to the big tech

 

工藤冬里

 
 

世界に参画していることが朝イチで行者ニンニクを開き朝鮮人参の苗をチェックすることであるなら
私は領土紛争の水域に蕎麦の種を播き親切を心掛けるだろう
雑草を土に戻すのは全米ライフル協会の仕事でも全米トラック協会の仕事でもない
これは善と悪の戦いではなく不完全さと不完全さの戦いだからだ
愛国主義で結ばれた人々は萱鼠のように刈り取られるのを待っているイネ科の雑草の穀類を食べなさい
レメクの妻たちよ
「敵は本能寺」とテレビでも吹いているではないか
ポキポキ球根を埋め
玉葱になりたい野蒜の思い出を掘り返し
ラジオから流れる蓄膿気味の歌唱を聞いている
「ペンフレンドの二人の恋は
言葉だけが たのみの綱だね」

 

 

 

#poetry #rock musician

新しいプラットフォームはもう

 

工藤冬里

 
 

新しいプラットフォームはもう
tweet
とは言わないのであった
新しいプラットフォームは
toot(吹く)
と言うのであった

百閒先生曰く、東京から大阪までプラットフォームを 繋げれば乗り換えなくて済む、と

そんな呑気な近代もあったな、と氷雨降る品川駅で墓川は思った

同じプラットフォームでは幾ら吹いても手も声も震えて

 

 

 

#poetry #rock musician

當傍晚無聲地抹去星辰

 

Sanmu CHEN / 陳式森

 
 

當傍晚無聲地抹去星辰,前世
塵土,起伏如波瀾
黑暗的文件如晦,裏面好黑
大地蟄伏,花朵猶豫

這最難將息,寒冬骨架
自來世生出肋骨,種子沉痛
家譜灰燼;那就重讀灰燼,從此無名
此刻退色,你是唯一的音節。

就是不屈的石頭
那些在流亡裡往返的孤魂
洗滌我們的盲文,奧德修斯!
來到盡頭,我一無所見⋯⋯

 
.2020年1月11日

 

 

・翻訳はこちらで
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凍結

 

工藤冬里

 
 

左と右が千切れて飛んだ構造の中で
愛国心というものを風花の軽さに浮かせて
ぼやけさせた未来の雪曇りに
ひとときの麻痺を狙うマヌーヴァー

愛によって絡め取られ
我方他方(アバンタバン)を 失い
凍結され永絶されて
雪曇りの中にひとり
完全な孤独の中にひとり追いやられる

 

 

 

#poetry #rock musician

回れ独楽(こま) 散れ散れに我 ゆきゆきて

 

一条美由紀

 
 


王冠の下に泉があった
民は隠れている
王は言った
「出でよ、我が前に!」
白漠とした宮殿には王の声だけが響いた

 


栄えるものは滅びる
地下に眠るものはやがて起きてくる
静かに静かに彼らはやってくる
我々の乗る電車はいつか停車する

 


ネコは暖かい
ネコは柔らかい
ネコはひだまり
そして私の猫は天国にいる

 

 

 

手を洗う

 

須賀章雅

 
 

陽が沈み黄昏て
黄色く汚れた街に月が出る頃
男たちは手を洗う

むかし場末の名画座でみた映画で
男が手を洗っていた
敵との闘いから生還した警部補が
洗面台に向かって延々と手を洗い続ける
疲れと血を洗い流すようにいつ果てるともなく
それがラストシーンだった

若い志賀直哉も日に何度も手を洗った
さきほど洗ったばかりの手を
また執拗に洗わなければ気が済まなかった
その若い清潔な手にケガレがみえていたのだろう

あの映画をみた頃の
若いわたしも頻繁に手を洗っていた
潔癖でもないのに手を洗った
自分の手にケガレがみえていたのだろう
「神経たかり」とも云われていた
「ケッペキにいさん 手を洗う」
と吉田美奈子が歌うレコードが出た時
自分の生活が視られているようだった

女たちだって手を洗う
それは知っているつもりだよ
マクベス夫人も執拗に手を洗っていたもの
彼女にだけはみえる血糊を流そうとして

あの映画の俳優もすでに遠く死んでしまったが
あの映画の中で警部補はいまだに手を洗っている
呼び物だったカーチェイスの場面より
洗面台の鏡の前で手を洗う男を思い出す
疲れ果てた寂しい背中をみせて手を洗っていた男と
蛇口から流れ続ける水の音

黄色く汚れた街に月が出た
ところでわたしはまだ手を洗い続けている
あれからずっと
擦り切れて血の滲むまで
夢の中でも手を洗い続けている

 

 

 

*2020年1月10日作
これを書いた頃はその後、至る所でみんなが熱心に手を洗うようになろうとは思ってもみなかったのだったが……。