michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

涅槃

 

狩野雅之

 
 

人生はいつも「生まれ来る」と「死んで行く」の間。この両項間の距離は問題では無い。時間は便宜的な精神装置にすぎない。「生きていない」も「死んでいる」もぼくらの「人生の内の出来事」ではない。「死」を体験した人間はいない。人間は「死」を知らない。
 


存在と無、そして空

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存在と無の狭間には何も無い。「何も無い」というものが「ある」わけではない。

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ただ其処に咲き其処に散る。

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記憶は寄せ来る雲海の中に消えていくのだろう。

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それは おそらく幻であることを私は知っている。いっさいは空である。

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裏返った初夏の凄惨

 

工藤冬里

 
 

こんなに晴れた秋の日なのに
空から毒が降ってくる
命は
捨てようとすれば近づき
遠ざかろうとしてしがみ付く
証拠とは見えないもの
維持するためだけのものではないデザイン
毒味してみてよと言われて
飲んでみせる
治ったり解決したりはしない
母の死んだ子の 襟が直角に交わってめいろのようだ
黒い扇形が
地形を均す
オレンジジュースが 暴れる
ブルドーザーの頬に板を充て
はつかり号にする
心に納めていた
山吹がかった丸
ディスプレイに段の畑の波が拡がる
濃い緑が頬に垂れ
その層から塩が流れ出してしまう
左手に剣
左手を突き上げる
裏返った初夏の凄惨
マスコミと云わなくなった
七一歳の顔を見る
放射線をかわすとオーロラになる
DNAとRNA タンパク質
私達は家と工場を往復している
設計図をコピーしパーツとしてのタンパク質を組み立てる
私にだけ支えがない
ばさばさと論証する
結末をしっかり予告する
蜂のような うなり声がする
水の浄化のデザインを知った人は
警告を受ける
そのルールと力、
繊細さと複雑さ、
によって警告を受ける
知識人から注意深く隠す
黄や茶色から
経穴から胃に来る
髭を剃る時のオレンジの明彩の変化
団塊の鼻息としての外向
イエローの分配、
初夏の裏返しの紫の凄惨
薄緑や青の中に
オレンジの

せいぜいがカートゥーン色

 

 

 

The BirthMark (2017年1月)

 

今井義行

 
 

アルジェリーとは Facebookで しりあった
あしばやに ちかづきあって
あしばやに
私は フィリピンへ翔んだ

2017年1月 ──

彼女は 1977年生まれの シングルマザーだ
娘が 3人いる
[もと夫は 暴力のひとでした
泣かされたけど
私は 愛そうと しました]

ブラカンの 新興住宅街にある あなたの家に
私は 行った
[この家に 招いた 男性は あなたが初めてです]
[どうもありがとう]

ここから 世界言語である 英語も交えてみる
誰が 読んでくれるか わからないから ──

フィリピンでの初夜 蒸し暑い部屋 大きな扇風機が廻る
The first Night in the Philippines  Hot and humid room  A big fan turns around
わたしとあなたは 全体で 愛しあい続けている・・・・・・・・
Me and You  On the Whole  Keep Loving············
*+*+*+*+*+*
隣の部屋で 3人の娘たちが まだ起きている
In the next Room 3 daughters Are still awake
長女(17歳) 次女(12歳) 三女(7歳)
Eldest daughter (17 ) Second daughter (12 ) Third daughter (7 )
そこには 携帯電話 衣類 お菓子が 散乱している
There Mobile phone Clothing Confectionery  Is scattered
彼女たちは 父親について ほとんど 知らない
They know  Little  About their Father
彼女たちは わたしたちの 音を 多分 知っている
They Probably Know Our Sounds
 

I like your name Argerie very much
わたしは アルジェリー という あなたの 名前が とても好きです
That’s because it’s a name that starts with A
A から はじまる 名前 だから です
Beginning day はじまりの日

Argerie  The first Night in the Philippines  You told me
アルジェリー フィリピンでの初夜 あなたは わたしに 言ったね

