音の羽  @140208

萩原健次郎

 
こんな朝が暴かれると、
知らぬうちに、茶碗は割れる。
斜光に、誘われるままに、吸われる、視界の
乾いた、野の、散らばる陶の欠片を、
ちくちくと音立てて、陽光の食う、その無残な作法に
飽きたのならば、まず滝のある隅の方角から
修行の血汗として、ぼとぼとと降ればいいことだし
それを語る、経を持つ僧の心気も、迸る虚言のようで
吐く川は、削ぐ皮となり、炎暑の鈴虫みたいに
すこし冷気が吹く、土塊の奥に潜んで
土食いに、喰われる。
斜光ちゃんの、茶汁がひびから漏れて
雲母の、急登に、踵がからまって、
それからやわな史蹟となり、
この甘辛さは寿司に巻かれる。

農夫の、濃みどりと
衣に降りかかった粉の白さと、斜光の暴きと、
どのような、誤記の作法で、みすぼらしい沼ができ
そこに汚い鯉を浮かべたのか。

正月も、縄燃える。
祈りの、おまえが、煙に化ければ、溶けるやないか。

巻紙の、水面が夕空の、弱法師、
追いかけてくる足音が、また煙を吸い
混濁は、坂の水を干す。
風を見るために、雲母の坂を降りてきた
猿に殴られ
鹿に蹴られ、
烏に頭髪の根を突かれて

それでも朝に、帰っていく。

 
(連作のうち)

 

flag 旗

手を振る
ヒトたちはいた

手を振るヒトたちはたくさん
いた

旗を振るヒトたちも
いた

日の丸を振るヒトたちもいた

たくさんいた
たくさんいた

すこし浮かれていたかもしれない
すこし悲しかったかもしれない

旗を振った
旗を振った

さよならといわなかった

 

 

to へ まで

わからない

わからなかった
そこは

赤土の崩れた

断崖の夕暮れの
坂道をのぼっていった

暗闇に
紅いぼたんの花が咲いていた

夕暮れは地獄だ

そこにあなたはいたのだろう

性を失って
わらっていた

あなたは紅い空をみていた
坂は過ぎていた

 

 

 

newspaper 新聞

このクニの
水辺に立てばいい

このクニの土の上に立てばいい

このクニの農民はいまどこにいるのか
このクニの漁民はどうしているのか

大きな夢のあとに
残されたものはなにか

夢のあとに消えさったものはなにか
アタラシイ自由のあとに勝ち残るものはだれか

 

 

weak 弱い

朝になってしまいました

西の空が白く
その下に灰青の山々がみえます

パルティータを聴いていたのです

バッハがひかりを感じるには
空しく裸であったろうと思うのです

ひとりの貧しいヒトが見えたのです

いとしいヒトでした
そのヒトは弱くいとしいヒトでした

 

 

possible 可能な

冬の陽射しに

桑原正彦の絵と
SMITHSのジャケットをならべた

still ill をくりかえし聴いている

鉄橋の下でぼくらはキスをした
唇がヒリヒリした

そうモリッシーは歌っている

だけどもうない
だけどもういない

そんなことをモリッシーは歌っている

 

king 王

ゼログラビティのなかで
重力は人間の関係性のことなんですよね

川崎さんはいった

子供を失い関係性を失ったヒトが
宇宙に浮かんでいた

やがて関係を獲得して地球にもどり重力を得たのですよね

川崎さんは渋谷の喫茶店でいった

王はいなかった
王はどこにもいた

 

 

curtain カーテン

霧が
流れていた

坂道をとおってきた

闇のなかに
星はひかっていた

林が遠くあった
林は遠くにあった

カーテンがかかっていた
ひかりのカーテンがかかっていた

霧が流れていた

いとしいヒトの声を聴いた

遠い声だった
遠い声を聴いていた