夢のカリフォルニア(改訂版)

 

今井義行

 
 

空が灰色の日には 1 つの歌を 思い出す
音楽ストリーミングアプリから
米国のフォークロック「夢のカリフォルニア」をスマホに落とした
2020 年を目前にして
1965年を スマホに落とす なんて
不可思議な 日々の 楽しみ方だなあ ──・・・・

ワイヤレスヘッドフォンを通して 4人組のコーラスが
私の 脳の中を 駆け巡っている

All the leaves are brown (all the leaves are brown)
はっぱは みんな ちゃいろ ちゃいろ
And the sky is grey (and the sky is grey)
それから そらは はいいろ はいいろ
I’ve been for a walk (I’ve been for a walk)
さんぽに いった ことが あった あった
On a winter’s day (on a winter’s day)
ある ふゆの ひに ふゆの ひに
I’d be safe and warm (I’d be safe and warm)
やさしくて あたたかだろう だろう
If I was in L.A. (if I was in L.A.)
もしも ろすに いた ならね ならね

飛びっきりの 美貌で
後に女優にもなったメンバーの若きミシェル・フィリップスが
長いブロンドを 掻きあげながら
「この脳の中には
おおきなロケットが飛んでいるわ」とわたしの脳の中で呟いた

Stopped into a church
きょうかいで たちどまった
I passed along the way
わたしは あるいて いった
Well, I got down on my knees (got down on my knees)
わたしは ひざをおりまげ ひざをおりまげ

And I pretend to pray・・・・・・・・
そして いのるふりを したんです・・・・・・・・
(対訳は作者による)

なぜなら ば
そうすれば いつまでも
あたたかい きょうかいに
いられる でしょう?

わたしは、毎日 脳の中に必要な物質
つよい抗うつ薬を外部から取り込んでいく治療をしていた

わたしの脳は ──・・・・。
11月のはじまりから ヒッ、ヒッ、ヒッ迫していたのだった

ヒッ、それは 何処から飛来するのかさえ
ヒッ、わからない ストレスの塵の集積が
ヒッ、脳を刻々と萎縮させていく 奇妙な現象だった
ヒッ、判断力の低下は 相当なものだった

『サインバルタカプセル 20mg×3+リフレックス錠 15mg×3』

主治医が 言うには
「最高の相乗効果が得られる薬と薬の組み合わせ
この組み合わせをカリフォルニア・ロケット*というんです」
とのことだった
*アメリカ合衆国の精神薬理学者スティーブン・M・ストールが考案した療法で、
単剤処方では十分な治療効果が得られない難治性うつ病を異なる作用の抗うつ薬で
神経伝達物質のさらなる増加を図るものである。
(ネットより引用)

わたしの脳の中には 毎日
カリフォルニア・ロケットという 合金製のロケットが
飛び回っていて
それを ママス&パパスの
ミシェル・フィリップスが目撃して すぐさま
股を開いて 飛び乗ったのだ

鬱々としていた わたしの脳の中は
こすられて 充血し だんだん 気持ち良くなり ──・・・・

萎えていた わたしの 精神状態は
〈ああ、具合が いいなあ。〉と 悦んだのだ

このまま カリフォルニアへ行きたいなあ。
わたしにも暮らせそうな 夢のカリフォルニアへさ

わたしは、脳の中のミシェル・フィリップスに
メッセージの波を 送信してみた
〈こんにちは、カリフォルニア・ロケットの
乗り心地って 如何なもの ですか〉
〈えっ、誰ぁれ?〉
〈この委縮した 脳の 持ち主ですよ ははは〉
〈ねぇ、このロケット ──・・・・
カリフォルニア・ロケットって いうの?
わたし グループ内で 不貞しちゃって
みんなから顰蹙もので 鼻つまみ者扱いになってるの
ずっと ここに 棲んでも いいかしら?〉
〈ええ、どうぞ
暖かくなったら 一緒にカリフォルニアへ行ってみない?〉
〈あら、いいじゃないの!!〉

11月も半ば過ぎ 何処にも 枯れ葉が舞っていた

平成21年に 鬱病で会社を辞めて
平成も最後の時期に 55 歳になっている わたし
社会不適合なところがあって それでも社会に居て

では これから どうしようか?
今は 貯金の切り崩しと精神障害者年金で
食べている、が ──・・・・

福祉行政の 制度・制度・制度が 待っているよ

生きる権利を全うするために
制度の良いところを活用すればよい
自分の居たい場所は
制度に水を差されないところに
自分で創ろう、ってこと

そんな気持ちになれたことは、素晴らしい、ってこと
そんな気持ちになれたことは、
『サインバルタカプセル 20mg×3+リフレックス錠 15mg×3』の
功績だ 薬で楽になれるのなら
さっさと 薬の世話になるのがよい

