爽生ハム

 

 

女を殺した
好きすぎて殺した
ほっぺたに花弁を並べて
女の夏の涙と
生きてることへの興味を
不快にうばった
チョコレートを食べたら
帰ろう

異を唱える
女は漬物をつけていた
茄子だったと思う
女も仕事へ行った
女とは、よく車ででかけた
地図をピンクのマーカーでなぞり
来た道は消すようにした
空について
雲について
語り、景色を交換した
女は骨がなかった
病気らしい
女の身体はやわらかく
人差し指でつくと、腫れ物のように女の身体の裏側へ、女の裏側の肉が膨らんだ
乳首が増えていくようで
必死に母乳をのんだ
甘い塗装で車の盗難は
すぐ暴露た
盗難車でよく自殺をした
朝焼けが綺麗な日は
女を連れてよく自殺をした
女は綺麗だった
余計に申し訳なかった
女はプレハブのようだった
簡易的な匂いで
吐き気を誘う。女の前で吐くと
よく殺された
本当に美しい鈍器だった
水のような音がした
よく女とコンクリートになった
飛行機が上空を飛んでゆく
女は裸で手をふった
それを見て笑っていた
ずっと

 

 

 

Take a Walk on the Wild Side  ※  (怖がらないで冒険しろ)

 

長田典子

 

 

もう3月も終わりに近いのに
1月のような寒さが続いている

Take a walk on the wild side

Hey! Hey! という叫び声で目醒める
今朝も
目醒める直前まで
ここはヨコハマ、ジャパン、だと思い込んでいた
ここはヨコハマではなく ジャパンでもないのに
叫び声は今も怖い

Take a walk on the wild side

「お父さんは、いません」
玄関先で早朝から訪れる借金取りに言うのがわたしの役目だった
父は逃げて行方不明
次々と商売を始めては失敗に次ぐ失敗
恋人の家に隠れているらしかったが
夜中になるとまた借金取りが来て 家のドアを怒声を上げて叩き続けていたっけ

Take a walk on the wild side

隣の部屋のドアを誰かがノックしている
日本人はコツコツとツービートのテンポが普通
アメリカ人はコツコツコツコツとエイトビートのテンポが普通
エイトビートの方がずっと心地いい

Take a walk on the wild side

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

起き上がって窓の外を見る
相変わらずの曇天 冬枯れの景色
100年以上前からそこにある窓は隙間風が遠慮なく入ってくる

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

それにしても
この国はなぜ紙類がこんなに高いのだろう…と考えながら着替えをし
トイレットペーパーとキッチンペーパーと猫の餌を買いに
3ブロック先のファーマシーに出かける
ファーマシーにはうさぎや卵が描かれたカードがずらっと並んでいた
たくさんの風船が天井の一角を独占し
頭をくっつけて泳いでいる
復活祭が近づいているらしいと気がつく
わたしは今日も無人機械に品物を通して清算するやり方ができなくて
店員さんに手伝ってもらう

Take a walk on the wild side

父は10年近く家を留守にした後
普通に帰宅し普通に家長の座に返り咲いた

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

そんな父を見て
将来はなぁんにもなりたくないと思っていた

Take a walk on the wild side

今年のNHKの朝ドラの出だしはまるで我が家そっくりだったから驚いた
違ったのは我が家では娘が本当に手堅い仕事に就いたことだった

Take a walk on the wild side

Candy came from out on the island,
In the backroom she was everybody’s darling,
But she never once lost her head even she was giving head
(キャンディは田舎町からやってきた
裏部屋で彼女はみんなに可愛がられたけど
キャンディは一度も自分を見失わなかった たとえ口を使ってやっている時でさえ)

