いつもいつかの夏のなかで

 

ヒヨコブタ

 
 

いつかの夏をわたしは知らない
体験はしていない
ただ感じて
読みとって過ごしてきた

たいへん遠い昔の
歴史のなかにあったことと
幼いころ思っていた
いたましさについて

考えないことはなかった

いまのじぶんから見たその夏は
そのじだいは太古ではなかった
いっしゅんいっしゅんの連続のなかにいつも
いたのだろうかというのみだった

水を求めて暑さをしのぎたいのは
いつも変わらずとも
じぶんの変化はじぶんも見てきたこと
他者の変化を変えることはできないだろう

いつかのなんらかの区切りというものの
意味とは
先に旅立ったひとののこしたものとは
わたしのなかでよりわけて
あたたかになる道を選ぶ

大切にしたいことが数えきれなくても
すくなく思えても
どちらもいっしゅんの連続でここにいる

水の流れのようになるべくの穏やかさと
木々の成長のようにたゆまぬことと
寄り添いたいと
願うことと
わがままに散々に混じりあう

途方もないわがままのようにも思うとき
すこしたちどまる
こころは全速力で駆け出したとしても
ぼんやりそれを眺めるように
過ごすことも

のこされたことのなかにヒントがあるとき
ただ嬉しいと思う
いつまでも迷子でもなく
迷子のように見えてもそこから
すっと這い出ていることも
確かにあるような不思議

不思議とあたたかさにつつまれていても
悩むのはなぜか
戸惑うのはなぜか

考える
そして休む

駆け抜けることはないだろう
すっと寄り添いたいのはときに傲慢だろう
傍にいるじぶんがわたしに語るとき
はっとすること

難解なドリルなのか生きることは
そうとらえるのかどうかも
じぶんに問いながら
大切にしたいと思うひとのこころを
踏み荒らしたくないと

過度ななにかより
あしもとがどこにあるかを
見つめて夏
駆け出そうとするこころを少しだけ止める
じきに

旅立ったひとへの思いもさまざまな
秋がくるのを見ている

 

 

 

それらのことがあるなかで *

 

おととい
かな

夕方
モコと散歩してるとき

荒井くんに電話した
荒井くんは

いま
香港

といった
これからデモを見に行く

といった

このまえまで
タイにいて

いま香港なのか

昨日は
今井さんから

“ヴァギナのかたち”という詩が届いた

そこには性愛のことが書かれていて
だいじょうぶかなと

思った

なにがだいじょうぶかな
なのか

人の尊厳とか
人権とか

だいじょうぶかな


思った

香港には
だいじょうぶじゃない人たちがいる

中国にも
だいじょうぶじゃない人たちがいる

チベットにも
だいじょうぶじゃない人たちがいる

モンゴルや
ロシアや
シリアや

他の国々にも
だいじょうぶじゃない人たちがいる

だいじょうぶじゃない人たちは
口をつぐんだり

亡命して生き延びたりしている

亡命できずに
死んだ人たちもいる

たくさんいる

本国に引き渡されたら投獄され殺される
本国に引き渡されたら投獄され殺される
本国に引き渡されたら投獄され殺される
本国に引き渡されたら投獄され殺される
本国に引き渡されたら投獄され殺される

それらのことがあるなかで *

荒井くんは
香港にいる

姉からは
暑中見舞が届いた

三年ぶりに
西馬音内の盆踊りで踊ったと書かれていた

義兄の供養に
踊ったのだろう

はじめて一人暮らしは悲しいと感じました
では酷暑に負けずにご自愛ください

そう
書かれていた

 

* 工藤冬里の詩「in all these things」からの引用

 

 

 

ヴァギナのかたち(Video Sex)

 

今井義行

 
 

