家族の肖像~親子の対話その31

 

佐々木 眞

 
 

 

「わろてんか」、好きですよ。
そうなの。
しりとりしよ。わろてんか
か、か、かりんとう。

それから、ってなに?
そのあと、だよ。

震え上がるの、嫌だお。
そう。お父さんも。耕君、震えあがったの?
おれ、震えあがったよ。
って、誰が言ったの?
スネオだお。

お父さん、わかちあうって、なに?
分け合うことだよ。

台なしって、なに?
なにもかも、むちゃくちゃになることよ。

関係って、なに?
こっちとこっちの間のことよ。

メイサ、怒っちゃったよ。
なんて怒ったの?
「オトナ高校」で「このクソジジイ」って。

お母さん、要望って、なに?
お願いすることですよ。
ヨーボー、ヨーボー。

自信無くしちゃ、ダメでしょう?
そうよ。

わたしオダカズマサです。
こんにちはオダカズマサさん。
お母さん、オダカズマサ印刷して。

お母さん、ぼく「おんめさま」すきですお。
そう、お母さんも。

これヤブコウジですか?
これはヤブコウジじゃなくて千両
ぼく千両万両すきですお。
お母さんもよ。
ヤブコウジ、どこにあるの?
玄関の外よ。
ぼくヤブコウジ好きですお。
ヤブコウジ、いいよね。

お父さん、ムは無理のムでしょ?
そうだね。

箱根登山鉄道、山に向って登りますよ。
そうだね。

お父さん、ハズレってなに?
当たらないことだよ。

ぼく、ニワトコ好きです。お母さん、ニワトコ、ない?
ないの。昔庭にあったんだけどね。

ぼく、ウラジロ好きですよ。
お父さんも。

ひとめぼれ、一目で好きになることでしょ?
そうだよ。
お母さん、圧倒的って、なに?
ものすごい、ってことよ。

お母さん、魂ってなに?
心の中にあるものよ。

お父さん、ぼく、セゴどん好きですお。
お父さんも好きだよ。
セゴどん、セゴどん、セゴどん

エレベーター、扉に触れたらいたいでしょ?
そうだね。
エレベーター、下がって扉に触れないようにします。
そうしようね。

ひたい、オデコでしょ?
そうだよ。

果てしないって、なに?
どこまでも、いっぱい続いていくことよ。

しまった、って失敗したことでしょ。
そうだよ。
しまったあ。

ぼく、この音楽、好きですお。
えっ、都はるみの「北の宿から」だよ。
ぼく、「北の宿から」好きですお。

ぼく、この音楽好きですお。
え、「北酒場」だよ。
ぼく、「北酒場」好きですお。

お母さん、ぼく、回り道すきだお。
そう、お母さんも。

自信なくしちゃだめでしょ。
そうだよ。自信なくしちゃだめだよ。

お母さん、ことしジュンサイ買ってね。
買いましょうね。
お父さん、ハスはジュンサイに似てるでしょ?
似てるね。

お母さん、いきおいってなに?
早いことよ。

お父さん、ぼく、ソナタ好きですよ
じゃあ、ソナタ弾いてよ。
嫌ですお。

お母さん、スポンサーって、なに?
お金を出す人よ。

ユウちゃん、なんで泣いたの? しんどいからでしょ?
そうね。

ぼく、キャップ、好きですお。
キャップ、ふたでしょ?
そうだよ。

ぼく、キャップの仕事やります!
あんまり頑張り過ぎないでね。
はい、分かりました。

とっておきって、なに
とても大事にしているものよ

 

 

 

入院記

 

須賀章雅

 
 

