さとう三千魚
遠くを見てた
本棚の
上にいた
座っていた
まるく澄んだ眼は
遠くを
見ていた
遠くにいる人がいる
遠くに行った人がいる
白と黒の
毛皮を着ていた
・・・
** この詩は、
2025年10月24日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第22回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
遠くを見てた
本棚の
上にいた
座っていた
まるく澄んだ眼は
遠くを
見ていた
遠くにいる人がいる
遠くに行った人がいる
白と黒の
毛皮を着ていた
・・・
** この詩は、
2025年10月24日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第22回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
昨日かな
昨日だな
朝には
近所の人たちと
小川の土手の草刈りをした
昼前に
帰って
朝ごはんを食べた
女に駅までクルマで送ってもらい
東名高速バスに乗った
バスから
由比の海を見た
いつもそうする
いつも
由比の海を見る
遠く雲の下に半島が浮かんでいた
灰色の海の上に青い半島が水平に伸びていた
中野では
ギャラリー街道で
佐藤春菜さんの写真を見た
写真には人びとがいて
街があった
お母さんの皺だらけの手が水平に伸びている写真があった
荻窪の公会堂では
高橋悠治さんの曲 “この歌をきみたちに” を聴いた
この曲は3楽章に別れていた
“きみたちは解放の道をあゆむ”
“ラレスに会いにきて”
“幸福の歌”
ここにも
水平があるように思えた
道があり
生があり
夢がある
“この歌をきみたちに”を聴いていた
なんどか眠りそうになった
そこに懐かしい水平があった
水平な夢があった
#poetry #no poetry,no life
今朝も
女と
スーパーに行った
キャベツと
人参と
ブロッコリーと
秋刀魚と
明太子と
あんパンを買った
ノンアルビールも
買った
女がレジに行く間に
スーパーの花屋に行く
いつも
そうする
そこに
花たちは売られている
売れ残った
夕霧草の
鉢に
ヤブタビラコの花が咲いている
ミモザの
花芽も
膨らんでいた
それで
帰って
家の玄関で
ハグロトンボを見た
ふわりと
飛んできた
午後
電話の後で
浜辺にクルマで行ってみた
クルマでは
チチ松村の”イスにもたれて”を聴いてた
波が高かった
大風が近くにいるんだ
女のコたちと男のコたちが
波打ち際で
キャーキャー叫んでいる
クルマのバックドアから
イスを出して
座ると
鳩が来てくれる
餌は持たないが
鳩が来てくれる
鳩は
すぐに
歩いて
いった
浜辺には
タコさんがいた
ランニングシャツを着て笑ってる
浜辺には
波が寄せている
波は寄せている
#poetry #no poetry,no life
女が
家に
いる
このところ
いる
昼過ぎに
比呂美さんの若い頃の「カノコ殺し」の朗読を聴いた
野々歩さんがvimeoに上げてくれたのだ
痛かった
午後に
女とデパートに行った
デパートの8階で美味いもの市があるのだという
女は
わたしに
米沢の老舗牛めしと
他の店の搾菜とモツ煮を買ってくれた
それで
ひとり帰ってきた
女は友だちと食事するのだという
帰って
夕方に
小川の傍を歩いてきた
土手に紅い彼岸花が朽ちていた
赤黒く花は腐っていた
小川の水面を見ていた
水面に空が映っていた
空を見て
歩いた
灰色のまるい雲が空に浮かんでいた
比呂美さんの朗読を聴いて痛かった
ガザの地で人々が虫けらのように殺されている
どうだろう
言葉はどうだろう
言葉はどうだろう
痛かった
紅い花が腐っていた
#poetry #no poetry,no life
どこにも
いなかった
テーブルには
緑茶のグラスがあった
台湾みやげの
お菓子が皿に盛られていた
しばらく前には
いたんだとという
白と黒の猫は撫でられてもいた
という
どこにもいない
・・・
** この詩は、
2025年9月26日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第21回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
今朝も
ゴンチチの
ラヂヲを聴いて
小川の傍を歩いてきた
小川には
白鷺がいて
川鵜もいる
雀も
磯ヒヨドリも
たまに翡翠もいる
春には
燕たちもやってくる
小川には
野花も
咲いている
ラヂヲからは
遠藤賢司の”カレーライス”の歌が聴こえてた
ばかだなばかだな *
だれかがおなかをきっちゃったって *
う〜ん とってもとってもいたいだろうにね *
一昨日の夕方には
HIBARI Booksの店の前の木立に
雀かな
たくさん
群れてた
たくさん
たくさん
群れて鳴いていた
たくさん群れて
たくさん鳴いて
いまを
いた
鳥がいた
生きていた
* 遠藤賢司「カレーライス」の歌から引用しました。
#poetry #no poetry,no life
昨日は
立石の
二人展の後に *
駅前のブンカ堂で飲んだ
それから
桑原正彦の墓所に向かった **
立石の
桑原の
墓石に水を掛けた
手を合わせていた
墓石の下の
小石を拾い
ポケットに入れて
最終の新幹線で帰ってきた
今朝
義母の仏壇の
大日の足元に石を置いた
そこには
一昨年
女と登った
不二の小石もふたつ置いてある
赤い石と
黒い石と
溶岩石を置いてある
去年の
出雲崎の良寛記念館の
裏庭の
拾った瓦の欠片も
置いてある
小石や瓦はそこにある
あることのほかにはない
記憶が
曖昧になって
いる
亡き者たちを抱いて
無き者になっている
* 二人展:つげ忠男 × 中里和人 二人展「東京原風景・サブが居た街」のこと
** 桑原正彦:画家 桑原正彦のこと
#poetry #no poetry,no life
夜に
なった
静岡駅北口の
地下広場の
天窓の
夜の
藍色の
空の
すべてのひとが
目の前を
過ぎていった
ヤブタビラコの
花の
黄色の
揺れてた
風に
揺れていた
***memo.
2025年9月7日(日)、
静岡駅北口広場実施した、
“無一物野郎の詩、乃至 無詩!” 第41回、第2期 11個めの即詩です。
タイトル ” 通過する ”
好きな花 ” ヤブタビラコ ”
#poetry #no poetry,no life;
夕方に
家を出た
西の山の上に月がいた
オレンジ色の
細く
若い月がいた
猫は
月を見ることが
あるのか
猫のいる本屋の
テーブルの上に猫はいた
まるい眼で
こちらを見ていた
西の山の上に細く若い月がいた
猫はいた
猫がいた
・・・
** この詩は、
2025年8月26日 火曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第20回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩に加筆した詩です。
#poetry #no poetry,no life
ひまわりの
咲いてた
夏の
庭の
午後に
咲いてた
遠くに
戦争があった
走りまわって
帰ってきた
夏の庭に
咲いてた
***memo.
2025年8月23日(土)、
浜松「はままちプラス」で開催された”再詩丼”にて、
“無一物野郎の詩、乃至 無詩!” 第40回、第2期 10個めの即詩です。
タイトル ” 奔走 ”
好きな花 ” ひまわり ”
#poetry #no poetry,no life;