鎌倉三文オペラ<全4幕>

音楽の慰め 第34回

 

佐々木 眞

 
 

序幕

 
亡年亡日
昔ひとりのあきんどが、諸国一見の旅をしながら、屑払いの仕事で僅かに口を糊していました。

わいらあ、しょこくいちげんの屑はらい
クズイイイ、くずいい、おたくのどこかに、屑はないかいなあ
いままでみんなが捨てていたあんなもの、こんなもの、みーんなまとめて超々高値で引き取りまっせ

いくらで引き取るかって?
例えば、初代のリカチャン人形→、5万円以上
ビックリマンシール「スーパーゼウス」、10万円以上
壊れたオーディオ機器、8万円
昔使っていたバイクのヘルメット、1万円
状態によって金額は前後するけど、このように意外な品物に意外な金額がつくことが、ほんまにしょっちゅうありまっせ

んで、おたくにこんなもん、あらしまへんかいな

毛皮のコート、スーツ、洋服全般、ジーパン、デジタルモンスター、ブランドバッグ、ブランド洋服、参考書、鉄道チケット、ゴルフ用品、ウクレレ、貴金属、使い古したアクセサリー、片方のピアス、石の取れた指輪、イミテーションアクセサリー、ネクタイピン、カフス、ピンバッチ、エアコン、車のバッテリー、シンセサイザー、こけし人形、贈答品のお皿類、亀の剥製、火鉢、革製品、自転車、車のパーツ、電子ドラム、ウオシュレット、スポーツ用品、お酒、ワイン、ブランデイ、ウイスキー、芝刈り機、圧力鍋、包丁、ミキサー、ギター、釣り竿、ルアー、キャンプ用品、筋肉マン消しゴム、レゴ、ファミコン、プレステ、ネオジオ、pcエンジン、ゲームソフト、古いキューピー人形、美容器具、健康器具、TOMY、市松人形、キャラクターカード類、切手、収入印紙、コイン類、レコードプレーヤー、オープンリールデッキ、望遠鏡、三味線ばち、ハッピーセットの景品、映画の半券、期限切れの仕立券、トランシーバー、カラオケセット、昔の携帯電話、電子ピアノ、ブランデーの空き箱、炊飯器、サーフボート、リモコン、カタログ、取り扱い説明書、ポイントカード、懸賞応募シール、芸能人記載の新聞紙、象牙、サックス、パイプタバコ、シルバニアファミリー、リカちゃん人形、ペコちゃん人形、マルちゃん人形、エースコック人形、壊れたエレキギター、古いバイオリン、フィギュア、ヒーローものオモチャ、使えなくなったカメラ、骨董品、鉄器、鉄瓶、茶器、銀盃、香道具、日本刀、学生制服、様々な業種の制服、天然流木、古びた漫画、チョロQ、ミニカー、アンプ、昔のapple製品、ビックリマンシール、ギザ10、MDプレーヤー、ポケモンカード、テレフォンカード、フロッピーディスク、ウオークマン、壊れたカセットレコーダー、昔のカセットテープ、ブランデーの空ビン、南京虫(婦人用時計)、古いアンプ、昔のベータテープ、工具、壊れたパソコン、鉄製のミシン、壊れた時計、使い古しの化粧品、香水、ブランド品の空箱、F1ポスター、欠品プラモデル、のこぎりの刃

などなど、なんでも高値で引き取りまっせ

 

第2幕 片方のピアス

 
亡年亡日
昔沖縄で結婚式を挙げた時に、白い砂浜に片方の青いピアスを忘れてしまった八島洋子ちゃんは、小町通りを左に折れた鏑木清方記念美術館の前で、赤瀬川原平氏と連れだって歩いていたこおろぎ嬢と出会った。

左の耳に青いピアスを付けた八島洋子ちゃんは、朝顔の柄の浴衣を着て、紅いぽっくりを履いたこおろぎ嬢めがけて、ぐんぐん近づいていく。

こおろぎ嬢の右の耳には、青いピアスが小町通りの夕陽にキラキラと輝いていた。

 

第3幕 期限切れの仕立券

 
亡年亡日
若い母親たちから、憲法9条についての講演を頼まれた劇作家の井上ひさし氏は、御成小学校の中にある木造校舎の一室で、レジュメを出そうとしてポケットの中をさぐっていた。

