michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

フジオ(一九四九〜二〇一三)

 

工藤冬里

 
 

マイナーに酔っ払ったフジオが観に来て、僕に、ションベンみたいな演奏だな!と言うので、確かにノイズのオルガンはションベンに似ているかも、とは思ったが、うるせえウンコ野郎、と言い返せば良かったのだと今日思い付いて、ほら、ションベンにウンコと返せば気が利いてるじゃん、タイムマシンがあったら、一九七八のマイナーに戻って、言い返したいな、フジオは反浜岡原発の時非常に知的な喋り方が出来る人間だと知ったけど、それとこれとは別だからな、即興舐めんなウンコ野郎、いつか言ってやりたいな

 

 

 

#poetry #rock musician

Please come to see me every now and then.
どうかときどきは私に会いに来て下さい。 *

 

さとう三千魚

 
 

I had
a father

my father is a peasant

he was the youngest child of a peasant
he became a soldier

the war was over before he went to the war in the foreign land

he drank and got rough
he must have been rough

I didn’t even talk to my father

the father once cried

I’m ruined
when I go home

my father cried

other
I had a father

I just think of them as my father

I have a poet’s father

I have a printmaker’s father
I have a photographer’s father

My brother-in-law was also my father

I have a peasant’s father

Please come to see me every now and then *

 
 

わたしには
父がいた

父は
百姓で

自作農の末子だった
父は兵隊になった

外地の戦いに行く前に
戦争は終わったのだった

酒を飲んで荒れた
心が荒れていたのだろう

最後まで
父とはまともに話さなかった

その父が
泣いたことがあった

駄目になって
帰省したとき

父は
泣いた

他にも
わたしには

父がいた

わたしが勝手に思っている
だけだが

詩人の
父がいる

版画家の父がいる
写真家の父がいる

義理の兄もわたしの父だった

わたしには
百姓の父がいる

どうかときどきは私に会いに来て下さい *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

What is he like?
彼はどのような人ですか。 *

 

さとう三千魚

 
 

yesterday

that person
died

that person was a photographer

that person was a tuna sailor
that person was a truck driver

in the precincts of a temple in Asakusa
the person took a picture of a person

“A man who learned to sing tanka at Aomori Prison” and **
“Young man who walked from afar” **

I can’t forget those portraits

there
was there

wrap human life in light
that person made a person stand

at the bottom of the light
the river was flowing

that person took a picture of a nearby person
the people nearby were those who walked from afar

What is he like *

 
 

昨日

そのヒトは
逝った

そのヒトは写真家だった

マグロ船船員だった
トラックの運転手だった

浅草の寺の境内で
そのヒトは人の写真を撮った

“青森刑務所で短歌を詠むことを覚えた男”と **
“遠くから歩いて来たという青年”の **

写真が
忘れられない

そこに
いた

人の生を光に包んで
佇たせた

光の底に
川が流れていた

そのヒトは近くの人を撮った
近くの人は遠くから歩いてきた人たちだった

彼はどのような人ですか *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

** 鬼海弘雄「世間のひと」(筑摩書房)より写真のキャプションを引用しました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

西東京

 

工藤冬里

 
 

雨の新青梅
赤の信号の目
街道kd東京tk
薙ぎ倒される二三区の子音たちが
公園で阿弥陀に組み立てられている
上り下りする者たちの
ここは約束の地ではない という声が
イヤホンしてない方の耳にドップラーで混ざるが
脇目も振らず走り抜ける
青梅と新青梅はどちらが荒んでいるか競い合いながら交差して入れ替わるが
死んだ西東京のために
雨の日に自転車で飛ばすのは新青梅でなければならなくなった

 

赤い公園 西東京
https://www.uta-net.com/song/204846/

 

 

#poetry #rock musician

吼えろライオン

 

佐々木 眞

 
 

横須賀は大滝町のキシモト歯科へ行ったら、エレベーターや階段で上昇することを拒否して、ひたすら下降するのが趣味だという、ヨシモトなんとかいう老人が、おらっちの隣で治療を受けながら、
「歯垢が試行だ!」
とかなんとか、訳の分からないことを言いながら、おらっちを挑発してくるのよ。

