michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

make 作る

 

どうだろう

つくる
のかな

どうだろう
どうかな

モコは今朝早く
吠えた

おしっこに
行きたかったんだ

窓を開けてやると
玉砂利のうえでにしゃがんだ

それから
モコと海を見にいった

むこうから
やってくるのを待ってる

そういう感じ
作るのではなく

 

 

 

moment 瞬間

 

浅草橋で
荒井くんと

飲んだ

昨日は
荒井くんの

誕生日だったのだろう

荒井くんは
母を見舞って

富山から帰ってきた

蛍烏賊の
沖漬けをくれた

それから
深夜に

薬師丸ひろ子を聴いた

すきよ でもね たぶん
きっと

そう歌っていた

 

 

 

幸福な時間

 

みわ はるか

 
 

給食をかきこむように口に運んで、時計を気にしながらいそいでトレイを片づけた水曜日の午後。
一番に到着したと思った図書室にはもう大勢の下級生の姿が。
いつもは均等に配置されている4人掛けの机は隅においやられ、椅子だけが同じ方向をむくように列をなしてきれいに並べられている。
その先にはちょっとしたカウンターがあり、みんなを少しだけ上からみおろせるようになっている。
これから始まる有志の保護者による「お話玉手箱」、本の読み聞かせの会をみんな心待ちにしている。
小学校6学年のほとんどが集うこの時間、図書室は満杯になる。

図書委員長のわたしははじめに簡単なあいさつをすませ、いつものポジション、一番後ろの壁にもたれかかる。
すぐ後ろの窓からはさわやかな風が舞い込んでくる。
不思議なのは普段そんなに図書室で見かけないような顔がたくさんあること。
毎週この時間だけは広い運動場がいつもより寂しく見える。
みんなが同じ方向を食い入るように見ている。
少しも聞き逃さないようにと耳を傾けている。
そんなみんなの頭を後ろから眺める自分。
感じることは違っても、同じ時間、同じ場所、同じものを共有する。
こんな時間が大好きだった。

トイレの中にも本をもちこんで長い間籠ることがあった。
一度読み始めると食事や睡眠の時間でさえも惜しいと感じた。
卒業文集の友達への一言の欄には「もっと外で遊んだほうがいい。」と書かれたのはいい思い出だ。
そのせいかどうかはもう覚えていないが中学生時代テニス部に所属している。
図書室にある本は全部読んでやると本気で思っていた。
自分の好きな作家の新刊が出続ける限り生きていく。
大袈裟かもしれないけれどそう心から強く誓ったのもあのときだ。
小説、エッセイ、詩、伝記、専門書・・・・・あらゆる分野の本に目を通した。
田舎の小さな町で育ったわたしにとって、色々な世界を見せてくれる図書室はまるで宝石箱のようだった。

成長して、ふと母校に立ち寄ることがある。
自然と足がむくのは決まって図書室だ。
そこには配置こそ変わっているが、ところせましと本がぎっしり並べられている。
少し黄ばんだページを見つけるとなぜだか妙に懐かしい気分になった。
あのとき読んだ本を、あのときの自分と同じくらいの年の子が手にとっていると思うと無性にうれしかった。
残念なのは当時あった「お話玉手箱」の時間がなくなってしまったこと。
いつか復活することを願っている。

雲ひとつない青空が広がるとある日。
こんな日でも無意識に本に手がのびる。
「こらっ、たまには外で体でも動かさないと!」
旧友の声がどこかから聞こえたきがした。

 

 

 

今日も駄目の人

 

根石吉久

 

 

私は、百姓の真似事をやる他に、英語塾もやっている。主にインターネット上で、スカイプというソフトを使っているので、生徒の住所はあちこちだ。かつては北海道から九州まで、今は山形県から福岡県までか。よくわかっていない。一度も顔を合わせたことのない人たちにレッスンしているので、なかなか住所も覚えられない。レッスンを始めるときに、一応住所を教えてもらってあるが、手紙でも出すようなことがなければ住所を調べることもない。
スカイプを使うのにカメラを使うと、音声が途切れたりすることがあるだろうと思いレッスンでは音声だけでつなぐ。この場合、都合がいいのは、私の顔や着ているものが相手にわからないことだ。
畑で百姓をやっていて、軽トラックに戻って時間を確認したら、レッスン開始まであと10分しかないというようなことが何度かあった。百姓仕事の道具もやりかけの仕事もほったらかして帰宅する。シャツにモミガラがくっついているし、手の指の爪の先には黒い土が入っているし、顔は日に焼けてまっくろけのケだし、ぼさぼさアタマだし、要するに英語のレッスンのコーチにはとうてい見えない。カメラを使わないでいてよかったと思う時は、そんな事情の時でもある。
ところが、通塾の生徒の前で姿を見られないままレッスンすることはできない。仕方がないので、畑から舞い戻ったばかりの格好でレッスンすることがある。泥のついたシャツ、泥のついた手、砂埃でジャリジャリする顔や首。

