風があること

 

小関千恵

 
 

風があることを見ていた

遠い空
遠い時間

この流体は
碧落からやってくる生きものだろうか

手をかざせば
掴めもしない透明な糸の束が
血を撫でるように指の間を抜けてゆく
その冷たく柔らかな感触ではっとする
空気は物質だったこと
「ない」とされやすい部分が
「ある」に満ちていたこと

それは身体を破った風だった

立ち止まり
身体を開いて
目を閉じる
風が吹いている
時が膨らむ
音や匂いが膨らむ
風は頬に髪を掠めてゆき
胸の奥までくすぐったくなる
胸から深い吐息が出てゆく
吐息という生まれたばかりの風は
たましいを乗せて
小さな虫を乗せて
花を揺らし
水を揺らし
気づかれないまま
誰かと誰かの間合いに吹いてゆく
いつかは
雲を運び
ゴミを巻き上げ
木々を揺らす
きみとわたしのあいだを吹いてゆく
星とわたしのあいだに吹いてゆく
それを見つけて
鳥が羽ばたく
雪が舞う
花びらが舞う

むかしむかしの地図で見たことがある
風の出どころは
天窓から地上を覗き込んでいる天使たちが
唇を尖らせて吹き付けていた吐息だった
ルーアハ ルーアハ って

風にならなければ
地上を巡り巡って
撫でられないだろう


たましい
呼吸

凪が落ちている
体の中
みちのうえ
一歩一歩
それを拾いながら
優しく握っていた
風で浮くこと
沈むこと
生が
どこまで飛んでゆくのかを

猫の寝息が聴こえます
ただ心地よく
浮いてゆく

目を閉じて
見ています
風のこと

 

 

 
#poetory

バク

 

小関千恵

 
 

https://soundcloud.com/ozeki-chie/ivd3umkinrpm/s-oMF5p

 

 

青草

一円にバク

ねこの眠り

天井のプロペラ

朝霧にバク

遊歩道にバク

夕食にバク

床下から出てきた実弾にバク

笑い声にバク

てのひらにバク

震え

優しさ

想いでにバク

バクはよくみえない
でも、なんとなく分かってる

カバンの中のバク
隣人にバク

みずたまりのバク
お寿司にバク

バクを恐れて
バクと眠って

バクと遊んで
バクを忘れてる

バクに呼ばれて
バクに甘んじて
一度くらいは、それを愛だと思った

心臓がバク

お腹がすいてバク

勝ちたくてバク

細菌もバク

広島と長崎に落とされたあの夏のバク

バクを落とした人のバク

わたしのこころのバク

なにを食べるの?

夢とか 時間とか

どうして 食べるの?

バク

バク

 

 


(バクの時計: Miwako Satake)

 

 

 

温かい孤独

 

小関千恵

 
 

孤独の喜びは膨よかだ

寂しさは、懐かしく
悲しみは、柔らかい

いのちを品定めなどされないで
こころを妨げられないで

わたしだけが、わたしにしか分からないわたしを感じること

わたしだけが、わたしのこころを
大切にできること

ほんとうの孤独

これから
どんな命に触れるのか、
どんなこころに出逢うのか、

これからの、お楽しみの為の
わたしの
大切な孤独

温かい孤独

 

 

 

 

 

小関千恵

 

前説

嫌いな人が居ないことを
人に信じてもらえない
それでわたしは不審者だ

諸々のことが
地球のようにまぁるくなっているだけの
真っ白な朝

わたしたちは目覚めるたびに
その闇に驚き 踞って泣いた

偽物と幻想
鏡に映った陽だまりの墓場

まぁるさの中で
まぁるい空は浮かんでいた
だけど空にまで領域が有るだなんて おかしかった
棲み分けられた日々に
支配のナイフのような 誰かの月は
光っていた

エイリアンは濡れていた
生きている摩擦で
運動場の線も見えないままひるがえり
そのナイフを 身体に刺していた

あぁ
強く
絶対的な
わたしたちのそら

一度は背負った羽を降ろす
飛ぶとは 地球上を飛ぶことのようで
眠っているときの居場所は
このまぁるさの外のように思う


地球の外で泣いている

空白

沈黙の宇宙に 鳴り響いているだろうか
意味に降伏しない
音楽のように

いつか
地球へ降り注ぐことがあるならば
凡ゆる
凡ゆる エイリアンの
朝焼けの時刻へ

 

 

 

 

水彩画の街

 

小関千恵

 
 

鮮やかに
水彩画の街のメリークリスマス
引かれた線で 戯れる形
愛の絵具で煌めく 地平のひかり

ねえ 願いを
戯言を
星へ 歌っていいですか
どこかの星に 聞いてもらいたい
跳ねる唇
堪りかねた人間の雨粒
滑らかに 地球の皮膚を滴ってゆく
海は 海はまだダメだ
誓いを立てながら
冬の夜空も裸んぼうの人
見てごらん
月も 裸んぼうで生えているよ
いつか緑色だった 月が

