michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

いのちとの別れについて思うこと

 

ヒヨコブタ

 
 

こころのなかに
降り積もっているかつての
命あったひとたちのことを
おりにふれ思う

じぶんよりうんと若い命との別れがあった
それを悔やむより
よく頑張ったよと
いまはそんなこころもちで

幾人かの友人が世を去ったとき
それはまだ見えぬ未来に変わる
じぶんのなかで
そのひととの細かな会話や
すこしのエピソードがわたしを慰めるから
まだ生きていかねばならぬのだと
強く強く思わされてきた

なかには
とても酷い人生のように見えるひともいた
生まれ変われたならきっとと思う
にこやかにただふつうに
生き返ることを願う

そういうことを
すこしずつ共有できる僅かな友がいるのは
めぐりあわせとしか思えぬこと
大量消費されるようにたいがいは忘れるひとのなかでは
わたしは
黙する

美化することもなく
蔑むこともない
皆がいつか行く道の
そのひとつでしかないのだろうと
わたしは再び
ことばを探しに
潜っていく
深い深い水のなか
高い高すぎる空の上に
ことばを這わせて

 

 

 

島影 31

 

白石ちえこ

 
 


北海道札幌市 旧山本理髪店

店の外から馬車の行く音や、活気のある、通りの喧噪が聞こえてくる。
山本理髪店にはお客さんが一人。横たわって顔を剃ってもらっている。
カミソリの歯が鈍く反射している。
理髪店の片隅に、一着のコートがかかっていた。
黒くて、分厚くて、ずっしりと重そうなコートだ。
祖父のコートもそうだった。

店に入ったときは薄曇りだったのに、外はいつのまにか吹雪きになっていた。
辺り一面、白く霞んでいる。
町には、もう誰もいなかった。

 

 

 

あなたは、右も左もわからない私の透明な手を引いて

 

村岡由梨

 
 

洗面台の鏡に映る幼い私は、半泣きだった。
いつもは優しい母が、めずらしく厳しい口調で言った。
「もう一度聞くわよ。
あなたが右手を上げて鏡を見る時、
鏡の中のあなたが上げているのは、右手?左手?」
「…わかんない」「わからない」「わからないよ」
「わかるまで、そこに立っていなさい」
母は突き放すように、言った。
私はいつまでも泣いていた。

わからなかった。
世界には「右」「左」と名付けられた概念があるということ
幼いなりに理解していたつもりだった。でも、本当のところ
右って何だろう?
左って何だろう?
どこからどこまでが右で、
どこからどこまでが左なの?
右と左の境界線はどこにあるの?

大きくなって、携帯のナビを使って目的地へ行こうとしても、
右と左がわからないから、難儀する。
ナビが私のめちゃくちゃな指示に取り乱し、次第に狂う。
「次、右です」「次、左です」
右です左です右です左です右です左です右です左です
畳み掛けるように、私を責める。
地面が液体のように揺れて、風景が歪んで、私に覆いかぶさる。
車酔いのようなひどい吐き気がして、思わず地面に座り込んだ。
世界にひどく意地悪をされたような気がして、絶望した。

その時、誰かが優しく私の手を引いた。
「僕の指差す方が右で、反対が左だよ」

僕を信じる?

 

信じるよ。黄緑色の名前のあなたを。

そして私たちは結婚した。

若かった私にとって、結婚は困難の連続で、
「結婚」という奇妙な病に罹った私の両腕は、
黄緑色の斑点だらけになってやがて腐り落ち、
私は永遠に翼を失ってしまった。

それでも私たちは17年も結婚生活を続けて、
長い年月を経ても尚、
あなたは変わらぬ愛情を注いでくれた。
右も左もわからない私の透明な手を引いて、
「今夜は月がきれいだよ」と言って
外に連れ出してくれた。
でも、不安だよ。
いつか私があなたを失うことがあったら、
私はまたこの世界に放り出されて、迷子になってしまうのかな。
そうなる前に、私はもっと強くなりたい。
あの日、鏡の中で泣いていた幼い私自身を抱きしめるために。

