鳴き交わす

 

辻 和人

 
 

断じてこれ
泣き声じゃない
あぐっ、ンんげっ、うンっくゅあっ
ええーうっ、いぇあっ、だぁっ
っぬっ、ぇあ
朝寝から醒めてオムツ替えてミルク飲んだから
目は落ち着いてる
けど口せわしなく
開いたり閉じたり
あんげっ、コミヤミヤ攻めれば
うんぐっ、こかずとん応える
仰向けになったまま
互いの方に顔向けもしない
手足微動だにせず
口だけ開いたり閉じたり
ンくっ、えあっえあっ
何言ってるの?
意味なんかないよね?
声が出るようになったから試してみたくなっただけ?
いやいや
明らかに応答してるぞ
応答してるってことは
相手を意識してるってこと
コミヤミヤがばぶーっ、ばぶっ
とくれば
こかずとんがおぎゅーっ、おぎゅっ
断じてこれ
鳴き声だ
鳴き交わしてる
コミヤミヤの鳴き声の中にはこかずとんが
こかずとんの鳴き声の中にはコミヤミヤが
仰向けになったまま
2羽の小鳥
意味はないけど意味はある
2羽のせわしなく動く嘴から飛び出す
言葉の赤ちゃんみたいな奴
それにしても何て多彩な鳴き声
ぎゅきゅぐくぅ
おぅーくっ、くぅくっ
いつかこの複雑な響きも
枝切られて葉削がれて
「日本語」の響きに押し込められてしまうんだろうな
それまで存分に聞いておこう
泣いてるんじゃない
鳴き交わす

 

 

 

お食い初めの意義

 

辻 和人

 
 

本当にやるの?
お食い初めって奴
ちょっと過ぎちゃったけど生後100日を記念するってさ
コミヤミヤもこかずとんもまだミルク一本
固形物なんてひと口も食べられない
とは言え
一生食べ物に困らないようにという願いが込められてる行事だそう
ミヤミヤがやるって言ったらやるしかない
わかりました、やりましょう

ミヤミヤが張り切って隣町のデパートで買い揃えてきたもの
でっかい鯛の塩焼きでしょ
肉厚な蛤でしょ
お赤飯でしょ
ミルク飲んでおなかいっぱいのコミヤミヤとこかずとん連れてきて
ミヤミヤ、カメラの用意はいいですか?
きょとんとした目つきのコミヤミヤ膝に抱える
お赤飯を箸でつまんでちっちゃな口の傍に持っていく
見慣れないものが近づいくる
ウッウェーン
あーらら、泣き出しちゃったよ
抱っこ抱っこ、ゆっさゆっさ
どうにかこうにかご機嫌とって再度挑戦
鯛の塩焼きでしょ、蛤の潮汁でしょ、またお赤飯でしょ
3回繰り返す
泣き止みはしたけど
ちっちゃな目が憾むようにこっち睨んでる
あー、すいません
今度はミヤミヤがこかずとん抱きかかえる
カメラ構えるいい絵撮れるか
お赤飯つまんだ箸が口元に近づく
ウェアーッオエッ
やっぱりだめか
きっと箸が怖いんだね
赤ちゃんの視点に立ってみれば
不気味な細長い棒が得体のしれないモノを
ミルクを飲むべき大事な口に運び入れようとする
鯛も潮汁もおいしいモノなんかじゃないんだよ
不気味で得体がしれないんだよ
怖いよねえ
ミヤミヤ慌ててよしよしと頭を撫でる
気分が落ち着いたところで再開
最後に歯固めの小石を口の近くに持ってってっと
はい、撮れました
ヤブ睨みのかわいいお顔が撮れました

コミヤミヤこかずとんが落ち着いたところで
じゃあ、大人でいただきましょう
うん、甘味のある鯛の身が最高ッ
うん、蛤の出汁が効いてて最高ッ
結局大人でバクバク食べてんじゃん
「高いだけにさすがにおいしいね。
今日は泣いちゃったけどさ。
いつか写真見て、あー自分はちゃんとお食い初めやったんだって
わかる日がくるよね」
ミヤミヤは満足そう
なるほどそういう考えがあるか
必ずしも当事者が今気に入らなくともいい
ちゃんとやったことに意義がある
写真が残ることに意義がある
「いつか」という時間差に意義がある
あながち大人の都合ってわけじゃないぞ
「やって良かったよね、泣き顔も記念になるしね」
なんて調子合せてるかずとん
それにしてもおいしいな
この鯛、残った分は明日お吸い物とかにできるかな
和食最高ッ、お食い初め最高ッ

 

 

