黄浦江(こうほこう)

 

長田典子

 
 

ゆうるりゆったり曲がる
蛇行、
メアンダー、
いいなぁ
だこうって
いいなぁ
ねぇ、カコ、
はずんだ声で
オリエンタルパールタワーから黄浦江を見下ろす
銀行員だったカコは
パンフレットを片手に
あれが
ジンマオタワー、
ファイナンシャルタワー、と真剣に確かめている
案内のリーさんがケイタイをとり
メイファンの試験はうまくいきました、とエイ語で報告してくれた
彼女は黄浦江の対岸の大学院で難しい試験をひとつ終えたところ
だこう、ゆうるり曲がって まるまってメアンダー、
リーさんはメイファンのクラスメイト
来月からリーさんはアメリカに、メイファンはベルギーに
交換留学生で出かけてしまう
難しい試験を終えたメイファンの胸の晴れ間が
カコとわたしとリーさんを包み込む
ゆうるり まるまると
だこう、メアンダー、

きょうは
河沿いのワイタンを歩いてから
エレベーターで上昇し
ゆうるり、まるまると、螺旋階段を昇り
東方明珠電視塔、オリエンタルパールタワーの
地上351メートル
展望台にいる

ゆうべ泊まった五つ星ホテルのベッドで見た夢は
広い野球場のマウンドで
大勢の人に胴上げをされている夢だった
わぁーっ、と大きな声で寝言を言ったよ、
カコが長い髪をとかしながら教えてくれた

ああ、これが蛇行、メアンダー、と
橋の上から見下ろしたのは
ずっとずっと前 高1の夏
地理の授業で
蛇行すなわちメアンダー、と知って
部活の帰り
近くの河で写真を撮った
身体の奥深い場所で雷鳴が轟いた
旋回しながら落ちていった
ふかく ふかく
あれ以来
アラスカ、ミシシッピ、四万十、ハドソン、アマゾン、テムズ、
テレビや地図 旅先で 飛行機の窓から
蛇行する河を見かけるたびに
16歳の制服を着た少女になり 体内で遠雷が轟く
ときに写真に残した

巻き上がる
遠雷、蛇行、メアンダー
轟く
黄浦江の流れは
ゆうるりゆうるり90度に折れ曲がり
試験を終えて駆けつけた
メイファンと合流する
展望台の隅の土産物屋で翡翠を物色するわたしに
パールがいちばんいいね、とメイファンがニホン語で言う
耳には大粒のパールのピアス
きれい
東方明珠電視塔、オリエンタルパールタワー、
ニューヨーク、わたしはメイファンにニホン語を教えていた
マンハッタン、カコとは同じ語学学校だった

地上351メートルの透明ガラスの床の上
上海、
市街地の上空
カコ、
リーさん、
メイファン、
わたし、
それぞれに違う大きさ
違う靴の
片方を載せ
四葉のクローバーの形にする
写真を撮る

ウィチャットで送り合おうね
まるまると まあるく
蛇行した河から上昇する気流はやがて竜になる
空を旋回する
ゆうるり まあるく まるまると
カコ、
リーさん、
メイファン、
わたし、

 

※連作「不津倉(ふづくら)シリーズ」より

 

 

 

また旅だより 06

 

尾仲浩二

 
 

三十年以上も前に新宿で撮った写真を新宿のバーの壁に並べた。
ここではサントリーホワイトと決まっている。
それを新宿の水道水で割って飲む。
旨いとか、これでなければというわけではない。
これを飲んで育ってきたのだから、これからもこれを飲む。
飲めるといい。

2019年1月 新宿ゴールデン街にて

 

 

 

 

ぼろぼろ

 

道 ケージ

 
 

それは花筏というには余りに
薄汚れていた

ゴキブリのように生きた
恨みは
思い出せない

突き合う度に
石に血が滴る

そう振り回すなよ
強く握ると刺さんねえぞ
こうやって
こう刺すんだよ
ホラ

で、中で抉る、なっ
痛ぇだろ

やってみな
おー、そうだ、そうだ

「あるべきにやあらむ」

空が青い
さらっと
川が流してくれらぁ

さいなら

 
 

* * * * *

 
 

