michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

アンモナイトの見た夢

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

ワレヲワスレテミルト
こんなコトバが帰ってきた
ソシテ ソノヒトカヘラズ
ソシテマタ ソノヒトカヘラズ
ソシテマタ1000日が過ぎて
「アンモナイトの見た夢」
どこかで誰かがつぶやいたようだ
大仰だな 数億年の古層に
降りそそいだ夢のことなんか

土と火と藁と炭そして灰
炎上の窯はもうひとつのオーロラ
帰って来なかったその人の
偏愛の一挙手一投足が躍っている

 ワタシノミミハ カイノカラ
 ウミノヒビキヲ ナツカシム   ✶1
思い出さないわけにはいかない
アンモナイトの反時計回りの螺旋
海の響きと母なるイメージが交接する
洟垂れのころ最初に覚えた詩の王道

鼻の形が美しい反ダダの詩人と
鼻のつぶれた老ボクサーが
地中海の夏のジュラの幻影のなか
浮遊する玉虫色の巨大巻貝に嚥みこまれ
永遠をありがとう 黄昏をありがとう
絡み合う白い絹の言葉を吐き続けた

ワレヲワスレテミルト
さていつか来るさようなら
さて僕は小さなアンモナイトだとしよう
さてどこをどう旅してきたのか
ワレヲワスレテミルト 
ソノヒトカヘラズが幾重にも
さらにはるかな永遠日和を旅して
エーゲ海デロスの獅子吹く夕べ   ✶2

日帰り小舟が停まる船着場の
粗末な小屋に泊めてもらった翌朝
黒光りする石窯でパンを焼く
腰の曲がった老夫婦の呟きは無限悲歌
アポロンが生まれたという島で   
僕は25歳喉の渇きこそが存在理由

八月の獅子たちは身じろぎもしない
ピレウスから帰還した次男は
腰巻きひとつ半裸の含羞の男
コツコツと岩を削り 太陽が傾いて沈むまで
残酷に美しいアポロン像をひとつ
ささやかなドラクマに替える   
   
アンモナイトが見た夢のこと

 

✶1 ジャン・コクトーの詩「耳」を堀口大學が訳した余りにも有名な一行詩、ここではカタカナにて表記。
✶2 デロス島はエーゲ海に浮かぶ小さな島。アポロンとアルテミス双子兄妹生誕の地とされ、古代ギリシャ文化中心の聖地だが、筆者が訪れた1976年当時は無人島で観光客もまばら、船着場に住む老夫婦が管理していた。アポロン神殿を護るように立つ五頭のライオン・獅子像はレプリカだったが、印象は揺るぎなかった。

 

 

 

訪問看護は いかがでしょう

 

今井義行

 
 

わたしは 週に2回 精神疾患に特化した 訪問看護を 受けている



今日の朝も まだ 成り立てだという 訪問看護師さんが 訪れた



その 訪問看護師さんは 猫柄の マスクなんて してる・・・



(それにしても なんて 若くて かわいい 看護師さん なんだろう)



「はじめまして」
「はじめまして」



訪問してくれる 訪問看護師さんは 決まっていなくて その日によって 変わる



(その 訪問看護師さんたちが 揃いも揃って 皆んな 20代前半の かわいい 
娘たちばかりなのは 何故なんだろう)




わたしは ピンッと きた




(訪問看護ステーションも ビジネスなので 応募者が 資格を持っているのは 当然のこととして 所長の採用基準が 20代前半の かわいい 娘たちばかりに 
絞り込まれているのは 明らかだな)




(これは 風俗 か)




「まず 検温を しましょう」

「はい」

「異常なし ですね」 

「次 血圧を 測りましょう」

「はい」

「異常なし ですね」

「次 脈拍を 測りましょう」

「はい」
看護師さんが わたしの手を 柔らかく 握ってくれた・・・

「異常なし ですね」



わたしは まず わたしの メンタル面での 著しい低下について 相談したかったのだけれど

訪問看護師さんの方から 先に わたしに 相談をしてきた



「わたし マクドナルドの マックフルーリー(アイスデザート)を 食べるのが 
好きなんですけど きのう 体重を 測ったら 1kg 増えてて ショックだったんです
どうしたら いいんでしょうか」



