return 戻る 帰る

 

今度、富山に来たときみたいに酔った次ぎの日にまた飲むような自堕落をやりたいものだ。

そう、
荒井くんはfacebookでコメントした。

昨日、浅草橋で荒井くんと飲んだ。
別れたんだ。

最終電車で新丸子に帰った。

帰る場所はある。
あてどない。

 

 

 

plant 植物

 

いたね

そこにいた
生まれるまえから

生まれた
あとにも

ずっとね
そこにいた

なにも
喋らないが

軒下や

荒れた空地や

裏山や
浜辺や

砂原や

そこにいた
いのちが

あったのか
夏の街の片隅にも

いた

ヒトは消えても
繁茂すればいいさ

 

 

 

赤と黒のボールペンドローイング

 

今井義行

 

 

神田の川面のとがった金属線のゆくえに
和泉橋は架かっている 中古カメラ店はもう開いている
靖国通りを右折して、
「おはようございまあす」と迎える
白衣を引き摺る石黒ダノン
作業療法士というより歳のわかい探偵のようだ
なぜわたしが彼女を石黒ダノンと呼ぶかといえば
朝8:30にわたしが必ず食べる
発酵乳プチダノンと重なるからだ

この五月に入所したばかりだという

太陽の燃えがらを思いうかべながら
きせつのかわりめに着る服にはいつもまようんだ
──と わたしは・・・・
リハビリルームの賑わいの中で
苦笑して それから少し微笑ってみた

都合の良い丘からは相手の内面など読めはしない

大きな大きなボールを両腕に挟んで膨らんで膨らんでいくイメージ、
それから吸って吸って吸って吐いて、はあ───

かつて入院してベッドで血中の毒素を抜く
初期点滴治療を受けたとき
わたしは「詩人としての精神まで解毒されてたまるか」
とあらがったものだった
けれど いまはそういうところからは解かれている
≪一日は遠い
むかしのことのようだ≫という
さとう三千魚さんの詩句にうなずきながら

詩は たましいのミルフィーユのようですね
と思う

よく晴れた午後。
ゆるやかに蛇行する旧中川の河川敷に沿ってのんびりと歩いていった日曜日があった
そこでは名も知らぬ魚がぴしゃんと跳ねたり
名も知らぬ小さな薄紫の花がひっそり咲いたりしていた
鉄橋をくぐるとき
水面に鷺が立っていてこつこつと藻草をつついていた
吸って吸って吸って吐いて、はあ───
深い呼吸や筋肉をぐっと伸ばすことが楽しみになった

作業療法士を子どもあつかいしちゃあいけないな
と顧みて 子どもについてふと考える
子ども 子ども 子ども 子どもたち・・・・

子どもたちは 無論 天使たちではなかった
子どもたちは 人類の 素人たちだった
まだ はじまったばっかりの
何もかもが 途中の生物であるから
ときどきに 図らずして
宇宙の奥が ぎらっと顔をのぞかせるような
色彩の嵐を 広告の裏に描きなぐったり
身体に入ったばかりの ことばを
霧吹きのように 吐きだして
部屋中を 新鮮なことばの森林に変える
森林浴のなかへ差し込む 夏陽のかがやき

子どもたちは 多分 新星などではなかった

年齢を重ねると 拙いなりに学習をして

図らずして 人間のプロになってしまう
そんな喜びと悲しみを自覚できてるか
わたしたちは 生きてあることの慣れと
競走しなければ こころなど伝わらない

昼休みリハビリルームのテーブルでわたしは詩を書いた

「赤と黒のボールペンドローイング」

壁に飾られた大きな額の中に
きっちりとした横長の長方形があって
そこに・・・・・どしゃぶりの黑い針金が降りしきっている
その図柄は 参加者のアッキオが
数回の入院と度重なる自殺思念を経て
手先がたどり着いた「ボールペンドローイング」なのだという
極細のボールペンの切っ先で垂直に下ろされた
フリーラインは緻密に描き重ねられていて
その姿は至近距離で見ると真黒な霧の塊にしか感じ取れないのだが
数mほど離れた自分の座席から眺めてみると
真黒な霧の塊の間から深紅のあかい柱が等間隔に浮かび上がってきて
わたしは そのとき深紅の格子窓の向こうに広がる黑い庭に
臨んでいるような心地になったのだった───
何度かしか隣り合わせたことのない
アッキオの「赤と黒のボールペンドローイング」
わたしは格子窓の向こうの黑い庭を一緒に歩きながら
アッキオともっと話してみたいなと思った