 

ノッたもん勝ち

 

辻 和人

 
 

たまーにお願いするんだ
家事育児代行サービス
地域のNPOが運営してて安いお金で引き受けてくれる
コミヤミヤ・こかずとんはかわいいけど
双子育児はどうしても寝不足になるしたまには外でひと息つきたい
今日はミヤミヤが美容院、ぼくはお昼寝
ということで、ピンポーン
やったぁ、Yさんだ
この人何度かお願いしたことあるけどすばらしい
70手前くらいの年齢だけど昔保育園に勤めててね
子供をあやす技術バッチリなんだ
Yさん見ていきなり泣き出すコミヤミヤとこかずとん
「はいはい、元気がいいですね、手を洗わせていただきますよ」
洗面所から出てきたYさんが割烹着型エプロン着ると
ぴたっと泣き止むコミヤミャとこかずとん
この古びたエプロンのぼわぼわ感がいい
太い腕広げて
交互にぼわぼわ包む
包まれた方はほけーっとした顔
「子供たちが落ち着いたらモップで床を掃き掃除していただけますか?
 私、上で休んでますので何かあったら呼びに来て下さい」
目覚ましかけてベッドに倒れ込んだ、さぁ、寝るぞぉ

ふぁー、よく寝た
2時間たって下に降りると
おやおや、2人ともギャン泣きしてる
こいつらもお昼寝から覚めたばっかりで頭が混乱してる
ぼくなら取り乱すところだけどYさんは違う
ガラガラを鳴らしながら太い声で歌いだす
「ぞーおさん、ぞーおさん、おーはながながいのね」
「めーだーかーのがっこうはー、みーずーのーなかー」
「あっめあっめふっれふっれかーさんがー」
大昔の歌ばっか次々と、2人の上で身をかがんで
コミヤミヤが手を振り回して泣いても
こかずとん足バタバタさせて泣いても
動じない、動じない
「そうなのぉ、泣いてるのぉ、泣きたいんだよねぇ。
 じゃあもっと歌ってあげるからねー」
泣いてるから歌ってあげるってどういう論理だ?
しかし、ほれ見よ
コミヤミヤ、泣き止んでYさん見上げてる
こかずとん、泣き止んで微笑んでる
「すごいですね、さっきまであんなに泣いてたのに」
「リズムですよ、幾ら泣いてても騒いでても
 こっちがそれ以上にノッてると子供たちは必ずノッてくるんです。
 こういうのはノッたもん勝ちなんですよ、それにしても2人ともかわいいですねぇ」
皺くちゃの笑顔きらきら

地域の宝だなぁ
このすばらしい仕事に見合うお給料出てるのかなぁ
NPO勤めだもんなぁ
ああ、でももらえるお金少なくても引き受けちゃうんだろうなぁ
子供相手の仕事が
好きで、好きで、好きで
仕方ないんだろうなぁ
ううっ、ぼくはここまで仕事に情熱持てているだろうか
早く休日にならないかとかそんなことばかり考えてた
育休終わったらぼくも
Yさんみたく
ノッて、ノッて、ノッて
仕事して会社の業績に貢献するぞ
ううっ、Yさん、これから暑くなるからとにかく身体に気をつけて下さいね
エプロンみたいな歌声がぼわぼわ2人を包んでいく
「かーらーすー、なぜなくのー、からすはやーまーにー」

 

 

 

質感って奴

 

辻 和人

 
 

ぷるん
服を脱いだコミヤミヤだ
お風呂場の発砲スチロールの台の上で
ぷるんしている
軽く泣きそうになったのを宥めて
赤ちゃん用シャンプー頭に垂らし
髪の毛シャカシャカ
ちょっと不機嫌残る眉を宥めて
シャワーシャーシャー
お次は首から腕からお腹から足から
背中からお尻から
ぷるんぷるん
シャボン流れる
あんなに小さく生まれてきたのに
保育器の中でけぽっしてたのに
ぷるんぷるん、だ
お腹の皮押せば
ぷるん押し返される
ぶるんとお腹だ
おしっこしたばかりのお股に手を差し込んできれいきれいすると
肉厚の割れ目ぷるん揺れる
2000gで生まれてきたのに
今や5000g
1回50gのミルクがやっとだったのに
今や1回120g
洗い終わってゴム製お風呂に入れる
ざっぷん
ぷるん
いいなあ、赤ちゃんって
この質感だよ
栄養が詰まってる質感
ダイエットなんて知らない質感
それにひきかえ皮膚しわしわ
ぼくの体がいかに硬化してるかわかっちゃうね
質感にやられて
触って触って
もっと触りたい
抱っこして抱っこして
もっと抱っこしたい
目で見ただけじゃわからない
ぷるんぷるんの抵抗感
質感って奴には
力がある
何しろ抵抗してるんだからね
触れた指に対して
ぷるんぷるん
抵抗して逆らって
力がある
洗い場は好きじゃないけどお湯に浸かるのは大好きなコミヤミヤ
顰めてた眉ほどいて
手足とお腹をお湯の中に遊ばせてる
栄養詰まった二の腕が
お湯滴らせて
ぷるんぷるん
たまんない
やられちゃう
抵抗感だ
質感って奴

