daily 毎日の

 

嵐でした

一昨日
浜辺に

蒼鷺が佇ってた

何かを
待ってる

わけでもなく
時間はとまってしまったの

雨の中に

片足で
佇ってた

此の世の
岸に

波頭が砕けてた

砕けるものたち
砕けちるものたちよ

ホックニーの白い波頭を見たことがあるかい

 

 

 

龍宮城の言語

 

爽生ハム

 

 

三つ子になったんだけど
光らない夜に集うから
ひとつがふたつに攻撃される
一人が受け皿になって
二人がお湯を注ぐ
沸点が尋常じゃなくて
溺れそうな一個人が
浅瀬に打ちあげられる
ここで眠るのは容易いが
眠らない事が人格の形成に役立つのだと
言いきかしながら
自由に彼岸にひれ伏す
彼岸に立つ女子大生は
留学を求めていて
母国語が亡くなるんだと
危機を抱いている
日本語がいなくなったら
私のアイデンティティは
どうなるんだと
私は思います
と彼女は言った
僕は日本語と字幕の
相互関係に甘んじれば
いいんじゃないかと
無理を言った
言語も侵略だから
と同時に
言語は私達の故郷だからと
私達は無自覚に誓った
身体と発語にタイムラグが
あったって
私達は滑稽に見えるから
これが異国語のタイムラグなの

 

 

 

透明な、かえる

 

今井義行

 

 

テレビで 透明な、かえるを、観ました
あわい オレンジ色の 膜の
皮膚を通して 内臓の動きや体液の流れ
雌ならば卵塊の揺らぎなどが
かなり はっきりわかる かえるを・・・・

「北欧」 という 新宿西口の ベーカリーが すきです

そのあさ わたしは 「北欧」の
白パンを 生で 食べていて
過って くちびるを 噛んでしまった
「北欧」の 白パンの 生地に
真っ赤な 液が 滲み込んでいった

交配に 交配を かさねては──

透明な、かえるを 創った 主は
透明な、かえるを 創った 主は

生体実験 を されるが ゆえに
かえるに刃物を挿れたくない、と
繰り返し 言った── そうして
透明度を もっと もっと 高めたいと 言った

生と死の間の透明が
空白空白空白0うつくしい文脈とはかぎらない だから
空白空白空白空白空白空0かえる達は、さらに 抹殺されるかもしれない

ところで現代詩作家の荒川さんは
新聞で このように書いたそうだ
「読むに値する詩は少ないから、詩を厳密に読める人が増えたら
詩人は困る。しっかり読まれたら、終わりです」*引用

「詩人は困る」の「詩人」のなかに
荒川さんがいるのは あったりまえ
尖鋭な詩人と切開される詩人がいる
・・・・・・・・・・・・ っていう 訳なんだ

「読むに値する詩」と きたものだ

では、近頃の 詩のお仕事は 如何
技術の焼増し やってないですよね
詩を書いていて 人生のメロディラインは お好きですか

選考委員も多く務めてきているから
「詩を厳密に読める人」のなかにも
荒川さんは 含まれているでしょう

詩を書いていて 人生のメロディラインは お好きですか
見知らぬ人の書いた詩のメロディラインは 一筋縄ですか
平凡な暮らしって プリズムの結晶の前と 捉えてますか

ああああ。そんな、ばっかな 事態 ───!

現代詩作家、って 何ものでしょう
詩の表現者のエゴイズムに力業で冠
をつけたかのように 感じています

───そんな訳で これは皮肉です
ビジネスマン詩人に対する皮肉です
荒川さん側の申立ては無視してます

詩人は、透明な妖精たちなどでない
詩人は、たとえば 都心の交差点の
人ごみにまざって 衣服を着ている

透明な、かえるなのだ

自家中毒の 現代詩作家・荒川さんが 告発をするなら
詩人は 衣服を脱ぎ捨てる
文豪になるために 生まれてきた訳では ないのだから

詩人のそれぞれの 透明な胴体には
得体の知れない流動体が詰っていて
それらの或る一瞬一瞬が たとえば
カミ、などに転写され、観れば
詩は或る一瞬一瞬の心の迷彩文字だ

透明な、皮膚を 透して 読み
それでもメスを振るおうとするなら
わたしたちはもうメスの先に居ない

何故ならば ──────・・・・・
わたしたちは透明な、かえるだから
そのようなときには 既に・・・・・
わたしたちは、
あなたに観えない先へと撥ねている

 

「文字言語を選び、闘ってきた詩にとって朗読は自殺行為だ。朗読を意識したら詩の言語が甘くなる。すぐれた詩には文字の中に豊かな音楽性があり、それで十分。文字を通して音楽性を感じる力が弱まったから声で演じたくなる。文字言語を通して考え、味わう力を詩人が捨てたら詩に未来はない」*引用
とも 現代詩作家の荒川さんは 言っている なるほどな。

