@150109 音の羽

 

萩原健次郎

 

 

6.22

 

眼の躓き。

剥がれた膜を
電気で焼きながら、元の球になおしていく。

数日前に、浴した夕照の、急速に上昇してい
く鳥影は、なにかを報せていた。

どんな音楽も
かすかな音もそこで、鳴っていたかどうかは
思い出せないが、
脳にからまっている細い糸には、切れていく
弦楽が、破線状に詰まっていた。

此方の岸の欠片も
彼方の岸の欠片も、
透明の責を
双岸から擦り合わせて
もう、勝ち負けのつかないことになっていた
からただ、茫然と、
夕暮れのせいにして帰ってきた。

たしかに、その時刻、その気象の下にいまし
た。

因という因を、川に捨てて坂を、足早に降り
てきて
空は、轟々と間に挟まっている音楽を暴き出
そうとしている。

眼を損傷しただけのことだ。電気の熱波で、
つるつるに焼き切ればいい。

交換しないことを条件に
引き分けに、もちこもうと
その時の夕暮れは、考えたのだろう。

虚の壷にわたしの回路は、入っている。
引き分けでいい。

ここで説いている喩えに水流の音が聴こえな
い。

やはり、
もう交換してしまったのかもしれない。

夜、布団に入って寝てしまい
別の、破線の糸がつながる。

欠片だけが散乱する
絵図の
絵図の
絵図の、

音。

ぺきんぺきんと、
折れていく。

 

 

 

あけまして、ぎっくり

根石吉久

 

写真-462

 

1月6日。

また、ぎっくり腰だ。
一年の計は元旦にありとは、嫌なことを言うものだ。今年の元旦は、12月にやったぎっくり腰が悪化した日だった。ただ寝ているしかなかった。

何度か炬燵で書いてみようとしたが、痛くて駄目なので、寝ながら、iPhone で書くことにした。

寝ていると前兆のようなものがあったとわかる。わかるのはいつもぎっくり腰をやった後である。あれかと思い当たるのだが、あるいはそんなものはいつでもみつかるものなのかもしれない。体を動かせなくなって、とにかく寝ているしかなくなり、過去の数日を思い巡らせていれば、何かしら前兆のようなものは見つかるのかもしれない。
しかし、今回はそれがなかったのだ。うんこ座りというか、ヤンキー座りみたいな格好をしたら、いきなり来た。

思い切り大雑把な言い方をする方が原因がわかる。体の冷えだ。これだけはいつも見つかる。今回もそれはあった。寒かったから、ストーブの前でうんこ座りにしゃがんだのだった。
うんこ座りと言っているのは、和式便器を使うときの姿勢なので、だんだん通じなくなっていく言い方かもしれない。駅などで、ヤンキーがうんこ座りをしていた頃があったが、最近は見かけない。ヤンキー座りというのも通じなくなっていけば、あの座り方をどう言えばいいのか。野糞座りか。
年末も近くなって、うんこというか、ヤンキーというか、野糞というか、その座り方をしただけで来た。ただそれだけだった。体に力を入れたわけではない。簡単に壊れた。

起きたときに、すでに寒かったのだ。体が縮こまって、筋が硬くなっていたのだろう。

安い焼肉を食っていて、歯で筋が噛み切れないときがある。出刃包丁で微塵切りにすれば食えるのだろうが、そういう肉はうまくないので、そんな工夫をしてもしょうがない。
自分の尻の肉を掌でつかんで、人食い人種もこのケツは食えまいと思うことがある。顎がくたびれて口の動きを止めるか、不味いと顔を顰めて吐き出すだろう。そのくらい筋が硬く縮まっているときがある。そういう時は、体の芯の方に寒気がある。

子供のころから、血行が悪かった。小学校2年の時に、小児リウマチというのをやり3ヶ月ほど入院した。あれも血行が悪いせいだったのかもしれない。
リウマチというのをネットで調べてみたら、今でも原因がよくわかっていないらしい。学芸会の劇の役をやらされて、連日冬の体育館で練習させられたせいだと自分では思っている。冷えても時間が短かければまだいいのだが、どこにどう身を置いても駄目だという感じで冷えていった感覚は今でも覚えている。しかし、他の生徒は入院したわけではないから、やはり私が特に冷えやすかったのだろう。体もクラスで一番小さかった。
私の兄弟は、私以外は人並み以上に背がある。体が冷えると訴える者もいない。私一人が体が小さいのは、冷えで縮こまってしまったのかと思う。
ちなみに、親父の兄弟は9人いたそうだ。生き残ったのは3人で、他は子供の頃に死んでしまったそうだ。親父は末っ子だから、詳しいことは親父も知らないのかもしれない。話したがらないことは、こちらも訊かない。貧乏だったということだろう。子供は冬の寒さで死んだのではないかと、なんとなく思っている。