墓参りに行かなければならないと考えていた。田舎にある父母の墓へ一度線香をあげに行かなければなるまい。最近のわが不調、この数年の低落ぶり、没落ぶりは長いあいだ両親の墓を放ったらかしにして荒れるにまかせてあるのに起因するのかもしれぬ、もとより信仰心などなく、墓参りで人生がいささかなりとも上向くのであれば、一日無駄にするのも後々意味があると思うような恩知らずの親不孝者が一念発起、旅費捻出のために無理をして倉庫で日がな一日、ただ黙然と中身の分からぬ箱を積み上げる日雇い仕事をやり、入った徹夜明けの水風呂が良くなかったのか、左腕が痺れ始めたかと思うと胸に激痛が走り、それはこれまでの生涯でかつて経験した覚えのない甚だしい痛みであり、堪えているうちにさらに痛みは激しくなり、鏡を見ると顔は緑色の怪人に変身しており、とりあえず這いつくばりながら身支度をして思案にくれていたが次第に呼吸をするのも苦痛となり、墓参りはまたの機会にしてまずは現在のこの狂おしい症状から解放されんがために病院へ行ってみようと決心し、水槽の中でのほほんと眠る同居者、一匹のゲンゴロウに、ちょっくら行ってくるわ、と力なく挨拶してから真夏の午前の眩しい屋外へ出てふらふらと歩み出し、電柱に凭れかかりながら片手を挙げてタクシーを拾い、何処でもいいから病院へ一刻も早く、と頼んでシートに倒れ込んで目を瞑ったのであるが、今度は沸き起こる痛みのために、ぐおおお、だの、うえええ、だの、もももーん、だのという叫びが口から上がるのを如何ともしがたく、これはきっと死ぬ、自分の存在はこれで終わる、と覚悟をし始めた辺りに到着した病院では、七人のナースたち(後から知ったことであるが皆うつくしい女たち)に取り囲まれてたちまち服を脱がされ裸にされて、なぜか剥がされなかったTシャツを捲られ、胸部に線のついたあまたの吸盤を貼り付けられ、口中にスプレーを噴射されて、「口閉じて、鼻で呼吸して」と命じられるままにすると胸の痛みはなんとか収まってくれたが、今度はストレッチャーの上で剃毛され排尿用の管をぐりぐり押し込まれて、あまりの痛みと恥辱にのたうち廻って咆哮すると、ええい、静かにおし、男らしくなさいってば、と命じる女の声は失踪した妻そっくりであり、局部麻酔をかけられて、右脚の腿から血管を通じて心臓に達する管を挿入され、左腕に点滴の管三本、鼻の穴に酸素吸入の管を取り付けられた頃には意識が遠のいてゆき、かようにしてめくるめく入院生活が始まったのであるが、私は雪の夜を駆けるウマとなり故郷D市のクラス会へ出向いたり、花火の上がる夜の病室の窓に燃え上がり溶けるヒマワリになったりしてなかなかに多忙であって、中年の眼鏡をかけた蛙を思わせる医師が喜びを隠そうともせずに説明するには、私の症状は「詩的冠攣縮性狭心症」である由で、酒煙草はもちろんタブーであるが、あなたの場合は詩を書くことが心臓の冠動脈という血管に大変な負担になっている実に特異なケースで詩はもう止めた方がいいでしょう、と診断するので、そういえば生活を顧みずに詩などにウツツを抜かしているうちにいつしか妻もいなくなり、田舎へ墓参りの算段もつかなくなってしまったのであるよなあ、と柄にもなく神妙な気持になっているところへ、トマコマイにいる兄が父と母を連れて見舞いに現れ、昔はずいぶんと夫婦仲の悪い二人であったのになあ、と懐かしさも一入なのであるけれど、珍しい症例として今しばらくの滞在を医師から請われている詩を書く男は保険にも加入しておらず、かといって現金もなく、今回の支払額が如何ほどになるかを想像すると胸に鋭い痛みが走るのを覚え、それから今や唯一の家族と云っていい存在である孤独なゲンゴロウの安否が天井から下がる重たげな雲の中、にわかに気になってくるのだった……

 

 

 

電話

 

佐々木 眞

 
 