≪荒川洋治≫という文字列 そこからは
内在する 硬い製鉄所の音が 聴こえる

カーン、カーン・・・・・・という音がひびく
だから ≪荒川洋治≫って名は「詩」だ

現代詩文庫で詩人の名前を一覧してみた
≪松浦寿輝≫≪川田絢音≫≪朝吹亮二≫など わたしは
彼らの 詩の よい読者で ないけれど

詩人の名前その文字から 何か聴こえる
だから それは既に「詩」なんでしょう

一方 ≪井坂洋子≫から何も聴こえない
だから この詩人から「詩」はできない
詩の題材にはならない 詩人がいるんだ

 

転調する瞬間、これは、詩だから 荒川さんから 転調をします

或る 詩友、 彼の 処女詩集は 何だったか──
ずっと おもいだそうとしている
わたしは ちいさな部屋の ちいさな本棚を 探り続けた
買ったり 戴いたりした 詩集を
棚に収まらない分 横に積んだりもしているので
或る 詩友、彼の、処女詩集を 見つけることに
ずいぶんと 難航してしまうのだった

題名に 「帰郷」という単語が含まれていたか
或いは 「桔梗」、だったろうか
わたしは そのイメージから 野原を巡っていた
ああ── 彼の 第一詩集は なぜ、処女なのか
きよらかな 処女のように
丁寧に触れるべきだったと
わたしは、いまにして おもうのでした
処女の名を わすれるとは ───・・・・・

「処女航海」 という ジャズをおもう
はじめて・・・・・ 分け入るように
あの彼の、処女詩集を 見つけ出して 海へ出たい
大洋に浮かび 日輪に照らされ
あの処女詩集を静かに読みたい

トレーナーの袖で拭いたら 黒い水の跡 それでも ───・・・・・
生きてることの メロディラインは好き?
わたしは わたしに問いかける
メロディラインは好き とりわけ 転調する瞬間が
ことば と ことばの 連鎖が
ひとかわ 剥ける ときだから

こころの 冬星の 殻が 背から 割れて
中身が 渇き切るのを 待って
海へと 飛び立って いくとき
色々な 粒の 涙は あるけど
わたしは 太陽に添って 謳っていく いびつな航跡を残し
トレーナーの袖で拭いたら 黒い水の跡 それでも ───・・・・・
生きてることの メロディラインは好きだ
色々ないろの なみだが 零れるにしても
そこを 晒された生理で放浪できればいい
生きてることの メロディラインは好き?
転調する 瞬間が 好きなんだ だいすき

 

転調する瞬間、これは、詩。 自由になれるから また転調するんです

▶火曜日は休息日 でも規則正しい生活リズムは保ちたい 写真のポスト
栄養バランスのよい食事 詩作を進めること 地道に焦らずに進みたい
新しい詩が ネット公開中です
▶先日の大雪には驚いた それでも遠くからデイケアに通所した人もいる
水曜日は肝機能改善のための注射 午後には武蔵野の公園を歩いてみよう
新しい詩が ネット公開中です・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここは 真冬の日の 煉瓦色の・・・ むさしの その土壌
散歩して 靴で 地を踏む度 ざくっ、と いう音がする

はつしもだ しもばしらが 列をなして 立っている・・・・
綺麗だなあ わたしは 薄ら陽に映える
凍った葉のうえを辿って 歩いていった

すると はつしもが 最もあつまっている 場所に
現代詩作家の 荒川洋治が 佇んでいる
広告で見たとおりの 苦々しい顔つきと
文学者っぽい寒色系のスーツと黒革の靴

載っていた写真の残像からわかる
鴎外のようなりっぱな公人なんだ
だから当然のように敬称略なんだ

現代詩作家の荒川洋治は
黒革の靴で もくもくと
ただ もくもくと しもばしらを
はつしもの しもばしらの
塊を 踏んで、踏んで、いった ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ、
真っ直ぐな ものが
粉々に、光の灰に、なって いった ───

しもばしらは 死んだのでは? と おもいながら

ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ、
わたしは 現代詩作家の荒川洋治に 訊いた
「はじめまして 荒川さんですよね」
さ、さくさくっとは さかせない
ざ、ざくざくっとは ざかせない
わたしは 現代詩作家の荒川洋治に 訊いた
「はじめまして 荒川さんですよね」
「え、・・・・・・ どなたでしょうか?」