〈ありがとう、カリフォルニア・ロケット!!〉

わたしは 次の通院日に 主治医に言った
「先生、カリフォルニア・ロケット
抜群に 効いていますよ ──・・・・
精神状態が、フワッとなって 女友達まで出来ました」
「そうでしょう!!
これ以上の 組み合わせは ないですから
女友達まで 出来ましたか 愉快 だねえ」

California dreamin’ (California dreamin’)
カリフォルニア・ドリーミン ドリーミン
On such a winter’s day
ある ふゆの ひに
California dreamin’ (California dreamin’)
カリフォルニア・ドリーミン ドリーミン
On such a winter’s day
ある ふゆの ひに

どんな状況でも カリフォルニアを 夢見よう

どんな状況でも カリフォルニアを 夢見よう

わたしは ある晩
カリフォルニア・ロケットを 経口投与した後
『サインバルタカプセル 20mg×3+リフレックス錠 15mg×3』が
喉を通って 溶けながら 胃の粘膜に吸い込まれていくのを
味わっていたのだったが
次の瞬間には 脳の中に花が咲き広がっていたよ

〈ああ、気持ちがいいなあ。〉

群青の空には やはり 合金製のロケットが飛んでいて
わたしは ロケットの一隅に 横たわっている
ミシェル・フィリップスの横顔を 見つけ出した ──・・・・

〈こんばんは、毎日の 居心地は良いですか?〉

〈ええ、気持ちがいいわあ。〉

〈暖かくなったら 一緒にカリフォルニアへ行ってみない?
そして、「夢のカリフォルニア」を 一緒に歌って みようよ〉

〈ええ、いいわあ。でも、あの歌は
けっして 朗らかな 歌ではないのよ?〉

〈カリフォルニアっていう 地名には
どこかしら 希望があるじゃないですか!!
日本▪東京の 居心地は わたしには かなり 痛いですから〉
〈あら、そうなの。〉

〈タンポポが ちらちら 咲く頃になったら
カリフォルニア・ロケットに乗って 一緒に
旅に 出てみようよ ──・・・・〉
〈ええ、いいわあ。カリフォルニアへ、ねっ

ライフ、イズ、ライフ、イズ、ショート。〉

 

 

 

不浄観

 

道 ケージ

 
 

葬式のあるたび
父は火葬場の裏に
私を連れて行った
黒い鉄扉は薄汚れ
丸いのぞき穴は
炎で何も見えない
「これが人間たい」

パイプ椅子に置き去りにされ
不思議へ傾く
「不浄観」だったのか?

煙流れて
煙流れて眺むれば
コンロの炎も
付き具合が悪い
電化製品は壊れる

三月の風は肉まんの香り
土饅頭を二、三
満州歓喜嶺の土埃に
五族協和の屍を晒す

父は満州から帰り
ブンヤの傍ら考古学
私たち兄弟を古墳に連れ廻した

「なんもならんやったね」
最後の見舞いの時
父はそう言った

 

* * * * *

 

谷崎潤一郎「少将滋幹の母」に
「不浄観」が出ている
若妻を甥の藤原時平の策略で
奪われた帥の大納言藤原国経は
夜な夜な屍体を見つめに墓場に出かける

月の光は・・・雪が積ったと同じに、いろ〱のものを燐のような色で一様に塗りつぶしてしまうので、父を密かにつけた茂幹は最初の一刹那その地上に横たわるものの正体が摑めない

「・・・長い髪の毛は皮膚ぐるみ鬘のように頭蓋から脱落し、顔は押しつぶされたとも膨れ上がったとも見える一塊の肉のかたまりになり、腹部からは内臓が流れ出して、一面に蛆がうごめいていた。・・・」

屍体を眺めすべてはこのように成り果てていくと達観すれば、やがてあらゆるものが不浄、無常と見えてくる。絶世の美人も血膿の塊として映じ、飯粒も白い虫ヘと変じる

茂幹は父に聞く
「迷いがお晴れになったのでしょうか」
父は山の端へ目をやり
「なかなか晴れるどころではない。不浄観を成就するのは、容易いものではない」

そうため息のように漏らした

 

 

 

人とそのお椀 01

 

山岡さ希子

 
 

 

