貴方に贈る言葉

 

みわ はるか

 
 

雪ん子のようだと思った。
肌は透きとおるような白さで、真ん丸な眼鏡を通して見える目はくりっとして嘘偽りを知らないで生きてきたんじゃないかと思わせるようだった。
黒くショートカットな髪形もとてもよく似合っている。
彼女と友達になれたらなと思った。

職場の異なる職種の彼女。
フロアこそ同じだが、あいさつ程度の付き合い。
こんなご時世、飲み会もなければゆっくり話す機会もないんだろうなと思っていた。
そんなある日、事は動いた。
職場から徒歩10分位のところに街を一望できる公園がある。
昼食後、そこに散歩に出る人が何人かいるのだが、それに彼女はわたしを誘ってくれたのだった。
やや暑い初夏だったと記憶している。
突然のことで帽子も日傘もなかったので、とりあえずわたしはハンドタオルを頭にかぶせて歩いた。
行きは急な坂が蛇行しているのだけれど、彼女との会話は楽しかった。
この土地へはお互いよそ者同士。
悩みも似ていてなんだかほっとしたのを覚えている。
彼女は都会出身だ。
数年たっても田舎はまだ慣れないと言う。
わりと思ったことは口にするタイプだけれど嫌みが全くない。
自然体の彼女と友達になれたことがなんだかとっても嬉しかった。

世がやや落ち着いていたころ、仕事帰りに一緒にご飯を食べることになった。
わたしがいつも行くような所でいいと言う。
だけどわたしは、うーんと頭の中で悩んだ。
わたしが足しげく通っているのは、昭和感漂う定食屋だ。
70代のおじいちゃんが1人で経営していて、テレビはいつもNHKがついている。
味は申し分なく、揚げ物のセットがおすすめだ。
わたしはこういうお店が落ち着くので好んで通う。
だけど・・・・・決してお洒落ではないし、都会出身の彼女に本当にいいのかな。
少し迷ったけれどやっぱりここにすることにした。
彼女は予想に反して喜んでくれた。
店主もいつも通りニコニコと迎えてくれた。
初めこそちょっとよそよそしかったけれど、だんだんと会話が盛り上がった。
彼女は人知れず悩みを抱えていた。
わたしも悩みはある。
同世代どうし、その悩みをアウトプットすることで心の奥の何かがホロホロとそぎ落とされていった。
大人って難しい。
勉強さえしていればよかった学生とは違う。
なんだかとっても生きづらいなとモヤモヤすることが漫然とある。
そんな中でのこの定食屋でのひとときは生涯忘れないだろう。
その後我が家で一緒に飲んだほうじ茶の味も忘れない。
何もない我が家をモデルハウスのようだと驚愕していたあの悲鳴にもにた感想、断捨離を伝授してほしいと懇願された時の真ん丸に見開いた目、向かいの家の自転車屋の親父がご飯たべているところを一緒にくすくすと笑いながら観察していたあの瞬間、ドラム式洗濯機の楽さを伝えたときの真剣に耳を傾けるあの表情。
ずっとずっと覚えている。
物理的な距離ができたとしても、きっと。

この文章が公開される頃、彼女は都会の実家近くの病院のベットの上だ。
初めてのオペにものすごく心細い気持ちになってるはずだ。
面会も制限されているだろう。
いつもと違う白すぎるベッドのシーツ、見慣れない窓からの風景、毎日変わる病院のスタッフ、決して美味しいとは言えない食事、心はきっと落ち着かないだろう。

あなたにこの文章を送る。
寝て起きたら全て、きっと思い通りの結果になってるはず。
また屈託のない笑顔を見たいよ。
健闘を心から祈る。

 

 

 

電気

 

塔島ひろみ

 
 

高い塀の上に 有刺鉄線がめぐっている
一帯はどんよりと暗くまるで小さな森のようだが
塀の中から伸びるのは木ではなく
どこまでも高い鉄塔だ
両腕を水平に伸ばして掌を上に向け 
巨大な 孤独な 体操選手のようにまっすぐに
黒い 冷たい空気の中に そびえている

「◯◯変電所」というプレートが貼られた街道沿いの入り口とは逆側に
この塀の中に入る別の小さな口があり
従業員の自転車が1台だけとまる
その口から 午後4時を過ぎたころ
小学生の女の子がひとり、またひとりと、塀の中へすべりこみ
鉄塔脇にある粗末な小屋の中に集まった
小屋は電気がなく薄暗い
「じゃあ、やろっか」
年長らしい子がひそひそ声で言うと
少女たちはスカートをはいたままパンツを脱ぎ
両膝を立ててしゃがんで 股を広げた
暗がりの中で 少女たちは自分の股をのぞきこみ
それから見せ合いっこをする
年長の子が床に顔をすりつけ 一人一人の股をいじくりながら評価する
少女たちはくすくす笑いながらそれを聞いた
「皺だらけのおばあさん」「納豆のにおい」「おトイレの紙が残ってくっついてる!」
酷評を受けるたび 少女たちは大笑い 股たちも一緒に笑って揺れ 尿がこぼれた