入塾したばかりの生徒が、私の格好を見て馬鹿にしたような顔をすることがある。

そういう生徒は、なるべく早く退塾してもらうようにしている。がんがん怒鳴りつけたりもする。英語なんかやる以前の問題が親にあるのだと思う。泥がついていたり、砂ぼこりが髪の毛の間から落ちて、机の上がジャリジャリしたり、英語で言うところのred neck であったりする者を、小馬鹿にするような目つきで見る者の家の中でも、親たちにそういう感覚があるのだと思う。言ってみれば、第一次産業の格好を馬鹿にする感覚と言えばいいのか。第一次産業の人口がどれだけ減っても、泥や砂を馬鹿にするような者は、俺がお前の英語を馬鹿にしてやんだよ。そんな根性のやつが英語なんかできるようになったってろくでもねえし、くだらねえ。

その昔、家を自作したので、コンクリートをよく練った。コンクリートも服に付着するとなかなか取れない。
東京で娘が学生をやっていた頃のある日、現場でコンクリートを練ったまま、着替えもせずに新幹線に乗った。新宿の紀伊国屋の前で待ち合わせていたので、紀伊国屋の前で娘が現れるのを待った。なかなか来ない。かなり待ってから、娘が人混みの中に立ち止まってこちらを見ているのをみつけた。こちらから娘に近づいて、なんで立ち止まっているんだと訊いたら、「わかんないの?」と言った。「お父さんの周りだけ、人が何十センチも離れて立ってるんだよ。汚い服に触るといやだから」と娘が言った。そういえばそうだったかもしれないが、別に気にもとめなかった。
住んでいる千曲市というのは田舎で、田舎にいれば人が10センチとか20センチのところまで近づいて来るなんてことはまずない。長野駅に行けばあるだろうか。長野駅でも30センチやそこらは人と人が離れている。50センチや60センチ離れていることだっていくらでもあるので、紀伊国屋の前でも60センチや70センチ人が離れていても普通だと思っていた。

新宿を歩きながら、レストランの脇を歩きながら、「ここで飯食うか」と聞いたら、「駄目だって」と言われた。曇りのないガラスから店内を見ると混んでいたので、あまり味で外れないんじゃないのかと思ったのに。

私は今日も「駄目だって」のままだ。
今日は里芋の種芋を土の中に埋めた。

 

 

 

幸福な時間

 

みわ はるか

 

 

給食をかきこむように口に運んで、時計を気にしながらいそいでトレイを片づけた水曜日の午後。
一番に到着したと思った図書室にはもう大勢の下級生の姿が。
いつもは均等に配置されている4人掛けの机は隅においやられ、椅子だけが同じ方向をむくように列をなしてきれいに並べられている。
その先にはちょっとしたカウンターがあり、みんなを少しだけ上からみおろせるようになっている。
これから始まる有志の保護者による「お話玉手箱」、本の読み聞かせの会をみんな心待ちにしている。
小学校6学年のほとんどが集うこの時間、図書室は満杯になる。

図書委員長のわたしははじめに 簡単なあいさつをすませ、いつものポジション、一番後ろの壁にもたれかかる。
すぐ後ろの窓からはさわやかな風が舞い込んでくる。
不思議なのは普段そんなに図書室で見かけないような顔がたくさんあること。
毎週この時間だけは広い運動場がいつもより寂しく見える。
みんなが同じ方向を食い入るように見ている。
少しも聞き逃さないようにと耳を傾けている。
そんなみんなの頭を後ろから眺める自分。
感じることは違っても、同じ時間、同じ場所、同じものを共有する。
こんな時間が大好きだった。

トイレの中にも本をもちこんで長い間籠ることがあった。
一度読み始めると食事や睡眠の時間でさえも惜しいと感じた 。
卒業文集の友達への一言の欄には「もっと外で遊んだほうがいい。」と書かれたのはいい思い出だ。
そのせいかどうかはもう覚えていないが中学生時代テニス部に所属している。
図書室にある本は全部読んでやると本気で思っていた。
自分の好きな作家の新刊が出続ける限り生きていく。
大袈裟かもしれないけれどそう心から強く誓ったのもあのときだ。
小説、エッセイ、詩、伝記、専門書・・・・・あらゆる分野の本に目を通した。
田舎の小さな町で育ったわたしにとって、色々な世界を見せてくれる図書室はまるで宝石箱のようだった。