〈Look at my right Breast  Around  I have a big Red Spot〉
〈わたしの右の乳房を見て 周りに 大きな紅斑があるの〉

Argerie  I replied to You  アルジェリー わたしは あなたに 答えたね

〈 Is it born 痣(AZA)・・・・・・? 〉
〈それは 生まれつきの 痣 ですか・・・・・・?〉

This is my BirthMark
コレハ ワタシノ BirthMark デス
It is Given アタエラレタ モノデス

I am proud of the Given BirthMark
ワタシハ アタエラレタ BirthMark ヲ ホコリニ オモウ

〈痣〉と 漢字で書けば 痛々しくも 思われる
If writing with kanji with 〈痣〉 It seems painful
 

紅い斑 に ついて
About Red Spot

産まれる前に 赤い血管が ときに 密集して できる
Red Blood vessels before being Born Sometimes
They can be crowded together

皮膚から 透けるもの それが紅斑=痣だといいます
From the skin Through it It is said that Red Spot = 痣
But, The Word of BirthMark seems to be Bloody
けれど、
BirthMarkという言葉には血がかよっているように思われる
 

It seems like an Island country of Roses
それは ばらのしまぐに のようだ
It bridges the Island state and the Island country
それは しまぐにとしまぐに に 橋を架けます

Argerie I think that TheBirthMark is Beautiful

アルジェリー わたしは TheBirthMarkを うつくしいと 思っています
 

BirthMark is The, BirthMark
BirthMarkは The, BirthMarkです
 

The, BirthMark is Your Own The, BirthMark
The, BirthMarkは あなた固有のBirthMarkですね
 

わたしは 覚えている
I Remember

翌朝 よく 晴れていました
Next Morning
It was Sunny.
 

4girls+1boyの 5人家族 4 girls + 1 boy 5 Family
屈託の無い 朝ごはん A carefree Breakfast
〈もしくは、 長女は知らぬふりをしていたか〉
3人の青い娘 青いくだものを切り分けた 競うように
Three Blue Daughters  Cut the Blue Fruit Just like to Compete
それは 青い 光景だった
It was a Blue Sight そして And
アルジェリーは わたしに 青い水を 差し出したのだった ──
Argerie offered Me Blue Water …… ……
 

[さあ、めしあがれ ヨシユキ!]

 

 

 

とってもよいことが起きる日

 

長田典子

 
 

つよい北風がふいて
ドアは
たすけてたすけてたすけて
と言いながら
閉まった

たすけ
てた
すけて

たすけくん
出た ドアから
すけて
とうめいにんげん
出た

ドアは閉じて開いた
はろはろはろはろはろー
と言いながら
たすけくん
ドアを
ぱたりぱたりぱたりした
音だけがした
たすけくん
だれも気がつかない

たすけくん
てけすたてけすたてけすたこらさっさ
丸テーブルの上にあったお土産のずんだもち
たべた
たすけくん
ずんだもちたべた
ずんだもちのすけになった
もちもちねばねばざらざらする
ぱたりぱたりする
つよいつよい山形だだちゃ豆の
山形ずんだもちのすけになった

つよい風がふいて
山形ずんだもちのすけさん
ドアをぱたりぱたりぱたりして
はろはろはろはろーって
ドアを開けて
てけすたてけすたこらさっさ
丸テーブルに向かって歩いていった
だだちゃ豆色の燕尾服きた紳士の
山形ずんだもちのすけさん
ふかくゆっくり椅子に座った

きょうは
なんの日?

