水の女

 

塔島ひろみ

 
 

イザナミのおしっこから生まれた女神のミツハは
グレて 眉をそり 髪を染め
大麻、覚せい剤、何でもやり
次から次へと男と寝た

水のむらは治水のため 川をつくることを思いついた
人柱に素行の悪いミツハを立てる
ガムをくちゃくちゃやりながら ミツハは笑いながら埋まっていき
水の女神として祀られた
水を治める神 舟や子を水から守る神
稲作の村の灌漑用水を守る神

時代はうつり 橋がかかった
土手の工事で邪魔になり 社は下流にどかされた
産業、産業と 村はいい始め
田んぼはつぶれ 町工場がつぎつぎに建っていった
そばの荒れ地に大きな建材屋ができたころ
ミツハは社を離れ 人界におりた

おしっこから生まれ
人柱になり
工事の邪魔だとどかされた
失うものはなにもなかった
いつもとびきりの笑顔だった
ガムをくちゃくちゃ噛んでいた
私たちと交わり 冗談言って笑い
男たちとも平気で交わり
だからパンツなんてはいてなかった
誰よりも幸せそうな顔をして いつでも誰にでも 優しかった
踏んじゃってごめんねー!って言いながら
髪留めを拾って 届けてくれた
素行が悪いから
何でもミツハのせいになった
笑っていた

人間は
神でもないのに川をつくり 橋をつくり
工場をつくり
神もつくり

そして今度は大きなマンションを建てるという
地上げ屋が来た
札束をピラピラさせて 水のまちにやってきた
小さな工場や、家、アパート、柳の木
次々つぶれて その地盤沈下の更地の下に
ミツハがまた 人柱に立ったのだ
ミツハの上に 8階建のマンションが建った

毎年7月の例祭には
境内で式典があり 屋台が出る
パン、パンと 手を叩き
社殿に向かって礼をする
さんざん利用して 今はもうこの町の敵でしかなくなった川の水
その水の神はもうそこに とっくのとうにいないのに
空っぽの社殿の前で
拝む 祈る
そして屋台でかき氷を食べる
ボタボタ 色のついた水を垂らす

水波能売神 ミツハ 水の女
人間の欲望

 
 

(4月某日、奥戸7丁目水神社付近で)

 

参考:
「かつしかの文化財」79号、葛飾区文化財保護推進委員・葛飾区郷土と天文の博物館
『葛飾区神社調査報告』、東京都葛飾区教育委員会
『奥戸に生れ育って』、清水その
『図説 日本の古典1 古事記』、集英社

 

 

 

発車オーライ

 

工藤冬里

 
 

私が私にもなってはいけない理由
Cristo fue levantado de entre los muertos
複数形の死から受け身でよみがえらされる
やばいうやまう
対面通行事故お巡り
あやめ見に行く
影のクラウド
意欲と力の両方

発車オーライ
パロールは服の縫い目
縫い目が無ければ脱ぎ捨て易い
縫い目のない服
縫い目の無い服を私は着たい
水のような化粧品
化粧品のような水
水のような酒
酒のような水
エレカシのサラサラは難しい曲だ
縫い目の無い下着のように彼は黙っていた

 

 

 

#poetry #rock musician

明日

 

たいい りょう

 
 

明日は 来るのか
今日は いなくなったか
昨日は まだいるか

記憶は はるか地中の彼方に
埋もれた

深く深く
どこまでもどこまでも遠く
記憶は私を未来へと
連れ去った

真っ白なキャンバスは
無限の色彩がうごめいている

何も覚えてはいない
すべて身体に刻まれている

その刻印は 明日に向かって
地平線を滑り出した

明日は 来たのか
昨日は 来るのか

 

 

 

滑稽な干物のダンス

 

村岡由梨

 
 

先日通りがかった上原小学校の前で
2匹のカエルが死んでいるのを見た。

2匹とも、車に轢かれたのだろう。
ぺしゃんこで、黒く干からびていて、
ベージュ色の手先足先の斑点と水かきだけは、
かろうじて確認することが出来た。
2匹は仰向けで、片手を繫いで
ダンスをしているみたいだった。
2匹はつがいだろうか。
春が来て、やっと地上に這い出て、
これからどこへ向かうつもりだったんだろう。
誰も気に留めない死。
一緒にいた野々歩さんと私は、どちらともなく
「こういう風に死ねたらいいね」
「死ぬ時は手を繋ごう」と悲しい約束をした。
明日こそは、私たち
ちゃんと生きようと誓い合って目を瞑るのに
後から後から涙が流れ落ちて、
眠れずに顔が粉々に壊れてしまう。
毎日を無為に生き、着々と死にゆく私たち。