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

わたしには 地面を見ながら
歩く 癖があるのです
哀しいわけではないけれど
姿勢が 俯き気味なのでした

地面には地面の話し声がする
硝子の欠片や蟻の姿が
よく見えて うれしい

オールド・ブラック・ジョーが聞こえる
(フォスターはminorityに共振したひとなんだ)

あ、この小石は光っているから
家に持って返ろう

散歩をしているとき地面に
八つ手の影が はっきり見えた

八つ手のグレイの影は
ひとつひとつの
指の先を大きく開いて
手を振り続けていた

わたしの靴底は 八つ手の影と
楽しく話しているみたいだった

アッキオのA4の古いノートには書きかけたことばの断片や
草むらのようなスケッチがめぐらされていた

指紋もあちらこちらに付いていた・・・・・

歌わなくなってしまったひとたちを知っている
歌わなくなってしまったおんなはひとみで歌う
なぜ歌わなくなってしまったのかはききません

音楽が奏でられると ひとみは
うれしそうに 時にさびしそうに運動している

まつげはどうしてあるのだろう
おんなは泣かない もしもの受け皿か

でも まつげとまつげのあいだには
こまやかな すきまがあるから
泣いたとしても すきまから零れます
名を知らぬ紙のはなびらの端が
花のように折れています───

下町では沢山のインドのひとと
行きかう機会もときにはあった
彼等は日本語で
逞しく生きてる 笑いながら

インドのひとと 近い空間に
居合わせるおりに
気づくことがある
インドのひとのからだの香りは
燻った シナモンの香りなのだ

老若男女問わず シナモンだ

水無月の香木──六月の薫香
それは 古代から続いている
スピリチュアルな癒しの香り
なのだろうか・・・・・

終礼の時間に司会の席で石黒ダノンが
満面の笑みで
「お酒って、とても偉大なものですね!」といった
断酒のリハビリルームでなぜそういうことばが出てくるか
参加者にも不思議すぎるし
おそらく本人にも分かっていないのではないか
でも天真爛漫すぎるのでそれはそれでいいのか
それにしても・・・・・
作業療法士というより歳のわかい探偵のようだな

「今井さん、また月曜日にね」
そういって、
66歳のアッキオは二階の階段をおりていった

 

 

 

hut 小屋

 

こだまは

三島を
過ぎ

熱海を過ぎた

空は

灰色だった
熱海の海も灰色だった

灰色の世界を生きたことがある

どこまでも灰色だった

なぜだろう
なぜなのか

わからなかった

灰色の空の下に
小さな小屋がほしいな

灰色の砂原の
小さな

小屋に棲みたいな

 

 

 

油断

 

爽生ハム

 

意思に任せて
すぼみゆく豪語
入らないよ
入らないよ
廃語になれたら
入らないよ
もう白けている
寄りかかる谷間の熱
出られないかも
この場所も昔と違うから
待ち疲れたことにする
出られないかも
嘘も承知で
出られない人が認められる
役立たないのに認められる
気持ちがいい
抱きあって平坦な気持ちよさ
やさしく入ってないよ
まだ

 

 

 

いつもよりちょっとみっともない顔

 

辻和人

 

 

ファミちゃん
レドちゃん
先日はありがとうございました
久しぶりに実家に帰って君たちの元気そうな顔を見て
安心しましたよ
もうぼくより両親の方に懐いているようで
少しさみしい気もしましたが
ぼくにもいっぱい頭を撫で撫でさせてくれてありがとう
えーっと
今日はぼくにとって特別な日になるだろうから
応援してくれると嬉しいです
そんじゃ行ってきます

ミヤコさんと横浜美術館前で待ち合わせて
奈良美智展を見る
入ってすぐのところに展示されている
女の子の頭のでっかいブロンズ像にいきなり度肝抜かれちゃった
「いやあ、ド迫力だね。」
「こういうこと思いつくのが奈良さんのすごいトコなんでしょうね。」
細いライトに照らされて
暗い展示室にぽっかり浮かんだ数体の巨大なおかっぱ
かわいいというより
深沈とした悟りきった表情
まるで大仏の首のよう
眺めながら心をうろうろさせたら
怖いかも
押し潰されるかも
でも気持ちをぴたっと岩のように静めていたら
守ってくれるかも