立っている 少し背伸び 足は揃えている 転ばないのが不思議なバランス スエットのようなものを穿いているかもしれない 足が小さい
片手で椀を持つ 親指でしっかり支える 手は大きい
椀を見ている 水が入っているかもしれない 水に映った顔を見ている

 
 
 

家族の肖像~親子の対話その37

 

佐々木 眞

 
 

 

お母さん、戦争いやです。戦争いやです。
お母さんも嫌ですよ。

お父さん、小田急のおは小さい、ですよ。
そうだね。

おだまりって、黙ってなさい、のことでしょう?
そうだよ。

コダカ君、好きになったよ。
ああそう、良かったね。

人間同士って、なに?
コウ君とお母さんは、同じ人間です。お互いに違っても、仲良くしましょう。
分かりました。

お父さん、栄えるってなに?
繁盛することだよ。

お父さん、「商」は割り算でしょ?
なに?
「商」は割り算でしょ?
そうか、そうだね。

お父さん、ぼく蓮佛さんの声好きですお。
そうですか。では蓮佛さんの声をマネしてくださいな。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
よく出来ました。
「私と別れてください」
よく出来ました。

要るは、かなめっていう字でしょ?
そうだよ。

たまものってなに?
そのお陰で、っていうことだよ。

受け止めるって、なに?
受け入れることだよ。

お父さん、美しいの英語は?
ビューティフルだよ。

お母さん、放課後て、なに?
学校が終わったあとよ。

お母さん、タイムアウトって、なに?
時間切れよ。

お母さん、極めるって、なに?
完全にやりつくすことよ。

お母さん、尊敬ってなあに?
とても大事にすることよ。

お母さん、ぼく、図書館行きますお。
じゃあ、8時50分に行きましょ。
分かりました。

お母さん、旅行楽しいですウ。
そう、良かったですね。

めでたし、めでたしってなに?
コウ君と一緒に死ねたら、めでたし、めでたしよ。
そんなこと、いわないでください。

お母さん、お母さん、ボク、お母さん大好きですよ。
ありがとう。お母さんも、コウ君大好きよ。

お母さん、加賀友禅てなに?
キモノの一種よ。

お母さん、人工呼吸、治るよね。
そうねえ、それで助かることもあるね。

 

 

 

100円商品のプラスチック製の黄緑色の小籠

 

駿河昌樹

 
 

もっとも親しかったうちのひとりを9年前に失ったまゝ、いろいろな思いを脳内に彷徨わせたまゝ、……で、居続けている。かといって、ポーやリラダンやローデンバッハらの作品の人物たちのように死者の思い出だけに沈潜し続けているわけはもちろんなく、最新のCPUが軽々とこなすごとくに、マルチタスクで、意識は諸相的に多層的に忙しく機能し続けている。現代のセルジオ・レオーネとも言えるであろうアントワーン・フークアのアクション映画を次々と見ながら死者のある日の目の伏せ方を心の中に凝視し直したり、出勤前に慌しくシャワーを浴び、洗髪してから髭を剃る時に、また別の、死者が健康であった頃のある日の服選びに助言した瞬間のことをありありと蘇らせたりする。
髪にドライヤーをかけたり、鬚を剃ったりする洗面所の洗濯機の奥の小棚にはプラスチック製の黄緑色の小籠が置かれていて、そこには入浴剤や他の小物が乱雑に詰め込んであるが、この小籠は、死者が最期の日まで、病院での朝晩、歯ブラシや歯磨きチューブ、タオル、化粧水や乳液、口紅などを入れて、病室から洗面所まで通うのに用いていた。手頃な道具入れが必要になった際、病院の近くの100円ショップで慌てて購入して持って行き、与えたもので、100円商品にしてはプラスチックも厚手で、なかなか頼りがいのある悪くない品だった。
すっかり筋肉の削げた足で、よろよろ、ゆるゆると廊下を進み、洗面所に通う姿にたびたびつき合ったが、他にもいくらも適した容器や籠はあり得るというのに、急ぐ必要があったことや使い勝手のよさから、こんな廉価品を毎朝毎晩提げて歩ませることになってしまう…と思いながら見続けた。最期も近いかもしれない人に、100円商品を持たせるとは。かといって、高価でもっと重い、使い勝手の悪いものを持たせるわけにもいかず、成り行き上、それなりというより、必然というべき事情のもつれの果ての風景や光景が一瞬一瞬醸成される。二度と戻らない時間の一刻一刻であるというのに、ひとりの人間を取り巻く物品のありようは、しばしば侘しく、うすら寒く貧相で、偶然というものの悪戯心やそれとない悪意を感じさせられさえする。
そのプラスチックの100円商品の小籠は、持ち主よりももう9年も長く生きのびて、劣化の気配も見せない。鬚剃りの後で化粧水や乳液を顔につけながら横目で見たこの小籠のイメージと、そのイメージに無数に重なって甦る死者の生前の姿、さらにはそれらの姿のかたわらにいつも在った私なるものの在りようを意識の中に漂わせながら、今日も、靴を履いて、地面や、地面と呼びづらいような人工的な石板の数々を踏みに出る。

