michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

夢素描 13

 

西島一洋

 
 

銭湯の男達

 

おそらくは、子供の頃の記憶と混淆している。

銭湯には裸の男達が居た。

僕は湯船から上を見上げる。
天井は高く、中央に天窓の天空への窪みがある。
セミが飛び交っており、湯船にはザリガニも居る。

時折り、女湯との境にある小さな木の扉が開く。
もちろん僕たち子供は出入り自由だ。

湯船の縁に、片膝をくっと立てて座って居る小男は、長い間塑像のように微動だにしない。痩せてはいるが、骨格も筋肉もやけに美しい。指は細く長く、その指で膝をまあるく包み、片手で足を抱えている。

鏡にむかって顎を突き出している老人が居る。肌に艶は無く、よれよれで皺が寄っている。が、骨格はがっしりしている。骨も太い。筋肉は、もうしわけていどについていて、どちらかというと筋が目立つ。今、彼は髭を剃っているのだ。使い捨てのカミソリを拾って、それでゴリゴリやっている。よほどか丈夫な肌なのだろう。鏡の下に突き出したタイルの棚の上に拾ったカミソリを五本ほど並べ、とっかえひっかえ使っている。どれも大して切れないのだろう。

僕等は、湯船の中を潜ったり、湯船の内側のタイルを蹴ってスイーっと泳いだり、回転したり、足をバタつかせたり、まるで動物園のトドかアシカのように戯れている。誰も文句を言う人はいない。僕等も気を使って、湯船に浸かる人が登場したら、さっさと引き揚げる。そうだ、木の丸い桶…アレを二つ合掌させて、浮き輪がわりにもしていたなあ。湯船より大きな木船を浮かばせたこともある。二十人くらいは優に乗れる。船の上で踊っている奴もいる。

先の塑像のように動かなかった男が、湯船の縁からするりとタイルの床に滑り降りて、尻をベチャっとタイルにくっつけ、両脚を大きく開いて前屈運動を始めた。濡れた長い髪が、前屈するたびにタイルを叩く。

新たに、入り口の扉がスライドすると、デブと言ったら失礼かなあ、ともかく巨体の男が入って来た。その男は、そのまま湯船に直行し、ドブーン。湯船から大量の湯が溢れた。ざあーっと音を立てて、タイルの床は一瞬洪水となった。男は湯船の中でタプタプと浮いている。でかいが、大して重くないのだ。赤い顔をしてニコニコしている。禿げというか、ちょうどキューピーのような頭の毛だ。色も黄土色…、むしろオーレオリンかな、透明感がある。

服を着た若い女の人が一人ふわっと入って来た。女湯に男が入ることはたとえ服を着ていたとしても出来ないが、男湯には女の人の出入りは自由なのだ。まあそれが不思議なのだが。どうしてかなあ。ともかく、この女の人は、男湯にいる誰かの娘のようで、父親を探して右往左往しているが、見つからないようだ。服は着ているが、裸足だ。足が妙に生々しい。彼女は父親を見つけたのかどうか分からないが、大声をだしながら、湯船の湯面をパンパン叩いていた。何か黒い紐のようなものを引き摺っていた。

突然、湯煙が膨大に立ち上がり、周りが全く見えなくなった。しかし、明るい。湯煙というか、靄というか、霧というか、立ち込めている。ただ、妙に暖かい。もしかして、この靄が晴れて、無くなった時、誰もいないのではないか。また、人だけでなく、銭湯の空間も消えていて、でもただ光に溢れていて、存在という概念がハレーションを起こすのだ。と、ふいに、その恐怖感に襲われた。

靄は、ふっと無くなった。
視界がくっきりとなり、見渡した。

全て居た。
全てがあった。
銭湯はあったし、男達もやはり居た。
何事もなかったように。

 

 

 

あきれて物も言えない 23

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

処理水 海洋放出へ

 