 

 

 

口の形

 

辻 和人

 
 

一心不乱だ
クチュクチュクチュクチュ
形が動いてる
口の形だ
コミヤミヤの口、こかずとんの口
一心不乱に動いている
ミルク飲ませて40分
コミヤミヤとこかずとんは同時に目覚めた
夜中に目覚めて赤ちゃんがやることといったら泣くことだ
泣くがいい、泣くがいい
けど、3時間おきのミルク&オムツ
次回まで1時間半は寝ておきたいんだよ
しょーがない、いつもの手使うか
取り出したるはゴム製おしゃぶり
コミヤミヤとこかずとんのギャン泣いてる口にくいっと押し込む
一瞬で顔が変わった
ギャン泣きの涙、一瞬で消えた
クチュクチュクチュクチュ
動く、動く
口だけだ
目は閉じている
手足のもぞもぞも止まった
顔の上半分は微動だにいない
口だけが動いている
一心不乱
目では見られないし手では触われないものが
口なら見える
口なら掴める
乳首に似てるけど幾らしゃぶってもミルクなんか一滴も出ないから
ミルクの代用品を求めてるわけでもない
ミルクのはるか向こう側にあるもの
そりゃいったい何だ?
ぼくもずーっと以前にはわかっていたはずなんだ
ぼくだって赤ちゃんの時には
口で見えた、口で掴めた
それが今、まるでわかんなくなっちゃってんだよね
成長するってことは退化でもあるのかあ
悔しいなあ
内側に凹んだゴムの突起を
一心不乱にしゃぶりながら
コミヤミヤとこかずとんにはわかっている
よーし、ぼくにはわからないけど2人がわかってやってることを
とにかく応援するぞ
口で見る
口で掴む
クチュクチュクチュクチュ
形が動いて
一心不乱だ

 

 

 

足を上げていた

 

辻 和人

 
 

朝の
ミルクを飲み終えて
こかずとんが
仰向けの姿勢で
こちらに顔を向けながら
足を
上げていた
右足左足一緒に
いち、に、さん、し、
5秒数えるか数えられないか
湯気が立って消える
みたいに下した
こんなに高く上げたのは初めてだ
足は
ぴんとしていた
30度くらい?
マットの上でもぞもぞ
動かしてるのとは違う
足に力を込めていた
こちらを向いた顔は笑っていて
力を働かせたことを
知っていたよ
誇っていたよ
ミルクを
飲み終えた
朝の
湯気が立って消える

じゃあぼくもいっちょやってみるか
ごろっとこかずとんの横に寝っ転がる
いち、に、
足上げるのって結構きついもんだな
おや、湯気立ってる
横で寝てたこかずとん
いつのまにかこちらに顔を向けて
さん、し、
足を
上げていた
ぼくはただ足をいっちょ上げてるだけだけど
こかずとんには上げた先に待ってるものがある
足はぴんとしていて
笑ってた

 

 

 

コリコリコリック

 

辻 和人

 
 

コリコリだ
このところ夜はまとめて寝てくれる
このところ笑顔も増えてきた
なのにコリコリ、コリコリ
コリコリコリック
和名「黄昏泣き」
夕方、激しく泣く
4時にむっくとお昼寝から覚めて
ちっちゃなウェンウェンから始まり
やがてギュエエーンギュエエーン
泣き止まない、3時間泣き止まない
縦長に開いた口から呪いの声吐き出すコミヤミヤ
目腫れ切って真っ赤な手足震わすこかずとん
コリコリだ
コリコリコリック
必ず泣くこの時間帯
コミヤミヤを縦抱きしてゆっさゆっさ
涙がひと筋、ふた筋、流れ落ちて
落ち着いたかな
マットに下すと途端にギュエエーン
ああ、どうしたらいいんだろう
ミヤミヤと相談して代わりばんこに夕食をとる
ミヤミヤが抱っこ、ぼくがごはん
モグモグササッと食べ終わって交代
こかずとんを抱っこ、コミヤミヤにガラガラ
それでも泣き止まない