この世界の有り様を、私自身の内なる言葉で名付けよう。
「右」じゃなくてもいい。「左」じゃなくてもいいじゃない。
目的地に辿り着きさえすれば。

この詩が、幸せな結末になるか不幸せな結末になるかは、私次第で、
自分の思いは自分の言葉で決着をつけたい。

「僕を信じる?」
「信じるよ。黄緑色の名前のあなたを。」

私たちは、黄緑色の油絵の具で汚れたお互いの手と手を取りあって、
「右」と「左」の境界線を真っ直ぐ歩いていく。
まだ名前を持たない未知の世界を
私たちの内なる言葉で名付けるために。

 

 

 

Windowsの準備をしています

 

辻 和人

 
 

「Windowsの準備をしています、コンピューターの電源を切らないでください」
ぐぅるぐる
「Windowsの準備をしています、コンピューターの電源を切らないでください」
ぐぅるぐる

Windows10のアップデート
朝食後メールチェックでもするかって
パソコン立ち上げたらいきなり始まっちゃった
トイレ済ませてもぐぅるぐる
お風呂の掃除終えてもぐぅるぐる
やだねえ
イライラするねえ
せめてアップデートは手動でさせてくれないかな
自分でタイミング決められれば心構えができるのに
いきなりぐぅるぐるだもん

画面の人工青空で
ぐぅるぐる泳ぐ
白い点
OS様
利用者のいらいらを形にして見せてくれてんのか?
そりゃ良いサービスだこと
ぐぅるぐる
いぃらいら
OS様、OS様
「Windowsの準備をしています、コンピューターの電源を切らないでください」
まだ苦しまなければならないのですか?
コーヒーもう2杯目
手にしたカップがぶぅるぶる震えそう

おおっ、やっと終わった
1時間半
やっとOS様の許しが出ました
ありがたや、ありがたや
パスワードを入力して立ち上がるのを待つ

人工青空みるみる消えてく
のんびり風車にピンクの花畑に白い雲
いつもの美しげな人工田園風景が現れましたよ
え、うっちょー!
何だこれ
デスクトップに置いてたフォルダやファイルがきれいさっぱりなくなってる!
まずいよまずいよ
作業中のファイルもあったのに
ローカルディスク覗いても見つからない
バックアップ取ってないのにどうしよう
シャットダウンして立ち上げ直したけど結果は同じ
OS様、OS様
何とかしてっ
OS様はのんびり風車に白い雲をたなびかせるばかり

仕方ないのでパソコンのメーカーに電話
「アップデートの際に稀にですがディスクに損傷が出るケースがあるんですよ。
最悪の場合、専門の業者に相談しなければならなくなります。
ですが、その前にまず再起動かけてみましょう」
言われた通りに再起動
また人工青空に
白い点
ぐぅるぐる
すると、うっぷ
のんびり風車とピンクの花畑と白い雲の上に
消えたフォルダやファイルがきらきら蘇ってる!
「おおっ、復旧してます、これ、どういうことなんですか?」
「そうですか、良かったですね。
実は原因は私どもにもわからないんですよ。
アップデートはマイクロソフトがやってることなんで」
「でも、一度立ち上げ直したんですよ?」
「昔は不具合が出て立ち上げ直せば復旧するものは復旧したんですが
今はただ立ち上げ直すんじゃダメなんです。
再起動かけなければダメなんです。
理由は私どもにはわかりません。
その辺のことはマイクロソフトさんが握っていますから。
とにかく次からは
おかしいなと思ったら、ただシャットダウンするのでなく再起動かけて下さい。
それと、もしもの場合に備えてマメにバックアップ取るようにしておいて下さい」

OS様、OS様
御心がわかりません
なぜ勝手にアップデートが始まるのでしょう
なぜこんなに時間がかかるのでしょう
なぜシャットダウンでなくて再起動なのでしょう
なぜのんびり風車とピンクの花畑と白い雲なのでしょう
OS様は答えない
ようやくOUTLOOK起動して
新着メールチェックする目もうつろなぼくの頭の中で
蘇る
人工青空に
白い点
ぐぅるぐる
ぐぅるぐる

 

 

 

あじさいの花

 

さとう三千魚

 
 


ゴミ出しにいった

近所のあじさいの
花の

咲きはじめて
いた

昨日
モコの誕生日だった

夕食の後で

女と
犬のモコと

ちいさなケーキを食べた

今朝
遠い伊草さんからモコ時計が届いた

西の山が青く佇っていた

女も
モコも
伊草さんも

あじさいの花も

青空の下に
いた

 

 

 

#poetry #no poetry,no life