生徒の必死さに
ぼろぼろの河原で
こんちくしょう
の花が咲く

徒然草百十五段
「宿河原といふところにて、ぼろぼろ多く集まりて・・・」
教室の果ての青空が痛い

高架の下に見つからないように
石碑が一つ立つ
卜部の兼好はなぜここに

第百十五段
話の内容は単純きわまりない。
「しら梵字」というぼろが師を「いろをし」というぼろに殺され、その恨みを果たすためにわざわざやってきている。いろをしは手下を抱えるいっぱしの悪僧。

「いろをしはおるか」
「オレだが。よう来たな。ああ覚えてる。そうか、ならやってやろうじゃないか。おめぇら手出しすんなよ」

「二人河原に出であひて、心行くばかりに貫きあひて、ともに死ににけり」と兼好はそっけない。次のように記す。
「ぼろぼろといふもの、昔はなかりけるにや。近き世に、ぼろんじ・梵字・漢字など云ひける者、その始めなりけるとかや。世を捨てたるに似て我執深く、仏道を願ふに似て闘諍を事とす。放逸・無慙の有様なれども、死を軽くして、少しもなづまざるかたのいさぎよく覚えて、人の語りしまゝに書き付け侍るなり」

「なづまざる」は少し気になる。
「暮れなづむ」で始まる曲もあったが、同郷の人のあの図々しさは自分を見るようで勘弁してほしい。「なづむ」は「泥む」と書いて、泥にとらわれて身動きがとれずに滞る様子から来ている。だから「なづまざるかた」とは「死にこだわらない」という意味。生の泥をすーと抜け出ることは、確かに「潔い」。

 

 

注)ぼろ・・・「非僧俗の無頼乞食の徒で、山野に放浪する類」(安良岡康作の註による)

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その36

 

佐々木 眞

 
 

 

お母さん、素敵ってなに?
とてもいいことよ。
ステキ、ステキ、ステキ。

メレンゲ、お菓子でしょ?
そうだよ。

お父さん、小田急ちょっと揺れるでしょ?
そうねえ、ちょっと揺れるね。

自害って、死ぬこと?
そう。誰が自害したの?
武子が。八重の桜で。
そうか。大河ドラマね。

狭いと入れないでしょ?
そうだね。
お父さん、ふんづけちゃあだめでしょ?
だめだよ。

ほったらかしにしたら、お客さんおこるでしょ?
そりゃおこるね。

お父さん、台なしってなに?
めちゃくちゃにすることよ。

お母さん、ありふれたって、なに?
よくある、よ。

お母さん、両方って、なに?
こっちも、あっちも。

両は雨に似てるでしょ?
そうねえ、似てるねえ。

耕君、お盆休み終わったね。
ボク、明日からふきのとう舎とファミリーナ宮下行きますお。
そう、がんばってね。

お母さん、この際ってなに?
ちょうどいい機会、よ。

お母さん、魅力的ってなに?
ステキってこと。

お母さん、もう浮輪つぶして。
もう泳がないの?
泳ぎませんお。

ゴホゴホ。
お母さん、風邪大丈夫?
はい、ありがとう。

ゴホゴホ。
お父さん、風邪大丈夫?
ダイジョウブ。
お父さん、お母さん、二人とも早く良くなってね。
分かりましたあ。

ウオーキング、散歩でしょう?
そうだよ。

ガマの油は動物でしょ?
ガマは動物だよ。

ぼく、船頭さん好きですお。好きなんですよお。
そうなんだ。

お父さん、なんで石原さとみ泣いちゃったの?
さあ、どうしてかなあ。お父さん分かりません。

お父さん、正しい、の英語は?
ライトだよ。

お父さん、バカって言ったらダメでしょう?
そうだよ。誰かにバカって言われたの?
言われなかったよ。

お父さん、イライラしたらダメでしょう?
ダメだよ。

 

 

 

幸いなるかな

 

佐々木 眞

 
 

コウ君が笑うと、世界が輝く。
ケン君が笑うと、世界が揺れる。

私が笑うと、突然、世界が歪む。
そこで、ミエコさんが笑うと、世界が溶ける。

ああ、幸いなるかな、
まだ笑うことができる者たちよ。

幸いは、微笑みの中にある。
そのとき世界は、われらのものだ。

 

 

 

みんな むかぁしむかしの人に

 

駿河昌樹

 
 

