家族の肖像~親子の対話 その47

 

佐々木 眞

 
 

 

やっつけられると痛いでしょ?
痛いね。コウ君やっつけられたの?
やっつけられませんお。

オペ、手術でしょう?
そうだよ。
オペ、オペ、オペ。

張り切るって、なに?
頑張ることよ。

強引て、なに?
あらっぽく扱うことよ。

危険て、あぶないことでしょう?
そうだよ。
キケン、キケン、キケン。

ドのダブルシャープ、レでしょう?
え、そうなの。
そうなんですお。

ワタナベさんて、小山で生まれたの?
そうよ。
ぼく、鎌倉駅行って、回収券買ってえ、東急行って、お弁当とパン買ってえ、それから帰りますよ。
分かりましたあ。

わたし、オカジマ先生です。オカジマ先生、好きになったよ。
そうなんだ。

出張って、なに?
会社の仕事で、出かけることよ。
出張の英語は?
ビジネストリップだよ。

お父さん、白血球、息苦しくて吐き気するでしょう?
そうだねえ。

お父さん、かいちって、なに?
なに? かいち? 分かんないな。
―辞書を持ってくるコウ君
かいち、開智、知恵を開くですお。
へええ、開智ねえ。知らなかったなあ。
かいち、かいち、かいち、かいち

ヤマグチヒロコさん、結婚して子供生んだの?
そうなの?
そうだよ。

あい変わらずって、なに?
ずーと同じ、だよ。

マツシマさん、去年「必ずいる」って言って、泣いちゃったんだよ。
そうなんだ。

チエ先生、手え振って「さよなら」言ったよ。
そうなんだ。

そそっかしいって、なに?
あわてんぼうということよ。

お父さん、連佛さんのドラマ、録画してくださいね。
分かりました。バッチリ録画しますよ。
録画してね。ロクガ、ロクガ。

お父さん、こんど連佛さんのドラマ、DVDにしてね。
はい、分かりました。

仁狭ヘルパーの場所は「タイヨウ」でしょう?
介護施設「タイヨウ」だったね。

くらげ、ジェリーみたいでしょ?
そうだね。

お母さん、これ、こぼしていいですか?
いいですよ。

呪うって、なに?
あいつをやっつけよう、と祈ることだよ。コウ君、誰かを呪ってるの?
呪ってませんお。

お母さん、タイミングって、なに?
ちょうど良いときよ。

ねんごろって、なに?
心をこめて、だよ。
連佛さん、警察のお仕事しましたよ。
どこで。
「盤上の向日葵」で。

えーとねえ、サカイ先生、お母さんによろしくね、って言ったよ。
そうなの。

一人ひとりって、なに?
一人ずつってことよ。

お父さん、泣くはサンズイに立つだお。
そうだね。
お父さん、立つの英語は?
スタンダップだよ。
タツ、タツ、タツ、立ってご覧。

お母さんユカリさん、バージンロード歩いた?
歩いたでしょう。

わたしはマサミ先生です。
こんにちはマサミ先生。

お父さん、戦争の英語は?
戦争はウオーだよ。
戦争嫌ですねえ。
嫌だねえ。

お母さん、公平って、なに?
みんなと一緒よ。

お父さん、ぼくお父さんと仲良く暮しますお。
そうですか。仲良く暮そうね。

お母さん、予感て、なに?
感じることよ。

お父さん、オガワ君のお父さん、おうちでお仕事してるの?
そうだと思うよ。

お母さん、花盛りってなに?
お花がいっぱいのことよ。

大量にって、なに?
たくさん、ということよ。

ぼく、連佛さんの声、好きだお。
そうなんだ。

困るって、悩むこと?
まあそうねえ。

最悪って、なに?
とっても悪いことだよ。

経験てなに?
いろいろやったこと。コウ君、いろいろ経験したでしょう?
ないですよ、ないですよ。

お父さん、入るとき、「お邪魔します」でしょ?
そうだね。

当たり前って、当然のことでしょう?
そうだね。

 

 

 

The Dead Don’t Die

 

