村岡由梨
「人生には少しの悲劇も必要よ」
と言うのなら、
私とあなたは今きっと、悲劇の只中にいる。
あなたは、私たちに住むところを与えて、
生活の糧となる仕事を与えてくれた。
私の娘たちにも、惜しみない愛を与えてくれた。
けれど、あなたは、いつも『女』だった。
暴力を振るう父と別れて付き合った男も
暴力を振るう人だった。
血の海で激しく嘔吐するあなた。
「あなたたちきょうだいにお父さんが必要だと思ったから」
男の友人からペッティングをされたことを言ったら
「私にどうしろって言うの」
その次に付き合った男は大嘘つきだった。
(嘘つきは、泥棒のはじまり)
「体の関係はない」
そう断言したあなたも大嘘つきで
少女の私の純真を踏みにじった。
「妊娠しているかもしれないから、レントゲン無しで。」
医師に小声でそう言ったあなたを、
殺したくても殺せないから
私は私の頭蓋骨が砕けるまで
殴り続けることしかできなかった。
男はその後、入念な下準備をして、突然いなくなった。
「あなたたちのせいで、いなくなった」
男たちとうまくいかないのは、いつも
わたしたちきょうだいのせい。
あなたは狡い人だった。
男たちと一緒になるために、
車を買い替えたり、断捨離をしたり
いつも用意周到だった。
そして今、「わかっているのに敢えて飲み込む異物のような」男
に行き着いて
母屋のあなたの部屋にある小さなベッドに、枕が二つ。
お母さん、
お願いだから、
私の前で、男とキスしないで
私の前で、男に抱かれないで。
幸せな『女』にならないで。惨めな『女』でいて。
激しい欲求と嫌悪に引き裂かれた幼い私は
ぎこちなく動き始めたネズミのぬいぐるみと、
「行為」を完遂した。
その頃からずっと、膣が痛くて私は泣いている。
お母さん、お願いだから、気付いてよ。
憎しみで肺が真っ黒に焼き焦げて吐き出しそうだよ。
今のあなたは、件の男に夢中で、
毎年くれていた誕生日のメッセージも送られて来なかった。
「生まれてきてくれてありがとう」
毎年 毎年
どちらかが死ぬまで続く言葉だと思っていた。
お母さん、私は生まれてきてよかったの?
答えてよ。
今すぐ、答えてよ。