神坏弥生
閃光は外側からやって来る
照りつけた 昼間の日光
切り付けた ナイフの反射のように
暗い私の体の中へ
閃光がひらめき
体内から
どくどくと流れ
体の涙みたく
血液の海
君は死に切れないまま
君が捨てた
君を知る
友人が涙を流し
天がそれを許した時
雨が降るかもしれない
明日、天気になるといい
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閃光は外側からやって来る
照りつけた 昼間の日光
切り付けた ナイフの反射のように
暗い私の体の中へ
閃光がひらめき
体内から
どくどくと流れ
体の涙みたく
血液の海
君は死に切れないまま
君が捨てた
君を知る
友人が涙を流し
天がそれを許した時
雨が降るかもしれない
明日、天気になるといい
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――あっ、あれは、もしかして、Qちゃん? ほんとうにQちゃんなのかい?
ああ、、こんなに疲れきってボロボロになっちゃって……
Qちゃん、君はそれにしてもよく無事でこんなに早く故郷に戻ってこれたね。
ケンちゃんは、思いもかけない再会の驚きと感激で、頭の中がまっしろです。
Qちゃんは、朝の光を受けてキラキラと輝く由良川の清流の中を、軽やかな身のこなしで、ぐるぐると2回転半。あざやかなストップモーションを決めると、相変わらずアシカに似た賢そうな頭をクルリとひと振りしてから、上目づかいに見上げながらケンちゃんに向ってニッコリと微笑みかけました。
「ケンちゃん、お久しぶりです。お元気でしたか? ぼくも元気です。旧型の山手線はいまごろどこを走っているんでしょう? もうお払い箱になっちゃったのかしら?」
「山手線の旧型だって? お前は魚のくせに、JRに乗って、綾部まで帰ってきたのかい?」
「ぼくは、無事に帰ってきました。だけど、うぐいす色の山手線は、いまごろどこを走っているんでしょう? 南武線かな? それとも常磐線かな?」
すると、いつのまにか傍にいたオオウナギが、あわてたようにいいました。
「ケンちゃん、Q太はさかまく嵐の海を必死に泳ぎぬいて、たったいまなつかしい故郷へたどりついたばっかりなんじゃ。あんまり難儀な目にあいすぎて、ちょっとばかり頭が変になっとるようじゃ。そのうちに元に戻るさかい、あんまり心配せんでもええよ。
それより皆さんおまちかねじゃ。ほれQ太、これでお世話になったケンちゃんともお別れになるんじゃが、記念になんか一曲歌ってくれんかなあ」
Qちゃんはこっくりうなづくと、長老の頼みに応えて、持前の透きとおったボーイソプラノで、朗々と歌いはじめました。
♫君が愛せし綾部笠
落ちにけり 落ちにけり
由良川に 川中に
それを求むと尋ぬとせし程に
明けにけり 明けにけり
さらさら さやけの夏の夜は
♫心の澄むものは
霞花園 夜半の月
秋の野辺
上下も分かぬは 恋の道
岩間を漏り来る 由良の水
♫常に恋するは
空には織女流星
野辺には山鳥 秋は鹿
流の君達 冬は鴛鴦
♫舞へ舞へ 蝸牛
舞はむものならば
馬の子や 牛の子に
蹴させんとて 踏破せてん
眞に美しく舞うたらば
華の園まで遊ばせん
「華の園まで遊ばせん、華の園まで遊ばせん」、と二度まで繰り返して見事に謡いおさめ、Qちゃんはくるくると2回首をまわしてから、こう顔を七三に上手に方にひねって、ぴたりとみえを切りますと、井堰の舞台奥にズ、ズイと控えし由良川の魚ども、こぞって胸ビレ、背ビレ、尾ビレを総動員。綾部盆地を揺るがすような三三七拍子は、いつ果てるともなく山川草木の上に響き渡ったのでした。
そんなQ太の立派な晴れ姿をみつめながら、「ウナギにしては小さ過ぎ、ヤツメにしては目がふたつ、ほんにお前はドジョウみたい。変なやつ。でも、好き!」
とケンちゃんは、心の中でなんども思い思い、Q太へのつよい愛情が胸の奥いっぱいに広がるのを感じました。
「Q太よ、Q太よ。早く良くなっておくれ。ぼくの兄貴のコウ君だって、いっけん天才児に見えるけど、じつは生まれたときから脳のどこかをやられているんだ。でも今回は得意技を生かして、ここ一番というところでぼくの窮地を救ってくれた。だからQ太も頑張ってくれ。頑張ってなんて古くさい言葉だけど、いまはそれしか言えない。どうか頑張って!」
言葉にはせず、そう口の中でつぶやいてみただけで、ケンちゃんの大きな瞳は、みるみる熱いもので覆われてしまうのでした。
「さあ、これでぼくらの仕事は、ぜんぶ終わった。Q太くん! それから愛する由良川のすべての魚の諸君! いつまでも元気に、仲良く暮らしておくれ!」
とケンちゃんは、らあらあ泣きながら、由良川全部に向って叫びました。
「ではケンちゃんとコウさん。オラッチはもう年寄りでっさかい、ここいらで失礼させてもらいまっせ」
とオオウナギは、そばかすだらけの分厚い腰をペコリと一折折ってから、ニヤリと笑い、病み上がりのQ太をうながし、抱きかかえるようにして井堰の向うの川の深みへと消えてゆきました。
そのオオウナギの、そばかすだらけの横顔に浮かんだ、実に奇妙な笑いをみた瞬間、ケンちゃんの脳裏に、かすかな不安がよぎりました。
――西限と南限は東アフリカのナタール、東限は北部は小笠原諸島、南部はマルケサス島。日本の分布は黒潮が接岸する鹿児島県から房総半島南端にいたる沿岸と長崎県のみ、とされているオオウナギが、なんで丹波の内陸を流れる由良川にいるんだろう?