すると、昨夜書いた講演会のためのレジュメの代わりに、皺くちゃになった紙切れが出てきた。

それを広げて良く見ると、銀座三越の特選スーツの無料仕立券であったが、生憎ちょうど昨日で期限が切れている。

井上ひさし氏は、チエっと舌打ちすると、その仕立券を丸めて、部屋の片隅にあった屑籠にポーンと投げ入れた。

 

終幕 壊れた時計

 
亡年亡日
新橋の内幸町のNHKホールで大道具のアルバイトをしていた、当時慶應義塾大学商学部4年生の加藤幸吉君は、「歌のグランドショー」の裏方の仕事を夢中になってやっている間に、父の形見のオメガの銀時計を失くしてしまった。

加藤君は「歌のグランドショー」の空舞台の最前列で、「こんちくしょおおお! こんちくしょおおお!」と、何度も何度も悲痛な声で嘆き悲しんだが、いくら探しても、いくら叫んでも、時計はとうとう出てこなかった。

それから何十年も経ち、リタイアしてから鎌倉に住む加藤君は、市立中央図書館の帰りに、ニンニクもニラも入れない山本餃子の餃子をお昼に食べようと思いついた。
餃子の本場中国では、ニンニクもニラも入れないのである。

狭い山本餃子の横一列のカウンターには、幸い一人しか先客はいなかった。

やれうれしや、とグラグラと不安定なイスタンドに腰を下ろした加藤君は、いつものように餃子9個入りの「餃子定食中」を頼んでから、ふと隣の客を見ると、加藤君とほぼ同年代の後期高齢者が、次々に餃子を平らげている。

しばらくして加藤君は、その男の左腕に、古いオメガの銀時計が嵌っているのを認めた。
さっきから秒針はまったく動いていないので、きっと伊達時計だと思われるが、その時計は、昔むかし若き日の彼が、内幸町のNHKホールで失くしたオメガに、じつによく似ていた。

気がつくと加藤君は、すでに勘定をすませて店の外へ出ようとするその男の左腕を、ムンズと掴んでいた。

 

*この作品は、我が家に配達された「珍品新聞号外」の文章を、出張買取「トータル」の代表、坂根太郎さんのお許しを得て一部リライトして使用しました。

 

 

 

私にだけ支えがない *

 

おとといの夜に
帰ってきた

女は
シンガポールから

帰ってきた

飛行機は台風の渦の外側に沿って
飛んできたのだろう

日曜の夜
酒を飲まず

男は車で駅まで迎えにいった

土曜日と
日曜日と

ソファーでモコと横になっていた

一度だけ
水曜文庫に行って

矢川澄子を買った

美しい女だ
美しい女がいた

奇跡のようだ

どこかに美しい男もいるのだろう

美しいは
ヒトの

感情だろう
鮮やかで快く感じられ

綺麗と
場合によっては

口に
するだろう

どうなんだろうか

十年くらいは通用するだろうか
一万年くらいは通用する感情だろうか

矢川澄子は美しい

死んでいった
死んでしまった

蜂のような うなり声がする *
蜂のような うなり声がする *

それは 男のうなり声だ
グールドのようにうなっている

私にだけ支えがない *
私にだけ支えがない *

男のうなり声は宇宙を吹き過ぎる風だ
男のうなり声は宇宙の暗黒のふるえる声だ

 
 

* 工藤冬里の詩「裏返った初夏の凄惨」からの引用

 

 

 

裏返った初夏の凄惨

 

工藤冬里

 
 

こんなに晴れた秋の日なのに
空から毒が降ってくる
命は
捨てようとすれば近づき
遠ざかろうとしてしがみ付く
証拠とは見えないもの
維持するためだけのものではないデザイン
毒味してみてよと言われて
飲んでみせる
治ったり解決したりはしない
母の死んだ子の 襟が直角に交わってめいろのようだ
黒い扇形が
地形を均す
オレンジジュースが 暴れる
ブルドーザーの頬に板を充て
はつかり号にする
心に納めていた
山吹がかった丸
ディスプレイに段の畑の波が拡がる
濃い緑が頬に垂れ
その層から塩が流れ出してしまう
左手に剣
左手を突き上げる
裏返った初夏の凄惨
マスコミと云わなくなった
七一歳の顔を見る
放射線をかわすとオーロラになる
DNAとRNA タンパク質
私達は家と工場を往復している
設計図をコピーしパーツとしてのタンパク質を組み立てる
私にだけ支えがない
ばさばさと論証する
結末をしっかり予告する
蜂のような うなり声がする
水の浄化のデザインを知った人は
警告を受ける
そのルールと力、
繊細さと複雑さ、
によって警告を受ける
知識人から注意深く隠す
黄や茶色から
経穴から胃に来る
髭を剃る時のオレンジの明彩の変化
団塊の鼻息としての外向
イエローの分配、
初夏の裏返しの紫の凄惨
薄緑や青の中に
オレンジの