Take a walk on the wild side

ファーマシーで スーパーマーケットの前で 交差点で
額に灰を十字に塗り付けた人たちと擦れ違う
灰の水曜日という言葉を思い出す

Take a walk on the wild side

思い出す
手堅い仕事は大変に立派だった
手堅い仕事は満身創痍であった
手堅い仕事は大変に屈辱的であった
手堅い仕事は4冊の自作詩集と建売住宅を与えた
手堅い仕事はそこで終わりにして
わたしは異国で暮らし始めた
永遠に遂げられなかった愛を成就するみたいに

New York City is the place where they say hey babe take a walk on the wild side
(ニューヨークではみんなが言う 怖がらないで冒険しろって)

復活祭前の
灰の水曜日
ひたすら寒くて雪ばかりの冬も もうすぐ終わるのだろう

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

ああ お父さん
あなたは冒険者だったのですね
わたしたちの知らない果実や穀物をたくさん収穫したのでしょうね

Take a walk on the wild side

わたしもここでもう一つの命を始めよう

She never once lost her head
(彼女は一度も自分を見失わなかった)

やがて冬枯れの景色から
花や緑が芽吹くでしょう

Take a walk on the wild side

ファーマシーの
無人の清算機械にもすぐに慣れるでしょう
異国の言葉も少しずつわかるようになるでしょう
そのようにして
わたしの愛を成就させるのだ

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

お誕生おめでとう! おめでとう! おめでとう! おめでとう!

Take a walk on the wild side

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

 

※英文はすべてLou Reed 作詞・作曲の “Walk on the Wild Side” より引用。
( )内の和訳は筆者による。

 

 

 

300分

 

爽生ハム

 

 

腹痛だ
記憶の雨にうたれて
また腹痛だ
凍るバイクにえぐられた
それに近い全滅なのか
雨が入ってくる
にゅうこ 気づく にゅうこ にゅうこ触りで
のけぞる 見えたままの記憶
君の時間が見える
暮らしが灯る
腹痛の底になにかいる
優しく愛でた私の露悪が
汚い言葉ではない
いつものお茶のように
煎れて出して
君が作った飲みものだ
君が作った人がいる
私のような私がいる
暮れて産科を学びだす
凍るバイクにまたがった君が去ってゆく じとじとと投げだされた
ミルクと実技
きっと放心した被害の立像で降ろされる
呂律が怪しいならピン留めして
その言葉だけを喋ればいい
言葉が必要なら本物の言葉を返せばいい
ここまでにしとくか
キツく締まった娯楽に殺されそう

 

 

 

@150410 音の羽  詩の余白に 3 

 

萩原健次郎

 

 

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白梅が塵のように架かっている木のそばを通り過ぎました。いつだったか、父に手を引かれてこの道を歩いたことを思い出していました。きょうと、同じ季節。白い塵が、老木のぐにゃぐにゃした枝ぶりの輪郭を隠して、遠くから見ると木の全体に靄がからまっているみたいでした。
父が死んだのが、十年前だったか、五年前だったかはっきりとわからなくなるときがある。何年か前の春先の、できごと。
すこし日がたつと、ここからすぐ近くの椿の群生地が燃えたように炎に染まる。
私は、父の娘と思う。
白梅と真紅の椿と、引かれた手の温もりと。
ふたいろに、塵———-色彩の魔が吹かれる時間、
曼殊院から、まっすぐに伸びている道は、住宅地を貫いている。この道は、叡山から流れ落ちてくる雨水の束だろうと思う。きのうは、紅葉で、きょうは、白梅、あしたは、桜花が舞い、すぐにまた蝉しぐれにつつまれるみたいに、私の時間の感覚は、どうかしていると、記憶が頭の中で混在して、まるで眼前の塵と同じなんだと、感じている。
感じていながら、この光景に抱かれたり、あるいは、時にこの光景に裸体の私の身体のすみずみが見られているように錯覚している。
ああ、あの雪が横殴りに顏面を、ひゃひゃと叩いた日のことを思い出した。
それから、凍てついた池に落ちていく夢。鯉が全身を舐めていく。くすぐったい感じが濃くなってくると息苦しくなって、その苦しさに溺れる気がして、目が覚める。
助かったと覚醒したときには、同時に鳥の鳴き声が聞こえてくる。抱かれ、見つめられているこの光景も、命の犇めき合う、隙間のない器のようで、私はそうか、そこに密閉されているにすぎない。
ほんとうは、色彩や音楽に窒息しそうになっている時間が、生きていることで、音羽の川は、ただ喩えとして山から、宅地にまで貫いている。
私は、梅の木の下にいました。
死んだ父の手のぬくもりが、光景に線を描いて、天からの穴がここまで差してきて、ストローの管を伝わり私の口へ息を送ってくれる。胎盤で通じているなどと思うのが、可笑しい考えだとすぐにはわかるけど。
雑音とは、ほんとは、混じりっ気のない純音で、真空で、
その音を嫌な感じで聴いている。

