佐々木 眞
妖
86歳の岸恵子は言った
孤独に食われてはいけない
孤独を食ってやるのよ
ポケットに入れて
身にまとうのよ孤独を
私は想像する
それは宝石かなにかのよう
愛という山で採れ
長い年月をかけて磨かれる
それはダイヤモンドよりも硬く
夜空の星よりも美しく輝き
漆黒の闇を貫く
私は悟る
子がいてもいなくても
男がいてもいなくても
苛まれる孤独
ひとりで生まれひとりで死んでいく
生まれながらの人の宿命が
人を食ってしまうのだ
テレビのこちらがわで
その輝きの光に貫かれた私が
立ち上がる
ポケットのなかで
それが転がる
きのう
ねむるまえに
ゴンチチのギターで
ロミオとジュリエットを聴いた
朝
目覚めて
窓をあけて
また
ロミオとジュリエットを聴く
仏壇に
水とお茶とごはんを供えて
線香をたて
義母と
女と
犬と
わたしのことも
祈った
それから子供たちや家族たちやあのひとのこと
遠い
友たちのことも
祈った
毎朝
そうしている
それからモコを連れてゴミを出しにいった
近所の家の庭には
紫色のあじさいの花が咲きはじめてた
目がひかりを
飲む
ひかりをのんでいる
過ぎ去ってしまう
わたしとあった日常
ともにあったと錯覚したものたち
どこへいったろう
ときどき混乱し思考のなかに探し求めようと
する
かつてのどこかに置き忘れたならそこで誰かに拾われてほしい
のか
うちすてられたいものもある
のか
いいえもしそうならむかえにいきたいと
当然のような人生の夢は叶いましたか
あなたやあなたのなかで
わたしはずいぶん周回遅れで走っているようで
そのあいだにずいぶんと
これはペナルティなのだろうか
いいえおそらくは走り終えるまでほんとうにわからないだろうと
わたしは保留する
走り終えたとき見える景色は
どんなことでもごまかしようがないと
きりきりいたむ足も頭もすべて
なだめすかして
わたしの意思でおいてきたのかもしれない
置き忘れたというなにかをほんとうには
その可能性からひろがる世界に
またぼんやり歩み出せるように
ひたすら願う
合挽きを押し固めて焦がした黒が
朝ごとに配られ
野菜はなかった
野菜のない憐れみ
心の中のかわいい気持ちに対して
流れる
流れない
孵化を窺う水の中から
既に発光を始めた腹
わたしは目に触れる
あなたの眼球に触れる
あなたを放流せよ
ひかりを飲め