「自己紹介します・・・・・・ わたしは
現代詩を書いている 今井義行といいます」

「申し訳ない お名前、知りません
どのような詩を 書いているのですか?」

「口語の時代は寒くない、という詩です」*

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

土にまぎれた 氷のつぶが
陽に照らされて ビーズの
ように光るのを むさしの、その ただただ ひろい場所で
しくしくと 感じていたら
いつのまにかビーズたちが軟らかくなった土壌から
冬眠していたはずの 夥しい かえるが

ぴょこん、ぴょこん、ぴょこん、・・・・・・・・
つぎつぎに はりきって 飛び出してきた
それらは みな 透明な、かえる達だった

生と死の間の透明が
空白空白空白0整った鼓動とはかぎらない だから
空白空白空白空白空白空0かえる達は、さらに 抹殺されるかもしれない

だから 負けまいと 跳ねたのかもしれない

そのようなとき 透明な、皮膚を 透して 読み
それでも 切先を向けようとするなら
わたしたちは もうメスの先に居ない

荒川さん ───・・・・・
わたしは わたしたち、という 言葉を 使いましたが
その わたしたちって いうのは
書きたい詩を 書きたい儘に 書いている

詩を 楽しむことを生きている 人たちのことです
技術に 穢れる ことだって、あると思っています

荒川さん ───・・・・
詩を 楽しむことを生きている 人たちのことです

荒川さん ───・・・・・
時代も 跳ねて 変わってきた、っていうことです
時代は 跳ねて 変わってきた、っていいたいです

 

 

*荒川洋治 1970年代の 発言に基づく

 

 

 

夢は第2の人生である 第35回

西暦2015年神無月蝶人酔生夢死幾百夜

 
 

佐々木 眞

 

 

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極寒の僻地にあって九死に一生を得た私らは、ようやく郷里に帰還しようと寒村の小さな駅に辿りついたのだが、プラットフォームに立つと、アテルイという名の記された深紅の長い長い貨物列車が、轟音をあげて通り過ぎて行った。10/1

久しぶりに以前訪れたことのある野原の果ての廃墟にやって来た。今回はなぜだかイラストレーターの川村さんや画家の橋本さんなんかと一緒だったが、入口には「隠喩とアナスタシア」と書いてある。いったいどういう意味なんだろう。展覧会でもやってるのか?10/2

戦争が近付いてきたからか、急に井戸掘りを頼まれるようになり、その数なんと1万件に達した。焦った私は、知り合いの伝手やコネを総動員して、全国各地の職人をはじめ学生のアルバイトまでかき集め、朝から晩まで井戸を掘り続けている。10/2

山中でその子の死体を見つけたのは、数日前のことであった。どうしてこのようなものがこんなところにと思ったのだが、私は、そのことを誰にも言わなかった。10/3

しばらく経ってから、私はその場所を目指して山を登って行ったが、山道でイノシシや野兎や猿や熊たちと出会うたびに、私の顔も体も彼らの顔かたちが乗り移って、異様な風体へと変身していくのが分かった。10/3

妻が運転する車に乗って学校へ行ったら、「今日は私も授業があるのよ」というので、驚いて彼女の教室をのぞいてみたら、聴講する学生が鈴なりだったので、また驚いた。私の授業の聴講生ときたら、毎年10名すれすれなのに。10/4

こないだ通販で買ったCDを、同じ業者がさらに安く売っているのを発見して、「こんちくしょう、どうしてそんな酷いことをするンンだ。おいらがなけなしの金をはたいて、清水の舞台から飛び降りるつもりで買ったというのに」と、朝までいきまいていた。10/5

新製品のネーミングにうるさい社長だったので、「では英語やフランス語やイタリア語はやめて、古い日本語でいきましょう。「国定忠治は男でござる」というのはどうですか?」と冗談半分で提案してみると、「おお、いいね、いいね。どうしてもっと早くそれをいわないんだ。それ、それ、それでいこう!」と大喜びするのであった。10/7

「信望愛」のうちでもっとも大いなるものは愛である、とたしか新訳聖書に書いてあったような気がするのだが、信仰も愛もてんで持ち合わせのない私は、一筋の希望さえあれば、なんとか今日も生きていくことができそうに思えた。10/7

ふとしたことで知り合った2人の女性は、いずれも小説家だったが、てんで本が売れないというので、「千円引きでなら、私が買ってあげますよ」と口走ったら、その翌日、段ボールを満載したクロネコヤマトのトラックが玄関に停まった。10/8

広大な原っぱには巨大なテントが張られており、中ではフェリーニのサーカスを思わせる極彩色のファッションと、音楽と演劇を一体化した夢のようなライブイベントが繰り広げられていたので、私は歓声を上げながら、写真を撮りまくっていた。10/10

電話ボックスの中に入ると、なぜだかその中にも薄緑色の植物が生えていた。電話しながらそのやわらかな葉っぱを食べていると、大きなムク犬がボックスに入って来たので、こいつにも葉っぱを食べさせてやった。10/11

