michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

あれれっちゃ

 

鈴木志郎康

 
 

シロウヤスさんが、
パジャマを後ろ前に着て、
こりゃ、いいわい、
って、
ひょろひょろっと、
にわかに
立ち上がって、
部屋の中を、
杖も持たずに、
両手を翼みたく
バタバタさせて、
歩き回ってるっちゃ。
アッ、危ない、
すっ転んじまったっちゃ。
テーブルの角に、
頭をぶつけて、
床に仰向けに
すっ転んじまったっちゃ。
あら、動かないっちゃ。
動かない。
あれれっちゃ。
へへへ。
そんな、
俺っちの空想っちゃ。
歳取るって、
ねええ。

 

 

 

新 骨ッの世界

 

辻 和人

 

 

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

自転車走らせ
建設中の小平の家へ
お仕事中のミヤミヤに代わり建設の進み具合を見に行く
頭上に
鯉のぼりみたく
ハタ、ハタ、ハタめく
ほそ、ほそ、ほっそながい光線君を従えて
走った、走った
すると
鉄パイプの足場とシートに囲まれた巨大な影
「辻様邸」
うわぁ、ぼくんちだよ
感動
見て見て、光線君
「ツジサマー、サマー、サマーティーイーイー。」
興奮した光線君
平べったい体を痙攣したように高速度で折り曲げ
大きく広げたお目々を左右にグリグリ
あのー、まだそんなに驚かなくていいから

「こんにちはー。依頼主の辻です。」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりご覧になって下さい。」
仮設ドアを開けると
うわぁ、いきなり

コツッ
コツッ
骨ッ
の世界
横にも縦にも
おっと斜めにも伸びる
四角い木、木、木
これって
恐竜の骨組そっくり
ぐねぐね
きゅるきゅる
横にも縦にも
おっと斜めにも
骨ッ
コツッ
コツッ

弱いライトに照らし出された骨の群
玄関からそろりそろりと伸びて
ここ、トイレか
「くの字」に並んで
尻尾が軽くとぐろを巻く
う、う、
微かに
ぴっくぴっく
伸びていく伸びていく
だんだん太くなっていくぞ

がーん
突然ぶち当たった
ぶっとーい腰
ここ、キッチンか
長方形に、ちょいと不均等に並んだ骨
冷蔵庫と食器棚を置くスペースを広く取ったので
圧倒的なボリュームだ
尻尾と釣り合いを取りながら
ゆーらゆーら
重い重い体を揺らす
ゆーらゆーら
恐る恐る骨の一つに触れてみると
ひんやりした皮膚のざらざらした硬さが感じられて
ぞぞっとしちゃったよ
あ、今
リビングの上を黒い影がよぎって
電球が揺れた

とすると、足は
ここ、ベランダの隣の壁
埋め込まれた木が頑張ってる踏ん張ってる
よーちよーち
体が重いのでよちよち歩きしかできないけど
歩幅は大きい
前のめりに前進して獲物を追う
土をえぐって
よちっ
分厚い爪が空中に飛び出す
危ない
避けろ
けろ

1階を見尽くして改めて辺り見渡すと
何と何と
光線君が床にぺたっとへばりついてるではないか
おいおい、大丈夫か
「ピックピクー、ユーラユラー、ヨーチヨチー、
サマーティーイーイー、メー、マワールールー。」
中身のない目をくるくる回して正方形にノビている
心配しないで
肉は食べるけど光線は食べないよ
さあ、気を取り直して2階に上がろう

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

長い長―い背骨をつたって
胴から首へ
ぐねっぐねっ
不意に起こる屈曲
遙か下方で
尻尾が床を叩いている
その振動が骨をつたって
ぼくの手の甲を震わせる
振り落とされたら大変だ
必死にしがみついていると
回復した光線君、すっかり平気顔
骨の間をスィースィーと飛び回りながら
「イコーイコー、ウエー、イコー。」
飛べるって強いな
さ、もう少しで2階だ