ルルルルルル
もしもし。こちら、ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なぬ。
ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なんじゃと。よろしかったでしょうか、じゃと。よろしくなんか全然ないぞ。
あのお、どこがよろしくなかったでしょうか?
あのなあ、お前さんの日本語は、てんで日本語じゃあないぞ。そもそも、お前さんは誰だ。
は、はい。大変失礼いたしました。エーユーのヤマダと申しますが。
そうか、携帯会社のエーユーのヤマダヨ君か。それじゃヤマダ君、あんたに「こちらササキさまのお宅でよろしかったでしょうか?」と電話で言えと教えたのは、どこのどいつじゃ?
は、はい、私の上司のキタジマですが。
そうか、それじゃあ、上司のキタジマ君を出したまえ。
上司のキタジマは、ただいま外出させて頂いておりますが。
それそれ、それが良くない。おらっちが頼んで外出したんじゃなくてそっちの都合で外出したんだから、「上司のキタジマは、ただいま外出しております」でいいのら。
「上司のキタジマは、ただいま外出しております」
そうそう、それでよろしい。それはともかく、上司のキタジマくんが帰社したら、よーく教えてやれ。いいか、そういうときには「わたくしエーユーのヨシダと申しますが、ササキ様のお宅でしょうか?」と尋ねるんじゃ。
そ、そうなんですか。大変失礼しました。
そうすれば、はじめておいらも、「はい、ササキですよ」と答えれる、じゃなくて、答えることができるのよ。
ははあ、そうなんですか。
ご一新の昔から、そうに決まっておる。
ははあ、ご一新ですか。大変失礼いたしました。
失礼は許してやるから、もういちど最初からやってみよ。まずおらっちがベルを鳴らすから、お前さんはそのあとに続けるんじゃ。ええな。
ルルルルル………。もしもし、どなたじゃな?
は、はい、えーと、わたくしはエーユーのヤマダと申しますが、こちらはササキさまのお宅でしょうか?
おお、よしよし、やればできるじゃないか。それじゃあ、これからうちに電話する時は、おらっちがいま教えた通りに喋ってくれ。そしたら諸事万端うまくいくからな。
はい、承知いたしました。いろいろご迷惑をおかけしました。
うむ。よろしく頼むよ。じゃあな。
ありがとうございます。それでは失礼します。
ガチャン。

ルルルルルル
もしもし、こちらササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なぬ。
ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なんじゃと。よろしかったでしょうか、じゃと。よろしくなんか全然ないぞ。
あのお、どこがよろしくなかったでしょうか?
あのなあ、お前さんの日本語は、てんで日本語じゃあないぞ。そもそもお前さんは誰だ。
は、はい。大変失礼いたしました。ドコモのヤジマと申しますが。
そうか、今度は携帯会社のドコモのヤジマ君かあ。
それじゃヤジマ君、あんたに「こちらササキさまのお宅でよろしかったでしょうか?」と電話で言えと教えたのは、どこのどいつじゃ?
は、はい、私の上司のヨシカワですが。
そうか、それじゃあ、上司のヨシカワ君を出したまえ。
上司のヨシカワですか。ヨシカワの方は、ただいま外出させて頂いておりますが。
それそれ、それが二重に良くない。いま君は、ヨシカワの方っていうたけど、君の上司にはヨシカワ君とヨシカワの方という人と、2名おるんかいな。
いいえ、ヨシカワの方は1名だけですが。
1名しかいないヨシカワなのに、なんで方がつくの? ヨシカワの方の方を取って、ヨシカワと発音しなさい。
はい、申し訳ありません。その方、以後気をつけます。
また方かいな。それからヨシカワの方だけど、おらっちが頼んで外出したんじゃなくて、そっちの都合で外出したんだから、「上司のヨシカワは、ただいま外出しております」でいいのら。
はい。上司のヨシカワの方、ただいま外出しております。

 

 

 

新・冒険論 14

 

車窓から平らな海を見た
林の向こうに山々を見た

そこから
帰ってきた

姉の家に帰ってきた

〆張鶴だったか

お酒を飲んだ
姉と飲んだ

姉と歌を聴いていた

この空を飛べたらと

わかれうたと
夢の途中と

小春おばさんと

人生が二度あればと

姉と聴いた
姉と飲んだ

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第26回

第8章 奇跡の日~必殺のラジカセ

 

佐々木 眞

 
 

 

ケンちゃんはしっかりと目をつむり、唇をひきしめて、まっすぐ川底へと沈んでゆきました。
全長2メートルにおよぶ飢えた巨大な魚は、双眼を真紅の欲望に輝かせながら、少年の周囲をきっちり3回旋回すると、1、2、3、4と、ストップウオッチで正確に5つの間隔を置いて、冷酷非情の鋭い牙をむき出しにして、ケンちゃんに躍りかかりました。