「アイスクリームは 300Kcalくらい ありますからね こまめに 体重測定をして 
体重の キープを 心がけていくのが 良いんじゃないでしょうか」



「わかりました そうしてみます」

「ところで 看護師さんは 何故 敢えて 精神疾患に特化した 訪問看護ステーションを 就職先に 選ばれたのですか」



「そうですね・・・それは わたしの 家族に 精神疾患者がいて それが きっかけで 看護学校に 進学して 何か 精神疾患者の役に立てないかなと 思ったからですね 他の看護師たちも そんな感じだと 思います」



「・・・そうなのですね」



わたしは 今日の 訪問看護師さんを 見送りながら

「看護師さんの お話を 聞けて 嬉しかったです ありがとうございました」

わたしは 頭を 下げていた



わたしはその晩 強い抗うつ薬と 強い睡眠薬を服薬して 就寝したものの 著しい
メンタル面での問題を抱えているにも関わらず どうにも気もちが 高揚してしまって なかなか 寝つく事が できなかった


わたしは 翌朝 訪問看護ステーションの所長宛てに メールを送ってみた



〈訪問看護ステーション

 所長 様



 いつも 大変 お世話になっております

 ところで どうしても ご相談したい事
 があるのですけれども〉  




1時間ほどして ノックを 強く 叩く音がした 訪問看護ステーションの所長が訪れた



「良かった・・・突然の 体調不良でなくて 安心しました」 



「心配おかけして 申し訳ありませんでした ところで 所長に 提案が あるのです

いつも 看護師さんたちには お世話になっていて ありがたい限りです

それなのに このような事を提案して 毎日 がんばっている 看護師さんたちには 大変申し訳ないとも思うのですが・・・



看護師さんの 訪問看護は 30分ですね 最初の15分間は 体温測定・血圧測定・脈拍測定ですね 残りの15分間は 健康相談や雑談となっています」



「そのような システムです」



「この後半の15分の内 5分を 希望する患者さんへの オプションとして
 「ディープ・キス」へと 充ててみるのです



昨日 訪問看護師さんに 脈拍測定をしていただいたとき 手を握ってもらいました そのとき 得も言われぬ 気もちが 湧き上がってきました 



就寝時間を過ぎても 

いつもなら メンタル面での著しい低下に 苦しむのですが 昨夜は とても 穏やかな気もちになって メンタル面での著しい低下が 収まったのです」 



「そうだったのですね」



「希望者する 患者さんには もう1つ オプションとして 訪問看護師さんを 「指名」できるというのは いかがでしょうか

断っておきますが このプランには 確かに「風俗的」な面はありますが これは 
あくまで「医療行為」として行なうものです」

「普通のキスでは ダメですか」 
「ディープが いいです」



「実際のところ わたしたちのビジネスとは「風俗経営」に属するものだとは 分かっているんです・・・

ですから 突然の 提案に すっかり驚いてしまいました・・・

ところで 「ディープ・キス」には 患者さんの 気もちとしては どれくらいの 金額を お考えですか?」 




(所長さんの ビジネス魂が 釣れたかな・・・) 




「税込み5000円です 看護師さんの「指名」をするときには プラス税込み1000円です 後腐れのない「医療行為」としての「ディープ・キス」は いかがでしょうか?