それから暫くして、また上原小の前を通った。
2体あったカエルの亡骸の内、1匹がきれいに無くなっていた。
きっとカラスか何かに食べられてしまったのだろう。
それを見て「もう1匹の残った方の亡骸を口に入れて噛んだら、
どんな味がするだろう」と思ってツバが出た。
ツバが出た。
私たちは生きている。
死ぬ瞬間まで、生きている。

残った方のカエルは、ひとりでダンスしているみたいだった。
ただの気持ちの悪いカエルの亡骸なくせに、
誰にも気付かれず、意味もなく朽ちていくことに抵抗していた。
死ぬ瞬間まで生きていたんだと、全身で叫んでいた。

 

 

 

おい

 

道 ケージ

 
 

おいおい
泣いて
樽が軋む
おいおいおいおい
秋霜の鏡

そうなのだけれど
おい、おーい!
とおい、とぉーい人
おいおいと追いかけ
おいつかない
ヨシキリはどう鳴くの
黄色い帽子が浮き沈む

おいおい
疲れて
坂上で見上げた雲
おいおい探す
「優しくなりたい、強くなりたい」
って歌聞いた
えぃえぃ

うえてねじ食う
「ネジしかないからしょうがないでしょ」
でも、歯は欠け
ういうい、なんでもあり
おい、いいかげんにしろよ
「おいはやめて」
えいが飛んでいる
あいはない

うえうえ 
おいおい
おえおえ
あいうえおい
あいは
おいは

 

 

 

木村屋總本店特製ドラ焼き

 

佐々木 眞

 
 

こないだおらっちが、セイユーで買ってきた大好物のドラ焼きを食べようと、冷蔵庫を開いたら、影も形も無かった。

きっと、コウ君に、食べられてしまったんだろう。

ドラ焼きは、木村屋總本店の特製で、「蜂蜜入りのしっとり生地」が特徴だ。
税抜き価格68円と安価で、「つぶあん」と「さつまいもあん」の2種類があるが、おらっちは、どちらかといえば、シンプルな前者を好む。

しばらくして、冷蔵庫を開けた妻のミエコさんが、「きゃああ、私が大事に取っておいたチョコレートがない!」と叫んでいる。

これもきっと、コウ君に、食べられてしまったんだろう。

コウ君ときたら、まるで欠食児童、みたいだ。

施設のご飯の分量が少ないうえに、食後におやつもデザートも出ないから、金曜日の午後に帰宅したコウ君は、“100年前から飢え続けの狼”のように、なんでもかんでも、がつがつ食い荒すんだ。

いいよ、コウ君。なんでも食べな。
お前さんの好きなものを、いくらでも食べな。

まもなく私たちが居なくなって、ホームが家の代わりになったら、ドラ焼きも、チョコレートも、あんパンも、アイスクリームも、自分勝手に食べるわけにはいかなくなるだろう。

だから、いまのうちに食べておきな。
ドラ焼きも、チョコレートも、あんパンも、アイスクリームも、
なんでも、かんでも、君が好きなだけ、食べていいよ。

いまのうちに、どんどん、じゃんじゃん、一生分を食べておくんだよ。

 

 

 

柔らかい重さ

 

辻 和人

 
 

ぐにゃり
柔らかい
重さ
誕生から一夜明けて
「お父さん、じゃあ抱っこしてみて下さいね」って
手渡された
ぐにゃ、おっとっと
「あ、さっき言いましたけど
赤ちゃん、まだ首がすわってないんです。
頭が大きい割に首は細くてしっかりしてないので
首と頭を押さえないと神経痛めちゃうんですよ。
抱っこする時いつもいつも首のこと第一に考えて下さい」
保育ベッドから取り出されたこかずとん
真っ白なおくるみの中で目を閉じたまま
ぐにゃりとしてる
その中でも一番ぐにゃるトコ
ここ大事
大事なトコ左手でがっしり押さえ直して
「よーしよし、いい子だな」小声で呼びかけると
赤い身をちょいとひねったこかずとん
ぐにゃ、ぐにゃり
細い首が微かに傾いで
返事してくれる
柔らかさと重さが溶けあった
こかずとんの返事だ
重さが柔らかい
細くて大事
いつも大事