さとう三千魚
年の暮れの暮れの
今日
午後に
秋田の姉から
荷物が
届いた
いぶりがっこと
芭蕉菜漬と
味噌と
酒と
入ってた
夕方に姉に電話した
姉は
元気に笑って
話した
義兄は逝った
一人で雪掻きをしていると言った
今日も
雪掻きをしたと言った
三時間もしたと言った
雪が降っているよと言った
雪が降っているよと言った
#poetry #no poetry,no life
年の暮れの暮れの
今日
午後に
秋田の姉から
荷物が
届いた
いぶりがっこと
芭蕉菜漬と
味噌と
酒と
入ってた
夕方に姉に電話した
姉は
元気に笑って
話した
義兄は逝った
一人で雪掻きをしていると言った
今日も
雪掻きをしたと言った
三時間もしたと言った
雪が降っているよと言った
雪が降っているよと言った
#poetry #no poetry,no life
わたしの本のある部屋の窓の外には手摺りがあり、
そこに板を渡して固定してその上にチーズケーキの入っていた白い陶器の入れ物を置き、粟(あわ)、稗(ひえ)、黍(きび)などの剥き実を入れてあげて障子を閉めると雀がやってくる。
雀はいつも二羽で、
兄妹なのか恋人なのか夫婦か、わからない。
窓の内側には障子があるから、
二羽は、障子に影絵としてあらわれる。
まだ警戒している影絵は餌のそばにきてしばらくは動かないでじっとしている。
それから、怖がりでない方から餌に近づいて陶器からこぼれた餌を啄ばみそれから陶器の中に首を突っ込んで餌を頬張っている。
音を立てると逃げてしまうから、
わたしは障子のすぐこちらでじっと影絵のふたりの様子を見ている。
そこには、
ほんわりとした陽だまりがありふたりの生きるよろこびがあるように思われて、うれしくなる。
今日は午後から「ユアンドアイの会」の詩人たちとzoomで詩の合評会をしていた。
その間もふたりは窓辺でちょこちょこと動きまわっていた。
わたしは「犬儒派の牧歌」という浜風文庫に公開している詩で皆さんの講評をいただいた。
辻 和人さんが「さとうさんの詩は、ミニマルアートみたいに抒情をブツ切りにする詩ですね。」と言ってくれた。
うれしくなってしまった。
そうか、
わたしの詩は「抒情をブツ切りにする」のか。
「抒情をブツ切りにする」と残るのは骨片のようなものだろう。
骨片を拾う。
桑原正彦が4月に亡くなった。
そのことをギャラリストの小山登美夫さんから教えていただいた。
わたしはそれから身動きができなくなってしまった。
なにも、手がつかなかった。
わたしの詩集に桑原正彦の絵を掲載させてもらっている。
詩集には桑原の絵をずっと使わせてもらおうと思っていたから桑原正彦がこの世にいなくなってしまったということは受け入れられなかった。
桑原正彦が、
わたしの母のために絵を描いてくれたことがあった。
わたしの母はALSという筋肉が動かなくなる病気でわたしの姉の家で闘病していたのだった。
その母のために桑原はわたしが渡した母の写真を見て絵を描いてくれた。
わたしの神田の事務所に桑原正彦が絵を持ってきてくれた。
桑原はアトリエからほとんど外に出ないし誰にも会わないと知っていた。
その桑原がわたしの神田の事務所の応接間にきてくれた。
いまはもういない母の部屋の漆喰の壁にその絵はいまも掛かっていてわたしの姉の宝物となっている。
ここのところわたしはわたしを支えてくれた人たちを失っている。
中村さん、渡辺さん、父、母、義兄、兄、桑原正彦を失ってしまった。
最近では、家人や、犬のモコや、浜辺や、磯ヒヨドリ、西の山、羽黒蜻蛉や金木犀、姫林檎の木、雀のふたり、それと荒井くんや市原さんなどがわたしの友だちとなってくれている。
「浜風文庫」に寄稿してくれる作家たちと「ユアンドアイ」の詩人たちもわたしには大切だ。
詩や写真や絵や音楽を大切なものとして生の根底で共有できる人たちだ。
経済的なメリットからほど遠いが互いの生を理解して尊重できる人たちだからだ。
ここのところ新聞の一面には「国交省、自ら統計書き換え」* 、「赤木さん自死 国が賠償認める」* 、「森友改ざん 遺族側、幕引き批判」* 、「三菱電機製 重大な不具合 非常用発電機 1200台改修へ」* 、「アベノマスク年度内廃棄」* 、「日立系、車部品検査で不正 架空記載や書き換え」* などなど、この国の官民が不正を行っていることが露見しているようだ。
新聞記事に現れるのはごく一部なのだろう。
コストや人を極限まで削り下落させ成り上がる。
世界の経済は自己利益を優先することで回っているのだ。
格差が金を生む。
日本だけでなく世界の人々を自己利益の渦に巻き込みながらこれからも進んで行くだろう。
近代以降の資本主義の終着駅を過ぎ去るのだ。
窓辺には、二羽の雀がくる。
そこには、