 

 

 

雑巾の歌

渋谷ヒカリエで「I’m sorry please talk more slowly」展をみて

 

佐々木 眞

 

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寒い寒い冬の夜
目の前に雑巾を置いて、
そいつをじっくり眺めてみよう。

すると突然雑巾が、なにか、ぶつぶつ言い始める。
「I’m sorry please talk more slowly」
すると雑巾は、おのれについて、ゆるやかに語り始めるだろう。

「ホラホラ、これが俺の骨だ。これが俺の肉だ。
これが俺のはらわた。俺の脳髄。これが俺の肌の色。
これこそが俺の実在なんだ」

頭巾の奴は、次第に雑巾野郎としての本質を露わにしてくる。
雑巾は、雑巾としてのレエゾン・デートルを、
静かに、しかし、力強く主張しはじめる。

雑巾をじっと見つめると、それは美しい。
雑巾をじっと見つめると、それは侵しがたい。
雑巾をじっと見つめていると、それはひとつの宇宙だ。

雑巾は、もう誰にも「たかが雑巾」などとはいわせない。
なぜならそれは、吹けば呼ぶよな家政婦よりも、したたかに存在しているから。
いまや雑巾は、長らく人間どもに浸食された主権を、奪還しつつある。

寒い寒い冬の夜
キャンバスの前で画家に描かれている雑巾は、だんだん雑巾ではなくなってくる。
雑巾が、雑巾ではない何か、雑巾以上の何者か、になってくる。

画家は、それをありのままに、油絵で描いた。
すると雑巾は画家に感謝して、「健君ありがとう」と言ったので
画家は「どういたしまして」と答えてから、筆を置いた。

 

 

 

どんづまりから帰宅する

 

根石吉久

 

 

写真-528

 

2月、親父がものを食べなくなり入院した。10日ほど入院したら回復し退院した。一週間ほどして一人で歩けなくなり、意識が混濁した。最初の病院では、MRIなどの検査はしなかったので、別の病院へ入院した。脳出血。量は多くないので手術はせす、点滴と薬で止めるとのこと。受け応えができたりできなかったり。話の途中で黙りこむ。気がふさぐとかではないらしく、話が途中のままだと思いながら顔を見ていると、何もなかったかのようにぽうっとしている。ついさっきまで話の途中まで話していたことも忘れている。
話を変えて別の話をする。

3月の原稿は休ませてもらい、さとうさんに頼んで、「月初め」に書くというのを、しばらくは「不定期」に書くということにしてもらった。お袋も別の病院に入院している。

桜が咲き始めた。曇り空。時々雨が降る。どこへ行くとも決めずに、一人で軽トラックででかけてきた。

アメリカンドラッグて、ネオシーダー2パック。駐車場に車を停め、ここまで書く。まだどっちへ行くとも決めてない。ガソリンが少ないから、まずはガソリンを入れる。

ガソリンスタンド手前、セブンイレブンの駐車場に車を停め、火をつけたネオシーダーを全部吸う。火をつけたものを口に咥えてガソリンスタンドの敷地内に入ると、セルフの給油所でも建物から人が飛び出してくることがある。