ミルク飲ませたしお昼寝もしたし
オムツも変えた
じゃあ、どうして泣いてるの?
ふと頭に浮かんだ
昔読んだ吉本隆明の難しくてよくわかんないところもあった本
『言語にとって美とはなにか』
「言語は、動物的な段階では現実的な反射であり、
その反射がしだいに意識のさわりをふくむようになり、
それが発達して自己表出として指示機能をもつようになったとき、
はじめて言語とよばれる条件をもった」
おお、コリコリ、コリだよ
生後すぐの大泣きは
まあ動物的な段階だ
でも生後3ヵ月を過ぎた今は目を見て笑顔、社会的微笑を連発
「意識のさわりをふくむ」ようになった段階ってことだね
言語まではまだ遠いけど
<自己>が生まれて<表出>する
コミヤミヤはコミヤミヤでコミヤミヤだ
表出! ギュエエーン
こかずとんはこかずとんでこかずとんだ
表出! ギュエエーン
理由なく泣いてる、わけじゃない
さわりがコリコリを呼んでいる
コミヤミヤがコミヤミヤでこかずとんがこかずとんだから
コリコリだ
コリコリコリック

2人を交互に抱っこして
だんだん顔つきがとろっとしてきた
そろそろ7時か
抱っこしてると疲れるけど
その重さが快い
横抱き抱っこを縦抱き抱っこに変えて
お尻の感触がもちっと腕に伝わってくる
コリコリ?
意識のさわり
うん、こりゃさわりだ
コミヤミヤのお尻の感触、こかずとんのお尻の感触が
2人をただ目で見た時とは違う感情を連れてくる
ギュエエーン、とはならないけれど
何かコリコリしたもの
お尻を、腕で、食べちゃいたい
ぼくの中から<自己>が飛び出して
勝手にさわりを作ってやがる
こういうのも
<自己>が<表出>してるって言うのかな?
『言語にとって美とはなにか』、ちょっとわかった気になってきた
なったところで
コミヤミヤとこかずとん、とろんとろんと落ち着いてきた
親指をお口に入れてくっちゃくっちゃ
もう少ししたらお風呂入ろうね
それで明日の夕方またコリコリしようね
コリコリだ
さわりが<自己>で<表出>だ
コリコリコリック
コリコリコリック

 

 

 

しっかり臭い

 

辻 和人

 
 

出ない、出ない
こかずとんのウンチが出ない
おととい、出ない
昨日、出ない
今朝も出なかった
前は1日に4、5回はウンチしていたこかずとん
このところ1日に1回ペースだけど
丸2日も出ないとなると
こりゃ便秘かな?
「病院で教えてもらったやり方試してみようか」とミヤミヤ
綿棒にワセリン塗って
「肛門、ここかな? かずとん、足押さえてくれる?」
ぷゆぷゆする丸いお尻に空いた暗いピンクの穴に
ゆっくり綿棒を差し込んで

ぐーりぐりぐり
ぐーりぐりぐり

これで良し
暴れることもなくニコニコ顔のこかずとん
期待に応えてくれるかな?

ところが出ない
次のオムツ替えも出ない
その次のオムツ替えも出ない
出ない、出ない
困ったなあと思ってたら
きゅーっとちっちゃな音
やにわにミヤミヤがこかずとんのオムツに鼻近づけて

くんくん
くんくん

「してるかもしれないよ、かずとん、オムツ見てくれないかな?」
合点だあ
急いでオムツ開くと
出てるぞお
黒味がかった黄緑ウンチ
べたばべたっぷり
病院にいた頃の甘い匂いの黄色いウンチじゃない
しっかり臭い
やったぁ
さっすがミヤミヤ
ウンチの匂いなんて普通嗅ぐものじゃないんだけど
嗅ぐときゃ嗅ぐぞ
ミヤミヤ、やったぁ
かずとん、やったぁ
指しゃぶりながらこかずとんも嬉しそう
お尻ふき何枚も使ってきれいきれいして
さて、新しいオムツ履かせるか

まさにその時
ぶっりゅりゅりゅーっ

かずとんのシャツめがけて第2弾発射
2日と半日分
黄緑の濁流は
かずとんの白いシャツを
べたべたたっぷり染め上げた

「大変大変、洗濯するからすぐ脱いで。
それにしてもこかずとんのウンチ、勢いあってお見事だね」
あはは、見事お見事
ぐーりぐりぐり、が
くんくん、になって
ぶっりゅりゅりゅーっ
見事お見事
しっかり臭い
黄緑ウンチはいい匂い

