松田朋春
猫は美しい
働かないから
天と地が大きく揺れ
焼けた匂いに覆われても
破滅の行列が行き過ぎても
もう動けない人がいても
それが私でも
生きているだけで
猫は美しい
猫は美しい
働かないから
天と地が大きく揺れ
焼けた匂いに覆われても
破滅の行列が行き過ぎても
もう動けない人がいても
それが私でも
生きているだけで
猫は美しい
夕暮れが美しくて
佇んでいる
時間をかけて
マイクロプラスティックが
血管を流れている
無数の
多摩川の石投げは
天国への階段
無関係なものの
終わったあとだから
よくみえる
よく知るために
終わらなければならない
何度も
書き終わりたくない
知りたくないから
それが何であるか
何でしかないか
終わってわかったこと
終わってのこったこと
捨てたのに帰ってくる子どもみたいに
心はせつないうそをつく
まっすぐにこっちをみて
この街はたぶん
はじまった時からふるびていて
神宮ばかりが青々と生命を集めている
水路も道も
樹皮の皺のように蛇行して
何かを守っている
疫病なんて何度も通り過ぎたと
誰も採らない道端の柑橘がささやく
すれ違うとき
汐の湯につかって
磯のように
表面を溶かす
水も土も風も
体液と同じ味になるまで
あともうすこし
こんなに近くにいるのに
会えないなんて残念です
わたしはすっかり髪が伸びて
別人のようですよ
あなたを驚かせたかった
あなたは変わったかな
会えない時間だけ歳をとって
同窓会のように少し照れくさい気持ちで過ごす
最初の数分を味わいたかった
今は誰にも会っていないと聞いて
わたしは密かに喜んだのですよ
このまま会わない人になるのなら
私はまた違うかたちで
あなたの幸せを願うことが
できるかもしれない
会えないあなた
あなたは今、
どんな気持ちですか
そんな手紙があったとして
詩よりも伝わること
伝わってしまうこと
詩は告白ですらないなら
そこにあるものは何なのか
子供の背中をみる
肩の骨が出ている
首筋がやけている
もう違う何かを見ている
ことばが遠くなる
猫の家族のように
眼をあわせなくなって
親が死に子が育ち
その先のあらすじを知っていて
いってらっしゃいという
心が逆巻いている子供の
背中をみる
なすすべもなく
いってらっしゃいといい
おかえりという
知っているものに
ひとがおきかわる
心細さが
自分にもあてはまる
それは
本当なのか
自分の周りでも抗体検査で陽性になった人がいて
隣り合わせで暮らしている実感がある
私の検査結果はおそらく明日か明後日には届く
自分が陽性であれば家族も全員陽性であるはずだ
疫病のひろがりというよりは
無症状のひろがり
なにもないひとが
なにもないものを
気付かぬうちに手渡すという
シンプルなルールに
働かざるもの食うべからずは
太刀打ちできない
倒産や廃業の知らせが
毎日届くようになってきた
揺るぎない感染のあゆみよ
いよいよちぐはぐな社会のふるまいよ
何かがはじまる前の静けさに草叢が匂っている
明日など来なくていいのではないか
自分好みのものを他人にも書かせようとして
すばらしい詩が今日もできあがる
湿った朝も乾いた夜も
ああもう何度も感じた
だから密室のようにまっしろい曇天に
あとから書き込んだに違いない鮮やかなインコを見つけて
大急ぎで写真を撮るのだ
どうせ消すのに
一日中コーヒーを焼いて
たまりかねた隣人が小言をいいにきた
ベランダではアスパラがぐんぐんのびて
いちごが赤くなって
めだかは一匹ずつ死んで
キャベツの芋虫がまた大きくなって
風がふくとすべてが揺れて
黄色い靴の夢をみた
あとでその意味を調べようと思って
もういちど眠った
何を書いても暗示してしまう
みんながつながってしまった世界に
ほんとうの他者はいない
想像してはいけないことが
名前を呼ばれるのを待っている
寝言のように短い影と
明るすぎる月
#poetory