スカイエナジー、レギュラー、3700円余り。そのまま国道18号。戸倉の町を抜ける。抜けたところで、フロントガラスに雨滴が一つも当たらないのに気づく。土手伝いに畑へ。左に河原。右に集落。左に柳。右に桜。河原はまだ死の色が支配している。広い面積が枯れた葦や茅に覆われている。大きな色の塊は柳だけ。薄い緑だがあざやか。

土手の上に車を停める。ケースから種を一袋だけ出してポケットに入れ、土手を降りる。F1春蒔大根というそっけない名前のもの。ニチノウ、350円、原産地中国。親父が何かの菜にかけたトンネルが目に入る。この前、ここに来た時も、これを見るのがつらかった。冬の終わりごろ、親父がかけたトンネル。もう畑で親父に会うことはないだろう。
とにかく大根の種を蒔くだけにするつもりだった。車で畑の中まで入らず、土手に停めたのもそのつもりだったからだ。種蒔きをし、そこに被せてあった80センチ×180センチのマルチを通路に移動させ、風にやられないように藁をその上に敷いた。通路にノビロが勝手に芽を出していたのをみつけ、畝の上に移し、株のまわりの土にモミガラをまぶした。ネギの株元には去年の秋の終わりにモミガラをまぶしておいた。そこに草が大きくなりかけている。土が柔らかいので、簡単に草は抜ける。
親父が作って、冬の間に弟の家族が食べ残したネギから今年の葉が伸びている。あれを植え替えなくちゃな、などと思い、大根の種だけ蒔いて車に戻るはずが、あれこれと始めてしまっている。車の荷台にはノコギリ鎌などの道具が載っているので車を土手に停めれば仕事ができないはずだったが、土が柔らかくなったところは素手で仕事ができてしまう。
雨が降り出した。切り上げて車へ戻る。
平和橋を渡り、八幡のセブンイレブンの駐車場。100円のコーヒーを飲みながらここまで。コーヒーを買うとき、泥のついた手のままで買った。反応する店員もいるし、気にしてないことをよそおってくれる店員もいる。こっちも気にしているし、気にしてないことをよそおってもいる。トイレで手を洗ってもいいのだが、白い磁器の手洗い場がとても汚れる。掌に水を溜めてあちこちにかけたりしていると、床がびしょびしょになる。自分の手が店員の手に触らないように気をつけながら、つい泥のついた手で買い物をする。

体が少し湿気っぽい。

八幡辻を左折。千曲川左岸の県道を走り上山田へ。上山田入り口の神社の脇にある公衆トイレで小便をするのを忘れたことに、上山田の土手を走りながら気づいた。桜は咲き始めだと思っていたが、どこへ行ってもいっぱいに咲いている。咲き始めだと思っていたのは、曇り空で寒かったせいか。久し振りに四十八曲がりを登ってみるかと思い女沢橋を右折。八坂を抜け山道へ。山を半分くらい登ったところにトンネルが現れた。こんなトンネル知らないと思って入ったら、真っ直ぐに長い。どんどん走って、出たら筑北村。びっくりした。四十八曲がりは車で越えるのでも峠を越えた気がしたものだし、ちょっとした難所を越えた気がしたものだが、これはもう、山の腹をズドンと抜いてしまったのだ。
あっけなく、楽。
蕎麦処さかいはすでに閉店後。ようやくトイレ。隣接している地元産農産物の販売所で、切り干し大根のおやき二つ、あんこのおやき一つ買う。坂井郷土食研究会製。店のおばちゃんに、トンネルができていてびっくりしたと言ったら、もうずいぷん前にできていると言われた。長野の冬季オリンピックの頃だとのこと。外の自動販売機で、ダイドーあったまレモン買う。車でおやき食う。

