michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

餉々戦記 (関西、夏の)

 

薦田愛

 
 

五月半ばからなんて長すぎた梅雨がやっと明け
冷凍庫の底に眠らせていた

はもですよ
今年も
はもの落とし食べたい
みみう(うつくしいうさぎ)の
はもちりそば
なつかしい
くくるっくるんっときゅるっと丸まる
ほねぎられたしろい身の
うかぶあっつあつのどんぶり
そえられた梅肉のくすむ紅
のっけて

ふっくら

もうね
恐るべき食いしん坊がいっぴき生まれ落ちたのは
ミルク缶かかえてにっこりしていた赤ん坊として
ではなくて
ええ
好き嫌いのすくない人間ではありましたが
駄々こねるほどの執着もない
手のかからない生い立ちであったろうよ
当人の記憶の限界はありますれど
大人になるいっぽ前
男親をうしない
けいていしまいもなくって

針仕事の腕のたつ女親とくらした
ふた親そろうころから
ゆたかではなかったから
奨学金という借金を負ってまなんでいたりしを
かえしきるまでに十年あまり
立ち止まればたちまち背中が
ひときわ重くなりそうで
やすむことも
やめる やむ ことも
ままならなかった
みちのりで
ままいただく
空腹を満たすのに
いろいろをもとめなかった
なあ
なんて回顧回想
蕎麦とか日本酒とか
魚とか
おりおり味わったものの
それきりだった
職場ちかくの蕎麦屋で昼どき
くるひもくるひも
あつもり(あつあつのもりそば)を頼んだり
そう
つれそうた相手が
蕎麦をうったり酒蔵にかよったり
していたのだったが
わたしは
ずずっ んぐっ ごくり
ずずずい んん んまいっ

よろこぶばかりで

「勤め人だったんだねえ
空0日本の多くの男の会社員のように
空0生活者ではなくて」
と、ユウキ
(まだつれそう前のこと)
そうだね
でも私ときたら
おいしいものは
調えてもらっていただくがわ
それだけの
技倆がないからね
「いや いいや
空0男でも女でも
空0生きて生活していくうえで
空0なんでもじぶんでできてこそ
空0いちにんまえ
空0やってもらう部分が多いのでは
空0不自由でしょうがないよ」
そうかな
たしかにいまどきは男のひとでも
じぶんで作ったりするよねえ

う~ん
ハードル高い
冷蔵庫には味噌も卵もトマトも玉ねぎも
干物なんかも入っているし
味噌汁は作れる出汁もとれる鍋で炊いたことはないけれど米はとげる
でも
じぶんが好きなもの
食べたいものを
ちゃんと作ったことないなあ
気がついたらちゃんと
食いしん坊に育ちあがっていたというのに

なぁんて
嘆きかつとまどい
いちばん食べたい何かじゃない干物やら
何となくの味噌汁やら
トーストにひきわり納豆やら
かき分けかきわけ
引っ越して大阪
ユウキと交互のち
ほとんど
刻んだり炒めたりすりおろしたり煮たり焼いたり
しているうちに

ああこれ

はもだ
はもの骨切りが並んでる
東京では見かけなかったな
並んでたけど
気づかなかったのかな
お店で食べるものって
思い込んでたからね
ちょっと予算オーバーだけど
たまにはいいか
細長いパックひとつをかかえて会計
帰りの急坂も駆けあがれる気分
骨切りされた白い身を細幅に
ぶつっ ぶつっ
とは
き、切れない
包丁へまな板へ
前のめりに
体重かけて
ぶっつっ ぶ ぶっつっ
ああ
お湯を沸かさなきゃ
初めてメニューはとりわけ段取りがわるい
まな板の上で乾いてゆく白
小さいほうのフライパンの中にようやく
ふつふつ
菜箸でつまんでひとつ
水泡 身肉が
くっ くるっ
ふたつ みっつ
くるっくるっ
あっ
氷水いるんだった――
ボウルに氷と水
火を止めなきゃ
コンロと冷蔵庫の前で
おお うおう
吠えませんが
おろおろ
右往左往
むだなステップが多すぎますなあ
氷水張ったぞ再点火さあ
菜箸で放り込むはしから
丸まるひときれひときれを
掬いあげ
ボウルに落とす
梅肉練らなくちゃ
洗ったまな板の上で梅干し五つぶん
削いでたたいて
このくらいでいいのかな
小鉢で
みりんに砂糖料理酒も少し
かな
ぐるぐる
スプーンの腹でつぶし
ぐるぐる
ああ
冷酒が欲しい今夜
あ、ベル
ドアの音
「ただいま!」
汗だくの帰還
ユウキだ
酸っぱいものはあまり好きじゃない
ユウキは
これはどうかな