市原悦子が亡くなって
思い出したのは
もっとはやく
8年も前に死んだエレーヌが
マンガ日本昔ばなしをやる時間になると
ノートを手にしてテレビの前にすわり
いろいろな日本語表現を
せっせと
メモし続けていたこと
むかし話を語る時の日本語が
彼女にはおもしろくて
市原悦子や常田富士男の口調を
そのまま真似して
外国人であるじぶんの
日本語を広げようとしていたこと

そんなことを思いながら
そういえば
常田富士男は元気だろうかと
ちょっと調べたら
2018年の7月18日に
彼も亡くなっていた
脳内出血で
81歳で

みんな
むかぁしむかしの
人に
みずから
なっていくところ…

 

 

 

トッポ・ジージョは

 

駿河昌樹

 
 

むかしのものが
いろいろ
ほじくり返され
なんでも担ぎ出されて
懐かしがられたり
あらためて
面白がられたりするのに
トッポ・ジージョは
あんまり
出てこないんだナ
ブースカでさえ
ちょっと
リバイバルっぽいのに
トッポ・ジージョは
忘れられる感じ
なんだナ

 

 

 

くり返されるオレンジという出来事 2

 

芦田みゆき

 
 

「うまくむけないよ」

 

Qはオレンジに突き立てた爪を、ゆっくりとはずす。

 

手のひらを伝った果汁は、手首から肘へと流れていく。
Qはまだ固いオレンジの表皮に唇をつける。

 

雨がもっと降ればいい。

 

固く閉めきった湿度の高い部屋に、オレンジの香りが充満し、あたしは息苦しい。
もっともっと、あたしの内部を洗い流すように、降りつづけばいいのに。

 

あたしはQから乱暴にオレンジを奪い取る。
破れた表皮から溢れだすオレンジを舌で吸い上げ、おもいきり囓りついた。

 

内部が露出する。
あたしの乳房がオレンジの水玉に染まった。

 

 

 

 

みわ はるか

 
 

きれいなものを見た。
ものすごく久しぶりに美しいものを見た。

美容院の帰りに本屋に寄った。
以前より友人から薦められていた本を探すためだ。
わたしの要領が悪いのか、その本はなかなか見つからなかった。
書店員の人はみんな忙しそうに動き回っていたので話しかけるのが憚られたが尋ねることにした。
その少女は高校生くらいだろうか。
既定だと思われる白のブラウスに黒のパンツ、その上から緑色のエプロンをつけていた。
しゃがみこんで段ボールからたくさんの本を出し入れしていた。
黒い長いつやつやした髪をポニーテールできちんと束ねた後姿は清楚な印象だった。
「すいません、○○さんの本がどうしても見つからなくて。探してもらいたいのですが。」
わたしは遠慮がちに声をかけた。
すぐにくるっとわたしの方を振り返った少女はまっすぐにわたしの目を見て、
「はい、お探しいたします。少々お待ちいただけますか?」
はっきりとした口調で、嫌なそぶりも全く見せず快く引き受けてくれた。
その時見た彼女の瞳は本当に本当に美しかった。
こんな目をした人を最後に見たのはどれくらい前だろう。
思い出せなかった。
一生懸命な目だった。
わたしの力になろうとしてくれた心からの瞳だった。
黒くくりっとしていてきらきらしたどこか透き通るようなそんな印象だった。
立ち上がった彼女は思いのほか背が高くすたすたすたと歩きだした。
白のブラウスはきちんとアイロンがかけてあるのだろう。
清潔感があった。
さすが書店員さんである。
ものすごく早くその本は見つかった。
「お待たせしました。お探しの本はこの辺りになります。」
はにかんだ笑顔で案内してくれた。
笑うと人の目は欠けた月のようになるけれど、それはそれで可愛らしかった。
任務を終えた彼女はまたすたすたすたと仕事に戻って行った。
なんて気分のいい瞬間になったことだろう。
寒い雪の降る外出先から家に帰って、温かい紅茶を飲んだ時のような気分だった。

色んな瞳がある。
幸せな瞳、威圧感のある瞳、敵視している瞳、攻撃的な瞳、めんどくさそうな瞳、絶望している瞳。
目は口ほどに物を言うと言うけれど本当だなと感じる。

また彼女のような美しい瞳を持った人に出会いたいなと思う。
自分もそうなれるようになれたらなとも思う。

雪がちらちらと舞っていたそんな昼下がりの話。