せいぜいがカートゥーン色

 

 

 

The BirthMark (2017年1月)

 

今井義行

 
 

アルジェリーとは Facebookで しりあった
あしばやに ちかづきあって
あしばやに
私は フィリピンへ翔んだ

2017年1月 ──

彼女は 1977年生まれの シングルマザーだ
娘が 3人いる
[もと夫は 暴力のひとでした
泣かされたけど
私は 愛そうと しました]

ブラカンの 新興住宅街にある あなたの家に
私は 行った
[この家に 招いた 男性は あなたが初めてです]
[どうもありがとう]

ここから 世界言語である 英語も交えてみる
誰が 読んでくれるか わからないから ──

フィリピンでの初夜 蒸し暑い部屋 大きな扇風機が廻る
The first Night in the Philippines  Hot and humid room  A big fan turns around
わたしとあなたは 全体で 愛しあい続けている・・・・・・・・
Me and You  On the Whole  Keep Loving············
*+*+*+*+*+*
隣の部屋で 3人の娘たちが まだ起きている
In the next Room 3 daughters Are still awake
長女(17歳) 次女(12歳) 三女(7歳)
Eldest daughter (17 ) Second daughter (12 ) Third daughter (7 )
そこには 携帯電話 衣類 お菓子が 散乱している
There Mobile phone Clothing Confectionery  Is scattered
彼女たちは 父親について ほとんど 知らない
They know  Little  About their Father
彼女たちは わたしたちの 音を 多分 知っている
They Probably Know Our Sounds
 

I like your name Argerie very much
わたしは アルジェリー という あなたの 名前が とても好きです
That’s because it’s a name that starts with A
A から はじまる 名前 だから です
Beginning day はじまりの日

Argerie  The first Night in the Philippines  You told me
アルジェリー フィリピンでの初夜 あなたは わたしに 言ったね

〈Look at my right Breast  Around  I have a big Red Spot〉
〈わたしの右の乳房を見て 周りに 大きな紅斑があるの〉

Argerie  I replied to You  アルジェリー わたしは あなたに 答えたね

〈 Is it born 痣(AZA)・・・・・・? 〉
〈それは 生まれつきの 痣 ですか・・・・・・?〉

This is my BirthMark
コレハ ワタシノ BirthMark デス
It is Given アタエラレタ モノデス

I am proud of the Given BirthMark
ワタシハ アタエラレタ BirthMark ヲ ホコリニ オモウ

〈痣〉と 漢字で書けば 痛々しくも 思われる
If writing with kanji with 〈痣〉 It seems painful
 

紅い斑 に ついて
About Red Spot

産まれる前に 赤い血管が ときに 密集して できる
Red Blood vessels before being Born Sometimes
They can be crowded together

皮膚から 透けるもの それが紅斑=痣だといいます
From the skin Through it It is said that Red Spot = 痣
But, The Word of BirthMark seems to be Bloody
けれど、
BirthMarkという言葉には血がかよっているように思われる
 

It seems like an Island country of Roses
それは ばらのしまぐに のようだ
It bridges the Island state and the Island country
それは しまぐにとしまぐに に 橋を架けます

Argerie I think that TheBirthMark is Beautiful

アルジェリー わたしは TheBirthMarkを うつくしいと 思っています
 

BirthMark is The, BirthMark
BirthMarkは The, BirthMarkです
 

The, BirthMark is Your Own The, BirthMark
The, BirthMarkは あなた固有のBirthMarkですね
 

わたしは 覚えている
I Remember

翌朝 よく 晴れていました
Next Morning
It was Sunny.
 

4girls+1boyの 5人家族 4 girls + 1 boy 5 Family
屈託の無い 朝ごはん A carefree Breakfast
〈もしくは、 長女は知らぬふりをしていたか〉
3人の青い娘 青いくだものを切り分けた 競うように
Three Blue Daughters  Cut the Blue Fruit Just like to Compete
それは 青い 光景だった
It was a Blue Sight そして And
アルジェリーは わたしに 青い水を 差し出したのだった ──
Argerie offered Me Blue Water …… ……
 

[さあ、めしあがれ ヨシユキ!]