「面白かったですね。」
「たくさん作品見ましたけど、最初の彫刻のインパクトはすごかったです。」
美術館を出て、さてどこ行きましょう?
じゃ、赤レンガ倉庫に寄りましょうか?
ってことで
9月も後半なのでもう暑くもなく寒くもなし、時間もあるしで
ぶらぶら
「あれ、大道芸人さんかしら?」
「無料の野外ライブかな? ちょっと見ていきましょうか。」

鼻を赤く塗った若い男女2人が軽快な音楽に合わせて
器用にピンをジャグリング
3本ずつ持ったピンを空中でコロッと回転させながら交換
背中で受け止めたりして
うまいもんだねえ
20程用意された丸椅子は全て小さな子供たちに占められていて
みんな声も出せない程熱心に見入っている
あっ、男性の方が1本落としちゃった
気にしない気にしない
ペロッと舌を出して肩をすくめる仕草をしたかと思うと
以前に倍するスピードで放り始めた
演技がひと段落、盛大なパチパチパチ
「思わず見入っちゃいました。
やっぱり芸人さんとの距離が近いから。生は迫力が違います。」
うんうん、生きている体の量感と躍動感は確かに違う
見入ってる子供たち、それに
ミヤコさんの刻々変わる表情も

ぶらぶら、ぶらぶら
赤レンガ倉庫へ
外見は重々しい感じだけど、中はお店でぎっしり
それも女性が好きそうな店ばかり
アクセサリーにスカーフ、アジアン雑貨……と
「今日は買わないですけど、ちょっとだけ見ていいですか?」
今度は石鹸屋さん
色とりどりの石鹸が何やら高貴な佇まいで鎮座してる
肌にも環境にも優しいしっとりした質感、ですか?
フルーティな香りが誘う甘い眠り、ですか?
100円の石鹸しか買ったことのないぼくにはまさに別世界だな
「私、昔から香り関係が好きで、
良い香りのものには目がないんですよ。
アロマテラピーや香道にも興味があります。」
「うっとり」と現実をクールに両立させながら
ミヤコさん、楽しんでる
周りの女子の方々もみんな真剣に楽しんでる
いいなあ、楽しんでいる生身の姿ってのは
ヒクヒクッ、ピクピクッ
意志が生きて、動いてる、動いてる
いいぞ、ヒクッ、ピクッ
「つきあわせちゃってすいません。満足しました。さ、行きましょうか。」

ぶらぶら、ぶらぶら
山下公園へ
午後3時半の長閑な海を眺めながら
白い客船がボーッと通り過ぎるのを眺めながら
カモメが悠然と空に浮かんでいるのを眺めながら
しっとり手をつないで
ぶらぶら歩く
9月下旬ってのは本当に穏やかな時季
夏の名残りを感じさせながら、暑くもなく寒くもなく
「のんびりしてていいですね。波もとっても静かで。」
「ええ、山下公園久しぶりに来ましたけどきれいでいいところですね。」
海があってまっすぐな道があって花壇があってところどころベンチがあって
つまりはまあ
平板な眺めなんだけどね
ぶらぶら歩くのには向いている
奈良美智展鑑賞したし赤レンガ倉庫寄ったし
大道芸なんてのも覗いたりして
この後中華街で食事だけど、それまでまだたっぷり時間がある
このたっぷりの時間
ただぶらぶら歩こうと当初から決めている
それはね……
「ねえ、ミヤコさん、港の見える丘公園の方に歩いてみませんか?」

氷川丸を左手に橋を渡れば港の見える丘公園のふもとだ
ここからちょっと急な登り道
ぼくたちは歩くの好きだしそんなのちっとも苦にならない
イギリス館、フランス領事館遺構
「この辺、ハイカラ文化の発祥の地だったんだって改めて思いますね。」
「ヨーロッパ風の噴水多いですしね。ハイカラを意識した造りにしたんでしょう。」
平坦な山下公園と違って
港の見える丘公園は起伏があるのが特長だ
上がったり下がったり
曲がり角も多い
噴水と花壇が点在して
ベンチにはカップルの姿が
定番だなあ
デートの定番
ぼくたちもゆるい潮風に吹かれちゃったりして
定番の姿の一つに収まってるわけだ
いいね、定番
そしてもうすぐ展望台
「わぁ、ベイブリッジですね。写真でも撮りましょうよ。」