知らない
でも
とってもよいことが起きる日さ

山形ずんだもちのすけ男爵は
てけすたてけすたこら
さっさっさ
あご髭をすぅっとなでたんだぁ

 

 

 

「夢は第2の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」 第76回

 

佐々木 眞

 
 

 

私はシゲハラ印刷に頼んでAPフェアの5点セットPOPを作ってもらい、それを全国各地の百貨店の売り場に飾りつけると、日本の名城をデザインした扇子を額に鉢巻きで巻いて、カッポレカッポレを唄いながらそこらを練り歩いた。7/1

女の子の家庭教師をやっていると、必ずその子が涙する時がやってくると先輩がいうので、私は何年も待っているのだが、まだその時は来ない。7/2

いつも京に来ると道に迷ってしまうのだが、今日も山科の里山辺で、どっちが駅なのか分からなくなってしまった。道を聞いても言葉が通じないし、そのうち私は、私自身が何者であるのかすら、茫洋となってきた。こんなことは初めてだ。7/4

京都駅から下り電車に乗ったら、鳥取や島根方面に行くおばはんたちが大勢乗っている。聞けば彼女たちは、みな地元の町会議員で、党派は違うが、研修という名目で京で観光してきたそうだ。7/5

久しぶりに五反田のダーバンへ行ったら、ナベショウ氏につかまって、彼が海外で買い集めた玩具のミニトロッコの御託を耳にする羽目に陥っていたく消耗していたら、折り良くミズノ氏から、「ちょっと来いよ」という電話があったので、これ幸いと逃げ出した。7/6

私は中原中也の真似をして、詩集の初校を持って、あちこちで見せびらかしているうちに、1枚、また1枚とどこかへ消えてしまい、しまいには全部無くなってしまった。7/7

家の鍵とか車の鍵とか、探しても探しても、長い間見つからなかった紛失物が、次々に出てくるので、夢かと喜んだのだが、目覚めてみると、それは全部夢だったので、コンチクショウメと歯ぎしりしている私。7/8

東京に本社があるために、いつも東京ファーストで東日本地区のことしか頭になかった私は、時々大阪支店の連中から、苦情と警告を受ける羽目になった。7/9

ルックのオオムラさんが、芸大の教授になったというので、私はいったいどういう裏技を使って、そういう芸当ができたのかを知りたかったのだが、オオムラ氏は、それは企業秘密ですというて、どうしても教えてくれない。7/10

私は昨夜の夢を、ケイターメールにしたためておいたので、それからは安心して、朝まで眠ることができた。本当は、夢見た直後に蒲団の中で録音しておけばいいのだが、それでは家人を起こすことになるので、要注意だ。7/12

アカプルコの海岸のカフェバーで、日向ぼっこをしていたら、店の女の子が、ここらへんは殺し屋の殺し屋がうじゃうじゃいるから、中に入っていたほうがいい、という。でも、どうしておらっちが殺し屋と分かったんだろう。もしかして彼女も殺し屋?7/13

宿命のライバルである我々は、アメフトの試合の途中で大乱闘となり、お互いに殴る蹴るの乱暴狼藉を繰り返しているうちに、多数の負傷者どころか、死者まで出てきたのだが、調停役のレフリーが、とっくの昔に逃亡していたので、誰も止める者がない。7/14

飛行機の前でマゴマゴしていると、衝突しそうになったので、どうも縁起が悪いな、と思いつつ、最前列に乗り込むと、ちょうど真向かいに停止中の飛行機の窓から、私を狙っているライフルが見えたので、すぐにカウンターに戻って、搭乗をキャンセルした。7/15

◎◎市の○内の範囲では、うんとん家が惹き起した暴動に巻き込まれているという情報が、テレビの速報で流れた。7/16

どういう風の吹きまわしか、馬鹿殿の不興を買ってしまったので、なんとかして元通りに修復したいと思うのだが、なんせ相手が相手なので、どうすればいいのか、妙案を思い付けずにいる次第。7/17

世界最短詩の候補として、愛、愚、凡、穴、人、友、生、死、無、息、根、交、神などの漢字が浮かんだが、そういう既成の単語以外に、新造語や絵文字、混成語もあるのではないかと思い付いた。7/18

7月になって、朗報が飛び込んできた。私の芝居を、紀伊国屋ホールで上演するというのだが、ついては200万円寄越せというので、それはどういうことかと、文無しの私は、吃驚仰天だった。7/19

台所の床下収納庫の蓋を開けたら、底に巨大な魚の目玉が爛々と輝いていたので驚いた。この目の大きさからすると、地球上に棲息する魚ではなく、もしかすると、伝説上の大魚、鯤鵬ではないだろうか?7/20