 

 

 

とってもよいことが起きる日

 

長田典子

 
 

つよい北風がふいて
ドアは
たすけてたすけてたすけて
と言いながら
閉まった

たすけ
てた
すけて

たすけくん
出た ドアから
すけて
とうめいにんげん
出た

ドアは閉じて開いた
はろはろはろはろはろー
と言いながら
たすけくん
ドアを
ぱたりぱたりぱたりした
音だけがした
たすけくん
だれも気がつかない

たすけくん
てけすたてけすたてけすたこらさっさ
丸テーブルの上にあったお土産のずんだもち
たべた
たすけくん
ずんだもちたべた
ずんだもちのすけになった
もちもちねばねばざらざらする
ぱたりぱたりする
つよいつよい山形だだちゃ豆の
山形ずんだもちのすけになった

つよい風がふいて
山形ずんだもちのすけさん
ドアをぱたりぱたりぱたりして
はろはろはろはろーって
ドアを開けて
てけすたてけすたこらさっさ
丸テーブルに向かって歩いていった
だだちゃ豆色の燕尾服きた紳士の
山形ずんだもちのすけさん
ふかくゆっくり椅子に座った

きょうは
なんの日?

知らない
でも
とってもよいことが起きる日さ

山形ずんだもちのすけ男爵は
てけすたてけすたこら
さっさっさ
あご髭をすぅっとなでたんだぁ

 

 

 

「夢は第2の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」 第76回

 

佐々木 眞

 
 

 

私はシゲハラ印刷に頼んでAPフェアの5点セットPOPを作ってもらい、それを全国各地の百貨店の売り場に飾りつけると、日本の名城をデザインした扇子を額に鉢巻きで巻いて、カッポレカッポレを唄いながらそこらを練り歩いた。7/1

女の子の家庭教師をやっていると、必ずその子が涙する時がやってくると先輩がいうので、私は何年も待っているのだが、まだその時は来ない。7/2

いつも京に来ると道に迷ってしまうのだが、今日も山科の里山辺で、どっちが駅なのか分からなくなってしまった。道を聞いても言葉が通じないし、そのうち私は、私自身が何者であるのかすら、茫洋となってきた。こんなことは初めてだ。7/4

京都駅から下り電車に乗ったら、鳥取や島根方面に行くおばはんたちが大勢乗っている。聞けば彼女たちは、みな地元の町会議員で、党派は違うが、研修という名目で京で観光してきたそうだ。7/5

久しぶりに五反田のダーバンへ行ったら、ナベショウ氏につかまって、彼が海外で買い集めた玩具のミニトロッコの御託を耳にする羽目に陥っていたく消耗していたら、折り良くミズノ氏から、「ちょっと来いよ」という電話があったので、これ幸いと逃げ出した。7/6

私は中原中也の真似をして、詩集の初校を持って、あちこちで見せびらかしているうちに、1枚、また1枚とどこかへ消えてしまい、しまいには全部無くなってしまった。7/7

家の鍵とか車の鍵とか、探しても探しても、長い間見つからなかった紛失物が、次々に出てくるので、夢かと喜んだのだが、目覚めてみると、それは全部夢だったので、コンチクショウメと歯ぎしりしている私。7/8

東京に本社があるために、いつも東京ファーストで東日本地区のことしか頭になかった私は、時々大阪支店の連中から、苦情と警告を受ける羽目になった。7/9

ルックのオオムラさんが、芸大の教授になったというので、私はいったいどういう裏技を使って、そういう芸当ができたのかを知りたかったのだが、オオムラ氏は、それは企業秘密ですというて、どうしても教えてくれない。7/10

私は昨夜の夢を、ケイターメールにしたためておいたので、それからは安心して、朝まで眠ることができた。本当は、夢見た直後に蒲団の中で録音しておけばいいのだが、それでは家人を起こすことになるので、要注意だ。7/12

アカプルコの海岸のカフェバーで、日向ぼっこをしていたら、店の女の子が、ここらへんは殺し屋の殺し屋がうじゃうじゃいるから、中に入っていたほうがいい、という。でも、どうしておらっちが殺し屋と分かったんだろう。もしかして彼女も殺し屋?7/13