工藤冬里

 
 

このまま
明かし続けねばならないのか
どうか
もう
いいんじゃ
ないか
鳥は鳴く
もう

いいんじゃないかと

 
死者が
死ねないなんてのは
おかしい

ダッチオーヴンが
最高だと思う

ダッチオーヴンが
最高だと思う

 
きっと眠ってしまうだろう
つじつまが合ってなければならない
のに
残っている人たち
誰が王だったか
みんな真面目だなあ

情況に左右される喜び

作ったものに満足している
一時的なものは難しくない

 
そうか
生者が生きられないから死者も死ねないのか

 
特攻隊に入れられる夢見ちゃった

やだった

やだった

 
ダッチオーヴン

ダッチオーヴン

 

 

 

#poetry #rock musician

ふじつぼ

 

道 ケージ

 
 

汀の角度に
打ち上がった
鋼鉄の船 
喫水線がにきび面を
傾いでいる

乾いた風が
一つ一つの穴を点呼し
魚臭い息を
鳴らす

雌雄同体であるフジツボは
近接した個体と交尾受精し
ノープリウス幼生から海中で6回脱皮
キプリス幼生となる
餌食みしないため
かのダーウィンは「動く蛹」と呼んだ

剥がしてやるよと
石でトントン
虚ろに空洞がなる
白い粉がお悔やみのように
散らばる

死んでも剥がれぬキプリスセメント
父と母とともに流され
黒潮とまぐ合う

うちとけるとでも
そんな朝はもうないから
だましだまし貼りついてる
生きてるんだか死んでるんだか

光る子が草薙の不義を
隠し通すように
蔓脚をびらびら旗めかして

死ねないんだよ
死ねない
死ねないなぁ

 

 

 

獏を繋いで

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

練馬の小さなの庭の
道端縁石にかぶるように繁茂する
無秩序な藪にいつからか
手のひらに乗るほどの獏が棲みついている

そうだ あの夢を食うという
獏だ まごうことなき あの獏だ
ほんの5cmほどの体躯だが
どこから見ても 獏としか見えない
この獏さんも世の中の獏さんと同様
まるで悪びれず 泰然自若としている

鼻面の長さうっとり 夢見てるような眼差し
夢を食うのだから当たり前か
でもね ことしはコロナ感染豪雨被害のせいか
リュウノヒゲの藪の中から
長い顔だして露に濡れて なにやらもぞもぞ
となりの柘榴の根っ瘤に棲む おばあの蝸牛に
不満そうに なにか話しかけたいのだ

なあおばあ せつなくなるなあこのご時世
おれは見ての通りの獏さん稼業の夢追いもん
長い鼻面がいのちの風体なのに
オレにも冗談のようなアベノマスクが届いたんだ
やめてくれ 鼻面想像力に蓋をされて
好物のシュルレアルはぐらかしの夢も
浮世絵風のせせらそそりの艶笑譚夢も
要するに大好物のメルヘングルメにありつけないなんて
この世界はどうなるんだ
新しい生活様式とかいっても
夢が食えない生活様式なら生活しなくていいよ

恥ずかしそうにさらに隣りの
柘榴の根っ瘤に鼻すりすり
おばあ蝸牛が獏さんに問いかける
獏さんたら さっきは何の夢を食らったんだい
なんだか 他にわけあるんじゃないのかい
ああおばあ 最近姿をみないキリちゃんの夢だよ
どこかに旅だった隣人麒麟のキリちゃん

去年の夏には柘榴の瘤の上に体長7cmほどの
麒麟のキリちゃん すっくと立って美しかったのに
今日の今日とて 霧が流れる安曇野の紫陽花の群落で
やはり首の長いキリオ君と首をからませながら
愛を語らっている いやな夢をみたんだ
獏さんは伏し目がちにこういうのだ

すると柘榴のおばあ蝸牛は頬赤らめて
カラダうねうねしながら低い声で そうよね
獏さんたらキリちゃんのこと好きだったのよね
最近見かけないと思ったら キリオ君とだったのね
仕方ないかもよ こんな胸糞わるい時代だもん
同類相憐れむとか言うじゃない ちょっとちがうか
でもきっと帰って来るわよ