オオウナギの小型のやつは海の浅瀬の底にいるけれど、大型のは河川の淵の洞窟のなかに潜んでいると、確か魚の図鑑に書いてあったっけ。きゃつらの餌は小魚、エビ、カニ類で………
もしかしたら、ああ、もしかしたら、あいつらも、ライギョやアカメの同類項なのかも知れない!
「Qちゃん、Qちゃん、ちょっと待て! 待つんだ!」
と、ケンちゃんは大声で叫びました。
二度にわたって海を渡り、列島を大回遊し、奇跡の生還をなしとげた小さな友達に向って、声を限りに呼びかけました。
しかしいくらケンちゃんが目を凝らして、由良川の水面から遠くを見透かしても、もう魚たちの姿は、メダカ一匹見えません。
ただサラサラ、サラサラと規則正しい波音を立てて、由良川は上流から流れ、下流に向って、いっさんに流れ去っていくばかりでした。
正午。
太陽は、いままさに、ケンちゃんとコウちゃんの頭上に静止し、燃えるような強い光線を、垂直に注ぎこみました。
ちょうどその時、市役所のサイレンが喨々と、かつまた寥々と、鳴り響きました。
サイレンは五月のそよ風に乗って、由良川の川面を渡り、てらこ履物店の上空を過ぎ、やがて寺山のてっぺんのところで、ハタハタとはためく日章旗としばらく戯れたあと、綾部市の旧市街地にちらりと一瞥をくれ、青空の彼方へと静かに消えてゆきました。
完
○引用&参考文献
佐佐木信綱校訂 新訂「梁塵秘抄」(岩波文庫)
中村守純「原色淡水魚類検索図鑑」(北隆館)
阿部宗明「原色魚類検索図鑑」(北隆館)
村松剛「帝王御醍醐」(中公文庫)
綾部市役所編「市勢要覧」
浅野建二校注「山家鳥虫歌」(岩波文庫)
浅野建二校注「人国記・新人国記」(岩波文庫)
磯貝勇「丹波の話」(東書房)
神奈川県鎌倉市立大船中学特殊学級歌・小林美和子作詞「八組の歌」
○初稿 1991年5月19日~9月26日 改稿 2018年11月8日
このところ、娘のねむとの会話がぎこちない。
今、中学二年生。思春期真っ只中だ。
今日も、ねむは
教科書やノートがぎゅうぎゅうに入ったリュックを背負って
片道1kmの学校への道のりを
ただひたすら黙って歩いていく。
ある晩のこと。
ねむが、「明日学校で歌のテストがあるから」と言って
練習をした歌を、私に聴かせてくれた。
最初は、はにかみながら
途中吹っ切れたように、
ねむが、まっすぐ前を見据える。
歌声が、大きくなる。
みずみずしい音の果実を
一つ一つ確かめるように掴んで、もぎ取るみたいに
ひたむきで、透き通るような歌声
私はふと、
「眠」という名前をつける時に心の中で思い描いたような
しん と静かな森の奥の湖を思い出した。
深い孤独な青の湖にこだまする、若くて切実な歌声
ねむは、私のリクエストに応えて、
課題曲の他にも「君をのせて」や「カントリーロード」を
次々と歌ってくれた。
そばにいた夫が、
「大きくなったなあ」
と言ってメガネを外して、目を拭っていた。
私は、冗談で
「野々歩さん、結婚式では大泣きしちゃうかもね」
と言いそうになったけれど、
なぜか、言えなかった。
あなたたちの涙は
とつぜん
冬の水位として移動する
続く血脈をたどり
伝えよ、と
頭蓋に滴るので
悲しみが込みあげてしまうのだ
寒いでしょう…冷たいでしょう…
結露する窓枠
見る見えない津久井の山々
青く霞む稜線が
疾うに失われた地名へとみちびく
津久井町中野 字不津倉(あざふづくら)
湖底の墓地に今もまだ横たわる
置き去りにされなければならなかった
あなたたちのことを
伝えよ、と
冬の水位
滴るので
窓は ここで
永遠に結露する
※初出神奈川新聞の原稿を改稿
※連作「不津倉(ふづくら)シリーズ」より
蝸牛線を
竹箸で辿る
伊羅保肌
紫陽花の皿
ぬばたまの羊羹を
切る
抵抗受け止める
栗
この緩やかな切線
刃文曇り
長考の末
二切れ
楊枝にて
軟弱の一突き
嚥下数は素数
赤い円道を蠕動
息を数え
欲を落とし
無に
うろたえる
わたしは、わたしの胃のなかにいるちいさな子と
ちろりちろりと会話をして
川沿いの道を、ひたすら登っていった。
それらは、知らぬ顔で、わたしを憎んでいた。
わたしは、脚を前へ前へ動かしていた。
歩みと言うのだろう。
朝は、毎朝のように、死にたい。
首を括って、無くなりたい。
わたしはもう、燃えている。
赤い肉は、焦げていき
胃の中の子を、道の面に投げだす。
貌を落として、わたしの貌と子が、遊んでいる。
光は、天に昇っていく。
光は、笑っている。
わたしを、笑ってはくれない。
薄く削がれた愛が、七輪の上の
金属の網であぶられている。
一抹の、生もまた、光に焼かれ笑われて
わたしの物体は、どこかから、大声で叫んでいる
さよならに、呼び返している。
わたしの身など、誰かにあげる。
微粒の生も、生きたいか。
泥水の中にいる、粒粒の遺恨も
臓の恋人も。
わたしの、微粒子。
やがて不要になる胃液。
胃の中の子。
陽は昇れ
海に沈め
ギャグを言え。
サバイブの微光に。