ほんでもって頭に来たおらっちが、

「あんたはんは、チェコの国民的英雄でもある詩人、パブロ・ネルーダみたく、直喩より隠喩を使いこなせる詩人の方が高級だ、と主張しとるようやね。
しゃあけんど「雨が降る」を「空が泣く」、「ライオン」の代わりに「百獣の王」、タンポポを「ライオンの歯=dent de lion」と言い換えて、鼻高々になるのが、ほんまもんの詩人なんかいな?」

と啖呵を切ると、この時点からヨシモト翁に転向したヨシモト老人は、不機嫌そうな顔で私を睨みつけて、
「それはわしの『詩学叙説』の誤読じゃ。
若造め、お前はマチュウ書を読んだことはないのか、マチュウ書を。
その13章35節には、詩篇78章2節から引用されたイエスの言葉が、次のように記されているのじゃ」と、苦虫を吐きだすようにのたもうた。

『私は口を開いてたとえを語り、
 天地創造の時から隠されていたことを告げよう。』

すると、いつの間にか傍で我々の話を聞いていたムラカミなんとかいう男が、口を出した。

「いまあなたが心の中で言った、苦虫を吐きだすように、というのは直喩ですね。
僕は直喩が大好きなので、小説の中でよく使います。使えば使うほど直喩は喜んでくれる」

「愚か者め、それは直喩法じゃなくて擬人法じゃ」

「なるほど、あなたこそは詩人の鏡、じゃなくて幻像、いやさ原像でしたからね。でも僕だって、もちろん隠喩も使いますよ。ちょっと聞いてくださいな。

『スワローズの中堅手
 ジョン・スコットのお尻は
 すべての基準を超えて美しい。
 とてつもなく足が長く、お尻はまるで
 宙に浮かんでいるように見える。
 心躍る大胆な隠喩みたいに。』(村上春樹『一人称単数』「ヤクルトスワローズ詩集」より)

「愚か者め、それは隠喩という言葉を用いた直喩じゃないか!」

頑固な老人は、まるで赤色巨星と化した最晩年の太陽のように激しく燃え盛っているので、思案に暮れたおらっちは、彼を日本橋三越のライオン像の前に連れていった、と思いねえ。

するとコロナ、コロナで退屈し切っていた2匹のライオンは、
かの偉大なるMGM映画のはじまりのように、

「Ga―Ohoo,!Ga―Ohoo!Ga―Ohoo!」
「Ga―Ohoo,!Ga―Ohoo!Ga―Ohoo!」
「Ga―Ohoo,!Ga―Ohoo!Ga―Ohoo!」

と、喉も潰れよとばかり都合3回ステレオで吠えてみせたので、さすがのヨシモト翁も、
「やっぱ隠喩より直喩、直喩より、命の叫びだあな」と、なにやら切実な悟りを開いたようだった。

そこでおらっちは、マチュウ書ならぬヨハネ伝の冒頭の聖句を引喩して、長かった一日に終わりを告げると、老人は、
「こりゃまた失礼しましたああ」
と、植木等の真似をしながら、ようやっと大川方面に退散したのでした。

『初めに言があった。
 言は神と共にあった。
 言は神であった。
 万物は言によって成った。
 言の内に成ったものは、命であった。
 この命は人の光であった。
 光は闇の中で輝いている。
 闇は光に勝たなかった。』(聖書協会共同訳聖書「ヨハネによる福音書」より)

 

 

 

More often than not I lay awake all night.
私はしばしば夜通し目を覚ましたまま横になっていた。 *

 

さとう三千魚

 
 

morning
we went to the grave

it was the anniversary of my mother-in-law

I went with a woman by car

we water the stones

offering flowers and incense sticks
we prayed together

on the way back
I parked my car in the parking lot of the station

along the river
I walked back

the flowers of Confederate rose were in bloom

It was a pink Confederate rose

The woman says her mother won’t come to her dreams

Where is she walking

More often than not I lay awake all night *

 
 


墓参にいった

義母の月命日だった

車で
女と行った

石に
水をかけ

花を活け

線香を
立てた

手をあわせた

帰りは車を駅の駐車場に停めた

川沿いを
歩いて帰ってきた

酔芙蓉の花が咲いていた

ピンクの
酔芙蓉だった

女は母が夢に来てくれないという

どこの道を
歩いているのだろうか

私はしばしば夜通し目を覚ましたまま横になっていた *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life