信じる者の 信じるモノは
優しい畑だと思う
魔法でも催眠術でも
希望はあるように思う
こんなに素朴な 可愛い生きもの
人間は 信じる 生きもの

せかいは柔らかな地面だった
いつか剥がれてゆく
地面も 背中の皮も
だから
容赦無きどしゃ降りには
拐われないように
流されていかないように
まだ 海はダメだ
まだ 海はダメだよ

水彩画の街で 水彩画の街で
柊はひらひら
空を飛んでいる

 

 

 

つめたくとおく

 

小関千恵

 
 
















 

 

 

 

 

 

雲の中に扉が見えたのは
やっぱり一人で歩きはじめたときだった

ああ 詩も涙もない
無くなってしまったんだ
あんなにひともじづつ 浮かんでいたのに

‪かたちに身を寄せてはみな蒸発していく‬
‪ひかりにひかりはぶつけられ
だれかの‪大切なすまほも割れていくね
‪ひとりひとりの月が宿る液晶は粉々に砕けて‬
それでも月は これでもかと‬
‪破片のままでも愛しているのだから

いつのまにか
‪詩も涙も無くなって 水平線へ辿り着く‬
‪ひとりで歩きたかったんだ
‪ホワイトグレーの空と海の間‬を
ひかる‪たくさんの魚が飛んでいた
すまほの電池は切れている
宇宙がここまで降りてくる
呼吸をくりかえす
‪海の香りはつめたくとおく
‪なんだ向こうにはまだ‬
‪島があるんだ

 

 

 

黄ぼう

 

小関千恵

 
 

 

深夜バスの暗闇で

流れるまま書きつけていた

最後だけ ゆうれいのことば

かなしいゆうれいが 急にでてきて 元気になったら、とか 明日を見る、なんて

言って

そのまま
朝になるまでノートを握っていた

朝 光に映しても

読める文字だったので感心した

 

 

いつも光にかまけているね

そうして光の中で眠っているね

背中のいとの絡まりも見えないまま

光 さえ あれ ば かまけている わたしたちの

眠ってしまう からだの踊りよ

 

 

 

「あのそこ」

 

小関千恵

 
 

塀から放たれ
空は反転した

彩度は急激に落ちて
ご近所は裸足でしか歩けなくなった

人のもの 人肌
自分と人を隔てる境は見えなくなった

外の塀が無くなったとき 同時に
こころの中の箱も消えてしまっていたこと
‘わたしのものごと’ を 容れるばしょが無くなっていたこと

それに気がつくまでに
30年近くかかったこと

0からはじまり
肉体から紡ぎ直していた器は
動脈や静脈、内臓
あらゆる管が絡まって
今はこの身体にたぶん良いように合わせてある

酷い人にもやさしい人にも出会った
だから とにかく編む一目は尊きもので
そのあとのわたしに
わたしはわたしの器に
この容れ物に
注がれていくものは流れていくものと捉えながら
詰りながら 確かめている

 
彩度の落ちた景観の中でも
魂は 夏の銀杏の樹の下へ 自然と集うことができた
はずなのに
萌えるあの大きな銀杏の下での
再会は
密会として告発されて
わたしはそれを知ったとき
大人にならないことを誓った

あの銀杏の淋しい黄色がいつか美しく見えるようにと

本当の話を聞いてくれる人に出会えるようにと

反転した空にぶらさがった風船を
逆さまに見ていたずっと

それを取ろうとする手を
三和土の底からわざと見過ごしていたのは
愛を知り始めたころの
歯痒さからの仕業

いまここの詩がまだ書けないよ

それが全て誰だって

なのかどうかも

いつだって
いまここの
あのそこ と

いまここ

 

2019秋

 
 

 

 

 

「少女」

 

小関千恵

 
 

 

胸より大きな球体を詰まらせて

真夏の商店街をワニのように歩いていった

立ち止まれなくて

まだ無くしてもいないものを先で探そうとする

空事だけをさらけて進んだ

 

赤い手に撫でられなければ死さえ生きられなかった

箱の中の

青草の中の

「少女」という輪郭

即物者たちが慌てふためき抽象は撤去された

 

月が落ちてきたみたいに視界の全てを白く覆った

還る場所に

まだ温度はありますか

この世界で

撫でられた肌が永遠であった証明を

何度でも

何度でも

2つ椅子を置くこと

“I’ll keep it with mine”

父権よ

少女と呼ばれた誰かはあなたではないか

箱の中のものを出せるか

 

いつか

母とふたりきり

月の色をした最初の部屋で

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