毎月、19日は義母の月命日で墓参している。
女と車で霊園に向かい墓前に花を活け線香を立てる。

紫の煙が香る。

もう随分、たくさんのヒトたちを失った。
墓前では、もうちょっと待っていてね、もうすぐそっちに行くからね、と、祈る。

父も、母も、兄も、義兄も、義母も、友も、あのコも、詩人のあの人もあっちにいってしまった。

ともに生きた人たち、好きだった人たち、りっぱに生きていた人たちが骨になり煙となった。
しかし、わたしの中で彼らは生きていて、たまには会話する。

そして、今を生きている、遠い、家族たち、あのヒト、あの詩人、友たちの無事を祈っている。
ソファーで犬の首を撫でている。
もう、随分、釣りには行っていない。

小舟も売ってしまった。

 

さて、
2021年4月14日、新聞朝刊一面に「処理水 海洋放出へ」* の見出しを見た。

東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出する処分方針を政府が決定したというのだ。
約一千基を超えるタンクに保管された原発汚染処理水、約125万トン、東京ドーム一杯分を海洋に放出するのだという。

確か、昨年の10月17日の朝日新聞の朝刊一面にも「処理水 海洋放出へ調整」と見出しがあった。
副題に「関係閣僚会議で月内にも決定」とあった。
それが、”月内”(2020年10月)には決定されずに、菅義偉総理が訪米しバイデン大統領と会談をする直前に決定された。
アメリカ大統領の承認を貰うためだろう。

海洋放出される原発汚染水は多核種除去装置(ALPS)で処理され、原発汚染物質はALPSで濾過され基準値以下まで下げられるが、ALPSで濾過できない放射性物質トリチウムは事故前の福島第一原発の放出の上限、年間22兆ベクレルを下回る水準にして30年以上をかけて放出するのだという。トリチウムの半減期は12.3年。トリチウムのベータ線は多様な海洋生物のDNAにダメージを与えるかもしれない。
海洋生物のDNAへのダメージは長い時間を掛けてわれわれやわれわれの子供たちに帰ってくるかもしれない。

処理水を海洋放出する前に、保管方法や処理方法の新たな開発、改善をこの国はできないのだろうか?

政府は「風評被害、適切に対応」* するという。
福島の漁民たちが震災、原発事故後に試験操業を開始し今年に終了させた10年の努力が無駄になるのだろうか。
海は世界に繋がっている。
大型の魚たちは世界の海を回遊している。
福島の漁民や日本各地の漁民、日本国民、近隣諸国や世界の人々はこの日本政府の決定に反発するだろう。

海に囲まれた島国の日本、
海の恵みを貰ってきたこの国の人々、
雨が、たくさん降り、雪もたくさん積もり、雨や雪は川となり、海に注ぐ日本という島国だ。
山々には豊かに樹木が繁り、雨が山々の養分を海に届けてきた。
何万年も続いた自然の豊かな循環なのだ。

戦後、原発は、政治家や官僚が作った「国策」によって、アメリカから移植されたものだろう。
わたしたちはTVで鉄腕アトムを観ながら育ったのだった。
安全なエネルギーと言われた原子力エネルギーがこれほどに日本国民を不幸にしてしまったことが残念でならない。
政治家と官僚に憤りをおぼえる。
敗戦後の政治の構図が、今、新たに明らかになっている。
原発も、防衛も、経済も、オリンピックも、コロナも、農民も、漁民も、サラリーマンも、人々は、この構図の中にあった。

魚は人と繋がっています。
魚たちはわたしたちと水で繋がっています。
魚たちはわたしたちの祖先であり、母であり父であり兄であり義兄であり義母であり友だちであり、わたしたち自身です。

トリチウムの半減期は12.3年だそうです。
どうか、海に、トリチウムを放出しないでください。
約一千基を超えるタンクに保管された原発汚染処理水のトリチウムは60年経てば半減を5回繰り返し現在の32分の1(3.125%)になるのです。

そこに小さな光が見えています。

 

この島国の日本から、この世界にとって取り返しのつかない事が起こりつつあるように思えます。
呆れてものも言えないが、言わないわけにはいかない。

 
 

作画解説 さとう三千魚

 
 

