塔島ひろみ

 
 

満員電車で運ばれていた
多くのものが足がなく、多くのものが鼻もなく、
たいていは合成樹脂だった
知らないもの同士だったから、
話す言葉を持たず、
話す理由を持たないから、
黙って運ばれ、
こんなに満員でも、車内は静まり返っている

ポイントを通過し、電車が揺れた
私たちはグラグラと動き、圧迫し合う
ニッケル合金の私の肘が隣の女の腹を突いたが
女は痛くもないのだろう、呻きもせず少し体をずらしながら、何かを私にポトリと垂らす
女の額から黒い汗がこぼれている

咳が聞こえた

満員の車内で、誰かがコンコンと小さく、咳をしている

咳は一度止み、間をおいてまた、始まった

沈黙の車内に、咳の音だけがひびく
咳が聞こえるたび、貨物たちはムズムズと、少し動いた
みんなが咳を聞いていた
積み重なった肩のへりや、頭の後ろで、皮膚のどこかで、
その生々しい、貨物の発する咳を聞いた

Y駅で少しの乗降があり、さらに混みあった電車は橋にさしかかる
荒川河川敷に射し込む朝の日差しが、車内にも届く
貨物たちは一瞬、金色に染まった
そしてその金色の光の中で、私は
眼下に12匹のタヌキの子どもの姿を見たのだった

咳は聞こえなくなっていた
ギュウ詰めの電車内から解放されて、タヌキたちは河原で飛び跳ね、じゃれ合っている

電車はもうすぐ地下に入り、私は都営線に乗り換えて、職場へ向かう

まるで自らの足で歩いて向かうように、職場へ向かう

この足は、誰の足だろうか?
私は、モノだろうか? それとも、タヌキだろうか?

あるいはもしかして私は、ヒトだろうか?
そう思い至ったとき、背筋にゾクッと、生々しい戦慄が走った

 
 

(10月某日、京成押上線上り列車で)

 

 

 

枕辺の

 

薦田 愛

 
 

めざめて
いた
ぼんやり
ひとり
ひとの
でかけてゆくひとの
くちづけに
めざめた
まえにだったか
足もとの
あけはなされた窓からきこえる
虫の音にふうっと
ひとねむりした
あとにもういちど
めざめてだったか
ほうけて
いた

花をかかえてまっすぐ
帰ってくる
ひと
おとこの
そのひととの床に
いるのだ
てあしのすらりとしたおんなの子が
ふたり
いる
おとこは
おこづかいをあげたりしてるんだ
という
たりって何
と、おもう
ひまもない
教科書の入ってなさそうな
かばんが
ほうりだされている
と、気づくやいなや
ふたり
みかわして
わらいごえをあげて
でていった
いってしまった

おとこは
ゆうべ
花をかかえてまっすぐ
帰ってきたのではなかったか
わるびれるでもなく
でかけていったのだろう
おんなの子たちのあとを
いないのだった
だれも
わたしたちの床には
あけはなされた
足もとの窓から
みおろしたのか
タクシーが
(と、おもった)
おとこをのせて
(と、おもった)

つづらに曲がるみちを
(未知、を)
いくたび折れて
その先でいつか車はとまる
おりた場所で
おとこが
荷を解いて積みあげて
とりにくる
だれかを待っている
まっている
(と、おもった)
わたしの
窓をとおく
よぎってゆく
ひとかげがそれであろう
(と、おもった)

虫の音がやむ
鳥たちの時間
朝、だ
まばたき
そして
目をあげれば
みえていた
(と、おもった)
かげは
プラごみ回収車の
はしりさったあとに
あとかたもなく
今朝のひたいをぬらした
おとこの
くちづけが
つれてくるかんじょう
(なみのけはい
(あるいは
(なみだににたなにか
(いえこれは

わたしを去った
あまたの恋の
卒塔婆をたてた野の末で
砕けた
対の茶碗がわらいだす
誰やらのぬけがらがおどる
にゅうねんに
あやとりするのは蜘蛛
地中深くから
蘇生して
けさ
くちびるのふれたあたりから
午前九時
あさいねむりと
わるいねがえり
いくども
いくどでも死んでゆく
細胞
その底で
とおくにぶく
うずく
それは
もえるだろうか
それは
分別をこのむ
指さき
朝の
こわばりを脱いで

