広瀬 勉
東京・中野沼袋?
水から生まれてきたのに、水の味をしらない。
青蛙として、わたくしは、わたくしの子も孫も、その顔は知らない。
知っているのは、わたくし、青蛙の眼前で、目を凝らしてわたくしの顔をまじまじと見ているあなただけだ。
わたくしの代、わたくしの世は、なんだか臭い。
蛾の食べすぎか。
何年、青蛙として生きてきたかって?
生まれたのは、数か月前だが、わたくしの前の前の、ずっと前までたどると、千年にも万年にもなる。
同じ顔してさ、同じ皮膚の色してさ、鬱々としているその表情も、へたな鳴き声も、代々いっしょなんだけどね。
ときどきね。音羽の支流の細い川に、青葉を浮かべて、それに乗るんだな。ゆらゆらしているうちに、酔ってきてね。ゆらゆら寝込んでしまって。波乗りというよりも船旅みたいなもの。
わたくしは、ゲロゲロとは鳴かない。そう聴こえるだろうけど。
わたくしは、あなたにも意味のわかる言葉で、語っているんだよ。
蛾の食べすぎで、咽喉の奥になんだか、粉のようなものがカラカラに乾いて詰まっていて、それが空気に混ざって、濁音になって口からこぼれているんだよ。
それで、さっきの話なんだけど、川を下る船旅をして、それからまたこの麓まで戻ってくるのかというと、わたくしにもさっぱりわからない。
あなたの夢に混濁している、青い蛙でさあ。わたくし。
だから、あなたは、今こうしてわたくしを見つめている。
混濁しているのは、景色だけではないよ。背景に、いつも音楽が流れているだろ。
ゲロゲロではなくて、もっと透明な薄情なやつ。
六月かあ。六月の悔恨かあ。
そろそろ、次の代に青を継がせないとなあ。
満員電車で
シフのバッハを聴いてる
インベンションと
シンフォニア
それで
田中小実昌さんの文を
読んでる
腰にある
ふたつの窪みが
ヴィーナスのえくぼなんだ
どうなんだろう
此の世は
こまったことを
抱いて
電車に乗っている
休日には
朝はやく
海を見にいった
いつも
そう
いつも海を見にいくのさ
海のうえには
空がひろがってる
海の色は
空色さ
海は空の色を映すのさ
ことばもそうさ
空は海を使わない
海は空を使わない
だれも使わないのさ
なにも使わないのさ
夕方
目覚めて
モコと散歩した
地上に
空は重なっていた
それから
眠った
夜中に
目覚めて
一日は遠い
むかしのことのようだ
今朝
モコと別れてきた
おしっこにいきたい時
モコはぐるぐると
はしりまわる
ひとりで戸を開けることもある