ほんわりとした陽だまりがあり影絵のふたりの生きるよろこびがあるように思われて、わたしはふふんとうれしくなる。
この世界には呆れてものも言えないことがあることをわたしたちは知ってる。
呆れてものも言えないのですが胸のなかに沈んでいる思いもあり言わないわけにはいかないことも確かにあるのだとわたしには思えてきました。
良い年を迎えましょう。
作画解説 さとう三千魚
* 朝日新聞、2021年12月16日、21日、22日、23日、一面見出しより引用しました。
伊勢から
帰った
モコは
犬猫ホテルで待ってた
神は留守だった
きみは
鳥居のある
土産物屋のならびに佇ってた
貨幣を渡し
山嶽**を手にした
風呂を出て
鳥羽の朝の海を
見ていた
きみは言葉を持たない
きみと
言葉にならない声で
話した
話していた
そしてこの港町に
帰った
帰ってきた
モコを連れて浜辺を歩いた
モコと西の山を見上げてた
きみは吠えることがなかった
きみははにかんで笑っていた
* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”犬のためのだらだらとした前奏曲” より
** 山口誓子の句集「山嶽」(ふらんす堂刊)のこと
#poetry #no poetry,no life
高橋悠治のサティピアノ曲集「諧謔の時代より」のCD * を聴いて、
詩を書きはじめている。
詩をふたつ、
曲名からタイトルを引用して書いて浜風文庫に公開してみた。
「内なる声」
「犬儒派の牧歌」
高橋悠治のサティのピアノ曲集はソクラテスと共に若い時から聴いてきた。
“ピアノ曲集 01″ は1976年に、”ピアノ曲集 02” は1979年に日本コロムビアの第一スタジオで録音されている。
若い時から高橋悠治の弾くサティにもケージにも惹かれてきた。
理由がわからないが惹かれるということは恋愛みたいなものかもしれない。
恋愛はいつか壊れることもあるだろうけれど高橋悠治の弾くサティもケージも壊れることはなかった。
だから、サティもケージも恋愛とは比べられないだろう。
朝になった。
今朝も朝になった。
言語矛盾だが、
今朝も朝になった、そう思える。
窓を開けて西の山を見ている。
灰色の空の下に青緑の西の山が大きく見える。
今朝も西の山はいる。
佇んで、
いる。
詩の言葉もそのようにして佇むだろう。
人と人のコミュニケーションの道具のように言葉は使われることがあり「コミュニケーション力」という言葉を聞くことがあるが、
詩の言葉はその対極にあるものかもしれない。
詩の言葉は言葉の伝達が終わった後の”絶句”からはじまるようにわたしには思えます。
言葉が絶句して佇むところに詩は生まれるように思えます。
いつだったか、
新丸子の夜の東急ストアの明るい光の中でわたし電話を受けました。
画家の桑原正彦からの電話でした。
近況を話しているうちに桑原正彦は自身の絵について「ひかりだね」と言ったのでした。
わたしも「ああ、そうね」と言ったのだと思います。
そのことがいまでも何度も思い出されます。
その言葉に桑原正彦という存在が佇んでいました。
その言葉に桑原正彦が佇んでいるといまのわたしにははっきりと思えます。
そして桑原正彦は遠く逝ってしまいました。
わたしは桑原正彦の絵をいくつか持っています。
いまはリビングに3つ、この部屋に一つ、桑原正彦の絵を掛けています。
押入れにもいくつかの桑原正彦の絵がしまってあります。
いま桑原正彦の絵がわたしとともにあることがわたしには希望となっています。
この世界には呆れてものも言えないことがあることをわたしたちは知っています。
呆れてものも言えないのですが胸のなかに沈んでいる思いもありますし言わないわけにはいかないことも確かにあるのだとわたしには思えてきました。
作画解説 さとう三千魚
* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代より」
深夜に
モコを抱いて外に出た
夜空を
見上げた
丸い月がいた
それから
モコと布団に入った
モコはすぐに布団の上に這いでて
わたしは赤塚不二夫のシェーのスタイルで眠りに落ちていった
きみの上にも
月は
いるかい
欠けるまえの丸い
月は
いるのかい
朝早く
モコに起こされた
暗い庭の玉石の上でモコにおしっこさせた
それから
部屋を暖めた
モコをおいて
ひとりの部屋に入った
サティの”犬のためのだらだらとした前奏曲”を聴いた
窓を開けると
西の山はいた
近くで
イソヒヨドリが鳴いていた
犬儒派の歌は
きみに
聴こえたろうか
光っていた
ひかりだった
* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”犬のためのだらだらとした前奏曲” より