今宵
ひとは
おとこは
帰ってくる
今日の花をかかえて
まっすぐ
ぬけがらでもなきがらでも
ない
おとこの
弁当箱をあける
かるい
梅干しの種がぬれている

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その43

 

佐々木 眞

 
 

お父さん、「答えなさい」と黒川智花怒ってたよ。
そうなんだ。

お母さん、両方ってなに?
ふたつとも、よ。
「両方通っているよ」っていったよ。
誰が?
タテノ君が。

小田急は高座渋谷とかでしょ?
そうだね。

お母さん、この花なんですか?
ニチニチソウよ。
ぼく、ニチニチソウ、好きですお。
そう。お母さんもよ。

あしたあ、午前中生協へいってえ、午後から海へ行きます。
分かりましたあ。

お父さん、阿呆笑いしたら石原さとみは?
「コウさん、止めてください」というよ。
ぼく、阿呆笑いしませんお。

お父さん、阿呆笑いしたら石原さとみは?
蓮佛さんと黒木メイサを連れて来てコウ君をこちょこちょするよ。それでもいいの?
いやですお。ぼく、阿呆笑いしませんお。

近いは、近鉄の近でしょ?
そうだよ。

ぼく、サトイモ好きだお。
そうなんだ。

お母さん、証明って、なに?
理由をはっきりさせることよ。

コウ君、お財布に小銭がないから駐車場で困るじゃないの。
ごめんなさい。今度気をつけます。
よろしくね。
今度520円持っていきますお。

台風、いやですねえ。
嫌だねえ。

「なつぞら」の比嘉さん、どういうお仕事してるの?
カフェのマダムやってるんだって、でもこんど咲太郎さんと結婚するんだって。
ふーん。

お母さん、ユーちゃん、何年生?
6年生だって。
ユーちゃん、6年生。ユーちゃん、6年生。

お母さん、始発電車、空いてるよねえ。
そうねえ、空いてるでしょう。
お母さん、故郷の空、印刷して。
はい、分かりました。

お父さん、フジテレビの石原さとみが出る番組、録画してくださいね。
分かった。録画するぞお!

お母さん、「雲もくもく」印刷してね。
分かりました。

やや、って、なに?
少し、かな。
やや、やや、やや。

 

 

 

植木が教えてくれる

 

正山千夏

 
 

部屋の植木に話しかける
明日お水忘れていたら教えてね
私といえば忘れたいことを
追いやるのに必死だから
機械的なマントラを唱える
後頭部の脳を使う

けれどちっぽけな火事でも
煙がもくもくと立ち昇る
燃え広がらないうちに
私は許したいと願う

その一方
過去に私があなたに
つけてしまった火はもう
消し止めてくれたでしょうか
私はいつか
許されるのでしょうか

それとも
あなたの後頭部の脳は
とてもすっきりとしているか
もっと素敵な人生の瞬間瞬間でいっぱいで
火事どころか私の存在まるごと
忘れられてしまうのでしょうか

まあ、どちらにしても
いいのかも
また出会えばいいのだから
明日私はきっと
植木の水は忘れない
植木が教えてくれるから

 

 

 

それが最後の歌になるだろう *

 

分断の詩学は

終わった

終わったことを
続ける

終わっていることを
続ける

分断の詩学は終わっていることを続けるだろう

ヒッキーの
“flavor of life”をつまびいた

ない声で叫んだ

ありがとうと **
君に言われるとなんだか切ない **

なにも
ない

わたしにはなにも残っていない

歌だけがある
歌だけがある

たぶん
だれにもわからなかった

だれにもほとんどわからなかった

分断の詩学は
死者たちの歌だった

死んで生きろ
死んで生きろ

その歌は死んで生きるものが聴く
その歌は死んで生きるものたちだけが聴く

絶望に旋律があるならそれが最後の歌になるだろう *
絶望に旋律があるならそれが最後の歌になるだろう *

どうなんだろうか

終わっていることを
続ける

続けている

ない声で
歌う

 

* 工藤冬里の詩「逃げ足の速い静止した時間の瞬間移動の白黒」からの引用
** 宇多田ヒカルの歌「flavor of life」からの引用

 