女房は土佐の生まれだ。私と東京で知り合い、長野に住むようになった年、初雪を見て雪だあと喜んではしゃいだ。今では土佐でもドカ雪が降ったりする変な天候があるが、女房が育った頃は、年に一度か二度、あるいは全然降らないくらいのものが雪だったらしい。女房が見ている雪を見て、「こんなもの」と私が吐き捨てるように言ったので、女房は顔が一瞬凍りついた。
芯に冷えが出来がちな私には、長野の冬は端的に凶悪なものだ。盆地の底冷えがきつい。年寄りが死ぬのも、底冷えした日の朝が多い。私は今では盆地の底冷えをはっきりと憎んでいる。

去年の夏頃、セルフ整体のことを書いたが、セルフ整体をやっても、筋が硬くなってしまっているときはまるで効かない。そこで、試しに自己流のストレッチングをやってみた。
寝床の中で仰向けに寝たまま、膝小僧を手で持って胸の方に軽く引く。これは代表的な腰痛体操だが、自己流では引く力をごく弱くする。筋が緩んでくると、膝小僧が胸に少し近づくが、このとき手に力を入れて胸の方に引いたりしない。どこかにピンと張った感じが生じたら、逆に張ったところを緩めるように膝小僧の位置をわずか戻す。ピンと張る前くらいの位置を探す。そうやってさぐりながら、90秒くらい同じ姿勢を保ってから、ゆっくりと脚を伸ばす。
これを初めてやった日は、よほど血行の悪かった日なのか、体に血が流れ始めるのがはっきりわかった。いつも下半身ばかり冷える感じがあるが、腰周りに血が流れると冷えが弱まる感じがある。筋も柔らかくなり、やたらにあくびが出る。人喰い人種もこのケツなら喰えるかなと思う。脇腹などを自然と伸ばしたくなるが、その場合も筋が張る寸前の位置を探りながら同じ姿勢を保つ。張った感じになったら少し戻してやる。
血が通うようになってからセルフ整体をやると、筋と肉が分離したみたいな筋の硬い感じはなくなり、痛みと気持ちよさが半々、あるいは痛み4分気持ちよさ6分くらいの感覚が生まれる。筋が硬くなっているときは、その感覚は生まれない。

1月7日

炎症が治まってから、歩くのは割と早く出来た。一進一退があるが、調子のいいときはすたすたと歩ける。普通に歩けるので、もう直ったのかと思うことがある。しかし、炬燵が駄目だ。炬燵にあたって30分もすると、辛くてじっとしていられなくなってくる。なんだ、まだ壊れたままじゃないかとがっかりして、寝床に入る。
歩けるので庭で軽いものを動かすくらいのことは出来る。今日は、薪ストーブの焚き付けにするものを屋根のあるところに何回か移動させた。夕方、風が冷たくなってきた頃、なんとなく腰の具合が悪くなった。国民温泉に行き、お湯に三度浸かったらよくなった。
昨日も同じような感じだった。夕飯を炬燵で食べているときに辛くなったので、松代温泉に行き、ぬるいお湯に長く浸かったら、帰りには痛みがなくなっていた。
炎症にまではならないが、小さくぎくっとなるズレのようなものは、徐々に減ってきている。このズレは何なのだろう。ズレの後、違和感があるが大事にはならない。伸びたりして、変な方に行っていた筋が戻る動きだろうか。炎症を起こさないので、寝込んだり杖が必要になったりすることはない。しかし、ズレがあったときの感覚は、ぎっくり腰をやったときの感覚とそっくりなので、こいつが生じるようになり始めた頃は、またやったかと思い、目の前が暗くなるような気がした。しかし、なんともない。違和感はあるが、歩けたりはする。機械に喩えれば、歯車の歯が擦り減って、ギアが噛み合わなくなったようなことなのかとも思う。そういうことだとすると、この先はますますヤバイ。サボらずに、また歩くことを始めた方がいい。腹も出てきている。

炬燵が駄目なので、寝床で書くしかない。iPhone なら左手一つで持ち、右手一つというか、右手の中指一本で書ける。キーボードがなくても、苦にならなくなってきた。ゆっくりやればいいだけのことだ。
ぎっくり腰のことなんかやたら書いても、ぎっくり腰をやったことのない人には、さぞかし退屈なことだろう。というより、途中で読むのを放り出してしまうだろう。申し訳ない。私は今はぎっくり腰のことしか関心がない。
原稿が遅れたのも申し訳ない。
養生します。