キリちゃんは獏さんの夢の話聞くのが大好きだったから
獏さんのちょっとHな夢の話聴いて笑い転げて
柘榴の根っ瘤から滑り墜ちたりして 笑ったよね
あたしはふたりは結婚するって思っていたくらい
獏さんとキリちゃんは仲睦まじくしてたじゃない
だいたい麒麟の男なんて 名前だけ麒麟児とか言って
ただ長いだけの役立たずだって 蝸牛界の噂よ
キリちゃん そのうちしょんぼり帰ってくるわ

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高田渡がプロデュースして作った、山之口獏の詩のトリビュートアルバム『獏』は、高田渡の盟友と言ってもよい沖縄と内地の歌唄いたちが渾身の曲を捧げた名盤だが、この中に佐渡山豊が作曲した「獏」が収録されている。生で聴いたことはないが佐渡山豊、沖縄の風わたるそうそう人生の掠れ具合がただもんじゃない、素晴らしいミュージシャンだと思います。この詩のなかの獏は豚と河馬のあいのこみたいなユーモラスな図体でのっそり飄々、動物博覧会で初見参の折、夢を食べていると思って餌箱覗いてみたら果物や人参なんかたべているじゃないか、でも夢のなかにもこもこ出てきた大きな獏は悪夢でも食べたのかと思ったら、原子爆弾や水素爆弾をぺろりと食べて地球がぱっと明るくなったんだそうだ。愉快だね、獏さんの獏、うちの藪の獏さんも、コロナや自然災厄の悪夢をぺろりしてほしいものだ。すべての詩は山之口貘、作曲に高田渡、佐渡山豊の他、つれれこ社中、大工哲弘、石垣勝治、ふちがみとふなと、嘉手苅林次、大島保克らが加わったアルバム全体が、しみじみ深くとぼけて懐かしく、文句なく椌椌愛聴盤のひとつだ。高田渡がこのアルバムを作っていた頃、渡氏とはよく会って飲んだものだった。自分のソロアルバムを作っている時より余程楽しげだったな。友情と冗句と笑顔に刻まれたあの獏の時間を思い出している。

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ところで麒麟のキリちゃんはまだ帰ってこない
リュウノヒゲの藪から出たり引っ込んだり
我が家の獏さんは長い鼻面もぞもぞさせて
柘榴の根っ瘤のおばあ蝸牛と
だれにも通じない夢のお手玉なんかして過ごしている

 

 

 

stoned

 

工藤冬里

 
 

色んな色の 石があって
外を窺い 出て行く時の
突出して 融けやすい
赤を選んで 雨足は
岬のこちら側に 介入させる
水や日光や動物や人体に 介入の証拠を見るが
四国の この湾の分人画の中の人々に
名を 知らせなかった
利を取らないで 道の駅化した老人喫茶では
知らせそうになって 吐いた
遥か遠くに霞む 感情の
連鎖を断ち切り 階級差を利用する
色んな色の 石を投げられる 
見えなくても ちゃんとしているには
もっと 強い動機が
必要です 良心に
色んな色の 石を投げられる
鯨は遠く 離れていった
ありがとう 悲しい気持ちにはさせたくない
色とりどりの 石打ちの浜で
考え続けて 安らぎを
繋ぎ合わせるキルト 愚かな人は
無謀で 自信過剰です 
青い枠が 囲っている
あの人だけは 滅びました
見えるものが 見える人
見えないものが 見えない人

 

 

 

#poetry #rock musician

appellation chablis controlee

 

工藤冬里

 
 

鳶ひょろひょろ
山鳩が蹲って
ハッとしてgood
永遠に生きられないなら上絵も青花も徒労だ
技術を身につけることへの虚しさ
を告発する技術
としての
トレ・ユネール
川の水が来ちゃって遠くまでまっ茶だよ
昼ごはんは釣れたかな

 

 

 

#poetry #rock musician