 

 

逃げ足の速い静止した時間の瞬間移動の白黒

 

工藤冬里

 
 

頭から食べられるので
目を開けていられないほど疲れて
大陸は唐揚げに靡いていた
しっとりした眠気のなかで
犬の顔した肌が続いていた
焦げた皮膚は中身を覆い
足をとっ払いながら
椅子はよろめかないで歩いていく
すっかり安倍川に
よろめかずに歩いていく
いや歩いていたのではない
時間の経つままそこに立っていただけだ
草色の直線が引かれれば
椅子をさらにドミネイトできるだろう
逃げ足の速さは瞬間移動並みのマシーン
で検索すると
クレーターがあった
やすみなく働いていた肌だ
名前には肌がある
肌のない人が居るが
ギ酸エチルの焼けたような甘いにおいがして
宇宙にも洞門のあることが分かる
いい人なので分からせてあげて下さい
ため池なので声は
堰は皮で出来ていて
ドミネイトする夜の店の外
暗闇は宇宙に繋がっていて
クレーターの記憶を指でなぞっている
香港で生まれたこんな目立たない私でも
パンと叩いたスリッパの下には何もない
逃げ足の速い静止した時間
潰瘍をなめる清掃動物は
大きな変化を感じる
それは金属の溶接の煙の味であった
皮膚を破って声がして
世界には木のない赤土が拡がっていて
皮膚を被って声色を変え乍ら死や復活の劇に
使われている
髪は頭から生え
その下へ毛のない皮膚が
拡がっている
目を瞑って静止の瞬間移動をしようとすると
五角形だ
そんな気がする
デザインに目を向けると
緑も黄もなく
さまざまな灰だ
谷が欠けている 欲

互いに行き来できない
深い谷がある

もうすぐ僕は書けなくなるだろう
もうすぐ僕は歌わなくなるだろう
もうすぐ僕は笑わなくなるのだろう
僕はもう泣きもしなくなるのだろう
生きながら葬られ
墓の中から口ずさむだろう
絶望に旋律があるなら
それが最後の歌になるだろう

谷を飛行機が走っている
うすくらがりの谷を
セキレイのように
窓から漏れる暖色はともしびのようだ
あの人は燃えるたいまつflaming torchでした
偉大なクリエイター בּ֣וֹרְאֶ֔יךָボーレエイカー
譜面のように刻まれている
泣く糸電話

感情 ではない。糸が泣くだけなのだ
さらなる災厄をもって災厄を乗り越えてゆく
世界一高い木はハイペリオンと呼ばれるセコイア
世界一太い木はエル・トゥーレと呼ばれる杉
世界一成長の速いのは竹 一日で一メートル以上伸びることがある
三万 魚
一万 鳥
百万 昆虫
タコの頭が長い
羽が生えちゃって困る
ハエが止まって動かない
力は天蓋の形をしている
白か黒か
二進法で進む
それは光と大いに関係がある
タコの頭から下の動きで
白黒で進む

 

 

 

Rebornと小さなふたつのいのち

 

ヒヨコブタ

 
 

ちいさなからだで
わたしより早い鼓動で
声をあげる
その声やしぐさから読みとることができぬほどの
初心者と暮らす猫たちは
幸せになってくれるだろうか
いいのだ
わたしたちが読みとろうとし続けることだけやめずに
そのこたちとの日々がいまここにあるのを
感じ続けると決めたんだ

旧き友はわたしに
あなたのRebornをただ嬉しいと
よき猫先輩の重くあたたかなこころ

かつて詩人が書いた猫について
かつて作家の書いた猫への愛

そのからだに手をやるとき
目一杯撫でるとき
思い出す

すべてがこちらのエゴであるとして
それを忘れずに生きよう
あなたたちと生きるこれからを
毎日振り回されているいまを
懐かしむことをたぶんわたしは

ことばの伝えられぬものの声は
しっかりきいてやりたいのだ
祖父がかつてそう貫いたこころに
わたしも新たに重ねていこう

 

 

 

キャッ、シュッ、レス、キャッキャッ

 

辻 和人

 
 