* 朝日新聞 2021年4月14日朝刊より引用しました。

 

 

 

あるときの音

 

川島 誠

 
 

ぼく
ぼくらは

一番遠くを見ている

一瞬の音の立ち上がりとノイズ

身体が軋む ねじれる
真鍮の錆
血のようなほこりと唾液のにおい

全体が声のようでざわざわ

眩しくも消えていった

なにもそこにはなかったのかもしれない

光と同じ色をした 三角形

きっと
ぼくと

ぼくら

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その53

 

佐々木 眞

 
 

 

ひとめぼれ、好きになることでしょ?
そうだよ。

お父さん、立派の英語は?
グレートかな。
立派、立派、立派。

横浜線は「特急かいじ」とかでしょう。
そうなんだ。

遅れてるみたい、ってなに?
遅れているらしい、よ。

コウ君、ラーメン食べられるの?
食べられますお。
ほんと?
大丈夫ですお。

お母さん、今日はお赤飯とトマトシチューにしてください。
分かりましたあ。

かわかわのコウちゃん!
ぼく、コウ君ですお。

警察の察は、ウカンムリにハツでしょ?
なになに、うーんと、そうだね。

毎度、いつも、ね?
そうだね。

キッチンカーって、なに?
台所がついた車よ。

勘弁して、って、許してあげること?
そうだね。

コウ君、足痛いの?
大丈夫ですお。
お薬つけますか?
つけますお。

感じるは、思うことでしょう?
そうだね。

コウ君、今日の予定は?
ぼく西友に行きますお。

確定申告って、なに?
税金の話よ。

ルルルル。はいお父さんですよ。
お母さん出してください。
お父さんではダメ?
ダメですお。お母さん出してください。
分かったよ。

今日おばあちゃんち寄ってえ、図書館行ってえ、東急でパンとおべんとう買いますお。
分かりましたあ。

コウ君、リコちゃんの名字はなんていうの?
フクモトだお。大学生だお。
そうなんだ。

ぼく連佛さん、石原さとみ、福本莉子両方好きだお。
そうなんだ。

お母さん、ホネどこ?
ここ、ここも、ここも、みなホネよ。

ホネ、痛いよね?
ガンになると痛いのよ。
ホネホネホネホネ

お父さん、連佛さんが「アホ笑いするな」と言ったら?
「もうアホ笑いしません」と言うんだよ。
アホ笑い、アホ笑い、アホ笑い。

お父さん、竹中直人の番組、録画してください。
分かりましたあ。

お父さん、タケナカナオトのビデオ、見たいですお。
分かりました。いつ見ますか?
いま見たいですお。
分かりましたあ。

お母さん、わずかって、なに?
ちょっとだけのことよ。

就職活動って、なに?
会社に入るための運動だよ。

「こそあど言葉」書くよ、ファミリーナで。
書いてね。

おや、コウ君一人で帰ってきたの?
そうですお。
お母さんは?
おばあちゃんチにいますお、ケンちゃんと。
そうなんだ。

今日おばあちゃんち行ってえ、図書館行ってえ、JRの回数券買ってえ、東急でパンとお弁当買いますお。
分かりましたあ。

お母さん、くじけるって、なに?
おちこむことよ。

コウ君、乾燥してるときに、また洗濯物入れちゃだめよ。
分かりましたあ。

お母さん、大好きですお。
コウ君、またなんかやったんでしょう?なにしたの?
分かりませんお。

 

 

 

晴れていた

 

さとう三千魚

 
 

義母の
月命日で

今朝は

晴れていた

朝早く
車で

女と墓参にいった

墓前に

花を活け
線香を添える

ほのかに紫の香りがたちあがる

墓の写真をスマホで撮り
女は

いくえちゃんに
送る

マレーシアにいるいとこの
いくえちゃんに

写真
送る

帰りは
川沿いを歩いて帰った

ひとり
川沿いを

帰ってきた

女は仕事に行った

今朝
西の山を見なかった

 

 

 

#poetry #no poetry,no life