広瀬 勉
東京・中野大和町?
星座の描かれた大天井の下
大理石のコンコースを通り抜ける
円形の新聞スタンド、高級カード屋やおもちゃ屋を
気分転換に歩くのが毎日の日課
今日は珍しく
地下のフードコートで長居する
健康のため
野菜ジュースにビタミンCと高麗人参をトッピングしてもらい
まず~い濃厚ジュースを飲みながら
単語カードをめくっても
なんだかちっとも覚えられないのはいつものことで
諦めて外に出ると
とつぜんの
どしゃぶり
雨水が直線になって
降り注ぐ
あらがえない
急転直下
折り畳み傘は間に合わず
靴の中まで水があふれだす
真夏の夕方は
どしゃぶりになる日が多いから
ビーチサンダルで出歩くのがいちばんだけど
罅割れ凹凸の激しいコンクリートの道は
都市の断末魔そのもので
足裏が酷く疲れるから
潰れかけた運動靴を履いていた
若い頃
クーラーの効かない真夏のニホンの校舎で
汗だくになって働いていたときがあった
手ぬぐいを首から下げ
わらじを履いて廊下を歩いていたら
「なかなかいいですなぁ」と
校長先生に褒められた
柔らかい藁は足裏に心地よく
両方の素足はのびのびと汗をかいていたな
わらじは1か月くらいで擦り切れ
潰れて履けなくなってしまったけど
あの気持ちいい感触は忘れない
ビジネスマンも
ホームレスも
並んで
ビルの軒先に立ち
いつやむともしれぬどしゃぶりを
ゆったりとながめているのをしりめに
急ぐ急いでしまうのはなぜか
あ、ひろしげ、さん ※1
かさなる
高層ビル
ではなく
かさなり
しなる
竹林
広重の
庄野街道を
駕籠が走る
こんちくしょうめ
ふってきやがったぜ
旅籠まであと半里でせぇ
急がねぇとくれむつでぇ
江戸の時代
庄野宿
白雨 ※2
あり
駕籠が走る
走る
無数のホースから放水されたような
撃ちつける雨のなかを
走る
揺れるカフェのオーニング
セカンドアベニューの角の緑の下で
ひと休みしましょうや
べらぼうめ!
靴の中まで
こうびっちょりじゃたまんねぇ
アパートまでひとっぱしりさぁ
Dear Hiroshige
21世紀のニューヨークは
時計の針が捩じ切れて
ふたたび200年も昔に戻っているようだよ
街にあふれる
飽食大ネズミたちは雨が降るたびに
どどどど地下を大移動
どのアパートも南京虫が大発生し
ゴミ置き場にはマットレスが無造作に積み上げられている
夜になるとアパートの壁の中をネズミの家族が走り回る
排水口から顔を出す
Dear Hiroshige
江戸の時代は
もっと
静かで
もっと
清潔
だった
のではないかしら
撃ちつける雨は
腐った臭いや鉄の臭いを発ち上げ
濃厚な
まず~い空気を吸うのも夏の日課さぁ
ビル風が巻き上がり
あらがえば
傘の骨はすぐにばらばらになってしまう
のに
わたし
走る
白く霞む大通りを
傘もささずに
びしょ濡れになりながら
ニホン人だねぇ
あとひとっぱしりでぇ
Dear Hiroshige
いやさ
広重さん
この街で
あなたに会えるとは
あいえんきえんはみょうなものです
なんて
どこかで聞いたような聞かなかったような言葉が
とつぜん
頭に浮かぶ
エイ単語はちっとも覚えられないのにね
先週
ラバーソールの厚底サンダルを
78ドルで買った靴屋の前を通りかかると
ショーウインドウの隅の
擦り切れた星条旗の模様に魅かれる
長靴が18ドルなんて安い
この模様も可愛くて
ひとめぼれする
迷わず買う
あいえんきえんはみょうなものです
明日からは
晴れていても
これで出かけることにする
擦り切れた
星条旗を
履いていく
※1. ひろしげ…歌川広重・江戸時代の浮世絵師。
※2. 白雨………歌川広重「東海道五十三次」庄野宿内を描いた版画のタイトルより引用。
二日ほど
ベッドの上に
いた
咽の奥に
千本の針が刺さっていた
熱が出て
声がでなかった
夢の中で
写真を見ていた
漢詩がゴシックで降ってきた
詩は
これなんだ
夢の中で
思った
なにがこれなのか
わからない
草むらに母がいて赤い花だった