この単純な 遊びともいえない遊びを
少女たちはくりかえし くりかえすために何度もその小屋に集まった
学年も クラスも違い 名前も知らない 友だちですらない4人だった

厳重に目隠しされた塀の中で 変電所は24時間コソコソと働き
地域の家に 会社に 公共施設に そこで暮らす人間たちに 「でんき」という魔法をかけるのだった
その魔法からするりと抜け出し
少女たちはその 同じ秘密の塀の内側の暗がりで
灯りの下では見えないものを見て
それからゆっくりパンツをはいた

別れる時振り返り、どこまでも高い鉄塔を見上げ
「これ、寒そうだよね」
そんなことを言って思わず
足を広げ手を水平にのばして掌を上に まっすぐ冷たい黒い空気に立つ
股とパンツの間に入りこんだ冷気が 少しずつあたたまっていくのを感じる

それから それぞれの魔法の家に帰っていく

 
 

(1月某日、奥戸3丁目変電所裏で)

 

 

 

へぬか

 

道 ケージ

 
 

火曜日
へぬかに行った
何もない
怒鳴り声だけが聞こえる
なれなかった者と
なりたかった者が
罵り合っている

へぬかには何もない
波も風もないから
週末夜明けのFM

廃園の教師が
倒れた鉢を直す
遠くで蹲る男
コンビニの袋を
追い回している

突然耳元でいわれるのだった
言い残すことはないか
ここで終わるとは思えませんが
おまえのきめることではない
丸まった姿をもとに戻すと
すでらかしたのだった

 

 

 

 

たいい りょう

 
 

月はそこにあるか
月は見えるか

心の映ずるままに
月はある

闇夜のうちに
月は満ち
しずかに欠けてゆく
人の生も 
これに同じ

静寂(しじま)を経て
情念を帯び
たおやかな流れへと赴く

月はそこにあるか
月は見えるか

 

 

 

dyʹna·mis teʹras se·meiʹon

 

工藤冬里

 
 

まだ生きていられるのは抽象化のお陰だ

声から文字が抜ける文字が抜ける翻(こぼ)れるように
視えてない
午後の網目を塞いでも字は増えない
「絶望の渦中でふと視野に入る他人事めいた希望のむなしさ」という映画評が目に入る
https://filmarks.com/movies/56345
悪が染み込んだ砂地
透明な和紙
人生
東に染み込んだ血痕

揺るぎない
離れない
かかあ赤赤々赤々あゝあのあゝうい手の空いた家いるあああーいあるランあーあい諦めない
松前のはだか麦ラーメンはたいへん凝っていてthicker than 天一、450円というのも良い
高成の百円うどんを思い出させる
大音量Jpopをバネにした褞袍炬燵眼鏡の得体
それで、あなたの代わりに人々を与え、
あなたの命と引き換えに国々を与える

唯物弁証法に立てば低所得者層は称号であるのにたこ焼食べ過ぎて立て飢えたる者よとならない大阪は小麦が悪いんだよ選挙は粉ものて言うじゃん
寧ろ高所得者層と呼ばれることが最大の侮辱と思わなければならない。社稷を思う心なして街宣車も流してるだろ。タピオカ→唐揚げの流れこそがワイマールであることを立憲炭水化物主党は分析すべき。
ユニクロ着てカフェでスマホ弄ってりゃイギリスと同じで階級差なんて分からなくなっているが小麦1キロ1万円になることが予定されているので大阪市民は明石に移動して小麦抜きのたこ焼きを食べようとするが時既に遅きに失し淡路島タコはごめんと須磨の浦
警察署は襲撃されるべきものだし美術館は爆破されるべきものであった。それはあまりにも自明過ぎて口に出すことさえダルかった。そこから出発してない論調ばかりになったのは抽象化の能力が落ちたということだ。

明治時代は無かった
今は大正時代
その前は縄文時代
その前が昭和時代
令和維新の唄はさらにその前のメロ懐
平成しか勝たん

アンリ那智ス
ヒットラーメン
薬剤師ん
あ、それアカンやつや
たいかのかいしんむしごろし

苦しみについて返事します
良い機会だと思って逆にそれを活用して、今経験している苦しみにどのように向き合っているかについて考えることができます
そうすれば、自分のどの面を強める必要があるかが分かり、将来のもっと大きな嵐や飢饉や不公正や死別に耐える準備ができます
良い親は子供が何を必要としていて、いつどのようにそれを与えたらよいかを知っているので、子供は見捨てられていないことを実感できます

未来はなかったが
過去の沃野があった
変えられるのは過去だけだった
奇跡dyʹna·mis teʹras se·meiʹonはない
作り話もなかった
過去は高円寺のパラレル通信に書かれていた
平行宇宙のオブジェを掘り起こし書き起こすとそれが教科書になっていく

「阿部には未来がなかった。私は彼のその未来のなさを愛していた。」と間さんは書いた。
未来はなくても過去を改竄する悪知恵はその頃はまだなかった。
我々は岩盤を削って進もうとしていた。
「今は悪い奴らのほうが真剣だ。」と「ソシアリズム」でゴダールは言わせた。
いまや量子は過去を変えることに真剣だ。

 