内田百閒の「東京焼盡」から霊感を受けて、たった1晩で書き上げた私の「こうすれば10の天変地異から身を守ることができる」という本は、あっという間に、ベストセラーになってしまった。7/21

イデ君と素材メーカーとの打ち合わせに出張してきたのだが、バスを降りてから峠道を歩いても歩いても、目的地に着かない。そのうちイデ君が、道端でちょっと小用を足すから先に行ってくれというので、どんどん登っていったら、三差路に差し掛かり、イデ君もどこかへ消えてしまった。7/22

神宮球場のスタンドで、次の投球を打者がホームランすれば、私の歯痛が治るはずだ、と確信して待ったが、生憎三振に終わってしまったので、痛みは倍増するようだった。7/23

うみうし氏は、おもむろに懐の中から魚を取り出して机の上に並べ、若き兵士たちに食べさせてから、降り注ぐ弾雨をものともせずに戦場に飛び出し、まだ息のある若者を背負って、次々に塹壕の中に引きずりこむのだった。7/24

どういう風の吹きまわしだか、イケダノブオのアルファロメオの新車の助手席に乗ってしまった私は、シカゴ市警の全パトカーから追われる身となってしまった。7/25

誰かの詩集のなかに、1本の木の写真が挿入されていたのだが、それがあまりにも美しいので、書かれた詩のことなど、すっかり忘れ去ってしまった。7/26

戦況が思わしくないので、かつて戦場で一度も敗れたことのないスナフキン野郎を思い切って投入したのだが、敵軍の強襲に、たちまち撃退されてしまった。7/28

オオキさんチのアパートの近くで、誰かにどーんとぶつかられて、ばったり倒れてしまい、身動きできないでいると、またしても、そいつがのしかかってきたので、ひらりと身を交わして、避けたのよ。7/29

「世界大変」「世界大乱」「世界最凶」などの言葉が駆け巡って「万事快調」と覇を競い合うので、なかなか眠れなかった。7/30

これからの自動車業界を展望するS氏の本が刊行されたが、特別付録の、S氏が所属するA社の社長と、そのライバルのB、C社の社長との対談が面白いというので、業界の話題になって、アマゾン売上のトップに躍り出た。7/31

 

 

 

 

原田淳子

 
 

 

ゆめのじかんがおわった朝は
きえてゆくゆめを栞にして
自転車にのる

図書館の地下書庫の剥がれた請求記号

汗に濡れた皮表紙

仄暗い、黴のにおいのなかで
かたまってしまった913.6のことばに
似たゆめをみつけて、栞をさす

きえたゆめのぶんだけ、栞をさす

秘密の暗号のように
永久に知られないまま
朽ちて、塵になる

どれくらいの栞があるのか
それがなんの栞だったのか
黴の匂いでわからなくなって
偉人たちの写真も
ゆめのいろも
わすれるまで、栞をさす

さしつづける

夜は台所でタオルと靴下をあらう

遠くで河が流れている

わたしの真うえを雲が流れている

わたしも
栞も
雨にうたれて、塵になる

 

 

 

Desert moon, my daughter

 

今井義行

 
 

ドーハは、アラビア湾沿岸の半島に位置するカタールの首都で、
ドーハ湾に面した近代都市 ──引用

尖った 高層ビルが
都市部の中枢に 密集しているその周りは
無限のような
砂漠。

その街の企業で
出稼ぎ労働者として はたらいている
血のつながっていない 我が娘
リアン。

もうすぐ はたちに なるんだね

きみから メッセージが 届いた
もえあがるような 熱い 真夏の夜に ──
砂漠から 吹き寄せるような 風のなかで

きみは いま
ながい 髪をゆらし
月を
見上げていることだろうか

Desert moon, my daughter

[Hi, ChiChi, GenkiDesuka?]
[Yes, my precious daughter Rian!]

