なぜうちに石膏のビーナスがあったのだろう

 

道 ケージ

 
 

親父は呑んだくれ
お袋は美術なんか、だし
当時の流行りか

おもちゃを撮った写真に映り込む
白いビーナス
ギリシャ美に遠い暮らし

町営のアパートの鉄扉に指をはさむ
あわてて指を拾って
お袋が縫い付けた
おかげでゆびはそこだけ
石膏のように固まる
ビーナス

ダビデと名付けた犬は
尻尾を噛んで
ぐるぐる高速で回る

もうこいつはダメたい
保健所が明日来るけん
と父

連れで行かんどっての声も弱い
噛みちぎった尻尾を埋める

階段は燕の糞で台無し
水筒を屋根に投げる
爪を噛んでいた
幼稚園カバンの紐を食いちぎる

もう物になる!
かねがねの人生
黒光して沈む

こけしと並んだビーナスは
家じまいで
トラキアの海に
濡れている

呆けたように振り返って
死ぬと思わず死ぬな