春に
生まれた
56年が過ぎて
母を
見舞った
雪原のむこうに
山々はあり
雪原のうえ
空は
ひろがっていた
雲が浮かんでいた
誰にでも空はあるだろう
そこにいた
そこに投げられていた
56年が過ぎて
なにもわからない
今日が
ひろがっていた
春に
生まれた
56年が過ぎて
母を
見舞った
雪原のむこうに
山々はあり
雪原のうえ
空は
ひろがっていた
雲が浮かんでいた
誰にでも空はあるだろう
そこにいた
そこに投げられていた
56年が過ぎて
なにもわからない
今日が
ひろがっていた
箪笥から、たぶん、狼狽した春を抜きだした。
そんな、手触りだけが残った。
墨のような、
跳ねが爪を食っている。
まさに今、食らう。
私はまもなく校歌をうたう、できるかぎりの轟音で。
例月、例月、例月、まわり、例月が年月を許さない。
区別がつかなくなってきている。
このまま、為体は、ねとねと。
淡緑の羊羹だというさじ加減か。
そろそろかな、うちあがりは。
この吸引、この吸収というべきか、のどごしに頼って疎かになった姿のまま待つ。
待つこともないが、
しゃあしゃあと終える時に、着衣していた土が香りだす。
柔軟剤より遥か遠くまで柔軟しきっていた。
香りに蜂が寄り道するように、このまま一生、目線を落とし、
偽わろうと寄り道を真似る。
道端の花束はこの街が機能しなかった場所を炙りだし、
機能しなかった校歌のように
そこを陣取る。
と、同等に雨が降る。
天気というものは、
こんなもんなんだと思います。
真面目に聴けない。
雨音が跳ねている。
どろりと脈うつ、
聴いたという感触の端から。
それは耳の輪郭と、この現象の端から
丸みだけを抽出して、
まるで
得体のしれない、
フルーツの盛り合わせである。
昨日の夜
新幹線で新庄についた
それから車で
西馬音内まできた
雪原がひろがっている
そのうえに
空がひろがっている
ヒトビトは
小さくみえる
子どものころ
増水した川で溺れたことがあった
死ぬんだと
おもった
死は遠くない
そこに川が流れていた
昨夜は
荒井くんが
浅草橋の西口やきとんで
待っていてくれた
わたしの誕生を
祝ってくれた
産まれたとき
泣き叫んだろう
憶えていない
ヒトに生まれた
虫だったかもしれないし
鳥だったかもしれない
ヒトはいつか垂直に叫ぶだろう
部屋は光に満ちている。
大きな鏡と白いキャンバスを前に、
あたしは絵筆をもって止まっている。
鏡には
何も写っていない。
十九歳の夏。
あたしは首のない自我像を描いていた。
細く切りひらかれた瞳は、
わずかな光を含むとすぐに閉じてしまうので、
光に満ちているはずの白いアトリエを、
あたしは、暗がりの、深度の浅い、
見渡しの悪い空間と認識した。
トルソーがいい、とあたしは思った。
人を描くなら、トルソーがいい。
鏡はいらない。
そして、頭部は描かない。
あたしの瞳から見えたものだけが物質なのだ、と。
あたしは、自らを見下ろしてみる。
絶壁のように、垂直に、下方へとひろがるカラダ。
床に投げだされた足、
それが、十九歳の〈私〉だった。
神田珈琲園で
サンドイッチと
ブレンドを頼んだ
今夜は
二階がいっぱいで
一階にいる
川崎の河原で
カッターで刺されて
死んだ少年のことを思った
その死もネットで
検索した
いまスマホでこの詩を書いている
カッターで
詩を刻みたい
午後に
うえはらんど3丁目15番地に
伺った
坂のうえだったはずが
通り過ぎていた
記憶の地図はあやふやで
今と一致しない
坂をのぼり
坂を下りて辿りつく
志郎康さんと麻理さんと
友人たちの
笑顔があった
空に帰して笑って
いた
地図はない
どさっ、とではなかった
ぐぐり、といった
腰をおとした指定席、新宮駅を
紀勢本線名古屋行き特急はのこして
シンパイのこして
伊勢の手前、多気へと
速度をあげる
ぐぐり、といった
窓ぎわへ母を促し通路の側へ
おとした腰の全重量を
おろしたての晴雨兼用折り畳み傘が
受け止めていた
ぐぐり、といった
駅弁買う前に、おはぎをみつけた
秋彼岸
これでいいよね、お昼
じゃらじゃらっとパックを鳴らして母が
しまったのに
カフェがあった 駅前
窓がおおきい
入る?