成長して、ふと母校に立ち寄ることがある。
自然と足がむくのは決まって図書室だ。
そこには配置こそ変わっているが、ところせましと本がぎっしり並べられている。
少し黄ばんだページを見つけるとなぜだか妙に懐かしい気分になった。
あのとき読んだ本を、あのときの自分と同じくらいの年の子が手にとっていると思うと無性にうれしかった。
残念なのは当時あった「お話玉手箱」の時間がなくなってしまったこと。
いつか復活することを願っている。

雲ひとつない青空が広がるとある日。
こんな日でも無意識に本に手がのびる。
「こらっ、たまには外で体でも動かさないと!」
旧友の声がどこかから聞こえたきがした。

 

 

 

一族再会  ~短歌詩の試み

 

佐々木 眞

 

 

もうええわ、わたしおとうちゃんとこいきたいわというて母身罷りき 蝶人

 

 

祖父、小太郎は、「主イエスよ」といいながら琵琶湖ホテルで亡くなった。

祖母、静子は、急を知らせるベルを押しながら亡くなった。

父、精三郎は、お向かいの堤さんに頼まれた反物を運びながら、駅前の病院で亡くなった。

母、愛子は、寒い冬の夜、自宅で風呂上りに櫛梳りながら亡くなった。

愛犬ムクは、自分を山で拾ってくれた私の次男に、「WANG!」と叫んで亡くなった。

さて恐らく、次は私の番だ。

私は、どんな風にして死んでいくのだろう?

それを思えば、そら恐ろしい。ほんまに恐ろしい。

私は最後の審判にかけられたら、いったいどんなところへ行くんだろう?

人殺しこそやってないけど、人さまには口が裂けても言えないこともやってきた私。

天国になんか、到底行けそうにない。

絶対に行けそうにない。

では地獄か? 地獄に落とされるのか?

地獄の沸騰した釜の中で、生きたままグツグツ煮られて、閻魔さんだか大天使ミカエルだかに、ヤットコで、えいやっと舌を引っこ抜かれるのか?

それを思えば、そら恐ろしい。ほんまに恐ろしい。

ほんまに恐ろしいが、ちょいと面白くもある。

ワクワクするところもある。

あっちへ行ったら、お母ちゃんやお父ちゃんやおじいちゃんやおばあちゃんやムクに、ほんまに会えるんやろうか?

先に亡くなったお母ちゃんは、またお父ちゃんと一緒に下駄の鼻緒をすげているんやろうか?

おじいちゃんやおばあちゃんは、中庭の奥の八畳の間で、「十年連用日記」をつけたり、裁縫をしたりしているんやろうか?

ムクはムクゲの根方で、朝寝して宵寝するまで昼寝して、時々起きてWANGWANG吠えているんやろうか?

そこへ私が「ただ今」なんて、もにょもにょ言いながら姿を現すと、
みんなびっくりしたような顔をして、
「なんや、まこちゃんやないか。よう戻ったなあ!」
と、口々に声を上げるんやろうか?

ムクはWANGWANG鳴きながら、私に飛びついてくるんやろか?

そうだと、いいな。

そうだと、いいな。

ああ、ほんまにそうなら、ええな。

 

 

 

光の疵  ふたつの川

 

芦田みゆき

 

 

あたしは橋のうえに立っている。
光が欲しくて、
光が欲しくて、光を欲して、
皮フに切れ目を入れる。
眼前の川から、
色分けされていない
大量の光線がなだれこむ。
その時、
皮フの裏側で
川が開始する。
頭部から爪先へ、
ゆるゆると、
あたたかな川は流れて…

 

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R0003276-2

 

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FH040023-5

 

FH020019-6

 

R0008156-7

 

 

 

 

yard 庭 中庭

 

今朝は
ぼんやりと日射しが

降っていた

西の山も
霞んでいた

そのヒトの庭にも
日射しは

届いているだろう

もう
君子蘭も

小手毬の花の色も

濁って
しまった

花も
いつか

腐って
落ちるだろう

日を
浴びて

いつか
中庭の地面に落ちる

 

 

 

再婚、煮てたよね

 

爽生ハム

 

 

あどけない、それはない、
容姿の鶏を煮てたよね
半永久に、出会った鶏は
あの虫を納得させるために
出現した鶏

もうキカナイ、このカタカナ
融通、決まりきっている
錆びついた鍋は離婚の勲章
綺麗な離婚だな、楽器のよう

そういえば、というか
前から、思っていた
夕方のピアノの指は
まるで鶏だった

人さし指は交通事故を起こし

薬指は川の水位をあげた

小指は男を浮気させ

親指は口座の金を増やした

中指だけが痛かった

中指は長いからかな
外側ってかんじ
丘ってかんじ、鶏って容姿は
どこ行ったんだいキタナイなあ、
突然、君主が
目の前の桜に止まった

群青だった、グレーの君主を見ると
あどけなく笑ってみせた
無意味だろう
虫は体に入ってくるから
いい貰い手が来る