 

 

 

#poetry #rock musician

No.46

 

村岡由梨

 
 

人に優しく
きょうだい仲良く
お年寄りを大切に
そんな当たり前のことが出来ずに、
人を殺すためのナイフを持ったまま
私は母親になってしまった。
友達を殺して
母を殺して
きょうだいを殺して
夫を殺して
娘たちを殺して
気が付けば、ひとりぼっちになっていた。
「ひとりぼっちも悪くない」と
口角を耳まで大きく引き裂いて笑う私がいた。

「私には私のストーリーがある」
「時代にも世代にも性差にも括られたくない」
そう言って、
「その他大勢」と一緒くたにされることに抵抗した。
孤独を掴み取った私は、
白光りする翼を大きく広げて羽ばたくことを、ずっと夢見ていた。
けれど、現実の私は高い所が苦手で、
私が飛べないのは、結局
自分の羽ばたきを信じていないからだと、
随分後になって、わかった。
「その他大勢」にもそれぞれのストーリーがあるということも。

余りにも愚かだった。
何もかも手遅れだと
精神科の待合室で声を押し潰して泣いた。

コントロール出来ない怒りと苛立ちで、
不愉快な人間の内臓が入った白いビニール袋を
思い切り床に叩きつけた。
ビニール袋は、中途半端な手応えで
だらしなく破裂して
肉片は方々に飛び散り、
私は血まみれになった。
不愉快な穢れた血。
もう耐えられない。
お願いだから、死んでくれ。
お願いだから、殺してくれ。
 

「そんなに死にたければ、ひとりで死ね」
 

私が詩を書くのは、
まっとうな人間になりたいからです。

今も昔も
平気で人を傷付けて、
周りを不幸に巻き込みながら、
現在進行形で、わたしは生きている。
そう言いながら、
「あなたは悪くない」という言葉を
どこかで期待していた
狡い私は、こうして46番目の詩を書いた。
 

いつだったか、ゾウの親子の夢を見た。
優しい眼をした母ゾウが、
子ゾウに赤紫色のさつまいもを食べさせていた。
生まれ変わったらゾウになりたい。
そうすれば、誰も憎まずにすむから。

 

 

 

不穏さのなかに生きるということは

 

ヒヨコブタ

 
 

この感染症との闘いが
いつまで続くのかわからぬままに
ヒト同士が傷つけ合うのを嘲笑うような
そんな世界が
つらい
少しの平穏はいつも願うのに
互いの心や行動をどこかで疑い合うのは
嫌だと

私たちの表面的な武器は
紙切れのようなマスク
少しの消毒液
これでよく堪えてきたものだと
じぶんたちを奮い起たせたいといつも思う

どこかに楽園があるとするならば
いつもそれはこころの奥に眠っている
それなのに忘れてしまう、つい現実の厳しさに
そのことがとても悲しい

いつでも楽園は手を広げ待っているだろう
楽しさは悲しみに必ず勝つのだと信じている
愉快なことが苦しみに負けるはずもない
豊かさとはそこに必ずあるだろう

いつまでも続かない悲しみも苦しみも

たとえ紙切れと消毒液で闘わなくてはならぬとしても
楽園は待っているだろう

存在は忘れてはならないだろう
負の気持ちに支配を許さなければ
必ずや笑顔が勝つと今日も信じている

ピアノを奏でながら、少しずつこころを取り戻すようにわたしは生きている

 

 

 

前提なしに

 

さとう三千魚

 
 

突発性の
難聴になった

低音部が

右耳で
聴こえない

もう
ひと月ほどになる

今朝は
総合病院の地下にあるMRIの検査を受けた

はじめ

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
とはげしく

鳴った

それから
ガーンガーンガーンガーンガーン

と鳴った

カーンカーンカーン
とも鳴った

クワーンクワーンクワーン
とも聴こえた

20分ほどが過ぎて
トンネルを

滑って移動していた

ここのところ

bachも
cageもsatieも

聴いていない

前提なしに
全てを受け入れている

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

トンガ離婚

 

工藤冬里

 
 

ぶどう園で
本当なら
友達でもおかしくない人に
同じ平面に立とうとして
立ち去りながら言ってみた
今日は晴れて
いい天気ですね
そうね、いい天気ね
俳句の上下を無いものとして切り捨てることは出来ない
俳句を切り捨てることも出来ない
俳句の山は最中山
とんがりコーンから噴火
王は人間が考えた頂上であるが
王の正確な像を作ることはできない
静止した像は無力であり
その素材は朽ち果てる
コンクリ漬けのウェハースの山肌が熔けて
セメントのグレーだけで麓の街を成立させようとしている
餡の熱量が最中山をトンガに連動させる
それは詩ではないことは分かっていた
食べ物に興味がないと言ってみても
行きたいところは無いと言ってみても
トンガ離婚
温暖化温暖化して凍る
寒冷化寒冷化して燃える
離島は存在しない
本島は存在しない
とんがりコーンは氷を噴出させる
俳句は共有である
立ち去りながら言ってみた
今日は晴れて
いい天気ですね
そうね、いい天気ね

 

 

 

#poetry #rock musician