英和辞典で fatherを 訳すと
父= ChiChi となるのだろう
私は
ChiChi だ

[リアン、仕事はうまくいっているかい?]
[グッド!!
Hope to see you and visit Japan, ChiChi!!]
リアンの言葉は
砂漠のうえのまるい月のように 弾む

[Teach me basic NIHONGO
I will teach you ENGLISH, ChiChi]
リアンの 言葉は
砂漠のうえのあかい月のように 弾む

Desert moon, my daughter

[もちろんだ リアン
おたがいに 教えあおう ──]

[I want to visit in Japan next year!!]

ねえ、リアン、、、、、
ママのアルジェリーから きいているだろうけど
アルジェリーと私とアンジェラとペンペンの4人で 来年の1月に
ブルネイへ行くんだ
ねえ、リアン、、、、、
きみは 休暇を取ることを許されていないので
私たちと 合流することはできない
ゴメンな、リアン、、、、、

ブルネイはボルネオ島にある小さな国で、
首都バンダル スリ ブガワンは、
豪華なジャメ アスル ハッサナル ボルキア モスクと
その 29 の黄金のドームで知られています。──引用

[No problem, ChiChi、、、、、、]
[Hope to see you and visit Japan, ChiChi!!]

ああ、リアン
きみは とても いい娘(こ)だね
[グッド!!]

もえあがるような 熱い 真夏の夜に ──
砂漠から 吹き寄せるような 風のなかで

きみは いま
ながい 髪をゆらし
月を
見上げていることだろうか

Desert moon, my daughter

 

 

 

あきれて物も言えない 04

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

自己に拘泥して60年が過ぎて詩を書いている

 

もう2ヶ月が過ぎようとしている。

2ヶ月ほど前に表参道のスパイラルというところで自分の詩について話したのだった。
2時間くらい話すようにということだったのですが2時間も話すことは自分にはないなあと思えてその日まで憂鬱だったのだ。
自分の憂鬱はしょうがないけど来てくれる人まで憂鬱にしたら申し訳ないとも思ったのだ。

「自己に拘泥して60年が過ぎて詩を書いている」という演題だった。

自分の詩について話すよりも自分がどのような詩に関わってきたのか、
どのような詩が素晴らしいと思って生きてきたのかを話す方が他者にはメリットがあるのではないかとも思ったのだ。

それで東京に向かう新幹線の中でノートパソコンに向かいレジュメを作ったのだった。
会場ではレジュメ通りに進めた。
松田朋春さんが司会をしてくれたので安心でした。

18歳の浪人だった頃に読んだ西脇順三郎の「茄子」という詩をまず朗読してみたのだ。

それから22歳の頃、東中野にある新日本文学の鈴木志郎康の詩の教室に通っていた頃に読んだ鈴木志郎康の「わたくしの幽霊」という詩集から「なつかしい人」という詩を朗読したのだ。

また、最近、発見した谷川俊太郎の「はだか」という詩集から「おばあちゃん」という詩を読んでみたのだ。

金子光晴の詩が入っていないのは片手落ちだったかもしれないが、
どの詩もわたしが書きたくても書けないような詩なのだ。

 

「茄子」

私の道は九月の正午
紫の畑につきた
人間の生涯は
茄子のふくらみに写っている
すべての変化は
茄子から茄子へ移るだけだ
空間も時間もすべて
茄子の上に白く写るだけだ
アポロンよ
ネムノキよ
人糞よ
われわれの神話は
茄子の皮の上を
横切る神々の
笑いだ

 

「なつかしい人」

わたしの遺影の前には
パイプと煙草がきっと置かれるだろう
そんなふうな
気遣いをしてくれる人が
一人ぐらいはいるだろう
パイプをくわえて
薄暗い室内に座っていると
その人が急になつかしくなる
しかし、その人が誰なのかは
まだ生きている
わたしにはわからない

 