いいね、と母。コーヒーのみたい
そうだよね、喉かわいた。
雨もよいの丹鶴城址へ宿から五分
蚊柱に遭遇、退却して浮島みっせいする緑
徐福公園はあきらめ、でもほら
この道の先が速玉大社、昨日のバスで行った
ナギの大樹があったよね
のぼっておりて歩きまわって宿へ
入念な母はすっかり荷造り
ぎりぎりに出るのはシンパイだから
そろそろ行こうと促すので
どさっ、と放り込み
ぐぐい、とファスナーひいて
じゃあ行こう、とキャリーを立てたら
だまっている
どうしたの
キーがない
一枚でいいです、と返してもよかったのに
渡された二枚をうけとってしまった
いっしょにいるから使わないのに
一枚でドアをあけ、ホルダーに置いて灯りをつける
もう一枚は母が
その一枚が
ポケット全部みたの
だまっている手が休みなくうごいている
くちをひきむすんで
ちょっと怒っているようにみえるけど
気がせいてるんだ
知っているのに、できることはないか
焦れてきいてしまう
だまってて 考えてるんだから
気がちる
そうだねそうだった
きゅうっと狭くなる
通路
黒い表紙の宿泊約款ひらくくらいしかできないな
あ、いざとなればって、このくらいで
いざはくやしいな 三千円でいいのか
だいじょうぶだよ、あなたが言うように
早め早めにしていたからまだ三十分、
いや、一時間ちかくある
過ぎたってどうってことない
できることがないと心はおちつくのか
あわてる気質は同じなのに
一枚でたりるのに
一枚しか使ってないのに
その余りのもとめない一枚のために
まっしろになって くちひきむすんで
あわてなくっちゃいけないなんて
うーん納得できない
なんて言葉にできずに
うなっていたら母が
モノクロギンガムチェックのブラウスの
胸ポケットを
なに。え、なに?
うーん、こんなところに入れるなんて
ふだんしないことどうしてしたんだろう
つぶやく母の
肩がなで肩にもどる
まっしろになってくちひきむすんで
あっとおもってなで肩にもどって
よかったあっとゆるんで
お腹すくからなにか、と探しながら駅まで
水ひとくち飲まずに
厚切りトーストとコーヒー、
駅前カフェの
私は紅茶
熊野新報写真特集
くつろぎすぎて
あと十五分
改札へキャリーをひいて
指定券と、もう一枚
きのう途中下車してハンコもらった乗車券
もらわなかったかもしれない
もらわなかったって?
返してもらってないかもしれない
だったら返してもらわなきゃ
すみませんきのう昼過ぎ着の特急で
途中下車のハンコをもらうはずの
乗車券が一枚返されてないみたいで
あと十二分で出る名古屋ゆきの指定券もってて
二人のうち一人の乗車券はあるので
昨日の分の切符がまだあるなら
まじってないか探してほしいんです
わかりました探してみましょう
奥へゆくひと 検札にたつひと
つぎつぎに荷物もつひとたちが改札をとおって
ホームへ階段へと
あと十二分の針をおしてゆく
階段のぼって向こうのホーム
キャリーをさげて五分かな
ありましたっ
紙片をつまんで駆けてくるひとはいない
かわりに
調べてみたのですがありません
指定の席に乗っていただいて
ひきつづき調べて出てこなかった場合
あらためてお支払いねがいます
そんなぁっと
言いさしにしてとおる改札あと四分
いやだ、
かすかな悲鳴
え、声にならない
これ、と言ったろうか
困りきった指が
さぐりあてていた裏の黒い一枚
胸ではなく
バッグのうすいポケット
ハンコもらってそのまますとっと入れたんだね
むりもない
バスの乗り場へ気持ちがいってたから
いやだ、もう
そんな、よくあることだよあなたはきちんとしてて
自信があるからがっかりする
緊張したり疲れたりして
たまぁにうっかりしたのは
だめなひとの気持ちをわかるためかもよ
半ば母に半ば以上は
うっかりすぎる自分の肩もつように
くちひきむすんだまま
目をつむって母は
ぐぐり、といった
晴雨兼用折り畳み傘の
曲がりを直そうとして折れたのを
いいですか、と預かっていった
二見の宿の仲居さん
お伊勢さんをめぐる一日は
これで使えますよとガムテープを巻いて
包帯みたいだけど、だいじょうぶ
まぶしい秋分の
玉砂利ふみしめて
外宮から内宮、駆け足で
ああ、でもやってしまったみたい
なに、と母
デジカメ
お抹茶いただいたとき手首から外したたぶん
バッグの中じゃないの
いや、あそこだとおもう
駅の写真でも撮っててね
宇治山田駅のベンチにひとり
さぐってもひろげても、ああやっぱり
近鉄特急名古屋行きまで二十五分
内宮らしきところへ電話
あの、忘れものしたみたいです
デジカメ、ニコンの
クールピクス、ですか銀いろの
そうです、それです。送ってくださいますか
お手数ですが
いいですよ。持ち主のところへかえるのが一番ですから
ありがとうございます
あったよ、と告げて
