広瀬 勉
東京・杉並界隈。
陽射しは 初夏に なって
digital camera は、
駅前公園の花壇にぐるりと咲きあふれた
あかとしろの あいだのいろの
皐月(さつき) の
むらがりを 記録に 残しました
( 後日、部屋で capture ─── )
データに 画像加工アプリで
フレームをつけ
〖5月 わたし 〗と文字入れをし
六畳間の 窓際で
表示された画像を眺めてみたのは、
深々と 眠りに浸った 土曜日の 朝
(わたしは、目がわるく 眼鏡で矯正された 視力でみた
もののすがたが 真相とは限らない
各々の人の 持つ視力は 様々だから
各々のみる 事象は 異なる物だろう)
データに 画像加工アプリで
フレームをつけ
〖5月 わたし 〗と文字入れをし
六畳間の 窓際で
表示された画像を眺めていた
nature は natural ではない
データの加工は 装飾ではなく
みずからが 受けた印象を より寸前に
引きつける いとなみだろう
遅めの朝食の後 薬を 6種類飲んで
画像を最大に拡大していくと
或る 一箇所に 浮遊する
真黒のカラスアゲハの静止姿が写っていた
〖5月 わたし 〗と名づけたけれど
ああ、≪わたしは、皐月(さつき) ではない≫
と 想ったのだった──・・・・・
わたしの意識、 digital camera のレンズは、
あかとしろの あいだの いろの
すこやかに ひらいた
皐月(さつき)になりたかったのに
実は 皐月(さつき)の奥へ
吸収管を伸ばす≪蝶の頭≫になっていた
あまい蜜だ・・・・・・・・ さらさら していて
さわやかな 甘さの
真黒な 頭のなかは 伸びたり 丸まったり しながら
心が 蜜を 味わっているのを感じた
──── ねえ、心って 頭という胸にあるのでしょう?
と 問いかけながら
わたしは、かつて ぼくでもあった。
かつて ぼくでもあった わたしが
≪ぼくは、皐月(さつき)になろう≫と
深々と 眠りに 浸っている 間に
願いなおして。 意識、が
digital camera の 押されたシャッターの先へ先へと移り
それは かなわなかった・・・・・
幼い頃 あの花を 首から 折って
吸った蜜 あれがうまれてはじめて
知った いじられていない 蜜の味だ
皐月(さつき)は、とても喜ばれ 嬉しくなりました
≪ぼくは≫ ≪皐月(さつき)は≫ ≪蝶は≫ ≪蝶の頭は≫・・・・・
主語という「ことば」は 自由に 飛びまわれる筈
主格の煩わしさ故に 定型の短詩は 愛されるのかもしれません
≪わたし≫≪花≫や≪ぼく≫らは
蜜の間際に いけるもの ならば
おなじに なろうと 願って いた
しゃべりすぎて いる 世情、で
≪しゃべらないもの≫になろうと。 けれども
朝食後には また 眠気に見舞われて、
あの ≪皐月(さつき) になろう≫ は
ゆうべ 長々とつづいた眠りのなかでまで
駅前公園の花壇に cameraを 向け続けた
あの ≪皐月(さつき) になろう≫ は
自らにさえ 感づける
寝ごとの 響きだった
のかも しれなかった・・・・と 想う
ゆうべ 一瞬 目が醒めて
そのときに ぐううっと
胸を 上下させて みて
まだ 深呼吸できると 確かめてから
良いものを入れ廃のものは吐けると
確かめていた──・・・・
遅い朝食の後 ふたたび ベッドに戻り
わたしは 雲と呼ばれる「蒸気」のなかを 漂っていました
そこでは ─────
やはり 皐月(さつき)の 蜜を もとめる
真黒な カラスアゲハ の 頭でした
眠れ過ぎてしまうあまりとおりすぎる
遠野は 夥しく 地上を おおっている
空を 翅のある真黒な 頭は 飛んで
≪わたしは、≫≪ぼく≫から≪花≫へ ≪花≫から≪蝶≫へ
そして、蝶の≪頭≫
そこから伸びる ≪吸収管≫へと
皐月(さつき)の蜜と
親密な重なりを どこまでも
もとめようとする
尽きない想いは続きました
──── ねえ、心って 頭という胸にあるのでしょう?
そんな五月(さつき)の寝ごとに
耳を傾け 何度も寝返りを打ち・・・・・
時間の縫い目を たどりながら
おおくの 光景を 見わたして
あたらしい 味を 探しました
時間(えき)の 穂先を束ねた先、
そこは 単線電車も ない街で
初夏は いそぎあしで進んで
人の 気配のない 旧い家屋に
うすいピンクの大きな ばらがいっぱいあって
わたしは、/ digital camera は、/ どちらも
押されたシャッターより遥か、遠く
主格では、ありませんでした・・・・ うれしい!