 

 

 

名古屋-京都-博多 旅行記録

 

みわ はるか

 
 

こんなにもたくさん笑ったのはいつぶりだろう。
保育園のころ、桃色のつばが広い帽子をみんなでかぶって、隣の子と手をつないで桜並木の下を歩いたときと同じ気持ちだったような気がする。
見るものが全て新鮮で、人が優しかった。
大事な人の大事な人が自分にとっても大切にしたいと思えた旅だった。

わたしの大切な友人と、友人の小さいころからの幼馴染に会いに名古屋から博多に行く予定を前々からたてていた。
ひょんなことから、その道中で友人の大学時代の神戸の友人と京都で落ち合うことになった。
この時点でわたしは2日間の旅行のうちに知らない人2人にあってご飯を食べなければいけなくなった。
それは新しい出会いで楽しみでもあったけど、少しだけ、ほんの少しだけ不安でもあった。
「2人ともいい人だよ~。大丈夫。」って言われたけど日が近づくにつれてどきどきしてきた。
その時のことを忘れないうちに、記憶が鮮明なうちにここに記録しておこうと思う。

その日は風は冷たかったけれど青い空が広がっていて気持ちのいい日だった。
京都駅、神戸の人と会う時が来た。
いきなり現れたその人はわたしが想像していた人とは違った。
そんなに背は高くなくて、でもわりと顔は端正で、折り畳み式の自転車を持っていた。
適当に挨拶だけすませて、ご飯を食べに行くことにした。
でもその日は休日の京都駅。
どこも駅中のお店は人ばかりで困ってしまった。
でもその人はいつのまにか京都駅近くのお店をあっという間に予約してくれて連れて行ってくれた。
京都駅からすぐ近くのお店で、あっさりしたものが食べたかったわたしの希望通りのお店だった。
移動しているとき空が見えた。
「空がきれいですね~。飛行機雲もある!」
ちょっと気を遣ってわたしが言ったのにその人は
「本当に!?あの辺雲ばっかりだけど大丈夫?」
もう笑うしかなかった。
変な人~、関西の人はこんな感じなのかなと思い始めたのは多分この時からだったと記憶している。
お店でご飯を食べ終わるとさっとその人は立ち上がってあっという間にお会計を済ませてくれた。
スマートだった。
「まけてもらって50円だったから楽勝だった!」
そんな風にして帰ってきたその人はいい笑顔だった。
改札で別れるとき友人同士は普通に握手をしていた。
わたしも握手をしたかった。
手を差し出してみた。
目を合わせてくれなかった。
ちょっとしたら目を合わさずに、わたしが差し出した右手に対して左手を出してきた。
不満気にわたしがもう一度右手を出したら、今度は少し照れたように目をしっかり合わせて右手を出してくれた。
温かい手だった。
「その持ってきた折り畳み自転車で京都から神戸まで帰るんですよね 笑??」とわたしが言うと
その人は「うるさいわっ 笑」と言い残して去って行った。
3人で京都駅の前で撮った写真は大切な大切な思い出になった。
何度も何度も見返している。
その人は変な人だったけどわたしは結構好きになった。

博多に着いた。
夜ご飯は2人目の知らない人、友人の幼馴染と水炊きを食べることになっていた。
また少し緊張してきた。
ホテルのロビーに現れたその人はわたしよりも小柄でとても人懐っこい笑顔をしていた。
初めて現れたわたしにとても親切にしてくれてずーっとにこにこしていた。
神戸の人とは全然タイプが違う人だった。
連れて行ってくれたお店の水炊きは本当に本当においしかった。
転勤で全国を周っているその人は色んな土地の話をしてくれた。
小さいころの話もたくさんしてくれた。
たらこも、水炊きも、あご出汁も大好きになった。
最後にわたしがどうしても行きたかった中州や天神の屋台へ連れて行ってくれた。
そこまでは少し距離があって歩かなければならなかった。
その途中スマホでわたしたちを撮ってくれることになったのだけれどガラケーを普段使っているその人は操作に苦労していた。
「なんか、自分の顔が写っちゃったよー!」
慌ててスマホを渡されると、そこにはその人のにこにこしたドアップの写真が記録されていた。
3人で大きな声で笑った。夜空に響くくらい笑った。
もちろんその写真は3人各々の携帯に保存されている。
天神の屋台は想像通りいい雰囲気でご飯もおいしかった。
3人で身を寄せ合ってずるずるすすったうどん、3人で分けっこして食べたアツアツの餃子、3人でグラスを突き合わせて飲んだお酒。
いい夜だった。
星がきれいだった。
その人の笑顔はもっときれいだった。

