ニューヨークのピザ屋

 

長田典子

 

 

2015年 過激派によるテロが頻発しているなか
ニューヨークで出会ったムスリムのピザ屋はどうしているだろうか

2011年のクリスマスイヴ
マンハッタンのお気に入りのピザ屋に
いつも通り夕食を買いに行った
店で働く人は全員浅黒い肌の人たち
南米出身なのかと思った
いかにも出稼ぎ風で 家族で経営しているのがわかった
そこのピザはどれもとびきり美味しくて
掲載されたワシントンポストの記事が自慢げにレジの横に貼ってあった

「クリスマスイヴなのに祝わないのか?」と聞かれて
「ブディストだから今日は何もしない」と咄嗟に答えた
「わたしたちも祝わないの」と言って
店の人たちはみんな急に笑顔になり愛想がよくなった
思いがけずパンを3個もおまけしてくれた

「それはひどいものだった……」
2001年9・11直後のムスリムの人々への差別について
語学学校の教室で
白人の教師が吐き捨てるように言ったのを思い出した

その後 ピザ屋に行くたびに大歓迎されて
必ずパンをたくさんおまけしてくれた
丸くて小さくて噛むと歯が折れそうに硬くて
なんていうパンなんだろう
聞いておけばよかった

サンタコン※の日は サンタクロースに仮装した若者たちで混み合う店内で
人々を写真に写すのに夢中になって
肝心のピザを店に忘れてしまった
慌てて戻るとピザが冷えないように
箱に入れたまま窯の上に置いて温めておいてくれた
そしてやっぱり丸いパンのおまけがたくさん

ニューヨークでは
たくさんの人がやさしくしてくれた
だけど彼らのやさしさは特に胸に沁みた
笑顔のなかに強さが宿っていた
クリスマスイヴにお祝いをしないと知って
少なくとも酷い差別をしない人だと認めてくれたのだった

店に最後に行ってからすでに2年が過ぎてしまった
テロの恐怖が世界を震撼させているなかで
ピザ屋の家族はどうしているだろうか

次にニューヨークに行ったら
いちばんにあの店に行こう
とびきり美味しいピザを頼もう
歯が折れそうに硬い丸いパンを食べよう
それからゆっくり再会のハグをしよう
握手をしよう

 

 

※サンタコン…クリスマスを控えた週末(1週間~10日程前)に毎年開催される。その日はサンタクロースに仮装して街に繰り出し朝からバーやレストランで楽しく飲んで食べようというイヴェント。クリスマスの前夜祭のようなもの。現在世界40か国300都市に波及しているという。

 

 

 

@150210 音の羽  詩の余白に

 

萩原健次郎

 

 

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獣の足跡を追う仕事をしていると、自分の中に蠢く律動に対して正直になる。
猿の背に発信器を装着する。山の端から、麓を滑空するように動いている動線をたどる。
付近の農家から、作物を荒らす被害がでていて、その苦情にこたえるかたちで、私のような職業が成り立っている。
滑空するように蠢いているかと思えば、まる一日、まったく移動しないときもある。疲れているのか、死んでいるのか、あるいはそこに獣たちの食物があるのか、想像をしてみるが、深く考えない。
発信器は、一頭に付ければいい。獣たちの首領が、大家族を引き連れているから。
鹿の場合は、番が多い。雄と雌。どちらか一方が老いていることがよくある。
猿の群れとこの鹿の番が、ひとところで動線が交差するときが稀にある。双方ともに、動きが留まらないところをみると、諍いの類はほとんどないように思える。
この私に、発信器を付ければどうだろうか。獣たちの動線を探る、変わった職業の、人間の動線。
ふだんは、麓を巡回し、山並みを見つめている。肉眼では、獣たちは樹木に隠れてその姿を確認することはできない。ただ、私には、緑色のLEDで浮かび上がる細い線の絵図が見える。見えるのは、それだけ。
いつも無音。煩わしいことに、頭の中では、奇妙な不協和音ばかりが重なる弦楽の音楽が流れている。
あるとき、首領猿の動線が、数日にわたってまったく止まってしまうことがある。
その地点を確認し、藪の中へ入っていく。至近距離に近づいても、まったく動こうとする気配は確認できない。その時点で、歩を早める。死んでいるのだ。
この私に、発信器を付けていればどうだろうかとまた想像してみた。動いてる緑色の電子線は、猿ではなく生きている私だけなのだ。
私の生は、だれに発しているのだろか。
電子の信号は、私と言う身体が、土中に溶けてしまったとしても、発することをやめないだろう。
獣たちも、私もこの山並みの宙空に交差する、破線を生きている。
毎日、山を眺め歩いていて、私は獣たちの声を聞いたことがない。
ただ、軋む弦音の擦りきれる悲鳴のただ中にいる。
きょう、私は空模様のわずかな変化に気づかなかった。
修学院山の、重なり合う常緑の墨色に、霙がまっすぐの白線を描いていた。