よいしょ、最後の段を上がると
おおっ
す、すごい
コツッコツッコツッ
木の香りをぷんぷん立ち昇らせながら
長短の骨が
立って立って立ちふさがって
そうか
ぼくは背から首を通って喉元を抜けて
でっかい口の中
ってことはこりゃ歯か
上からも下からも
ぐわっと攻めてくる
フリースペース、クローゼット、書斎と
攻めてくる長短の骨を避けながらそろりそろりと移動する
コツッ
コツッ
興味津々の光線君
体を紐状に細くして一本一本の骨に巻きついては
ささくれた感触にいちいち驚いて
空中でくくっと旋回

ここ、寝室
高い位置に窓を配置したんだけどどんな感じかな?
足を踏み入れる、途端に
白い強い光
薄闇をぱーっと切り裂いて
目玉だ
獲物をぐりぐり探すレーダーだ
ぐりっと見据えられたらどんな獲物も腰抜かしちゃう
いつの間にか頭部に入り込んでた
同じ光の体をした光線君もこれにはびっくり
ぴたっと空中に止まって
円状に体をぴんと張って
甲高い声で叫んだんだ
「ザウルスーッ、ザウルスーッ、シュツゲンナリィーッ。」

そう
小学生の時初めて博物館なるものに連れてってもらったんだよね
ナンダ、ナンダ
コレ
ナンダ
散らばった骨を集めて復元された巨大な恐竜たちの姿
天井を掻き回す縦のライン
床に亀裂を入れる横のライン
骨と骨の間の
ぽかーん空間に
小さな目を凝らすと
古代がみるみる大きくなった

そうだ、そうなんだ
梯子を降りてもう一度できかけの家全体を眺めると
骨が骨を呼んで
連なって、大きくなって
わぉ
恐竜
尻尾を揺らし
目玉をぐりぐりさせ
鋭い牙を研ぐ
狙ってる
肉食だから狙ってる
巨大恐竜、立っている
歩け
歩き出せ
骨ッ
コツッ
コツッ

「雑然と見えるかもしれませんが、工事中の今だけですよ。
もう少したつと内装が仕上がって家らしく見えるようになります。」
工事責任者の方はそう言ってくれたけど
いえいえ、とんでもない
白い壁に覆われる前の姿を目に焼き付けることができてラッキーでした
近くのコンビニで人数分の缶コーヒーとお菓子を買って渡しましたよ

コツッ
コツッ
骨ッ
光線君
このことはミヤミヤには内緒だよ
暮らし始めた時にこの家が
昔、恐竜だったなんて
知られたくないからね
ミヤミヤには「順調に進んでいた。」とだけ報告するつもりさ
でも
ぼくは骨の世界の中で呼吸ができて
楽しかったよ
外から見る家は
どっからどう見ても荒い息吐く恐竜
困ったなあ
でもちょっと嬉しいなあ
走る自転車を体をきゅるきゅる回転させながら追いかける光線君
「ナイショー、ナイショー、ザウルスーッ、ショー、ショー。」
骨ッ
コツッ
コツッ

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その19

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、元気ってなに?
ガッツです。
ガッツ、ガッツ、ぼく元気になりました。

お母さん、このアジサイどうしたの?
お庭から取ってきたのよ。
ぼく、アジサイ好きですお。
そうだったの。知らなかった。

耕君、お母さんのいちばん大事な人は?
ぼくですお。
2番目に大事な人は?
健君ですお。
3番目は?
お父さんですお。
あったりい!

お父さん、割引は安く買うことでしょ?
そうだよ。

お父さん、トラブルって故障のこと?
そうだよ。

お父さん、影響ってなに?
wwwいろいろ影響することだよ。

「ぼくは常用漢字を使っています」と、ノートに書いておいてくださいね。
分かりました。

お母さん、念のためってなに?
そうねえ、雨が降るかもしれないので、念のために傘を持っていこう、っていうことよ。

ぼく、スギウラさんから注意されました。
そう。
ぼく、音、小さくしましたよ。
そう。
ぼく、スギウラさん、苦手じゃないよ。
そう。

お母さん、発車間際ってなに?
ちょうど発車するときのことよ。

ぼく、ノザキ君です。
こんにちはノザキ君。
こんにちは。

お父さん、残念の英語は?
ZANNE—N!