わたしには 既に 指名させてもらいたい 看護師さんが 3人います」



「・・・まあまあの 金額設定だとは思います しかし現在よりも 収益は上がるのだろうか ところで コロナ対策については どのように お考えですか?「ディープ・キス」は 濃厚接触の極みになると思いますが」



「コロナ感染を危惧する 訪問看護師さんには 大変申し訳ないですが 退社して
いただきます コロナ感染を危惧しない

若い看護師さんは オーディションで 積極的に 採用をしていきます



・・・もしも わたしが 指名させてもらいたい 3人の 看護師さんが 
辞めてしまったら 本当に 悲しいのですが」



「・・・患者さん 応募者はいると お感じですか」



「おそらく いま 生活に 困窮している 若い看護師さんたちは とても 多いのではないかと 想像しています・・・」



「患者さん とても メンタル面での著しい低下を抱えているようには見えないです」



「そうかも しれませんね けれども このような 対話も 既に わたしに とっては 大切な 「医療行為」と なっています



この提案は 訪問看護を受けている すべての精神疾患者にとって「救済」になると 思っています



何より わたしは この数年間 病気のため 「ディープ・キス」など 経験できては 
いませんから」



「・・・それでは よく考えさせてもらいましょう 患者さん もしも よろしければ 
わたしたちの ビジネス・パートナーになって もらえませんか 一緒に考えて
もらいたい事など 多くあります」



「はい いまは オリンピックなど 観ている場合ではないと 思うのです
この プランの方が よほど 「平和の祭典」になると思うのです」



「その通りかもしれません わたし 今日は これで 失礼します
これから 早速 訪問看護ステーションのリニューアルについて 検討に 入って
みなくてはなりません

何か ありましたら メールか スマホで 相談させてもらいます」



「もちろんです 新人看護師さんの オーディションを行なう際には 必ずわたしも同席させてください」



「あはははは・・・」

「あはははは・・・」




・・・・・・・・・・




「承知しました わたしたち これからは 手を取りあって がんばって いきましょう」



「はい がんばって いきましょう」

 

 

 

美術室

 

みわ はるか

 
 

中学校の美術室。
なぜか心の奥にいつもある。
それは多分とても心地いい場所だったからだと思う。

決して美術は得意ではなかった。
むしろ苦手だった。
ポスターに描く絵も、粘土で作り上げる作品も、オルゴール作りも、何をやってもいまいちだった。
いつもこっそり誰かに手伝ってもらったり、開き直って先生に筆をわたして横でわたしは頭をかかえていた。
先生が作り上げていく作品はとても美しかった。
同じ道具を使っているのに、どうしてこんなにも違うものかとみとれていた。
先生も「まぁ、あなたは!ここまではやるけど後はやるのよ」。
なんて怒ったように言っていたけれど、それに反して顔はにこやかで、楽しそうに筆を走らせていた。
この人は本当に美術が好きで今ここに存在しているんだなぁ。
そんな先生の顔を見るのが結構好きだった。
作品は何回かの授業を通してやっと出来上がる。
なんとか作品を完成させたわたしはそれを提出した。
確かあれは自画像を彫刻刀で掘って版画にしたものだったと記憶しているけれど、先生は自分が手伝ったところを指さして、
「あら、この辺とても上手にできたわね。これはとてもいいわ。」
先生はきっと自分が手直ししたことをすっかり忘れていたのだろう。
「へへへ、そうでしょ。わたしもやればできるんですよ。へへへ。」
なんて今にも吹き出しそうな笑いを我慢してさらっとその場を去った。
その絵の評価は一番いいものになっていた。
ちょっと後ろめたい気持ちになったけれど、今では懐かしい思い出だ。

美術室はちょうど北側に位置していた。
木の机、背もたれのないこれまた木の椅子。
アスパラガスのようなグリーンの体操服で授業を受ける。
風通しもよかったため窓が全開に空いている時なんかは心地いい風が最高だった。
窓から見える夏の入道雲はいつまでも見ていられた。
もくもくと力強く青い爽やかな空に突き抜けるような白い入道雲が大好きだった。
美術の時間がずーっと続けばなぁと木の椅子をギコギコさせながらいつも思っていた。
すぐ隣にある美術準備室はひんやりとしていた。
過去の先輩の作品や、先生が見本でつくったものがたくさん並んでいた。
奥行きのある絵画、考える人のような彫刻、木彫りのフクロウ・・・・・。
わたしにとっては身近にある小さな小さな美術館だった。
そこには先生の許可があればすんなり入れたので定期的に見に行っていた。
学校の中の神秘的な場所で不思議な気持ちにさせてくれた。