#poetry #no poetry,no life
もう
三日が過ぎた
土曜日
飲んだのだったか
三日が過ぎたことになる
頭が
すっきりしない
胃の後ろの背中も
痛い
飲み過ぎということか
なぜ
そんなに
飲むのか
急いで
きみは
どこへ行ったのか
どこへ行くのか
朝からの雨はあがった
窓辺は
急に明るくなった
さっき
外で
ハクセキレイが
鳴いた
ハクセキレイは嘴から目に黒い線を引いていた
きみか
きみなのか
ひかりだと言った
きみは
西の山の頂は白い雲に隠れていた
* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”犬のためのだらだらとした前奏曲” より
#poetry #no poetry,no life
ここのところ、
高橋アキがピアノを弾いているCDで「Cheep Imitation」* を聴いています。
「Cheep Imitation」とは、
“安っぽい模造品”という意味だそうです。
昨夜も聴きました。
いまも聴いています。
今日は、
日曜日、
よく晴れた秋日和です。
音楽のおかげか、
すこししあわせな気持ちです。
我が家の金木犀に黄色い花が咲きはじめました。
清々しい香りの花です。
朝には、
道端の陽だまりにオキザリスのピンクの花たちが風に揺れていました。
もう午後ですが、
まだ陽はあたたかく窓辺から射し込みます。
静かです。
小鳥の声も聴こえてきます。
「Cheep Imitation」は、ジョン・ケージによって作曲された曲です。
高橋アキがピアノを弾いている「Cheep Imitation」は、
高橋アキのピアノソロで「Cheep Imitation」が弾かれて、
その後にモートン・フェルドマンが編曲し高橋アキに捧げられたピアノとフルートとグロッケンシュピール(鉄琴)のための「Cheep Imitation」の演奏があります。
「Cheep Imitation」は、
サティの「ソクラテス」を題材としてジョン・ケージによって作曲されました。
サティの「ソクラテス」をわたしは若い頃から、聴いてきました。
デルヴォー指揮でパリ管弦楽団、ソプラノのマディ・メスプレがパイドン役として歌っていました。
「Cheep Imitation」はケージがサティに捧げた音楽です。
その曲をモートン・フェルドマンが編曲して高橋アキに捧げたのです。
そこに小さな光が見えます。
そこに幸せがあるでしょう。
「Cheep Imitation」は、”この世界”へのとてもやわらかい”捧げ物”と言って良いと思います。
この世界には呆れてものも言えないことがあることをわたしたちは知っています。
呆れてものも言えないのですが言わないわけにはいかないとわたし思えてきました。
作画解説 さとう三千魚
* 高橋アキのCD「高橋アキ プレイズ ケージ × フェルドマン via サティ」(カメラータ・トウキョウ)
そのひとは
いまも
リビングのベッドに横たわっているのか?
なにを
見ているのか?
庭の
花を
見て
いるのか?
戦争も
空襲も
見たのか?
60年代も
70年代も
80年代も
90年代も
2001年も
2011年も
2021年も
見たのか?
見ているのか?
過ぎてゆくか?
過ぎ去ったか?
この世か?
この世のこの身か?
今日
優しそうに
見えたよ
看護師さん
この男は
2回目の筋肉注射を打ったよ
打って
もらったよ
15分間
タイマーを
渡された
熱帯魚が泳ぐのを見てた
眼が
まるい
鱗が青く光る
水草を口先でつついた
見てた
見ていたよ
#poetry #no poetry,no life
今朝
女と
墓参にいってきた
雨が降っていた
車でいった
白い花を
供えた
紫の煙があがった
女は傘をささなかった
小さな手を合わせてた
一昨日か
尾仲浩二さんの写真集「Have a Break」が届いた
そこに光はあった
わたしの
光だ
わたしの失った光だ
散乱していた
#poetry #no poetry,no life
工藤冬里さんの
“オリンピックの後で” *
が
終わった
ワンマンだったが
工藤さんは
参加者の声をミュートさせなかった
ツカサさんや
松村さんの
声や
ドラムや
久保田さんや
赤ちゃんの声が聴こえた
工藤さんは
“水平線を縦に並べて滝にしてみる”と歌っていた
そこにいた
わたしも
そこにいた
今朝
ゴミ出しにいった
モコはソファーで眠ってた
紫の朝顔の花が咲いていた
オリンピックの前も
オリンピックの後も
ひとびとは
そこにいた
わたしも
いた
そこは滝だろう
流れ落ちている
* 2021年10月10日に開催された工藤冬里のオンラインでのワンマン「オリンピックの後で」のこと。
#poetry #no poetry,no life