 

 

 

設定はしといた

 

爽生ハム

 

 

あちこち
野心の朝食
ルーズな運命を書いたら
密林の嫉妬が
ひらひら 光る
視線をくれた先に
パンくずと感嘆
こぼれて 技巧をもらう
あきらめず
新鮮に
捏造を
調整する
あなたはA わたしはB
かわいた
はにかみの コニカミノルタ
描写への ピースサイン
頭で
考え
右手で殺す
声で
うなずき
パンで窒息
ありえなくもなく 顔をいただき
キスとどうとうに
声が疼く
実によい街角を知っている
言葉が甘い
あなたたちはC
会うたびに初めて
会うたびに事故の目前
ちりとり
用意して
ギプスからの 逆算
喉に
詰まるは
瓶のなかの てんとう虫

 

 

 

たとへ視るといふことが罰せられる季節がきても

(1)

 

[49の引用にのみ依って]

 

駿河昌樹

 

 

もはや祖国に正しい円のひとつもなく (2)
含蓄草がうつむき水を吸っていたとき
降ってくる、雪 (3)
あたたかい建築を切ってゆく (4)
(ここに、いないで…)  (5)

地球が悪い (6)

皮膚だけが燃え (7)
溶けゆくぼくたちは恥のようにつらい歴史 (8)
やつぎばやの現代だ。
まぢかの永遠がみだれる。 (9)
(戦後の現在も政治の言葉はあまり信じられない。 (10)

明けて行く、放たれて行く、押し上げて行く、
…刻々の境、
そこで一日の始まりを拒む者…
反復がわずかにあらたまって反復でなくなる者も…
しかし、拒んだ者もその間際には
広い反復を見てその中へ身をゆだね、
あらたまった者もこれきりに反復の絶えた静まりを内に抱えて… (11)

世界が崩れて流れているのか (12)
やい 屏風 (13)

火をへだてて呼びかける (14)

虐殺された山川草木の
ぎゃくさつされたさんせんそうもくの
精霊たちの
囁く声が聞こえてくる
道路ぎわに死体がみえる。ああ、夜になると
一人一人道路ぎわに立ちあがって、白い手をふる
虐殺された山川草木の
木蓮、ぎしぎし、泰山木
蛇籠に河童、猫じゃらし
木蓮、ぎしぎし、泰山木
精霊たちの
奥津城どころ
こんな神道は避けちまえ (15)

帆は風まかせ 私は私の手まかせ
遂に私自身にもかゝわりのない手をぶら下げて (16)
(どこまでもゆける気がした)
(だからまたとおくをまわってもどってくる) (17)

なかには、やさしい人もいて、 (18)

抱いてもよい
他人が歩いている (19)
傷のようなやさしさがひろがる (20)
まだしばらくはこの世界はうるおう。 (21)

もしや
あの
むごい思い出の
ほんの一頁分でも
まっ白に
ならないだろうか (22)

(なぜ戦争において、国家の本質が出てくるのか。
(国家は何よりも他の国家に対して存在するからだ。
(国家は、そのような対外的な面において、
(内部から見られるものとは異なる様相をあらわにする。 (23)

かなしい兵器が
かなしいときに役立つ (24)
のっぺらぼうのこの町の けじめは
霧がつけに来るのだ (25)
ちょうど涙のにじむ速度で (26)

ああ未来の国家 それだけのこと
そしてめのまえの一本の杉
不定の位置に立つときかれは没落する
この赤らみゆく樹木の無意味に対して (27)