わたしは、/ ぼくは、/digital camera は、/さらに押されたシャッターは、
≪蝶の頭≫ と ≪ピンクのばら≫へ
≪蝶の頭≫と≪ピンクのばら≫と ≪ピンクのばら≫と≪蝶の頭≫とは
鏡のように おたがいを 映しあって
「おたがいに 針はあるけど 傷つけない」
と 確かめあった 「もう、しないよ いままで
誰かに そうして きたようには」
それから、蝶の≪頭≫ の
そこから 伸びる ≪吸収管≫へ
砂糖みずのような
さら さら・・・・した蜜を
胸の 奥の 奥にまで 滲みわたらせて
≪ ああ、おいしい ≫ と
わ た し は、≪ digital camera ≫ は、≪ シャッター ≫は、
≪ ぼくは ≫ ≪ ばらは ≫ ≪ 蝶は ≫
≪ 蝶の頭は ≫
≪ 蝶の吸収管は ≫──・・・・・
じ ぶ ん の、「五月(さつき)の寝ごと」に
ふたたび驚き 目が 覚めたのだった
5月のはじめのある晴れた朝、健ちゃんが洗面所の水道の蛇口をひねった途端、長さ10センチ足らずのほっそりしたウナギが、キュウキュウ泣きながら、水盤の底へとまっさかさまに吐き出されてきました。
ウナギは、真っ白な磁器で造られた水盤の上に、朝の光を受けてゆらゆらと揺れ、キラキラと輝く5リットルの水たまりの中を、器の内周に沿って軽やかな身のこなしで、ぐるぐると2回転半。あざやかなストップモーションを決めると、アシカに似た賢そうな頭を水面の上にチョコナンと持ち上げ、健ちゃんを上眼づかいに見上げたのでした。
ドボンと水に飛び込んでから、上眼づかいに見上げるまでのわずか3秒間のあいだに、ウナギの色は真っ黒から薄茶色へと変っています。
<ウナギにしては小さすぎるし、ヤツメウナギにしては眼が2つしかないし、ドジョウにしては背ビレがおっ立ってないし、どっちにしても変なやつ。きっとウナギなんだろうけど、直接本人に聞いてみよう>
そう思いながら、健ちゃんはいいました。
「お前はいったい誰? どこからやって来たの?」
するとウナギは、こう答えました。
「僕、ウナギのQ太。丹波の綾部の由良川からやって来たの」
「な、なに、丹波だって? 綾部だって? 由良川だって?」
健ちゃんは磨きかけの歯ブラシを止めて、口をモグモグさせました。
思わずポッカリあいた健ちゃんの口から、ツバキおよびそれと一体になったソルト・サンスター歯磨の白い泡が、上手に立ち泳ぎしている自称ウナギのQ太の鼻先にぐっちゃりと落下したものですから、Q太はあわを喰って水盤の底の底までもぐりこんで、小さな首をぷるぷると動かしました。
「おう、塩っかれえや」、と呟きながら……。
健ちゃんは、あわてて水面に漂う白い泡を手ですくうと、水盤の奥で依然としてぷるぷる頭をふりふりしているウナギもどきのQ太に向かって、大きな声で話しかけました。
「ごめんね、ウナギのQ太君。ダイジョウブ?」
Q太はしばらく聞こえなかった振りをして、拗ねたように全身をクネクネしていましたが、
「おお、そうだ。僕はなんでこんなとおろでクネクネしていらりょうか。おお、おお、そうだった、ホーレーショ、これはお家の一大事。僕は泣いたり拗ねたりしている暇なんかないんだ。健ちゃんに助けてもらわなければ、僕たちの一族は全滅してしまう!」
と、ぶくぶく独りごと。
その次の瞬間、ウナギのQ太は非常な勢いで、水底およそ4センチの地点から水面めがけて脱兎のごとく躍り上がり、余った力でさらに上空15センチばかり上昇すると、そこでいきなりストップ。
鈍色がかったとてもやわらかなお腹の皮を、子猫のでんぐり返しのように健ちゃんにくまなく見せながら、古舘伊知郎のように一気にしゃべったのでした。
「ケ、ケ、ケンちゃん、タ、タ、タイヘンだーい! 健ちゃんが去年の夏、お父さんやお母さんや耕ちゃんと一緒に遊びに来てくれた近畿地方でいちばん水のきれいな由良川で、いま大変な事件が起こっているんです。いままで見たことも聞いたこともないオッソロシーイ、オッカナーイ怪魚たちがいっぱいあらわれて、僕らの仲間のウナギやドジョウやフナやコイやモロコやハヤを、見境なしに喰い殺しているんです。どうか一刻も早く助けてくださーい! いますぐ由良川にきてくださーい。でないと、僕たちは、ゼ、ゼ、ゼンメツでーす!」
滞空時間がけっこう長かったために、いつの間にか赤紫色に変色してしまったウナギのQ太は、金切り声を張り上げてもういちど「ゼンメツでーす!」と絶叫すると、ふたたび水盤の奥底へとモーレツな勢いで沈んでいきました。
ボッチャーンとはね返った水は、健ちゃんの寝ぼけまなこを直撃したので、健ちゃんはそこではじめて事態の深刻さを、はっきりと悟ったのでした。
丹波の国の綾部の由良川で、いま、なにかとんでもないことが起こっている……
空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空次回へつづく
雨
だった
目覚めたら
雨の音が聴こえた
エアコンの除湿の
ファンの
音も
聴こえた
ベッドから起きて
風呂に浸かった
コーヒーを淹れて
砂糖と
豆乳をいれて
飲んだ
カザルスの
チェロ組曲を聴いた
昔に
暮した女が
カザルスを聴いていた