宿命のライバルである我々は、アメフトの試合の途中で大乱闘となり、お互いに殴る蹴るの乱暴狼藉を繰り返しているうちに、多数の負傷者どころか、死者まで出てきたのだが、調停役のレフリーが、とっくの昔に逃亡していたので、誰も止める者がない。7/14

飛行機の前でマゴマゴしていると、衝突しそうになったので、どうも縁起が悪いな、と思いつつ、最前列に乗り込むと、ちょうど真向かいに停止中の飛行機の窓から、私を狙っているライフルが見えたので、すぐにカウンターに戻って、搭乗をキャンセルした。7/15

◎◎市の○内の範囲では、うんとん家が惹き起した暴動に巻き込まれているという情報が、テレビの速報で流れた。7/16

どういう風の吹きまわしか、馬鹿殿の不興を買ってしまったので、なんとかして元通りに修復したいと思うのだが、なんせ相手が相手なので、どうすればいいのか、妙案を思い付けずにいる次第。7/17

世界最短詩の候補として、愛、愚、凡、穴、人、友、生、死、無、息、根、交、神などの漢字が浮かんだが、そういう既成の単語以外に、新造語や絵文字、混成語もあるのではないかと思い付いた。7/18

7月になって、朗報が飛び込んできた。私の芝居を、紀伊国屋ホールで上演するというのだが、ついては200万円寄越せというので、それはどういうことかと、文無しの私は、吃驚仰天だった。7/19

台所の床下収納庫の蓋を開けたら、底に巨大な魚の目玉が爛々と輝いていたので驚いた。この目の大きさからすると、地球上に棲息する魚ではなく、もしかすると、伝説上の大魚、鯤鵬ではないだろうか?7/20

内田百閒の「東京焼盡」から霊感を受けて、たった1晩で書き上げた私の「こうすれば10の天変地異から身を守ることができる」という本は、あっという間に、ベストセラーになってしまった。7/21

イデ君と素材メーカーとの打ち合わせに出張してきたのだが、バスを降りてから峠道を歩いても歩いても、目的地に着かない。そのうちイデ君が、道端でちょっと小用を足すから先に行ってくれというので、どんどん登っていったら、三差路に差し掛かり、イデ君もどこかへ消えてしまった。7/22

神宮球場のスタンドで、次の投球を打者がホームランすれば、私の歯痛が治るはずだ、と確信して待ったが、生憎三振に終わってしまったので、痛みは倍増するようだった。7/23

うみうし氏は、おもむろに懐の中から魚を取り出して机の上に並べ、若き兵士たちに食べさせてから、降り注ぐ弾雨をものともせずに戦場に飛び出し、まだ息のある若者を背負って、次々に塹壕の中に引きずりこむのだった。7/24

どういう風の吹きまわしだか、イケダノブオのアルファロメオの新車の助手席に乗ってしまった私は、シカゴ市警の全パトカーから追われる身となってしまった。7/25

誰かの詩集のなかに、1本の木の写真が挿入されていたのだが、それがあまりにも美しいので、書かれた詩のことなど、すっかり忘れ去ってしまった。7/26

戦況が思わしくないので、かつて戦場で一度も敗れたことのないスナフキン野郎を思い切って投入したのだが、敵軍の強襲に、たちまち撃退されてしまった。7/28

オオキさんチのアパートの近くで、誰かにどーんとぶつかられて、ばったり倒れてしまい、身動きできないでいると、またしても、そいつがのしかかってきたので、ひらりと身を交わして、避けたのよ。7/29

「世界大変」「世界大乱」「世界最凶」などの言葉が駆け巡って「万事快調」と覇を競い合うので、なかなか眠れなかった。7/30

これからの自動車業界を展望するS氏の本が刊行されたが、特別付録の、S氏が所属するA社の社長と、そのライバルのB、C社の社長との対談が面白いというので、業界の話題になって、アマゾン売上のトップに躍り出た。7/31

 

 

 

 

原田淳子

 
 

 