 

 

 

顔色はいい

 

辻 和人

 
 

妹の電話がどやどや連れてきた
「お父さんとお母さん車に乗せてあちこち走ってたら
何か近くまで来ちゃったの。
突然で悪いけどさ、今から行ってもいい?」
近いうちに孫の顔見せに行かなきゃとは思ってたけど
向こうから
どやどやどやってきた
父は膀胱悪くて腰に尿パックつけてる
顔色はいい
母は父を支えるのに忙しいけど顔色はいい
突発的な行動取るのが得意な妹は顔色はいい
コミヤミヤもこかずとんもミルク飲んだばっかりで顔色はいい
折角来てくれたんだから抱っこもしてもらわなきゃ
オジイチャン、腰にオシッコ袋つけたまま抱っこ
意外な重さによろけたけど踏ん張れた
コミヤミヤ、ちょっと傾いて
ふぇって顔崩れそうになったけど
まだ人見知り始まってないコミヤミヤ
態勢立て直すとほわっと笑顔
ぼく含めて3人育てた経験あるオバアチャン
昔取った杵柄でこかずとんを一発でしっかり横抱き
まだ人見知り始まってないこかずとん
肘のくぼみにすっぽり収まって
薄目開けてほわっと笑顔
介護の仕事長いオバチャン
高齢者も赤ちゃんも基本は同じと2人一緒にピシッと抱っこ
人見知り始まってない2人、今度は正面向いて
ピシッと笑顔キメる
「ああ、笑ってる笑ってる」
「あんなにちっちゃい手なのにしっかり服つかんでかわいいねえ」
さて、あり合わせだけどお茶にしますか
ちょっと疲れたコミヤミヤとこかずとん
下したマットでもぞもぞ
大人はスーパーで買ったモナカをもそもそ
小休止
沈黙の時が訪れた
もぞもぞ、もそもそ
音がする
ありゃりゃ
ここにいるみんな
体でつながってるな
コミヤミヤとこかずとんを真ん中に
性器やらへその緒やらその他いろいろ
体でつながったことのある者たちだ
性器は見えない
顔は見える
意外な重さによろけたりしたけど
体でつながってるから
沈黙してても途切れない
もぞもぞ、もそもそ
いい音がして
いい顔色だ

 

 

 

座った、座った

 

辻 和人

 
 

座った、座った
―何が座った?
首が座った
―首が座るなんてこと、あるのかな?
あるよ、見てご覧よ
まずコミヤミヤの両肩の下に手を入れます
首に支えはなし
きょととんきょとん目を回転させるコミヤミヤ
じゃあ、ゆっくり上体持ち上げますよ
肩前に出る、背中マットから離れる
きょとんの顔が持ち上がって
―ぐにゃりってなったりしないの?
見てて、ほぅら
首が胴体の動きに従って
にゃぐり
ついてきてる
コミヤミヤの首、まだ細い
まだまだ細い
しなりそうに、しなりそうに
ここで懸命に重力に逆らって
にゃぐりっ、にゃぐりっ
胴体から離れるなっ
逆らって逆らって
もうひと息
上体まっすぐ
ちょこん
―わぁおーっ、座ったぁ
でしょでしょ? 
首って座るんです
足はなくても座るんです
コミヤミヤのまだ細いまだまだ細い首にとって
座るって楽な姿勢じゃないけど
寝てばかりは嫌
体の上に座ってちょこんしたい
ちょこんと座れば
白い衣服に包まれた自分のアンヨが
きょとんとした目に飛び込んでくる
―感動、これがアンヨかってなるね?
アンヨだけじゃないよ
首がちょこんと胴体に座れば
おおっ、庭の柚子の木が飛び込んでくる
おおっ、さっき口拭いてもらったガーゼハンカチが飛び込んでくる
今まで見えなかったものが
にゃぐりっ、飛び込んでくるんだ
首が座ると目が忙しくなるんだよね
上にも下にも斜めにも見たいものいっぱいあるよ

―かずとんパパ、首が座るって素敵だね
ああ、首
いっつも首だった
細い首
抱っこするたび
ぐにゃり
柔らかく曲がって、それっきり、なんて
ほんとに怖くてね
お風呂の時もミルクの時も
まず首押さえた
押さえると
柔らかい重さが腕全体に零れた
コミヤミヤの首とぼくの腕が一体化する
すると不安が安心に変わって
柔らかい重さがぽっと周りの空気に広がるんだ
―首押さえたら安心がぽっと、ね
そう、ちっちゃな安心
首が座ってこれから味わえなくなっていくのは
ちと寂しいかな