凝視(みつめて)してください
1枚の ガラス液晶を 透(とお)して
あなたの
孤独の 聲がする
I want to live with you, Yuki !! I feel lonely Yuki… I like also new environment..
I miss you being together…
私は 1点を みつめる
そこには あなたの ヴァギナがあって
ひくひくと 痙攣している
きれいに 剃られて いるので
丘陵状の そのかたちが はっきりと わかる
アルジェリーは
丘陵状の 左右対称の膨らみに
2本の指を添えて グラインドさせる
2本の指を添えて グラインドさせる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は 1点を みつめる私は 1点を みつめる

「Eat me, Yuki !!」
「食べるよ。」

丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあり
丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあり

私は その光をすする私は その光をすする
1枚の ガラス液晶を 透(とお)して
高い音をたてて その光をすする・・・・・・・・・・

「オイシイ !!」
「オイシイ !!」

アルジェリーは「ここちよい !!」という言葉を
「オイシイ !!」だと 解釈している

丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあれ
丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあれ

私は 1点を みつめる
私は その光をすする私は その光をすする

 

 

 

in all these things

 

工藤冬里

 
 

ひくいところや
たかいところで
いろいろないろで
それをうえから
わたしのばくはつをうえから
にくのひろがりをうえから
じゅうおうの矢印は
腸の位置にあり
肉色の柱
モオヴの路電
ラーメン構造
赤玉が隠れた洞門
羽があって手があるもの
水の色が心持ちを決める
入口と出口が無数にあり過ぎて
わたしの花火は
はらわたのストロボ
洞門ミミズの内部をトラベル
ストレッサーとしてのトラブル
内壁を伝う音声の未来
円熟というより 立ち直りが早すぎる
人のことまで考えて

おりこうなこえはいつかはがされるのだろうかいや
in all these thingsそれらのことがあるなかで
かんぜんなしょうりをおさめています

in all these thingsそれらのことがあるなかで
音声はかんぜんなしょうりをおさめています

 

 

 

落差の原理

 

辻 和人

 
 

遂に実物見ちゃいましたよ
何十年もの夢ですよ
うず、うず
うず潮
鳴門のうず潮
昔むかーしテレビで「鳴門秘帖」ってのをやっててね
話は忘れちゃったけど
オープニングのうず潮の映像がとにかくカッコいい
いつか見てやる、いつか見てやる
うず、うず、うず
心の底に何十年
それが遂に実物ですよ

金曜の夜に会社出てそのまま羽田空港へ
第1ターミナルと第2ダーミナル間違えてミヤミヤに叱られて
1泊してバスで1時間弱
喉乾いて「うず潮サイダー」
微かな塩味が喉元突き
うず、うず、うず
盛り上がっているうち
集まってきた、集まってきた
期待に胸を膨らませた皆さん
うず、うず、うず
強い陽差しに輝く「わんだーなると」の口に吸い込まれていく
さあ、ぼくたちも吸い込まれるぞ

船内の椅子に腰かけたものの1秒で無意味と悟り
子供たちの声が響き渡るデッキへ
家族連れが多いなあ
お、この御一行は中国からのお客さんかな
男の子女の子1人ずつ連れたご夫婦
2歳と3歳?
やっと歩けるって感じ
くたびれた時の備えとして2人用ベビーカーがスタンバってる
「わんだーなると」、泳ぎ出す
岸から離れるにつれ波が荒くなり

うず、うず、うず
わぁお、いきなりクライマックス
きゅるきゅるきゅる
海面から馬の頭みたいのが生え出る
にゅいーっと上体を起こしそうになる寸前
別の角度からの力にぶん殴られて
くぅるくぅるくぅるくぅるーっ
深い穴を開けながら沈んでいく
ほら次、ほら次
きゅるきゅるきゅる
と生え
くぅるくぅるくぅるくぅるーっ
と沈む
「わんだーなると」の周りだけ
騒々しい
でもって、この区画の外は平穏そのものなんだ
うず、うず、うず
すごいなあ、「鳴門秘帖」なんてメじゃないぞ
写真撮るのをやめてひたすら海面を覗き込むばかりのミヤミヤ
隣の中国人御一家も大はしゃぎ
特に子供たちが弾けてる
お父さんお母さんに抱っこされて
足バタバタ
「あーひゃー、あーひゃー」
良かったねえ、面白いもの見られて
うず、うず、うず