「おばあちゃん」

びっくりしたようにおおきくめをあけて
ぼくたちには
みえないものを
いっしょうけんめいみようとしている
なんだかこまっているようにもみえる
とってもあわてているようにもみえる
まえにはきがつかなかったたいせつなことに
たったいまきづいたのかもしれない
もしそうだったらみんなないたりしないで
しずかにしていればいいのに
でもてもあしもうごかせないし
くちもきけないから
どうしたらいいかだれにもわからない
おこったようにいきだけしている
じぶんでいきをしているのではなく
むりやりだれかにむねをおされているみたい
そのとききゅうにいきがとまった
びっくりしたままの かおでおばあちゃんは
しんだ

 

これらの詩をもう一度、今夜、読んでみた。

これらの詩には詩人が自身でありながら自己と他者を公平に見ることができる視線があるように思います。
自己と他者を公平に見る視線を持つということはなかなか高度な達成であると思います。

これらの詩に書かれている達成に比べたら、
わたしの生は自己に拘泥してきた生であったと思わずにはいられないです。
他人のことなど少しも考えもせずに自分のことや自分の利益だけを考えてきたのだろうと思わずにはいられないのです。

先週の金曜日には相撲の桟敷席のチケットを知人から頂いたので女と女の友人たちと蔵前の国技館に行きました。
国技館ではちゃんこを食べてから弁当を二つ食べてビールを二本を飲みました。
大好きな大栄翔が鶴竜を打ち負かして座布団がたくさん飛びました。
それから女たちと別れて浅草橋で荒井くんと飲みました。
それで荒井くんと別れて総武線と中央線に乗り、酔いつぶれて武蔵境まで乗り越して、
高円寺に戻って、広瀬さんと朝まで飲みました。
それから新宿のホテルまで戻りシャワーを浴びてすこし仮眠してから恵比寿の写真美術館で写真を見ました。
なにを見たのかよく覚えていませんが金髪の西洋の女性が土田ヒロミの写真を見てボロボロと泣いているのを見ました。
わたしは泣けませんでしたが土田ヒロミはいいなと思いました。
それから中目黒に向かい写真家のしどもとよういちさんと会い飲んだのでした。
しどもとさんは不思議で美しいひとです。
それでしどもとさんと別れて高円寺に向かいすこし飲み、新宿のホテルに帰り、風呂に入りすぐ眠った。
翌日、上原のユアンドアイの会で詩の合評をして、その後で、詩人のみなさんと飲んだのだった。
楽しかった。

よくもまあこんなに酒を飲むもんですねえ。

なぜか突然、思い出したのですが、
むかし、新潟にある坂口安吾記念館に一人で行ったことがありました。
記念館の奥の部屋に「菩薩」という大きな書が掛かっていた。へー、安吾、菩薩かあ!と驚きました。
あれは安吾の書だったのでしょうか?
その後で午後に羽越線に乗り羽後本荘に向かいました。
車窓からずっと夕方の日本海と浜辺に並ぶ漁村の景色を見ていました。

いまはいない義兄が羽後本荘駅で待っていてくれました。

あきれて物も言えません。
あきれて物も言えません。

 

作画解説 さとう三千魚

 

 

 

撓垂れた *

 

姫林檎の

植木鉢が
玄関にある

胡蝶蘭と
紫蘭の鉢も

置いてある

胡蝶蘭は
義母の

葬式に兄と姉が送ってくれた

ひとつでは

仏壇が寂しいから
もひとつ

女が買った

もう
白い花は落ちて

緑の厚い葉が光っている

紫蘭は
義母が育てていた

姫林檎はいつだったか
義母の誕生日に

玄関に飾った

春には

白い花が咲き
夏には

小さな実をつける

玄関のポストの下にはアロエが生い茂っている
盛り上がってトゲトゲの緑の葉をひろげている

義母のアロエだった

毎朝
水をやる

姫林檎にも
胡蝶蘭にも
紫蘭にも

新聞を取りに出た時には水をやる

それでも
夏の午後には撓垂れていた

撓垂れるの”撓”は”しほる”とも読むようだ

しほる
しほる


目覚めてしほる

朝早く目覚めてしほる

新聞を
取りに出る

花に水をやる
植木鉢の土の窪みに水は溜まる

 
 

* 工藤冬里の詩「holy sunameri moters」からの引用