この日
味噌汁ともう一品
たぶん肉料理を作ったはずなのだが
その顛末は
まるで思い出せない
さあ
そろそろ解凍できたころ
ちかくのスーパー開店セールで見つけた特大トレイをあける
湯を沸かす

 

 

 

あきれて物も言えない 25

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

東京五輪が開幕した。絶句した。呆れた。物が言えない。

 

ここのところ絶句している。

ほとんど、
絶句している。

あきれて物も言えない。

夕方に、
モコと散歩して近所の黒白のノラに会う。

挨拶する。

工場の倉庫のパレットの上で、
鬱陶しそうにノラはこちらを見ている。

この暑いのに暑苦しいおじさんと家犬のチビが来たわいと思っているのだろう。
この男には夕方に犬と散歩して黒白のノラと会うのがほとんど唯一の楽しみになってしまった。
地上では東京五輪がお祭り騒ぎのようだ。
TVのチャンネルを変えてもどこもオリンピックの映像が流れている。
ニュースもこの前まではコロナ映像が多かったがいまはオリンピックが主役になってしまった。

真剣な選手の皆さんに申し訳ないですが、
オリンピックをこれほどくだらないと思ったことはなかった。
オリンピックのプレゼンテーションの際にこの国の首相がマリオになった時もくだらないと思ったが、
今回の開会式の映像も途中でTVの電源を切った。

これがクールジャパンなのか。
呆れる。
物が言えない。

東日本大震災からの復興を世界に示すというビジョンは、
コロナに打ち勝つというビジョンに取り替えられたのだったか。
日本の被災地の人々の本当の姿が発信されているわけでもないし被災地の復興の現在が発信されているわけでもない。
日本はウイルスに打ち勝ってもいない。

嘘だった。
愚劣だった。
腐った意味を盛りだくさんに盛っていた。

女性蔑視発言でオリンピック組織委員会の会長を辞任した森元総理大臣を「名誉最高顧問」にするということが、
組織委員会と政府の間で水面下に進んでいるのだという。

日本はもう終わっているのだろうか?
日本の子どもたちはこの腐った政治家や大人たちをどのように見るだろうか?

体操の内村航選手が鉄棒から落下する映像とその後のインタビューの映像を朝のTVニュースで見た。
美しかった。
自分に失望しながらこの世界の地上に佇っているひとりの男がそこにいた。

そこに小さな光が見えた。

今日も、
夕方には犬のモコと散歩した。

近所の黒白のノラとあった。
ノラはこちらを鬱陶しそうに睨んだがわたし笑ってノラに挨拶した。

 

呆れてものも言えないが言わないわけにはいかない。

 
 

作画解説 さとう三千魚

 

 

 

この夏に、きこえる

 

ヒヨコブタ

 
 

夏祭りのお囃子が
空耳のようにきこえてくるのは
こどもじだいのすりこみか

故郷は遠く、盆踊りも遠い昔になった今でも
歌える歌がきこえてくる
海沿いのとても短い夏に
浴衣を着せてもらってなれない下駄をはく
恥ずかしくて輪のなかに入れないわたしを
大人たちが誘う

そのうちに夢中になって踊る
さいしょは忘れていたような振り付けも
真似しているうちに思い出して
手拍子が揃うと嬉しくて

確かなわたしの記憶が
そこにつれていく

このはやり病のなかでは
それさえこどもたちには届かないのか
大人の無茶で理不尽な混乱を
堪えているのか

願ってやまないのは
こどもらの記憶に
少しの糧が残ること
下駄を脱いだあとの足の裏の違和感を覚えている
かつてのこどもが
この夏の少しの記憶を
いまのこどもたちひとりひとりに
楽しかったと残ること

これもまた大人の無茶な要求だろうと
百も千も承知のうえで
口ずさむ
盆踊りの歌を