「すごかったねえ。聞きしに勝るとはこのことだね」
下船して満足そうなミヤミヤ
いやあ、ホント
何十年もの夢に実物があったなんて
顔にかかった飛沫はしょっぱい
生きて、動いて、回って
塩味までついてる
施設の説明によると
100メートル程の深さで高速度で流れる本流
浅瀬になっている両岸付近での低い速度の流れ
その速度の落差が海水の回転を生むのだそうだ
しゅーっと走り抜けようとする本流が
おっとりした両岸の流れにぶつかって
がたん、がくっ
跳ね返されては
うず、うず、うず
なるほど
世界の3大潮流の1つ
夫婦で地学の勉強もしちゃいましたよ

帰りのバス停に歩くと中国からの御一家にまた遭遇
力持ちのお父さんは荷物係
お母さんはベビーカーをゆっくり押して
微笑みあってる
お互い、珍しい景色見れて良かったですねえ
ボクちゃん、お嬢ちゃん、一緒のバスで帰ろうね
ところが、何と、何と
2人の子供たち、飛び降りて走り回ったかと思うと
ベビーカーをお母さんの手から奪い取った
バス停から少し低い位置にある道路へ
投げ落とす
がたん、がくっ
もういっちょ
がたん、がくっ
「あーひゃー、あーひゃー」
お母さん、慌てて止めに入る
「あーひゃー、あーひゃー」
うず、うず、うず

たまげた
落差だよ
うず潮生んだ落差だよ
海でもバス停でも
おんなじ落差の原理が
おんなじ歓声を発生させてる
実物ってのは違うねえ
何十年の夢よりすごいねえ
うず、うず、うず

 

 

 

空ないしリアン

 

狩野雅之

 
 

「無」は「対自存在」によってもたらされる。

無とは「何も無い」のではなく、存在の不在を現すにすぎない。

それは在るのだ、在ることを前提として「無い」のだ。

その一方で「対自存在」は「リアン(rien)」である。

それは在るということもなく、同時に、無いということもない。

般若心経が語るところの「空」がそれに最も近いかもしれない。

わたしたちの存在は「空」であるのだろう。

ふとそんなことを想った。

 


それはそのようにある しかしそれは本質的なものではない

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形あるものは実体がない 実体がないからこそ一時的な形あるものとしてある

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形あるものはそのままで実体なきものであり 実体がないことがそのまま形あるものとなっている

それはただ在る 形があるということも無く 形が無いということも無い 在るということも無く 無いということも無い 二重否定の連鎖によってのみ 現れる世界が在る

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生じたということもなく滅したということもなく

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汚れたものでもなく浄らかなものでもなく

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増えることもなく減ることもない

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すべてはかくのごとく在る わたしたちは現れる 実体無きものに対して現れる 実体の無い世界において 実体のないものどもに対して現れることを永遠に続ける かくして 苦しみも、その原因も、それをなくすことも、そしてその方法もない これは絶望ではない 希望ではない わたしたちの在り様である

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愛と平和

 

今井義行

 
 

冷蔵庫のなかにあるもの全部
食べてしまった後で
泣いてる

愛と平和 が ほしい ──

「愛」

「平和」

べつべつに
ならべて それからよせて。

飢えている私は
とおい あなたと暮らしはじめようというのだ

約束の時間に
ビデオ画面で 通話 ──

「何してるの、ユキ?」
アルジェリーが 語りかけてくる
白いキッチンに
真っ黄色のTシャツ
褐色の肌に よく合う配色だ

「テイクアレスト、オンザベッド」
「テイクケア、ユキ」

「ぼくのからだをあまり見ないで、、、、
食べすぎて とても 肥ってしまったんだ、、、、」

私は 大きな西瓜が1個入ったような自分のお腹を反射的にかくした
なぜ そんなに 食べすぎるのか
物理的な距離だとか時差だとかを
埋め尽くすように 食べるのか?