新聞社の「市場」についての調査にご協力ください、といって訪れた若い女性が、あまりにも魅力的なので、家に迎え入れて耳を傾けていると、結局は物販の売り込みの話なのであった。10/11

この節は度量衡の規格が次々に変わる。こないだは判子を作り直したばかりだというのに、今度は「持ち船の形式と容量を見直せ」というお達しが出たので、結局造り直さざるを得ないだろうな。10/12

埋立地に出来た見本市会場の件で、若い女性の部下と一緒に現地の担当者を訪ねた。1ヶ月後にその商談が纏まった頃、担当者と部下の連名で、結婚式の招待状が届いた。つまり彼らは、ひと月で2つの商談をまとめたわけだ。10/13

一念発起、酒も女も絶ってひたすら店頭で販売の音頭を取ってみたものの、声を張り上げれば張り上げるだけお客は逃げ出していき、売り上げはさっぱりだった。10/14

3人で町を歩いていたら、チンピラ2人にからまれたので、うちのA子がさっと金的を蹴り上げると、その時は素早く退散したが、今度は私がいない間に、A子ともう一人の若者を誘拐したので、私は正宗のドスを腹に呑んで、敵の本拠地に奪回に向かった。10/15

中国の田舎の空港で降りたら、昔会社で常務だったナベショーという男が、免税店でどんくさいアメカジを売っていたので、懐かしくなってポロシャツを買おうとしたら、大きな鍋で炒め物を調理しながら、「お客さん、ここらへんは、商売さっぱりあきまへんわ」と、情けない声を出した。10/15

眠っている間に地震が襲ってきて、私が乗った地球というメリーゴーランドを揺り動かす。それはヒトコマごとに前進するのだが、ときおり揺り戻しがあって、また元に戻ったりするので、非常に恐ろしかった。10/16

やがて官憲がわが家を違法建築であると決めつけて、取り壊しにやって来たので、私は毒矢で武装し、今度こそ死ぬまで徹底抗戦しようと決意した。10/17

「遊動円木」とか「不労所得」とか「交響楽」という名前の鳥たちが、ひらひらふらふら飛びまわっていた。10/18

次期ノーベル文学賞の受賞が内定した谷崎潤一郎選手の命を狙う悪党がいるというので、私は、警視庁から派遣されて、彼の警護に当たっていた。10/19

「綺麗な呼吸大会」という不思議な大会に出場した私は、あらゆる瞬間において見事な呼吸をしている、という理由でグランプリをもらったが、受賞の意味がてんで分からなかったので、もらったトロフィーをその場に置いて退場した。10/20

今日もいつもと同じ散歩道を歩いた。歩きながらビシバシ写真を撮っていたが、「まてよ、これでは毎日同じ写真ばかりになってしまう。少しはフィルム代を節約しなきゃ」と思って、撮るのを止めてしまった。10/21

コンセプトは「我らの右手」だ。午後9時には子供たちを階下で寝かせ、大人たちだけの製品づくりが始まった。10/23

星まつりの夜に窓の外で2002年の2月に身罷った愛犬ムクが「WANGWANG!」と鳴いているので、外に出ると、衝突した車から飛び出した若い衆が、川の中で白眼を剥いて斃れていた。恐らく、もう死んでいるのだろう。

すると、すぐ近くで悲鳴が聞こえたので飛んで行くと、やはり同じ年頃の、祭りの法被を着た若い衆が、道の真ん中で白い泡を吹いて斃れていたので、驚いた。すぐに救急車を呼ぼうとしたのだが、生憎その番号を思い出せないので、携帯を握りしめて棒立ちしているわたくし。10/24

私らは、大木の枝の上に鳥の巣のような小さな小屋を作って、その中で生活していたが、なにしろ狭くて、ちょっと風が吹いてくると大きく揺れ動くので、不安で仕方なかった。10/26

今夜は豪華な肉料理をフルコースで食べるのだから、お昼は蕎麦にしておこう、と思うのだが、天ざるにしたらエビ天がお腹に残ってさしさわりがありそうなので、店の前でメニューを眺めながらいつまでも迷っていた。10/26

一緒に歌舞伎を見にいったデザイナーが、「あたしはもう仕事が嫌になった。こんな仕事を八十までやるのかしら」と呟いていたが、私は知らん顔していた。10/28

昔からお世話になっていたSURELADYというブランドを担当する佐々木さんを訪ねたら、大病を患っていて、もう長くなさそうだったが、相変わらず優しく頬笑んでいた。10/28

ボスの命令で会社に従業員家族を招くことになり、会場のあちこちに美しい花々を飾り付けたのだが、当日入場した人たちは、誰一人目を留めることもなかった。10/29