よかった、とひとこと
やっぱりね、親子だね、いや
あなたはなくしてなかったけど
私は忘れちゃったしね
新宮のせんべい伊勢のまんじゅう
折り畳めない傘をキャリーにおさめ
近鉄特急名古屋行きの
窓は暮れはじめたところ
うっへぇー、すごい雨だなぁ
羽田から大分空港へ、それからバスで湯布院へ
そうです、そうです
旅行ですよ
ミヤコさんと旅行ですよ
おさらいすると
1月にメールのやり取り、3月に実物に会い
5月におつき合いスタート
6月にお宅にうかがって
ありゃまあ
今日、7月14日は旅行ですよ
オクテなぼくには考えられないペース
おっとっと
水たまり、水たまり
「思ったより降ってますね、早くどこかのお店に避難しましょう」
山小屋風のレストランにダッシュ
濡れた髪をタオルで拭いて
思わず顔見合わせて
あはっ
名物のだんご汁定食が運ばれてきた
ほうとうみたいなモチモチした舌触りがいいね
湿っぽい髪のまま
写真なんか取り合っちゃってさぁー
旅って感じ、してきたぁー
ひさびさぁーの2人旅なんだぁー
「ツジさん、小降りになってますよ」
ほんとだ、良かった
荷物をロッカーに預けて
探検の始まり始まりぃ
大きな鳥居を潜ってまっすぐな道をまっすぐ歩いていく
まっすぐ、まっすぐ
ぎゅっと握って
そっと抱いて
そういうことがもうぼくたちにはできるんです
だから幾ら歩いても疲れない
「あっ、川に大きな鳥がいる!」
「シラサギじゃないですか。きれいですね。」
シラサギ一羽見かけることがこんなに楽しいなんて
ナイスなタイミングで虫をついばみに来てくれて
シラサギ君、ありがとよ
ノーマン・ロックウェル美術館とステンドグラス美術館を見て
まっすぐな道をまたまっすぐ、まっすぐ
駅に戻って喫茶店でひと休み
湯布岳をイメージしたスイーツがあるっていうから注文してみると
巨大なアイスクリームに綿あめがドバッとかかったものが出てきたよ
山と霞
「湯布院の人は想像力が豊かですねえ。」
「2人がかりでも全部は食べられないですよぉ。」
アイスクリーム山をスプーンでつんつん突っつくミヤコさん
雨後のせいでリアルの山は見えにくかったけれど
2人の間で
これで湯布岳のイメージはバッチリだね
タクシーで宿へ
古民家を改造した素敵な旅館だけど
実は部屋がダブルブッキングされるトラブルがあったんだ
ミヤコさんが抗議してくれたおかげで
同じ料金で上のクラスの部屋に泊れることになった
さあて、どんなお部屋かなー
げげっ
豪華で広々した和室が二間
掛け軸の龍が口からいかにも高価そうな炎を吐いている
「政治家がお忍びで来るって感じだねえ。宿に悪いかな。」
「いいんですよ。間違えたのは宿の方なんですから。」
ミヤコさんは澄ましている
「でも、ちょっと得しちゃいましたよね。」
へへっ、て
たくましいなあ
へへっ、へへっ
一晩明けると雨は止んでいてすっかり観光日和
2人とも歩くの大好きだから
「今日はとことん歩きましょう。」
花の木通りをゆらりゆらり
いろんなお店があるもんだね
水槽に突っ込んだ足の角質を食べる魚にびっくり
かわいいアクセサリーや雑貨をうっとり見ているミヤコさん、にうっとり
金鱗湖では他の観光客から写真を撮ってもらった
湖面を眺めていたら、若い女性が
「写真撮りましょうか。」と声をかけてくれたんだ
カップルに見えたんだな(当たり前だが)
ぼくたちカップルなんだな(当たり前だよ)
日除けの帽子&アジアンテイストの青いワンピース姿のミヤコさん
誕生日にミヤコさんからもらった真っ赤なハートつき黒いTシャツ姿のぼく
ぼくはミヤコさんの腰に手を回して
2人して微笑んでいる
そういうものが
スマホの中に残されることになりました
ああ、こんなことも
生身と生身の触れ合いがなきゃできないことだ
山下清にシャガール、現代彫刻に民芸品
湯布院は美術館が多いね
規模は小さいがどこも個性がキラリとしている
川沿いの道を
ぎゅっと握って
そっと抱いて
緑の熱い息に吹かれながら歩くうち
お洒落なロッジのような洋館を発見
「ドルドーニュ美術館」と書いてある
どれ、入ってみようか
「いらしゃいませ。スリッパにお履き替え下さい。」
感じの良い老婦人が出迎えてくれた
ほう、これは美術館というより個人宅
外からは洋館に見えるけどどうやら元は日本家屋っぽい
高い天井に太い立派な梁が何本も張り巡らされている
「古民家を改造して作った美術館なんですよ。」
所狭しと並べられた絵や彫刻には
まるで統一感というものがない
素朴な風景画からアヴァンギャルドまで
傾向、バラバラ
が、なぜだろう
作品に統一性はないのに
妙に収まりが良いんだ
作品同士が仲良し
作品同士がお友達
いかにも「お部屋」ってところに
長い間架けられたり置かれたりしたよしみって言うのかな?
