萩原健次郎
眼の躓き。
剥がれた膜を
電気で焼きながら、元の球になおしていく。
数日前に、浴した夕照の、急速に上昇してい
く鳥影は、なにかを報せていた。
どんな音楽も
かすかな音もそこで、鳴っていたかどうかは
思い出せないが、
脳にからまっている細い糸には、切れていく
弦楽が、破線状に詰まっていた。
此方の岸の欠片も
彼方の岸の欠片も、
透明の責を
双岸から擦り合わせて
もう、勝ち負けのつかないことになっていた
からただ、茫然と、
夕暮れのせいにして帰ってきた。
たしかに、その時刻、その気象の下にいまし
た。
因という因を、川に捨てて坂を、足早に降り
てきて
空は、轟々と間に挟まっている音楽を暴き出
そうとしている。
眼を損傷しただけのことだ。電気の熱波で、
つるつるに焼き切ればいい。
交換しないことを条件に
引き分けに、もちこもうと
その時の夕暮れは、考えたのだろう。
虚の壷にわたしの回路は、入っている。
引き分けでいい。
ここで説いている喩えに水流の音が聴こえな
い。
やはり、
もう交換してしまったのかもしれない。
夜、布団に入って寝てしまい
別の、破線の糸がつながる。
欠片だけが散乱する
絵図の
絵図の
絵図の、
音。
ぺきんぺきんと、
折れていく。