夕暮れ近い、と言ってもまだ明るい横浜港をバックに
定番の写真、撮り合っちゃいました
横では、中国人観光客の団体さんが派手にはしゃいでいる
「天気が良くてラッキーでしたね。
あの方たちもはるばる日本まで来て、いい景色見られて、良かったですね。」
「いやあ、本当に天気には恵まれましたよ。
中国の方たちにもいい土産話のネタになるんじゃないかな。
ところでだいぶ歩いたし、ちょっとあそこのベンチで休みませんか?」
さてさて
ここからが今日の本番なんだ
ファミちゃん、レドちゃん、見ててよ!

展望台からちょっと離れたところにポツンとある
さっき密かにチェックしておいたベンチに向かって歩き出す
……おい、不思議だな
思ったより緊張してないよ
花壇に植えられたマリーゴールドがすごくよく見えるし
すれ違う人の表情もよくわかる
時間がぼくのために
ゆったりゆったり流れてくれてるって感じだよ、おい

「ミヤコさん。お付き合いしてきて、ぼくは、
ミヤコさんのことがとても好きになりました。
ぼくと結婚していただけませんか?
ぼくはミヤコさんを幸せにしたいし、ぼくも幸せになりたいんです。」
「……ありがとうございます。お申し出お受けします。」

マジか?
お受けしてもらっちゃったよ?
家庭持っちゃうってことだよ?
奈良美智さんのジャイアントおかっぱ少女が見守ってくれてたのか
深沈とした表情の大きな岩の塊が、まだ明るい青い空に浮かんで
うんうん、と
ぼくの願いにOKを出してくださったのか
やったね!
今更ながら心臓がバクバクしてきた
プロポーズ記念にミヤコさんの写真を1枚撮らせてもらった
スマホに残されたのは
頬を紅潮させた
いつもよりちょっとみっともない表情の顔だった
そのみっともない顔を何よりも大事に思うぼくが
まさに今ここにいるってこと

ファミちゃん
レドちゃん
応援ありがとう
今日の最大のミッションは無事成功
まだ4時すぎ
ぶらぶら歩きをもうちょっと続けてから
中華街でおいしいお店を見つけてご飯を食べることにするよ
来月、御礼と経過報告を兼ねて君たちに会いに行くから
その時はまたいっぱい頭を撫で撫でさせておくれよ、ね?

 

 

 

swim 泳ぐ

 

めざめて

facebookをみてたら
日記のようだ

と思った

ひかりの記憶を写真で
止めておく

ことばも
すこし添える

画面を
指先でたどれば

みんなの記憶のなかに
わたしの記憶のひかりも

ある
先週の日曜日

500m泳いで
港の水面を見てたんだ

 

 

 

言文一致

 

長尾高弘

 

 