大人になると遠足に行く前の園児の気持ちになるようなことはほとんどない。
何かしら不安がつきまとう。
これからのことを考えると怖い。
でもこんないい時もあるんだなとこの日は思えた。
また会いたいなと思った。
またみんなで空を見たいと思った。

旅に連れ出してくれた大切な友人には心から感謝しています。
ありがとう。

 

 

 

噴水

 

塔島ひろみ

 
 

これはもう私でないと、多くの人が私を見て言った
私の前であけすけに言う
認知機能を失くした私に、その意味はどうせわからない

痛っ!
女は小さく叫び、指を引っ込めた
かつて江橋医師が根気よく治療して、生かしてくれた私の歯が
私の口腔を清拭する女の、指をつぶす
歯が残っていることが私の口内を不潔にし、ケアを複雑で危険にしていた
女は私の歯が抜け消滅すればよいのにと
心の中で願っている

車イスを押し、女は私を外に連れ出す
私たちは公園の池の前に止まり、噴水を見る
止まっている噴水は、10分もすれば水が噴き出すことを女は知っている
日射しもなく、北風の冷たい2月の午後、池のまわりには他に誰もいない
数羽のハトだけが、食べ物を探してオロオロと歩き、ときどき何か汚いものをつついていた
かすかな予兆のあと、池の中央に建ったモニュメントの天辺から水が勢いよく噴き出した
ずっと、無表情で何にも関心を示さなかった私がそのとき
「アア」
と小さい声を出す 私の目は噴き出す水を見ている
喜んでいるのか、おびえているのか、横にいる女にはわからないが
女は私がこれを見て「アア」と言うのを知っているので、
私を連れてここに来る
認知機能を失くしていない女にとって、
認知機能を失くしていなかった私にとっても、
この平凡な水の噴出は認知すべき対象になり得なかったが
私たちはしばらくの間ここにいた
噴水は私たちのためにだけ、ときどき水を止め、また水を出した

「ゆっくりですが、治ってきてますからね」
ゴム手袋の指をさすりながら、江橋氏が言った
治りかけた私の歯が、思わず彼の指を噛んだのだ
歯は治り、歯は果実を、芋を、魚を、獣肉を、
噛み砕き、こわし、私は生きた
私は武器だ

突然水が虹を映し出し、女が「あ」
と声を出した
陽が差したのだ

 
 

(2月27日 本郷7丁目の噴水前で)

 

 

 

ハノイ

 

正山千夏

 
 

20年ぶりに行ったんだ
ホアンキエム湖はまるで
井の頭公園の池みたいだと
思ったものだが
今はまるで
上野公園の池みたいに見えた

自動車が増えた分
バイクが減ったようにも見えるが
相変わらず道は乗り物と排気ガスで満杯で
あの時はなかった信号が今はあるというのに
あのあぶなっかしい横断の仕方は変わらない
横断中の年寄りが若者のバイクにつく悪態

道端で営む数々の屋台は健在
ままごとのように小さかった
プラスチックのイスの高さが
前より少しだけ高くなっている
ビアホイの薄いビールにむらがる仕事終わりの人々が
ふんだんに使えるようになったプラスチック

あちこちにあったネットカフェはなりをひそめ
歩き疲れた旅人のためのマッサージ屋が台頭
店先にぶらさがっていたカセットテープやCDが
スマホカバーやSIMカード売りになり代わる
街の新陳代謝 私の肌の新陳代謝
増えたシワ 寄る年波には勝てませぬ

バックパックは重すぎて
もう背負うこともありませぬ
いや全部ネット予約だから
安ホテル探して歩き回る必要もありませぬ
グーグルマップが世界中どこまでも追跡する
旅は道連れ世は情け 人工衛星引き連れて

昔はよかった今の若者はなんて言わない
かつてのハノイの静けさは
夕立を眺めながらのマッドプロフェッサー
今でも私のこころのなかに
そして20年後の喧騒も
同じく私のこころのなかに