これって俺っちの最後の姿かって

 

鈴木志郎康

 
 

立て掛けた杖が
キッチンのリノリュームの床に、
パチーンって
倒れた。
床にペタッと、
してた。
これって、
俺っちの
最後の姿かって、
つい思っちまったよ。
ホイチョッポ。

ここまで書いて、
翌日の夜中に、
キッチンと広間の境で、
杖投げ出すかっこで、
すっ転んじまったっす。
イテテって叫んで、
テレビを見てた、
息子の草多に
抱き起こされたっすね。
怪我はなかった。
麻理が脚をさすってくれたよ。
よかったですっす。
ホイチョッポ。
明るくなって、
庭に、
五月の風が流れ込んで、
若緑の葉が、
さわさわって揺れたよ。

 

 

 

view 眺め 景色

 

昨日は

疲れて
眠ってしまった

夜中に
目覚めたら

テレビがついてた

深夜に
桑原正彦の少女たちの絵を見てた

少女たちの
見ている景色は

此の世の果てだろうと思った

此の世を過ぎて
なつかしいヒトに会う

やあ
という

桑原のお母さんもいた

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その6

 

佐々木 眞

 
 

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「お父さん、ハスは水の中でしょ?」
「そうだよ」

「お父さん、無理の英語は?」
「インポシブルかな」
「無理、無理、無理するなよ」

「お母さん、盲腸ってなに?」
「腸の仲間よ」
「盲腸、痛いといやですねえ」
「耕君、盲腸痛いの?」
「痛くないお」

「お父さん、直るって復旧のことでしょ?」
「そう、復旧は直るってことだよ」
「復旧、復旧」

武田鉄也が「学校へ帰ろう」っていったお。金八先生のドラマだお。
そうなんだ。

お母さん「なるほど」ってなに?
「そうかあ、分かった」ってことよ。
なるほど、なるほど。

「お父さん、正直の英語はなに?」
「オネストだよ」
「オネスト、オネスト、正直にいわないとだめだよね」
「そうだよ」
「正直、正直、正直」

「お母さん、メッセージてなに?」
「なにかを伝えることよ」
「伝える、伝える」

「お父さん、所により一時雨ってなに?」
「もしかしたら雨が降るってことだよ」
「お父さん、晴れたら青空でしょ?」
「そうですよ」

「お母さん、なんで仲良くするの?」
「喧嘩はいやだから、でしょ?」
「そうだよ」

「お母さん、ショボクレルってなに?」
「ガックリすること」
「ガックリ、ガックリ」

「お父さん、さきほどの英語は?」
「サムタイムアゴーかな」
「さきほど、さきほど」

「お母さん、さけぶってなに?」
「ヤッホオー!」
「そ、そうですよ。そうですよ」

「お父さん、なにしてる、の英語は?」
「ワットアーユードウイング、だよ」
「なにしてるう、なにしてるう、なにしてるう」

「お母さん、じょうと、ってなあに?」
「じょうと? 譲渡か。譲り渡すことよ」
「横浜線205系、インドネシアに譲渡しました」
「へー、そうなんだ」

「ダブルシャープは、シャープが2つだよ」
「えっ、そうなの?」
「2つ半音さげる」

お父さん、公衆電話の英語は?
「パブリックテレフォンだよ」
「公衆電話、公衆電話」

「お母さん、アドバイスってなに?」
「こうしたらいい、って教えてあげることよ」
「アドバイス、アドバイス、アドバイス」

「お母さん、おもてなしってなに?」
「人に親切にしてあげることよ」
「おもてなし、おもてなし」

「お父さん、さびしいの英語は?」
「ロンリーだよ」
「お父さん、淋しいは、さんずいに木が2つですよ」
「ああ、そうだね」
「淋しい、淋しい」

 

 

 

暗譜の谷

 

萩原健次郎

 
 

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あなたの不明に比べたら、わたしの不明など
たいしたことはない。
鳥の鳴く方向、あるいは蛙の鳴く方向を聴きさだめて
わたしの、もぞもぞした声をさがせばいい。
わたしなど、粒で、点で、穴の、
さらにはその底なのだから
はじめから不明を欲して、
急な傾斜を下へ下へと降りて行ったの、

鳥も蛙も、綺麗な気を吐いている。
草木を見つめてみれば、清浄さがくっきりと見える。
青空と、水流の地の間に
どれだけ呆けた透明さをたもつことができるか。
透けていればいいというわけではない。

暴かれ続けろと、言われるままにそうすれば
あなたは術の人になる。
暴かれ、叩かれ、地にめりこんで、土粒だらけの
濁りの身こそ、旋律に奉仕すればそれはそれで
加点もされる。

川の左右の岸には、花火の火が散ったように
不明者の点が、色をつけて等しく並んでいる。
青空側から見れば、群れだが、
笑う花弁のように、みなじっとしている。

生きたいなら
――生きてるよ、と言えばいい。
生きたいなら
――めりこんで枯れて澱んでいるよ、と。
人のごとくに。

――もう、描かれているよ。

 

空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空(連作「暗譜の谷」のうち)

 

 

 

enough 十分な

 

昨日は

浜風に
写真と詩を

載せて仕事に
出かけて行った

昼は食べずに
夕方に

ビールを飲んだのだったか
つまみに大きい豆

空豆か
空豆をつまんだ

さやが空に向かって
伸びるので

空豆なんだ
そうだ

美味しかったな
鮮やかな緑色だった