ぼく、連佛さんの声好きだお。「もしかしてルイ?」ぼく、連佛さんの声まねしたよ。
上手にまねしたねえ。

耕君、つかれていたから休んでいるのね。
はい、そうですお。
もう元気になったの?
元気です。元気、元気。

あなどるってなに?
かるくみることよ。

お父さん、「従来」は「いままで」ってことでしょう?
そうだよ。

バザーは感謝祭でしょ?
だいたいそうだよ。

お母さん、人気者ってなに?
人から好かれる人のことよ。

お母さん、「他」は「以外」でしょ?
そうよ。

お母さん、入線ってなに?
にゅうせん?
横浜線の線路に入る。
あ、そっちのにゅうせんか。

最後を飾るってなに?
最後をきれいにすることよ。

お母さん、狂うっておかしいことでしょ?
耕君、狂ってるっていわれたの?
言われないよ。

お母さん、よさこいってなに?
♪ヨサコーイ、ヨサコイよ。

お母さん、太平洋ってなに?
海よ。
太平洋、太平洋。

「なお」ってなに?
「そのうえに」のことよ。

引退ってなに?
そこからいなくなることよ。

迷うってなに?
さあどうしようかな、って思うことよ。

お母さん、あらそうって喧嘩すること?
そうよ。
あらそったらダメですよね。
そうよ。
あらそう、あらそう、あらそう。

怒るは女と又と心でしょう?
なになに。もう一度言って。
怒るは女と又と心でしょう?
ああ、そうだね。

ぼく青梅線好きですお。
そうなんだ。
ぼく青梅線乗りたいですお。

ビーチって磯でしょ?
そうだよ。よく知ってるね。
ビーチ、ビーチ。

おじいちゃん、おばあちゃん、亡くなったよね?
亡くなりましたよ。
どうして亡くなったの? 歳とったから?
そうだよ。

お母さん、茶番てなに?
笑ってしまうことよ。

お父さん、千はゼロが3つでしょ?
そうだよ。

「只今」は「現在」でしょ?
そうだよ。

美人、きれいでしょ?
そうよ。美人て誰?
お母さん。
あら、耕君ありがとう。

キョウコさん、おじいちゃんと結婚したの。
そうだよ。

おがら焚くと、おじいちゃん、おばちゃん、帰ってくるでしょ?
そうね、おがら焚こうね。

むかし、おじいちゃんとおっばちゃんチに、コロいたよね?
うん、いたよ。
ぼく、おじいちゃんと、おっばちゃんと、コロ描きますよ。
描いてね。

 

 

 

漆黒のスープ

 

正山千夏

 
 

雨の火曜日シナモントースト焼いて
ミルクティを淹れた
冷蔵庫のぶーんとうなる音ワンノート
今日は資源ゴミの日
つぶれたビール缶、スパイスの空き瓶段ボールの束
時間までに出しておけば青いトラックが運んでいくどこへ
灰色の雲で胃の中はいっぱいだ
選択は今日はできない乾かないから
わたしは重い足取りで運ぶどこへなにを

もしもあなたがそこにいるのなら
今ごろ漆黒の闇に浮かんで光を見ている頃かしら
そのスープにあなたもわたしたちもみんな溶けているのよね
世界は光と闇と、灰色の雲でできている
そこから先が思い出せない
光を見ていてたぶん自分もその光のうちのひとつで
それからどこをどうやって
気付いたら狭い参道だ

もしもあなたがそこにいなくても
わたしは漆黒の闇に浮かんで光を見ている
そのスープをあたためていると
光っていたのはさっくさくのクルトンだ肉体だ
だとしたらどんどん冷やしていけばいいのか
フリーズドライみたいにやがては粉々になって真空に
それからどこをどうやって
気付いたら呼吸していた