花に誘われてというようなことではなかった。何もする気になれないから、ふらついていただけだ。畑に寄って種を蒔くような浮気もしたが、後は脇目も振らずふらついた。

蕎麦処さかいの駐車場に停めた車から冠着荘の湯殿が見える。一風呂浴びる時間はない。家まで一時間近くかかるだろう。今5時10分。6時から仕事。ここが今日のどんづまりだ。

信号の数最少経路をたどって帰宅。6時10分前。

 

 

 

なあんも要らへん

 

佐々木 眞

 

 

世を呪い、わが身を呪いながら
苦しい息の下で、老人は叫んだ

要らん、要らん、なあんも要らへん
金も、女も、ダイヤも要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
ごめんで済んだら、警察は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
ムクさえおれば、犬は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
羽田があれば、成田は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
新幹線があるから、リニアは要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
中古があれば、新築は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らん
田中がおるから、黒田は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
谷風雷電甦るから、モンゴル横綱は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
マルクスがあるから、ピケティは要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
九条があるから、軍隊は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
戦はせんから、基地など要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
真昼を暗黒にするから、自民は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
岸、佐藤で懲りたさか、安倍は要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
イランもシリアも「偽イスラム国」も要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
ロシアも、アメリカも、日本も、中国も要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
あんたも、あたしも、みーんな要らへん

要らん、要らん、なあんも要らへん
要らん、要らん、だーれも要らへん

世を呪い、わが身を呪いながら
一人の瘋癲老人が、いま息を引き取った

 

 

 

脱水しそう冒険しそう

 

爽生ハム

 

 

鎮魂がとっぴな組合の労働と等しくなった。
労働というのは時間がかかるもので、月光を待つまで働くこともできる。
私もそこに参加し、崇高な思い込みに辿りつく。
ひとつのプレイでふたつの鬱憤。
何億回のプレイで妊娠漬けが盛られる。
「勝手に流れましたね」詫びるために降りた駅で、私のみ、性欲に、うすら笑いを浮かべる。
時間の使い方が飾られている。
ふと、Hな気持ちが溢れそうでしたので、急いで凧をあげた。
遠方はるばる、凧をあげにきたのかと錯覚した。
空だった、いつのまにか、そこは空と呼ばれていた。
明るみの夕暮れを背に、遊覧ごっこしてしまう。
そこは、そのまま夜だったかもしれない。
商店街を歩く、風がそよいでる、魚拓を拾う。
なんだ、魚市場か。
凧もまだ空にある。
人が通り過ぎて愛撫ごと、その風が、私の魚拓の淵をさする。
聞く、私に似ているよ君は、「パレードについて知っていたら、教えてください」
私は詫びたくはなかった。
伝えたかった。
吐露で謝りたかった。
歩く人の道を照らす、パレードは中止だ。

 

 

 

光の疵  見る人

 

芦田みゆき

 

 

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20分待ちで乗り込んだエレベーターは混み合っていた。箱の中では聞きなれない国のことばが行き交い、笑い声が沸き起こる。ドアが開き、あたしは空中202mに放り出される。人人はあちこちへと散っていく。

雨上がりの空は不機嫌で、情感的なうねりをあげている。窓の外は一面、地図のように平たい街。8割方が外国人観光客で、彼らはみな、ガラス窓に張り付くようにして写真を撮っている。大きなカメラで、コンデジで、スマートフォンで、自撮り棒で、一人で、カップルで、団体で。
あたしは、その姿を見ている。

 

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夜が寄せてくる。

空が重く重く降りてきて、街は黒く染まり、夜光虫のように発光しはじめる。
ゆらゆら往来する光。
じっと滲んでいく光。

ここは海のようだ。

波が打ち寄せられる。地球の一部分である岸辺に。
見る人の瞳に拡がる無数のコラージュ。
シャッターを押すたびに、地図上に増殖していく印。
瞬きのたびに、滲み、消滅することばの破片。

 

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可能性の海の波間から、突如、物質の粒子が形を結び、あたしは高層ビル45階の喧騒に引き戻される。建物の中心には、色とりどりのおもちゃが売られているが、子供たちはみな、疲れて床に座りこんだり、ベビーカーで泣きつかれて寝てしまった。