言文一致体だとか口語体だとか言うけどさ、
誰かを相手に話してるときに、
「だ」とか「である」で言い切ったりする?
たとえば、「今日は何曜日だっけ?」と訊いてさ、
「水曜日だ」って答えられたらびっくりするよね。
「水曜日である」だったらぶっとんじゃうよ。
「水曜日だよ」とか「水曜日じゃない?」とか
ただ「水曜」とか、そんなもんでしょ。
「だ」で止められちゃうのはキツイよ。
壁にぶつかってぽーんと跳ね返されるような感じがしちゃう。
「そんなこと聞くんじゃねえよ、バカヤロウ」かなんかが
ついてきてるような感じまでするよ。
普通ならさ、
相手の様子を見て、
機嫌を損ねないようにしゃべるものじゃん。
「水曜日だよ」ってさ、「よ」を付けてくれるだけで、
ちょっとほっとするんだよなあ。
逆に「水曜日だ」って、「よ」がないだけなのに
えらく横柄な感じがするよ。
「だ」でもそうなんだからさ、
「である」なんて絶対使わないでしょ。
「である」を口で言うってことで
ちょっとイメージできるのは演説かなあ。
でも、演説で「である」なんて使ってたのって、
自由民権運動とかそういう時代だよね。
今は政治家がしゃべるときでも、
「ですます」を使うと思うよ。
あの傲慢な総理大臣でもさ、
国会でマイクの前で話すときには、
「ございます」まで使ってるもんね。
そのくせ座っているところから、
「早く質問しろよ」とか汚い野次を飛ばしたりもするけどさ。
「である」はないよ。
「吾輩は独裁者である」なあんてね。
ありえない。
「である」については柳父章さんがこう書いてるよ。
《「である」という言い方は、
《実は、beingなど西欧語の翻訳の結果として、
《いわばつくられた日本語なのである。*
翻訳の結果だってさ。
つくられた日本語なのであるだって。
最初っから文章語ってことじゃんねえ。
柳父さんの文章も、
文章だから「である」てんこ盛りだよ。
そこへ行くと、「です」とか「ます」は
言い切ることがあるんだよね。
「今日は何曜日だっけ?」
「水曜日です」
こんなふうに「です」を付けて答えるってことは
対等な関係じゃないからだよね。
距離があるから言い切りの断定がびゅんっと飛んできても
手前でぽとんと落ちちゃうのかな?
でも、「ある」とか「ない」とかは対等な相手に言うんだよなあ。
「なかなかうまいことを書けたぞって思ったときに限って
あんまりリツイしてもらえないもんなんだよねえ」
「あるある!」
「ねえねえ、右から二番目の子とかどう?」
「ないない!」
ふたつ続けてでも言っちゃうよ。
「ある」なんて「である」と一字ちがいなんだけどねえ。
どこが違うんだろう?
話がばらけてきちゃったけどさ、
文章に出てくるのに、
しゃべってるときに使わねえなあってのを
あとひとつ、
逆説の接続助詞の「が」ってやつね。
「昨日は晴れだったが、今日は雨だねえ」
とは言わないでしょ、普通。
「昨日は晴れだったけれども、今日は雨だねえ」
とも言わないと思うんだよね。
「けれども」ってちょっと長ったらしいからさ、
そんなくどくど言ってらんねえよって感じだよ。
やっぱ、普通は
「昨日は晴れだったけど、今日は雨だねえ」
ってなところだよね。
別に最後は「だねえ」じゃなくていいんだけど。
でも文章で「けど」とか書いたら、
きっと呆れられるよね。
女子高生のLINEじゃないんだからって。
おっさんだってLINEじゃあ「けど」って使ってると思うけどなあ。
TwitterやFacebookでもね。
話がすっかりばらけちゃったけどさ、
言文一致体なんて言ったって、
文章の言葉は口でしゃべる言葉からは
ずいぶんずれてるってところは
最低限間違いないと思うんだよね。
前はあまり意識もしなかったんだけどさ、
最近ようやくね、
そういうことって大事だなって
考えるようになったのよ。
って言うのもさ、
詩ってのはやっぱり声を必要とすると思うんだよね。
ってことは普通の言文一致体の散文ってやつよりも
ちょっと本物の口語に近づけてみたらどうかな
ってなことも思うわけ。
でもやり過ぎると、
ちょっとうぜえよって感じになっちゃうけどさ。
そう言えば、
ちっちゃい頃、
口でしゃべったそのまんまを書くやつは
バカみたいに見えるからやめろって、
教えこまれたような気がするよ。
それで大人に褒めてもらえるように
一所懸命文章の書き方を覚えこんで、
気がついたら、
口語と文章語の区別もつかないくらいに
なっちゃったんだねえ。
変なの。

 

 

*『翻訳語成立事情』岩波新書、1982年、114ページ。

 

 

 

disease 病気

 

あまり
ならないけど

むかし
なったこともある

十二指腸潰瘍と
花粉症と

欝と

そのころ
一度に

やってきたね
谷底の地平を歩いていた

投げ捨ててみたり

奪われて
みたり

すると
病気も癒えるさ

なにも
かも

うふふと
笑って

佇つさ

 

 

 

生身の詩人のわたしはびしょ濡れになり勝ちの生身をいつも乾かしたい気分

 

鈴木志郎康

 

 

わたしは詩人だ。
ほら、今、この詩を書いているでしょう。
仕事場でiMacに向かって、
キーボードを指先で
突っついて、
詩を書いている、
このおれは詩人だ。
現に、詩を書いている。
僕は詩人ですよ。
今まさに詩を書いています。
わしゃあ、詩人じゃ。
文字を原稿用紙に書かなくなったじゃが、
詩を書いておるぞ、
わしじゃて、いくらか認知症がかっているけど、
まだまだ、パソコンは使えるって。

