佐々木 眞
ジョン・フォード監督の「リバティ・バランスを射った男」を、またしてもみてしまった。
「リバティ・バランスを射った男」を何回みても、「リバティ・バランスを射った男」は、「撃った男」の間違いではないかと思ってしまう。
「リバティ・バランスを射った男」を何回みても、リー・マービンは悪い奴だけど、ジョン・ウェインはいい奴だなあと思う。
「リバティ・バランスを射った男」を何回みても、ヴァラ・マイルズ嬢のレストランのステーキ定食を食べてみたいと思ってしまう。
「リバティ・バランスを射った男」を何回みても、エドモンド・オブライエンの新聞社は、ジャーナリズムの王道を走っているなと思う。
「リバティ・バランスを射った男」を何回見ても、リー・マービンを撃ったのが、ジェームズ・スチュアートではなくて、じつはジョン・ウェインだったことを忘れてしまう。
「リバティ・バランスを射った男」を何回みても、ヴァラ・マイルズ嬢をジェームズ・スチュアートに盗られたジョン・ウェインが、可哀想になる。
「リバティ・バランスを射った男」を何回みても、『「リバティ・バランスを射った男」は、おもろいのお』と語った父のことが思い出される。
「リバティ・バランスを射った男」を何回みても、「リバティ・バランスを射った男」は、ジョン・フォードの傑作中の傑作だと思う。
「リバティ・バランスを射った男」を、私は死ぬまでに、あと何回みるんだろうか。