あたしはふたたび小さな箱に乗り込む。そして、よく知った街の表皮へと降り立った。

 

 

 

卯月、うらはらの

(もうひとつの四月馬鹿)

 

薦田 愛

 

 

上野しのばず五條天神社の境内で
母と桜を見上げた、あれは六年前のこと
寒緋桜といったか それにしては花の色が白かった
と思うのは時の隔たりの作用で
今この駅の地下から雨の地上へ歩き
上野の山の縁を辿ってあの境内に到れば
春の闇のなかやっぱりその桜は
ほんのりと色づき
すらりと立っているのではないか

あの日
精養軒の並びにある韻松亭で母と
母の古い友人である宇野さんとご飯を食べた
まひる
染井吉野に少し間のある桜の季節
韻松亭の窓の外 枝ごとにまつわる柔らかなものがあって
芽を吹くもの頑ななもの屈まるかたちからほどけるものたちが
時の鐘の響きのなかゆらいでいるのだった

花籠弁当に盛り込まれた春をすっぽりお腹におさめて
つきない話のつづきを公園の道々しようと
並んでは前になり後になり女三人
階段を不忍池へと
下りかける足が向かうそぞろ道 くぐる鳥居
一礼もなしに
誘われていた その一本
いえ、幾本かの桜
とりどりにほころびていて
カメラを向ける母の
しずかな熱中をよそに
宇野さんと私は話しつづけていた

――とそこで映像はとぎれ
記憶はつづかない
ほんとうに一緒だったのか宇野さんと
おぼえているのは桜の枝に
鳥が止まっていたこと
なんという鳥かしら
訝しむ私たち(母と私)の後ろから
めじろですねえ、と男の人が

めじろですか
応えながら母の指はまだシャッターから離れない
かわいいねえ 呟く空 午後三時のさむさ
蜜を吸って枝をめぐる鳥を見るのは
初めてだった
(これはむろん私)

吸っていた花蜜 まんかい前の桜の
それはどれほど甘いものなのだろう

でね、実は最近知ったことなのだけれど
蜜だけで満足する鳥ばかりでないのだと
つぼみやら芽やらを啄んでしまう
気の早い鳥もいるのだと

うそって 口偏に虚しいではなくて
學つまり学問の学の旧字のかんむりに鳥という字
鷽と書く
ユーラシアン・ブルフィンチと称されるらしいとはwikiの受け売り
ブルフィンチって、ギリシャ・ローマ神話の編者だったっけ
口笛のような鳴き声はまだ
youtubeで聴けてない

打ち明けると
めじろからうそへの通路は
桜ではない
ものぐるおしい節目の今にいて
寒さの春は怒りにふるえ
いつまでも脱げないかなしみの外套を風になぶられながら
休みなく休むうち
思い出したのだ
こどもだった私に
祖父から送られてきた荷物
そのなかに木彫りのそれが
滝宮天満宮、天神様の

悪いことを良いことに
禍々しい怖いことの代わりに喜ばしいことを
祈りの言葉を添えて交わされる神事は
そんな効用あってこそ
けれど木彫りのうそのばあい
神様とではなく
ひとのうそとじぶんのうそとの交換
え、大丈夫かな
消去するのではなくて
取り換えるだけでいいのかな
怖気づくのは事の次第を知った今の私
けれど祖父からもたらされた木彫りのうそは
どこにやってしまったか
神事に行かなかったから誰のうそとも交換しないまま
飛び去ってしまったのか

つぼみを啄みすぎるからと
憎まれもするうそよ
いっそ喰いちぎってしまえ
物狂おしいこの季節の胸もとから
あおぐろく傷んだかなしみの肉腫を

うそよ
よろず嘘のゆるされるこの卯月の夜に
うそよ
どれほど取り換えても消えることのない
おろかしい歩みをわすれはしないから