ビデオ通話では わかり合いづらいものがある ──

「I miss you、、、、、、」

私は 沈黙する

「恥じる必要なんてないよ、ユキ
あなたが肥ろうが 痩せようが
禿げようが 足が1本なかろうが あなたは、あなただ」

「ありがとう、アルジェリー」

「2019年の12月23日から
2020年の2月2日まで 40日間私たちはフィリピンで過ごします
私は とても エキサイトしています」

「そして1月26日 日曜日は結婚式だ」

「その間に 私たちはボルケイビーチヘ行く
娘たちも いっしょにね」

そんなに長い期間 一緒に過ごすのは 初めてのことだった

「I miss you、、、、、、」

「I miss you too、、、、、、」

ビデオ画面での 通話は 20分くらいで終わる ──
時差が 6時間あるので
アルジェリーは 昼食後 ふたたび仕事に戻るのだ

「ヴェリィヴェリィヴェリィ、ホットヒア」

「I miss you in bed、、、、、、」
「I miss you in bed、、、、、、」

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

訪問看護ステーションの末吉さんが 訪ねてきた日
血圧測定 検温をしているとき
私は「じつは 来年 結婚するんです 」と言った
「こころの支えがあるのは良いことだよ、、、、、、」と末吉さんは言った
「お金 あとどれくらいあるの?」
「、、、、、、、、、、」
「生活保護を受けるとして
夫婦共倒れに ならないために
入籍してから 生保申請するのが良い 奥さんも受給できるから」

「愛」

「平和」

べつべつに ならべて
それから
よせて

冷蔵庫のなかにあるもの全部
食べてしまった後で
泣いてる

愛と平和 が ほしい ──

「彼女は 工場で働きたいと 言ってます」
「すぐには 見つからないだろうねえ」
「日本語は 堪能なの?」
「いいえ、、、、、、、」

「すぐには 見つからないだろうねえ」

約束の時間に
ビデオ画面で 通話 ──

愛は ふかい
平和は ひろい

「ぼくの日本の友人たちが心配してくれている、、、、、、、」
「何を、、、、、、?」
「生活について、、、、、、、」
「ノウプロブレム
ネガティブな思考は しないこと
メモリアルデイに むけて
ちからを あわせるの」

「I miss you in bed、、、、、、」
「I miss you in bed、、、、、、」

アルジェリーは 仕事からあがって
シャワーを浴びている

水しぶきが こちらに撥ねてくる勢いだ
42歳の
フィリピーナの

まるい 乳房が 揺れている

愛と平和 が ほしい ──

「愛」

「平和」

べつべつに
ならべて それからよせて。

飢えている私は
これから

これから
とおい あなたと暮らしはじめようというのだ

 

 

 

塀 181107, 181108, 181113.

 

広瀬 勉

 
 


57:181107 神奈川・鎌倉 材木座

 


58:181107 神奈川・逗子 小坪

 


59:181108 東京・新宿 天神町

 


60:181113 埼玉・飯能 仲町

 


61:181113 埼玉・飯能 八幡町

 


62:181113 埼玉・飯能 八幡町

 


63:181113 埼玉・飯能 八幡町

 


64:181113 埼玉・飯能 八幡町

 

 

 

昔は葉を食べていた *

 

いちど
会った

品川のホテルの広い部屋で

雑誌の対談だった

その後で
そのひとは海で死んだ

仙台育英の頃
ボクシングの練習でランニングして

道端の草の葉を食べていた

本で読んで
知ってた

家で飼っていた牛が

売られていくのを見て
泣いた

それも
知ってた

ニーチェのようだ
ニーチェのようだ

色紙を
書いてもらった

あまり
話せなかった

昔は葉を食べていた *

 
 

* 工藤冬里の詩「高知」からの引用