10月だなあ
まだちょっと暑いなあ
街路の緑は心なしか褪せてるかなあ
10月と言えば
消費税上がったなあ
8%から10%へ
最初に導入された時は確か3%だったなあ
ぼくは社会人2年目であの頃大騒ぎだったなあ
それが、それがだなあ
5%だなあ
8%だなあ
ってきて
キリのいい10%
2%上乗せっていうとそれほどでもない気がするけど
当初から3倍以上だぜ、やっぱりすごいなあ
子供が多い家なんか大変だろうなあ
さて、昼飯昼飯
会社から歩いて3分のいつものコンビニへ
うーん、あんかけ焼きそば本体価格445円にするかあ
並んで並んで
急速にベテランになりつつあるランさんに
レンジでチンをお願い
小銭出しかけて
ストップ

キャッシュレス決済すると幾らか還元されるってテレビで言ってたなあ
めんどくさがりなんで電子マネーの登録はしてないなあ
キャッシュレスと言えるのはクレジットカードとSUICAだけだなあ
SUICAはカバンの中だから手元にあるのはクレジットだけだなあ
普段はこんな少額でクレジットなんか使わないけど
じゃあ、こいつでお願いします
「はい、かしこまりました」
ランさんの褐色の声、いつものようにきりっと縁取りされてるなあ

キャッ
シュ
レス

いつものように鳩さんいるなあ
公園のベンチに腰を下ろして
焼きそば食べながらレシート確認
本体445円に消費税35円
8%じゃないかあ
そうか、軽減税率かあ
食料品は持って帰れば8%のままなんだあ
おりょ、この9円ってのは何だあ
うひょ、キャッシュレス還元だあ
キャッ
シュ
レス
2%なんだあ
キャッキャッ

445円+35円-9円で471円かあ
おいおい
増税って聞いてたのに
クレジットで決裁しただけで
9円得しちゃったぞお
いいのかいいのかいいのかなあ
うーん、いい世の中だあ
このペースでお昼のお弁当買えば
10日ちょっとで缶コーヒー1本くらい買えちゃうんだあ
目に見えないけど
キャッ
シュッ
って存在して
レス
がつく
見えなくなった分だけ
凹と思ってたお金が凸に変わるんだあ
見えれば損するんだあ
見えないと得するんだあ

ほんとはさあ
見えなくなったものを
どっかで見てる奴がいるんだよなあ
キャッ
シュッ
って
その一瞬逃さない
レス
その分おまけ
嬉しいなあ
キャッキャッ
でもでも
お金動いたなあ
こいつお金払ったなあ
見てるなあ
見られてるなあ
キャッ
シュッ
この情報、どんな風に溜め込まれるんだろうなあ
どんな風に使われるのかなあ
わからないなあ
見られてることは確実なのに
こっちから向こうの姿は見えないなあ
それにさ
この還元、そのうち終わるんだなあ
得してるのは今だけなんだあ
そしたら
キャッ
シュッ
レス
するたびに
見られることになるんだなあ

ま、ま、気にすんなあ
とにかく今は9円の得だあ
10日ちょっとで缶コーヒー1本だあ
てな考えてるうちにお昼休みそろそろ終わりだあ
てなこと考えてたから焼きそばの味わかんなかったあ
焼きそばの味返せ
このぉー、見てる人

キャッ
シュッ
レス

おっとあの人いつもの鳩さんのエサやりさんだあ
こっそりパン屑みたいのあげてんだあ
集まってきたあ、降りてきたあ
鳩さん、よく見ると嘴の根本のトコ白いんだあ
足はピンクなんだあ
鋭い爪がカチッとついてるなあ
尾は心持ち上向きなんだなあ
ポットみたいなすっきりした形態だあ
いっつも体中を小刻みに震わせてるなあ
頭が微妙に上がったり下がったり
羽はバサバサッと広げたり閉じたり
袋を持ったエサやりさん、あと10歩
これからもらえるご飯への期待に
ポポポポポッ
沸いて震えるポットに足と羽が生えて
その姿
味わいがあるなあ
キャッ
シュッ
はないんだあ
レス
もないんだあ
得も損もないんだあ
まだ見ぬ缶コーヒー1本分の
味より
食べたのにわからなかったさっきの焼きそばの
味より
多分深いんだあ

キャッ
キャッ