詩を書けば詩人かよ。
ってやんでい。
広辞苑には
「①詩を作る人。詩に巧みな人。詩客。「吟遊詩人」②詩を解する人。
と出ている。」
ほらみろ、詩を作れば誰でも詩人になれるってことだ。
いや、いや、
ところがだね、
新明解国語辞典には、だね、
「詩作の上で余人には見られぬ優れた感覚と才能を持っている人。」
とあるぜ。
そしておまけに括弧付きで、
《広義では、既成のものの見方にとらわれずに直截チョクセツ的に、また鋭角的に物事を把握出来る魂の持主をも指す。例「この小説の作者は本質的に詩人であった」》
だってさ、魂だよ、魂。
危ない、
やんなちゃうね。
「余人には見られぬ優れた感覚と才能」
なんて、おれ、自信ないよ。
でも、
詩は誰でも書けるのさ。
子供だって詩を書けば詩人。
おばあちゃんだって詩を書けば詩人。
サラリーマン詩人。
先生詩人。
教授詩人。
主婦詩人。
至るところに詩人はいる。
定年退職して、
毎日、詩のことばかり考えてる
俺は、
正に詩人なんだ。
「余人には見られぬ優れた感覚と才能」なんてことは
どうでもよく、
詩を書いて生きてる、
生身の詩人なんだ。
生身の詩人を知らない奴が、
詩人は書物の中にしかいないと信じてる奴が、
新明解国語辞典の項目を書いたんだろうぜ。

ほら、今朝、
不器用なあなたが全部濡らして拭いたら、
びしょびしょになちゃうでしょ。
と麻理に言われちまった。
びしょびしょ、びしょびしょ、
さらに、びしょびしょ
言われた通りに、
全部は濡らさなかったから、
まあ、びしょびしょにならないで済んだんだけど。
なるほどねえ、
麻理はよく見てるね。
わたしゃ、
不器用なバカ詩人ね。
麻理の言うことを取り違えて、
ホント不器用なバカ詩人なのさ。
不器用なバカ詩人、
そう言って、
麻理と二人して、
アハハ、アハハ、アハハ。
アハハ、アハハ、アハハ。

詩人は生身で生きているんだ。
だから、この世の生身の拠り所がほしくなるんだ。
一人で詩を書いていると寂しすぎるし、
心細くなってくるんですよね。
この現実じゃ
詩では稼げないでしょう。
作った詩を職人さんのように売れるってことがない。
他人さまと、つまり、世間と繋がれない。
ってことで、
生身の詩人は生身の詩人たちで寄り集まるってことになるんですね。
お互いの詩を読んで、質問したり、
がやがやと世間話をする。
批評なんかしない、感想はいいけど、
批評しちゃだめよ。
詩を書いてる気持ちを支え合う。
そこで、互いの友愛が生まれる。
詩を書いて友愛に生きる、
素晴らしいじゃない。

ところがだね。
詩はやっぱり作られたものだから、
その出来栄えというか、
それ自体の価値なんてことが、
気になるんですね。
詩を書いたからには、
読んでもらいたい。
褒められたいんですよ。
または、他人の詩を貶して、
自分を持ち上げたいってのが人情なんですね。
いやいや、詩には歴史があるってことにもなってですね。
その詩史の何処に自分の詩は位置付けられるかなんてこともですね。
考えたりしちゃうんですね。
そこで、ようやく、
詩は商売になります。
競う心と詩作とが結びついて、
その優劣が語られる場で、
その場に入れるかどうかってことで、
その場となる雑誌が必要とされて、
その雑誌がそれなりに商売になるというわけですね。
そうすると、
詩の価値を決める権威が生まれる。
過去の詩人の名を冠にした賞が、
あちこちに作られて、
選ばれた詩集に与えられるってことになってるんですねえ。
寂しい生身の詩人に希望の光が射してくるてってわけ。
評論家おじさんや
評論家おばさんに
認めてもらいたい。
褒めてもらいたい。
なんとかして賞をもらいたい。
わたしは今までに四つも賞を頂戴してるけど、
まだまだ欲しい。
と言っても、
わたしゃ政府の賞は御免だぜ。
まあ、とにかく、日本中いろんな賞はあるから、
秋になるとこぞって詩集を出して、
底に、いや違った、そこで取り上げてもらって、
その光栄な場に登場したいって気持ちで、
自分の詩人としての名前がもっと知られたいよおって、
生身は露と消えても、
名前はさざれ石の巌となるまで残したいよおって、
わたしなんか直ぐにびしょびしょになっちゃうんです。
わたしら生身の詩人は、
苔が生えるまで、もう、
びしょびしょですよ。
びしょびしょ、びしょびしょ、
ずぶ濡れ、
生身は寂しいですから、
しょーがないっす。
ずぶ濡れ、
しょーがないっす。