灰色の午後はアイロンがけをして
昨日の残りの煮物でお昼にした
冷蔵庫のぶーんとうなる音ワンノート
にぶら下がりながら夕食の献立を考えていると
郵便配達人がチャイムを鳴らした
見るとこないだ出した郵便物が宛先不明で戻されてきた
宛名のラベルがはがれてしまったのだという
迷子になっているのはあなたそれともわたし
漆黒のスープに浮かぶはがれたラベルを思うわたしどこへ

 

 

 

全部さ

 

揺れてた

夜中に
目覚めたら

揺れていた

それでもう
眠れない

一瞬
見たのさ

湖なのか
海なのかな

わからなかった

海も
凪いだら

ひろい湖みたいさ

どうなんだろう
もう眠れない

一瞬
水の揺れるのを見た

それは
世界の一部なのか

それは全部さ

 

 

 

瀧廉太郎の「憾み」

音楽の慰め 第16回

 

佐々木 眞

 
 

 

私のような年寄りでもまだまだ死にたくないのに、20代、30代という若さで死なねばならなかった人たちの悔しさはいかばかりだったことでしょう。

私の好きな古典音楽の世界に限ってみても、ウイーンで31歳で死んだシューベルトや35歳でみまかったあのモーツアルトをはじめ、20世紀になっても数多くの指揮者や演奏家が早世しています。

例えば私の好きな1920年生まれのイタリア人指揮者のグィード・カンテッリは、1956年11月24日未明、パリ発の飛行機が郊外で墜落し、36歳で不慮の死を遂げたのです。その8日前にスカラ座音楽監督就任が発表されたばかりの死は、世界中から惜しまれました。

天才女流ヴァイオリニストと謳われたジネット・ヌヴーも、30歳を目前に1949年10月27日、エアフランス機の飛行機事故で夭折しました。

それから4年後の1953年9月1日、同じエアフラの同じ機種に乗ったフランス人の名ヴァイオリニスト、ジャック・チボーは、72歳にしてアルプスの山に激突して命を失いました。

翻って我が国の悲劇の音楽家といえば、「荒城の月」や「箱根八里」の滝廉太郎でしょう。1879(明治12)年に現在の港区西新橋に生まれたこの天才は、長じて今の藝大で作曲とピアノを学び、1901(明治34)年にはドイツ・ライプチッヒ音楽院に留学しますが、その5か月後に肺結核を患って翌02年に帰国。1903(明治36)年6月29日、故郷大分で弱冠23歳の若さで、憾みを呑んで亡くなりました。

「憾みを呑んで」というのは、言葉の綾ではありません。
彼が死を目前にして書いた生涯で最後の曲、それは「憾」というタイトルの、涙なしには聴けない遺作でした。

滝廉太郎はクリスチャンでありましたから、敬虔な基督者が、神さまに対して自分の薄幸の身の上を恨んで死んだはずはない、などと尤もらしいことをのたまう向きもあるようですが、この音楽を聴けば、そんな悠長な解釈なぞどっかへ吹っ飛んでしまいそうです。

今宵はそんな曰くつきの遺作を、小川典子さんのピアノ演奏で聴きながら、若き天才の冥福を祈りたいと存じます。最後の一音に耳を澄ましつつ。

 

 

 

 

野外音楽堂にて

 

正山千夏

 
 

蓮葉でうめつくされた池の上を
みどり色の風が通る
夫は1時間以上かけて
自転車でやってきた
涼しい風とはうらはらに
うっすら全身に汗にじませて

弦楽器のハーモニーに染み込む
初夏のビールはあわい黄金色
サウンドホールの奥の小さな空洞に
ハートビートの血潮の調べ
クールな顔のギタリストは
細かく膝をゆすってる

ケータイをかざすことすら忘れ
自分を風の中にほどいてしまう
隣にいる夫や友だちすらほどけてしまう
鳥たちがその調べに賛同する
そこにいるすべてのものたちが
西陽に照らされビール色に染まる

空気中に漂う細かなほこりが
ふつふつのぼってく
日々の小さな小言も
自転車で疾走する孤独も
まるでビールの泡のよう
大きな日除けにたまり
層をなしたと思ったら消えた