ゆめのじかんがおわった朝は
きえてゆくゆめを栞にして
自転車にのる

図書館の地下書庫の剥がれた請求記号

汗に濡れた皮表紙

仄暗い、黴のにおいのなかで
かたまってしまった913.6のことばに
似たゆめをみつけて、栞をさす

きえたゆめのぶんだけ、栞をさす

秘密の暗号のように
永久に知られないまま
朽ちて、塵になる

どれくらいの栞があるのか
それがなんの栞だったのか
黴の匂いでわからなくなって
偉人たちの写真も
ゆめのいろも
わすれるまで、栞をさす

さしつづける

夜は台所でタオルと靴下をあらう

遠くで河が流れている

わたしの真うえを雲が流れている

わたしも
栞も
雨にうたれて、塵になる

 

 

 

Desert moon, my daughter

 

今井義行

 
 

ドーハは、アラビア湾沿岸の半島に位置するカタールの首都で、
ドーハ湾に面した近代都市 ──引用

尖った 高層ビルが
都市部の中枢に 密集しているその周りは
無限のような
砂漠。

その街の企業で
出稼ぎ労働者として はたらいている
血のつながっていない 我が娘
リアン。

もうすぐ はたちに なるんだね

きみから メッセージが 届いた
もえあがるような 熱い 真夏の夜に ──
砂漠から 吹き寄せるような 風のなかで

きみは いま
ながい 髪をゆらし
月を
見上げていることだろうか

Desert moon, my daughter

[Hi, ChiChi, GenkiDesuka?]
[Yes, my precious daughter Rian!]

英和辞典で fatherを 訳すと
父= ChiChi となるのだろう
私は
ChiChi だ

[リアン、仕事はうまくいっているかい?]
[グッド!!
Hope to see you and visit Japan, ChiChi!!]
リアンの言葉は
砂漠のうえのまるい月のように 弾む

[Teach me basic NIHONGO
I will teach you ENGLISH, ChiChi]
リアンの 言葉は
砂漠のうえのあかい月のように 弾む

Desert moon, my daughter

[もちろんだ リアン
おたがいに 教えあおう ──]

[I want to visit in Japan next year!!]

ねえ、リアン、、、、、
ママのアルジェリーから きいているだろうけど
アルジェリーと私とアンジェラとペンペンの4人で 来年の1月に
ブルネイへ行くんだ
ねえ、リアン、、、、、
きみは 休暇を取ることを許されていないので
私たちと 合流することはできない
ゴメンな、リアン、、、、、

ブルネイはボルネオ島にある小さな国で、
首都バンダル スリ ブガワンは、
豪華なジャメ アスル ハッサナル ボルキア モスクと
その 29 の黄金のドームで知られています。──引用

[No problem, ChiChi、、、、、、]
[Hope to see you and visit Japan, ChiChi!!]

ああ、リアン
きみは とても いい娘(こ)だね
[グッド!!]

もえあがるような 熱い 真夏の夜に ──
砂漠から 吹き寄せるような 風のなかで

きみは いま
ながい 髪をゆらし
月を
見上げていることだろうか

Desert moon, my daughter

 

 

 

撓垂れた *

 

姫林檎の

植木鉢が
玄関にある

胡蝶蘭と
紫蘭の鉢も

置いてある

胡蝶蘭は
義母の

葬式に兄と姉が送ってくれた

ひとつでは

仏壇が寂しいから
もひとつ

女が買った

もう
白い花は落ちて

緑の厚い葉が光っている

紫蘭は
義母が育てていた

姫林檎はいつだったか
義母の誕生日に

玄関に飾った

春には

白い花が咲き
夏には

小さな実をつける

玄関のポストの下にはアロエが生い茂っている
盛り上がってトゲトゲの緑の葉をひろげている

義母のアロエだった

毎朝
水をやる

姫林檎にも
胡蝶蘭にも
紫蘭にも

新聞を取りに出た時には水をやる

それでも
夏の午後には撓垂れていた

撓垂れるの”撓”は”しほる”とも読むようだ

しほる
しほる


目覚めてしほる

朝早く目覚めてしほる

新聞を
取りに出る

花に水をやる
植木鉢の土の窪みに水は溜まる

 
 

* 工藤冬里の詩「holy sunameri moters」からの引用

 

 

 

holy sunameri moters

 

工藤冬里

 
 

-1.先週までのあらすじ(ネタバレ)