しょーがないっすじゃないですよ。
そんなことに拘って、
ずぶ濡れのままでいたら、
詩を書く楽しみ、
詩が書けた喜び、
ってことが無くなちゃうよ。
生身の詩人であるわたしは、
詩を書く楽しみ、
詩が出来たあっていう喜びを、
ただ、それだけのことを、
同じ生身の詩人たちと共にしたいですね。
喜びのシェア、
シェア、シェア。

ところで、
詩人は、
国家権力とどう関係してくるのかね。
いやああ、脅かさないでよ。
今こそ、それが問われているんじゃないの。
そうねえ、
一個の生身じゃ立ち向かえねえけど、
権力の筋には乗りたくはないね。
そこで生身を乾かしたくはないね。
びしょ濡れ同志の確認ってところかな。

最近じゃ、
六月十四日の午後、
わたしの家のもともとのガレージに、
木の床を張って改造して、
みんなが集まって語れる、
麻理が運営する地域の人たちが交流する場にした
「うえはらんど3丁目15番地」に、
さとう三千魚さんの
Web詩誌「浜風文庫」の2周年と
わたしの詩集
「どんどん詩を書いちゃえで詩を書いた」
の出版を祝って、
「浜風文庫」の投稿者さんたち九名と
詩集の版元の書肆山田の鈴木一民さんが集まってくれてですね。
生身の詩人が九名ですよ。
駿河さん 萩原さん 長尾さん さとうさん 今井さん 長田さん 薦田さん 辻さん、
それにわたし。
わいわいがやがやと三時間も、
楽しい時間を過ごしたんですね。
会話が進んで、
秋田の西馬音内出身のさとう三千魚さんが、何だったか忘れちゃたけど、
「わたしのような田舎者に取って東京は、、、」
と言った瞬間、
秋田県の隣りの山形県出身の、
一民さんが、
「田舎者って、そんな卑下する必要はないよ。
土方巽のように田舎者は世界に通用する可能性があるんだ。
東京モンって言ったって多くは田舎から出てきた連中なのさ。」
と、
さとうさんの田舎者発言に反発したんですね。
東京に出てきて詩を書くってことと、
郷里の家族の存在ってことの、
絡みがね、
ぽっこりと、
わいわいがやがやの中に出てきたんだ。
いいねえ。
それから、
一民さんは、
Web詩誌の横書きと詩集の縦書きを、
詩人諸君はどう考えるかって言うんですよね。
縦書きと横書きの書記の問題だあ。
いやいや、詩の風貌ってことですよ。
まあ、わたしは、
Web詩誌は紙媒体と違って無限に長い詩がかけていいよなあ、
そこに詩人の生身が出てくるって気がする、
と言って、続けて、
詩人ファンの「現代詩ガール」が生まれるかもね、
なんて言っちゃったんですよね。
バカみたい、いやバカですよ。
わいわいがやがやですね。
生身が生の言葉で話し言い合うって、
気分が盛り上がりましたね。
これですよ。
生の言葉で盛り上がって、
熱が入って、
びしょ濡れの生身を乾かすってことですね。

皆さんが、
外出できないわたしとさよならして、
新宿辺りの二次会に行ってしまうと、
残されたわたしは、
どっと寂しさに襲われたんですね。
居間に戻って、
庭を眺める。
山吹の小さなはが風に揺れているのに、
咲き続けているアジサイの花は動かない。
ふと、
息子たちの名前は、
彼らが老人になった時の
印象はどうだろうと思った。
草多(86)
野々歩(80)
と書いてみて、
白髪の二人の姿を思い浮かべる。
可笑しくなって、
うふふ。
その時、
今から
四十五年後の
二〇六〇年には、
生身の
わたしも
麻理も
もうこの世には、
いないよ。
まあ、その時まで
わしが生きてたら、
百二十五歳じゃよ。
迷惑な話じゃって。