中学校を卒業して、美術に触れる機会は激減した。
この季節になるとあの美術室を思い出す。
先生のことも、クラスメイトのことも、空も、準備室も・・・・・。
穏やかで心地いいあの時間が、あの時一緒に過ごしたみんなに今でもあればいいなと思う。

こんなご時世だからでしょうか、年を重ねたからでしょうか、またいつかみんなに会いたい。
ベランダの風鈴の音に耳を傾けながら文章を結ぶことにする。

 

 

 

1円

 

塔島ひろみ

 
 

清掃工場の水色の煙突を目指して
橋を渡る
襲いかかる雲から逃げるようにスピードをあげ
いらなくなったものたちが 橋を渡る
乾いた血のような色に塗られた橋を 
トラックで、バイクで、自転車で、あるいは徒歩で、渡っていく
風が強い ときどき顔を動かさないまま 目を閉じる
白いワイシャツの背中が風を含み まるで巨漢のようになったバイクの男は
ハンドルを握ったまま前だけ見ている
後ろに やせた女が乗っている
橋を渡ると
右手に金属リサイクル工場があり パワーショベルが金属片を砕いている
向かいには 一日500トンのゴミを焼却する清掃工場の大きな門
隣接する広場では、少年たちがサッカーをしていた
高く張られた網の中で ボールを蹴る みなゼッケンをつけている
ゼッケンには 彼らが正当な再生品であることを示すためにか
「○○工場でリフレッシュ出荷」というシールが貼られていた
小ぎれいな額から 汗がぽたぽたと流れている その汗が エメラルドグリーンに光って
泣いているようだ
太い煙突から 捨てられた500トンを燃やす煙が空にたなびく
買いすぎた野菜、去年のスカート、終わったマイブーム、病気の親、ほくろ、ワキガ、盗癖、いらない過去、いらない未来、いらない自分
スリムに生まれ変わって、正しく、新しく、失敗のない足でまっすぐに
ボールを蹴る
シュートを決める

ベンチに浅く腰かけて のっぺらぼうのサッカーをぼんやり見ていた
ベンチの下に1円玉が落ちている
門の前では 燃えるものと燃えないものを 分別している
リサイクルできるものとできないものを 分別している
いるものと いらないものを 分別している
いる心と いらない心 いる私と いらない私を 分別している
門の中にいらないものたちが押し込まれる 
そのやり方が 分別方法がむずかしくて わからなくて
のっぺらぼうのサッカーをぼんやり見ていた

高く蹴りすぎたボールが 網を越えた
飛んできたボールはバウンドすると コロコロ転がり 少し傾斜のある道路をどこまでも
どこまでもどこまでも どこまでもどこまでもどこまでも 転がっていった
まだこの先に道は続き坂下には人が住む町があることを 私は
そして 青い顔をしてボールを目で追う網の中の 少年の姿をした老人たちは
そのとき知った

ベンチの下に1円玉が落ちている
ゴミに分類されなかったから ここにあるのか
それとも いらないから ここに捨ててあるのか
拾って 砂を払って ポケットに入れる

ボールの転がっていった方角に 坂を下りてみることにする

 
 

( 7月某日、清掃工場前で )

 

 

 

思いだせる

 

さとう三千魚

 
 

朝早く
西の山の上の雲の金色にかがやくのをみた

スーパーの駐車場のアスファルトに水色の線が羽にある蝶をみた

いくつもいくつも雪は降ってきた

夕暮れの町の淵で
水の流れるのをみていた

思いだせる
偶然の必然に驚く

 

 

 

#poetry #no poetry,no life