―――その時でした。

突如勝ち誇ったアカメたちが、頭を気が狂ったように振り回しながら、もんどりうってあたりをころげ回りました。
そのありさまは、まるで甲本ヒロトが「リンダ、リンダ」を歌っている最中に、胃痙攣の発作を起こして、渋公のステージを端から端までのたうち回ったときのようでした。

狂暴なアカメたちは、完全に理性を失い、全身を襲う激痛に耐えかねて、猛スピードで急上昇したり、かと思うと突然急降下したリして、千畳敷の大広間狭しと悶え苦しんでいましたが、とうとう自分から河底の岩盤に激突して、いかりや長介のように長くしゃくれた下顎を、普通の魚くらいの適正な長さに修整するという仕事を、この世の最後に成し遂げると、いきなり下腹を上にしてニヤリと笑ってから、次々に赤い2つの眼を自分で閉じてあの世へ行ってしまいました。

「ケンちゃーん、ケンちゃーん、ダイジョウブ? ぼくだよ。ボクですよお!」
その声にふと我に帰ったケンちゃんが、声のする方に向って、そお―と眼をひらくと、いきなりギラギラと輝く午後3時半の太陽が、まともに頭上から落ちてきて、ケンちゃんは反射的に眼を閉じました。

眼の痛みが少しとれてから、もう一度そろそろと瞼を動かすと、相変わらず強烈な太陽光線を背に、一人の少年が、ラジカセを持って立っているのが分かりました。
少年は、もう一度やさきく声をかけました。
「ケンちゃん、無理しなくていいから、そのまま寝てな。コウ君だよ。ケンちゃんのお兄ちゃんのコウだよ」
「ど、ど、どうしたの、コウちゃん?」
「コウちゃんじゃなくて、コウ君」
「ご、ごめん。コウくん。どうしてここにいるの? どうしてここまでやって来たの?」
「もちろん、ケンちゃんを助けるためだよ」
「で、でも、どうやって?」
「実はね、昨日の晩、お父さんがニューヨークから突然帰ってきたんだ。
お父さんはケンちゃんが一人で綾部へ行っているって話を聞いて、とても心配してね、昨夜ケンちゃんが寝てしまった後で綾部に電話しておじいちゃんからいろいろ取材したんだ。由良川の魚の話とか漁網の話とかいろいろね……。
それでおよそのことは分かったんだけど、どうもひっかかることがあるから、「おいコウ、お前ちょいとひとっ走り綾部まで行ってケンを助けてこい」、って、そういう話になったんだ」
「なーーんだ、そうだったのかあ。それにしても何カ月も行方不明のお父さんだったくせに、ぼくなんかよりお父さんの方がよっぽど心配だよ」
「お父さんの話はあとでゆっくり聞かせてあげるよ。それよりケン、顔じゅう血だらけだぜ。大丈夫かい? 一人で立てるかい?」
「ありがとう。もうダイジョウブ。それよりお兄ちゃん、どうして、どんな風にしてぼくを助けてくれたの?」
「うん、昨夜12時40分品川駅前発の京急深夜バスに乗り込んでね、ケンちゃんが由良川に出かけた直後に「てらこ」に着いたその足で、ここへやってきてね、それからずーっとケンちゃんのやることを見ていたんだ。
もしもヤバそうになったらなにか手伝おうと思って、スタンバッていたわけ」
「そうだったのかあ。ちっとも知らなかった。おじいちゃんもなにも教えてくれないし」
「突然行って驚かせるつもりだから、なにも言わないで、って口止めしてあったのさ。それよりケンちゃんがアカメに襲われたときは、本当にどうなることかと思ったよ」
「ぼく、アカメの尾っぽでぶんなぐられたでしょ。そのとき、こりゃあヤバイなあ、って思ったんだけど、それから先のことは、なにも覚えていないの。お兄ちゃん、どうやってぼくを救ってくれたの?」
「これだよ、これ。このラジカセが役立ってくれたのさ」
「えっ、なに? ラジカセでアカメを殴り殺しちゃったの?」
「バカだなあ、そんなことできるわけないだろう。
実はね、この前、学校の遠足で江ノ電に乗って江ノ島水族館に行ったとき、たまたまこのラジカセを持って行ったの。このラジカセ、録音もできるだろ。それでね、電車に乗る前、友達の声とか、駅の物音とか、それから踏切の信号の音とかを回しっぱなしで録音したテープに、イルカショーの現場音もついでに録音しようとしたんだけど、間違えて録画ボタンじゃなくて再生ボタンを押しちゃったの」
