ
まっしろ
ドアをあける
また

空白空0媼と翁のぶっかけ大盛りを平らげてござる
空白空0いたってコシのつよいうどんにいりこの出汁
空白空0いざ次の店へとのれんを分け
空白空0表に出んとすれば
空白空0あな
空白空0店さきのベンチに
空白空0揺れてみゆるは
空白空0さいぜんの媼なるぞ
空白空0おう おう
空白空0吠えてござるではあるまいか
空白空0袖すり合うとは申し条

空白空0ソシアルディスタンスな今日った
空白空0触るるはご法度
空白空0うちすてて参らずばなるまいて

 

空白空白空白空白空白空白空白空白空白空0(続ク)

 

 

 

 

塔島ひろみ

 
 

川は海の方角へ流れていたが
決して海には流れ込まず
また元の場所に戻ってくる
ゴーゴーと轟音をとどろかせ
泣く子を黙らせ、犬猫カラスさえもおびえさせ
一度流れにはまったら、永遠に逃れられず岸に上がることができないのだ

それが町を南北に分っていた

南側にはたくさんの町工場とアパート、家があった
北側にはそれらに加え、ボーリング場とカラオケ屋、他にいくつかの施設があった

南側に14階建のマンションが建つことになった
柵で囲われた巨大な空地にエノコログサが茂っている
大きめの板金工場が廃業し、隣接するアパートなどとともにK不動産が買い取った土地だ
その向いにH製作所があり、男はそこの主である
腰をかがめてトタン張りの工場前を掃除していた
川の音がここまで聞こえる
男はもうずいぶん前から念入りに道を掃いている
雨が降り出す
雨が少しずつ強くなる
男は掃除を続けていた
ちりとりでごみを取っている

北側に行くには一本の橋を渡ればよかった
橋に上がって空を見る
空は恐ろしい色をして 襲いかかってくるようだ
大粒の雨に橋下の流れは水かさを増し 大きく黒く膨らみながらも
更に速度を上げ、先へ先へと急ぐのである
橋を渡ると小さな居酒屋が2、3軒ある細道に出る
その更に先には少年センターと公民館などがある

男はこの川をいつも歩いて渡った
自由に南北を行き来していた
そしてあるとき車にあたり、右腕を失った

男は左手で丁寧に道を掃き終わると、H製作所の中に消えた
H製作所では 車の部品に使われるネジを作っている
キーンという金属音が川の音に重なって、聞こえてくる

国道14号 死亡事故現場
歩道橋を下りると、男の右腕が落ちている
何か大事なものを握り締め
そのまま硬直して 誰も開くことができない

 

(9月某日、江戸川区松江で)

 

 

 

It’s time to leave off work.
仕事をやめる時間だ。 *

 

さとう三千魚

 
 

evening

returned home

at that time
there was no moco

always
moco welcomes me at the front door

there was no moco

for homecoming from tomorrow
I left moco at the hospital hotel at noon

rice
pee
poop
hug
let’s play

lonely
funny

barking
talk to me

there was no moco

the dusk was in the house

It’s time to leave off work *

 
 

夕方

帰った

帰ったら
モコがいなかった

いつも
玄関で迎えてくれる

モコが
いなかった

明日からの帰省に
モコは犬猫病院のホテルに午後

預けてきたの
だった

ごはんか
おしっこか
うんちか
抱っこか
遊ぼうか

寂しいか
おかしいか

吠えて
話しかけてくる

モコが
いなかった

シンとした
夕闇が家の中にいた

仕事をやめる時間だ *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

更地

 

工藤冬里

 
 

病院から直接介護施設に送られ、家は処分されるので
大抵自分の家がもう存在せず、更地になっていることを知らない
センチメンタル・ヴァリューを伴う所有物が何の意味も持たない、というのはそういうことである
認知が入るともはや人間とは見做されず、感傷は更地にされるのである
アロマそのものは開かれているが調合の比率に独占が、つまり見えるものではなくバランスそのものに所有権が宣言されている
陰陽ではなく空想と現実のバランスに関するブレンドが介護施設で調合され、帰る帰ると言い続けるちぐはぐが祈りのように焚かれているのだ

 

 

 

#poetry #rock musician

You should read between the lines when you read the book.
その本を読むときは、行間を読むべきだ。 *

 

さとう三千魚

 
 

this morning

woke up late

I didn’t go for a walk

I offered water, tea and rice to the altar
offering incense sticks

I did the laundry
dried laundry

every day

I’m writing poetry

with Tori Kudo
every day

writing

there is nothing to write
I write that there is nothing

so

with the sea
with Moco
with a woman
with fragrant olive
with hydrangea
with Lapsanastrum
with a stray cat
with an angler

and
writing about no poetry

the lack of poetry means that the whole world is poetry.

I’m writing a poem that I don’t have

You should read between the lines when you read the book *

 
 

今朝

遅く目覚めた

散歩に
行かなかった

仏壇に水とお茶とご飯を供えた
線香を立てた

洗濯をした
洗濯物を干した

毎日

詩を書いている

工藤冬里と
毎日

書いている

書くべきものはない
なにもない

ということを書いている
それで

海と
モコと
女と
金木犀と
紫陽花と
ヤブタビラコと
ノラと
釣り人と

ない詩のことを

書いている
詩がないということはこの世の全部が詩なんだということなんだけど

ない詩を書いている

その本を読むときは、行間を読むべきだ *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

知床

 

工藤冬里

 
 

中洲を避けて下りてくる光に暫し包まれ
てはいたが
それは胃の外側を流れていった

乳搾り上手いですか
どうかな
朝は三時半起きで
零下二十度でした

国後が見えます、と約束のように付け足した

 

 

 

#poetry #rock musician

彼岸花がまだ咲いているうちに書き留めておきたかったこと

 

工藤冬里

 
 

季節のない街に生まれたくせに今日で全てが終わるさとか昨日もそう思ったと頽(クズオ)れてみたりするのが七〇年代の青春であって
それらはせいぜい工場からの帰り道を変えてみたりハイライトをチェリーにしてみたりするくらいの中身と土台を欠いたものだったから
八十年代は空疎な人格のままネタ探しの旅に出るだけで次々に爆発してしまった
三上が辛うじて一廉の者になれたのは恐らくかれの鼻祖が花を飽きるほどに眺めていたからだ

 

 

 

#poetry #rock musician