人生のアーカイブ化を図るK(60)は、文壇もとい分断された詩の場所を統合しようとして失調し、ウィーン分離派があるなら日本分離派はないのか、などと呟きながら財布ごと銀歯を失くした呂律の回らぬ頭で反メルキゼデクを妄想する。空港近くで避難警報を受信するが、町の避難訓練だと分かると宙吊りにされたままビッグコミックオリジナル9月20日号佐藤まさあき「夕映えの丘に」再掲を読み、モノクロームの線が赤より赤いことに驚く。遠藤水城の満を持したアイトレ文に刺激され、「痺れるような柔和さと燦めくような分かり易さで諸体制の延命を図る頭脳らの世俗性を俺は拒否する/体制に延命など要らぬ/今滅びろ」とツイートする。青い朝顔の、午前中だけ続くその栄光を活ける。ブレードランナー2049を観、未来はなく過去を変えることでしか今の栄光はない、との思いを強くする。三万いくら入っていた財布を運転免許やカード類と共に失くし、タイヤをパンクさせられ、映画館駐車場の側溝に落ちて左大腿骨を強打し、巣立後のオスの足長蜂にまで刺され、身分証明にと持ち出したパスポートまで失くした状態は、自分が地雷として愛を定義してしまったことに因る彼方側からの攻撃と信じ込むが、金を拾うなどのいくつかの不幸中の幸いとでも呼べる出来事があり、幸福とは不幸度7に対して3くらいの割合で生じてゆくものだなどという間違った人生哲学を開陳するまでになり、止揚を相殺と訳すノヴァーリス、偶然と悪霊が殺し合うのか、などと分断/統合の結末を呪いながら、切れた筋肉に絆創膏を貼って灰に赤い糸の混じった眠りに就くのだった。

 

0.創(キズ)

目覚めれば満身創痍と分かるだろうきずをつくると書いて創造
絆創膏剥がす速度を速めればきずなのきずは一瞬で済む

顔の上で
金八先生のようなことを打っているうちに
また寝てしまい
緩んだ手から眉間に降ってきてさらにベッドの
下の硬い床に落ちました
慢心創痍工夫

 

1.次の日

チャンジャ高かった?
よく見れば灰とピンクでアルトーぽい
白にも色々あるね
車を選ばされる社会
先生 トイレに行っていいですか
と言えず池田さんの足の周りに水たまりが広がっていった
過去を変えるだけのヒーロー
文字を立体にするだけの落書きが
後の映画のエンブレムになろうとは
レプリカントの血のように
弁当のチャンジャ
国分寺の坂を下った
深夜もやっている定食屋で
若い人達はチキンカツ定食を食べていた
そこでチャンジャを見つけた時は嬉しかった
幕の奥に振りかける
イエス、幕は肉体である
故意の恋の罪に犠牲は残されていない
最後から二番目のセミがまた啼き出した
背広は袖が狭くて手首が入らない
どうしても死が必要である
代わりの血で契約を
地平線近くで興ると雄大に見える
濁点は付けないでくれ
おしゃれ泥棒
心に置き頭に書く 法律
撓垂れた観葉植物
拓輝は ひろき と読むのか
みんな親に似てるなあ
親の親を五十代くらい遡れば
もっとトマトやキュウリが出来るだろう
地上に建てるものではない
前に話したじゃないですかー
ここで眠くなっちゃった
インタビュイーはこたつの中で髪を七三に分ける
次の日を心配しなくていい
次の日はない
次の日を末席に坐らせる
私は次の日である
過去が、次の日なのである
声たちが、席に着いている
次の日は招待されたが断った
駄菓子屋のような風が吹いている
露地や小径に行き、誰でもいいから無理にでも連れて来なさい
笑ってない

 

2.居酒屋「ラッキー」にて

いっぺん病気でもせんとこりゃ無理やな
でもこれは所詮にんげんのものがたりだ
なんてこった
柿の実が俺に当たる

 

3.すっからかん節

すっからかん
すっからかん
ジャック・ラカンもすっからかん
五百羅漢もすっからかん
次の日はない
妄想の中で過去を変えることの中にしか
希望はない

 

4.敵の土地で朽ち果てる

告別の間僕は眠っていた
言葉は洞門の内壁を伝い
上流に抜けていた
認知が完全に進んだ時
司会者が町にやってきた
鳥籠を持って
羽が生えるのではない
羽で覆われるだけなのだ
今はセメントが居留地を覆っている
黝ずんで、SFのセットのようだ
破戒的な疫病が蔓延し
竹冠と草冠を取り払った剝き出し
真昼の決鬭から門構えを取り払うとどうなる
災厄がテントに及ぶことのないためには
鳥籠を避けなければならない
上流で言葉は禁令という石に打ち付けられる
正面から攻撃してくるのはライオンとコブラ
禁止の報せを帯びたディスプレイは青味がかっていて
迫害自慢の目隠しを外せば
吹き抜けの夜空が見通せる
手を並べ小さい恐龍と大きい恐龍、と言う
蓋を開けてみれば、
あるいは蓋から草冠を取り去ると、
私達は石のように笑っていなければならなかった