大きな美術館の冷たい壁に展示されていたら
うっかり見過ごしてしまうかもしれない地味めな作品も
ここではしっかり居場所を主張してる
ミヤコさんも熱心に見入ってるぞ
「あの、よろしければ冷たいお茶、召し上がって下さいな。」
お言葉に甘えてアンティークな感じの椅子に腰をかける
ぬぬっ、足に何か柔らかなものが!
黒猫ちゃんだ
ゆっくり床を横切っていく
「館主のUと言います。ここは九州にゆかりの作家の作品を集めた美術館なんですよ。」
Uさんはこの地域でのアートの普及に長年力を尽くして
縁のできた国内外のアーティストの作品をここに展示しているのだそう
バングラデシュの作家の作品もあった
カビールという名前の画家、日本で学んだそう
抽象画なのだけれど色づかいが繊細で
とても暖かい
あれー、黒猫ちゃん
テーブルの足に一生懸命頬っぺを擦りつけてる
このテーブル、私のものなんだよ
だって
うんうん、わかるよ
そうだろうね、そうだろうね
Uさん自身、彫刻家であり、俳人であるそうだ
Uさん作の座禅をする若い女性の彫刻を見せてもらった
ノースリーブの普段着のまま
ちょっと姿勢にぎこちなさを感じさせるけど
きりりとした表情
初々しい
きっと日頃から親しくされている方なんだろう
そうじゃないとこんなに細かく表情彫れやしない
黒猫ちゃん、今度は椅子の間をくるっくるっとして
背中をしならせて、絨毯で軽く爪とぎ
すっきりしたかい?
「宇治山哲平の作品を集めた部屋があるのですがご覧になりましたか?
大分出身の有名な抽象画家なんですよ。」
Uさんとも親交があったという
名前くらいは聞いたことある
「どうぞ、こちらへ。」
ほうっ
それは
赤と緑とオレンジが
○と□と△が
軽やかにコロコロ遊ぶ世界
コロコロ
コロコロ
あ、ソレ
コロコロ
ソレ、ソレ
コロコロ
コロコロコロ
「色が鮮やかでとっても楽しいです。」ミヤコさんが感嘆すると
「そうでしょう、そうでしょう。
宇治山さんの絵ね、一つ一つの形にみんな意味があるんですよ。
曼荼羅みたいにね。
だから抽象ですけれど他の抽象画とは違うんですよ。」
画面の中で
コロコロ動き回る
○□△
見惚れていると
足元にほわっとしたものが
黒猫ちゃんだ
飼い主さんについてきたのかな?
宇治山哲平の絵を鑑賞するぼくとミヤコさんの間を
するっするっと
抜けていく
そのリズムが
転がり続ける○□△のリズムに
うまく重なってるんだ
○□△と黒猫ちゃんと
素朴な風景画とアヴァンギャルドと
梁のある天井とアンティークな椅子と
バングラデシュと座禅と
…………
水たまりとだんご汁定食と
豪華な和室とシラサギと
綿あめと角質食べる魚と
アジアンテイストの青いワンピースと真っ赤なハートつき黒いTシャツと
縁が結ばれれば
コロコロ
コロコロコロ
リズムが生まれて
中身はバラバラでもきれいに収まる
感激して
ぎゅっと握って
そっと抱いて
収まるんだぁ
味噌汁の電源を入れ、
火気を床の間へはこんだ。
恐る恐る団子状になった生き物が
集まってくる、恐る恐る。
寛容な儀式のはじまり。
とある先生が着物で玄関先に立ち
袖口から、ぽろぽろと
銀紙のような皮膚片を無意識に落としている。
雪と桜を混ぜたような
目ざわりな排卵を、ぽろぽろと落とす。
招かれるのを待つ、傲慢な先生
迷ったあげく、待ちくたびれている。
まなざしの多さで先生は
もう、ほぼ、ブロンズ像である。
其の侭、先生をふさぎにいく
生き物の団子は
いずれ、形を覚え、先生の前で
接点のある人かのように通り過ぎていく。
先生の肩にぶつかり
先生を吊るしあげ、
感謝するのだろう。
先生よ、はやく床の間へ来てくださいね。と