生きる水

 

白鳥信也

 

 

背丈よりも高い草が山道をふさいでいる
かきわけて進む
山陰に入り草が途切れてようやく視界を確保
もう六月の半ば
若々しい緑は濃い色に変わっている
イタドリも山ウドも太い茎に
樹木に変身しようとしている
陽当たりのよい斜面に生えている太いワラビは
どれも折り取られて傷口は黒く変色しているから
この山道に人が来たのはずいぶん前だ
水の音がする
そろそろ滝が見えるはず
数十メートルの垂直な断崖を大量の水が落下する
この山道から遠望するだけだが
水滴をふくんだ風を感じる
あたり一帯 山また山
車道から全く見えないので
滝を見ようとするとこの山道しかない
去年の春もこの山道から滝を見た
五月の終わり、雪がまだ残っていた
明るい緑に包まれ
勢いよく雪解け水がザアザアと滝を落下している
静かな春の山のなかで荒々しい水音だけが響いている
滝を眺めつづけた帰りに
ホトトギスのさえずりが聞こえたから
山道をはずれて木々のあいだをわけいる
三本の漆の木が目印だ
道はないから草を踏みしめ
奥へ
奥へ
クサソテツの若芽が群生して
明るく開けた場所にふっと出た
ホトトギスの声がやんだ
まんなかの窪地に池がある
底まで澄みきった透明な水が満ちている
その水の中を
真っ黒い魚が悠然と泳いでいる
金魚のようなひれ
鮒と金魚のあいだで宙づりされたみたい
透明な水の底にはサンショウウオが数匹動いている
ゼリー状に包まれたカエルの卵のようなものも
絡まるホースになって池のなかを揺らいでいる
池の周囲のシダ類 クサソテツも揺れている
ゼンマイの綿毛も
人はきたことがないようで魚もサンショウウオもゆったりしている

しばらく見つめつづける
帰ってもなお
私のなかを落下する水
私のなかに静かに横たわる水
揺れているもの

今年も行こうと
生い茂る草
道そのものが薄れ
滝は成長した木の枝葉でさえぎられ
一部しか見えない
落下のかけら
池の入り口をさがす
三本の漆の木がない
何度道を上り下りしても
もう