私は敵の土地で,生き残る人たちの心を絶望で満たす。彼らは,吹き散らされる木の葉の音に追い立てられ,誰も追い掛けていないのに,剣から逃げる人のように逃げて倒れる。誰も追い掛けていないのに,剣から逃げる人のように互いにつまずく。敵に抵抗することができない。 国々で死に,敵の土地で息絶える。(lev26:36-8)

荷を負い、外国に引っ越すべきか
隠し場所を決める
口籠で守る
口籠から竹冠を取り外すと
詩は用語を変えて
分裂したパーティーは長く続かない
牛乳パックの絵のように
或いは夏ツバキの幹のジグソーパズルのようにして
嫉妬を克服した
バレエの骸骨
追うマンガ
敵の土地で朽ち果てる (lev26:39)

 

5.共鳴しない秋の歌

君がいるのはいけないことだ
と歌う声がカーラジオから流れてきて
ぎょっとした
なやみつかれてまちのなか
と続いた
草野さんの声だということは
その頃にはわかっていた
検索すると
悩み疲れた今日もまた
だった
研究?している人もいて
カレーという語が出てくるのは
エンケンへのリスペクトだ、
ということだった

 

6.道連れ

死ぬ死ぬと言わせ
それはこういうことかと言わせ
受け身を加速させ
道連れの豚の群れに
ひこうき雲を聴かせて
食べられない体にしてから殺す
せめて食べてくれればいいのに
分かりました
フェストフード店に
言っておきます
あなたを食べた生き物を出しましょう
ありがとう
それでこそ政治家だ
どういたしまして
それがアジェンダとしてファーストですから
ああ
何とかの何とかが第一てやつのことですね
ありがとうありがとう
では一緒に歌いましょう
ごりん ごりん ごりん
りんごはごりんじゅう
じゆうなりんご
りんごは捥がれた
ところで
移動を禁じられるとは思ってませんでした
江戸時代はそうだったのは知っています
りんごは
自転車でモールに行き
百均で働いているだけですから
いいんですけど
農協も忙しくて
頼んでも田植えに来てくれないので
ふしぎな単一の植物がひょろひょろ伸びて
メキシコのさばくのようです
一度行ったことがあります
国境付近でした
UFOしか観光資源がない町という触れ込みで
プラダが店出してました
砂漠の真ん中にぽつんとプラダ
プラザ合意って知ってますか
留学したのはその前です
気分は田中英光でした
その頃は連絡船の出航用に紙テープが売られていました
海に色が溶けて
汚染といえば汚染でしたが
分かりやすい汚染でした
私企業とか紙テープとか
ウカマウがよくやる、
責を負うのは誰それであるという
分かりやすいターゲット設定の快感
それが今は
マリオネットだから
マリーアントワネット
ネットのマリオ
マリというオネエ
デラックスなターゲットだねえ
キンに目を向けさせる
キンのマネー
マネ菌

禁令下の
ジャーマネ
ゴダール曰く
いまや蚊の方が真剣だ
道連れで壁という曲を思い出したんですけど、元の詩は
たくさんのかべ
たくさんのおり
たくさんのろうや
それがくずれるとき
わたしの体も破裂するのだ
花をつめ
花をつめ
うつくしい花
すぐにくさってしまう
うつくしい花
という、シュトゥルム・ウント・ドラングの詩人レンツの影響下にあった礼子によるロマン主義的なものでした。初演は椎名町消しゴム画廊、角谷と礼子と僕の三人でした。その数年後に出たピナコテカ盤の、道連れのキクノハナ、という歌詞は、欠落を埋める気質のある攝が忖度して付け加えたものです。崖から飛び込む道連れはいいからきみはもう独りで歌え。

 

7.エンドロール

財布は戻り、事件は解決した。しかしKの胸にはいつまでも消えない重苦しさが残った。

「あの、俺さあ、もう詩人刑事やめようと思うんだ。所詮俺の居場所なんてなかったんだ、ってね。」
「それな」
「・・・」

 
 

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