「へええ、そうなんだ」
「そしたら、会場全体に小田急の踏切のカンカンカンという警告音が鳴り響いたもんだから、あわてて止めようとしたんだけど、突然イルカが、餌をあげるおねえさんの言うことをまったく聞かなくなって、全部のイルカが狂ったようにジャンプしたり、プールサイドを転がりまわったりして、どうにもこうにも収拾がつかなくなってしまったの」
「へええ。びっくり。でも、いったいどうして?」
「しばらくはぼくも焦りまくったんだけど、ようやくラジカセのストッップボタンを押した途端、まるで嘘のようにイルカたちは平静を取り戻して、急に大人しくなってしまったの」
「へえええ、不思議、不思議」
「水族館には部厚いガラスに遮られていない水槽もあって、そこにタイとかヒラメとかカツオとかが泳いでいたので、上からラジカセの音を流してみたら、魚たちがみんなパニックになったみたいに、跳んだり跳ねたりして悶え苦しむんだ」
「へえええええ、そんなバナナ」
「それでいろいろな音源を再生して、魚の様子をよーく観察してみると、江ノ電の踏切が鳴るあのカンカンカンという信号音が、魚たちにダメージを与えていることが分かったんだ。三蔵法師が孫悟空の乱暴を止めさせようとするときに、「金・緊・禁」と3つの呪文を唱えた途端、孫悟空の頭を、輪が締め付けるだろ。カンカンカンは、魚たちにとってはちょうどあの呪文みたいなものなんだ」
「へええ、お兄ちゃん、凄いじゃん。それって必殺の秘密兵器じゃん」
「まあね。それで家に帰ってから、いろいろ調べてみたんだ。江ノ電は小田急電鉄の電車なんだけど、江ノ電に限らず小田急の踏切の信号は、嬰へ長調で鳴っているんだね。ほとんどのメーカーの蛍光灯が、いつも低いロ長調の音を、ツバメの鳴き声のようにジジジと発しているように」
「嬰へ長調!? オンガクの話」
「まあ聞け、弟よ。そして、そのロ長調の、ジーーと鳴る蛍光灯の音が、帝国ホテルに泊まる耳に敏感な音楽家の神経を傷つけているように、嬰へ長調で規則正しくカンカンと鳴り続ける金属音が、タイとかヒラメとかカツオとか、フナとかコイとかナマズとか、フグやアイナメやオコゼやリュウグウウノツカイなどに激烈な痛みを与えているみたいなんだ」「アカメは?」
「もちろん、バッチリさ。ただし信号音といっても小田急だけ。横須賀線の踏切はみんなイ短調で、こいつは魚にはてんで効き目なしなんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「それが分かったんで、お兄ちゃんは綾部に向う前の晩に、江ノ電のあかずの踏切の前で、嬰へ長調のカンカンカンの音を死ぬほど録音しておいて、こいつがなにか役にたつこともあるかなあと思って、ラジカセにセットしたままここに持ってきたってわけ。それがケンちゃんのピンチにあんなに役立つとは夢にも思わなかったよ。アカメときたら超意気地なしで、もう一発でノックアウトだたからね」
「へーえ、そうだったの。必殺メロディ電撃光線だね。びっくり! でもコウちゃんのお陰でぼくは命拾いできたんだ。お兄ちゃん、本当にありがとうございました」
「いいってことよ。ぼくたち兄弟じゃないか。困った時はお互いさまさ。長い人生、これからも助け合っていこうぜ!」
「うん!」
「さあ、そろそろ堤防に上がろうか。もうすっかり陽も落ちたね。きっとみんな心配してるぞ。早く帰ろうよ」

 
 

つづく

 

 

 

新・冒険論 13

 

高速バスで

また

姉の
家に帰った

線香を二本たてた

義兄と
母は

お盆には帰っているのだろう

昨日は
姉に矢島まで車で送って貰った

由利高原鉄道で羽後本荘に降りて

酒田
新庄とまわって

湯沢に帰ってきた

車窓から平らな海を見た
林の向こうに山々を見た

そこにいた
そこにいる