男は考える
この私に何ができるか (28)

私は青空なのだ  (29)

わたしは言語をもてあそぶ者
また言語によって
再生される者 (30)

知らないうたをうたって
知らない死を死んでるってことが…  (31)

(デス・バイ・ハンギングは
(「首しめて殺す」とか「しばり首」とか言うところであろう。
(首しめて殺すならおさな子も分るが、コウシュケイでは分らない。
(返り点も仮名もない漢文の辞世を読めたのは
(日本人の何パアセントであろう。
(「首しめて殺す」とか「しばり首」では法の尊厳をきずつけるか。 (32)

のつぺりと
私をたいらにする影は
いつたい何です (33)

ほほえみ には ほほえみ (34)

たとへ視るといふことが罰せられる季節がきても
わたしたちは限りなく視たいと考へる
わたしたちは眼のある季節について
わたしたちの構想をふくらませる (35)
それから 決断はゆっくりと…  (36)

潮風が
懺悔しています (37)

かつてここにあった
いまは誰のものでもない
(…を生きるために)
夏のひかり
まばゆいばかりの空虚
超えがたいものを超え (38)
あやまちはあやまちとして (39)
ニャーニャーにミルクをやるのを忘れないでね さよなら (40)
ぼくは夢をみるんだ (41)
蘆の茂みの蛙よりもはげしく (42)
入りこむこと (43)
これから見るにちがいない幾つかの夢 (44)
旅になかったあらゆるものがもう一度
星の箒に掃かれつつ、 (45)
いまは死んだまま、 (46)
何度でも (47)
花にまで至る (48)
やわらかさにしたがって  (49)

 

 

(1)吉本隆明「眼のある季節」
(2)谷川雁「人間A」
(3)朝吹亮二「〈終焉と王国〉秋の都会の冷たい…」
(4) Ibid.
(5)吉田文憲「ここにいて」
(6)加藤郁乎「トランジスター氏の精霊」
(7)鮎川信夫「トルソについて」
(8)長田弘「八月のひかり」
(9)稲川方人「〈われらを生かしめる者はどこか〉(路傍よ)」
(10)川端康成「東京裁判判決の日」
(11)古井由吉「白い軒」。一部を断片的に引用。
(12)渋沢孝輔「偽証」
(13)堀口大学「屏風を叱る」
(14)吉岡実「タコ」
(15)吉増剛造「老詩人」
(16)高橋新吉「そのとき」
(17)新井豊美「庭」
(18)金子光晴「そろそろ近いおれの死に」
(19)佐々木幹郎「一千もの死」
(20)堀川正美「日本海六〇・飛島で」
(21)福間健二「まだしばらくは」
(22)川崎洋「まじない」
(23)柄谷行人「世界史の構造」第3部・第1章・3
(24)関根弘「水害風景」
(25)石原吉郎「霧と町」
(26)吉原幸子「月日」
(27)谷川雁「人間A」
(28)清水哲男「甘い声」
(29)鈴木志郎康「少女皮剥ぎ」
(30)吉岡実「夏の宴」
(31)北川透「ポーのラブソング」
(32)川端康成「東京裁判判決の日」
(33)尾形亀之助「十二月の路」
(34)川崎洋「ほほえみ」
(35)吉本隆明「眼のある季節」
(36)北村太郎「個体のごとく」
(37)吉行理恵「波の戯れ」
(38)新井豊美「庭」
(39)鮎川信夫「夏への挨拶」
(40)寺山修司「トマトケチャップ皇帝 6」
(41)田村隆一「未知くんへのメッセージ」
(42)窪田般彌「誕生」
(43)飯島耕一「見えるもの」
(44)北村太郎「五月闇」
(45)平出隆「冬の納戸」
(46)高貝弘也「共生」
(47)黒田三郎「紙風船」
(48)鈴木志郎康「部屋の中で その二」
(49)堀川正美「白の必要」

 

 

 

光の疵  2月

 

芦田みゆき

 

 

粒子の粗い闇にひたった皮フが
しくしくと疼くので、
そうっと持ちあげてみる。
光のくずが纏わりついてくる。
痛むのは、ここだ。
目を凝らし、見つめると、
ほんわりと発熱している。
視覚が、はじまったのだ。

 

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