今朝
目覚めた
小鳥たちの
声は
聴こえない
カーテンを開けて
みた
空は青く
ひろがっていた
きみは
どこへいったの
どこへいってしまったの
まっくろに
日焼けして笑っていた
悲しみさえなかった
今朝
目覚めた
今朝も目覚めた
今朝
目覚めた
小鳥たちの
声は
聴こえない
カーテンを開けて
みた
空は青く
ひろがっていた
きみは
どこへいったの
どこへいってしまったの
まっくろに
日焼けして笑っていた
悲しみさえなかった
今朝
目覚めた
今朝も目覚めた
しゅうたん、しゅうたんと呟きながら、急峻な坂を降りてきた。
私の愁い嘆きは、心が薄く透けている証であり、右足、左足、腰、胴、頭と、道筋に落としていく身体のぐらつきと同じように、心の揺らぎに拠っている。
修行とは、何か。しゅうたんしゅうたんと繰り返すことか。
雲母坂の中程、もう陽は落ちて、一切が闇の中である。風があると、木々の葉末がそよいで、波のようにうねり去っていく。去ればまた、音の波が起って重なり去っていく。
遠い、川の瀬音も重なる。
ぎゃぁと、嗚咽した。
薄い、草鞋の、指先の下で、何かを踏みつぶした感じがした。
液質の、ひしゃげる音もした。
ちいさな生き物を潰したのだろう。爬虫類か、それとも、少し大きな虫なのかもしれない。
私が、今こうしていることを知っている人は、誰もいない。さっきまでただ蠢いていた命を殺めたことも、誰も知らない。
しゅうたん、しゅうたん、比叡の頂から、私が落としてきた汚い砂、小石、言葉。
欲、小欲の銭。穴のあいた硬貨の幻かもしれない。
行とは、落下。落とし、捨てるほかに、修めることなど何もない。
幻を払い落とす、踊りの所作を闇の中に溶かすこと。
雲母橋を渡りきったそのあたりから、遠い西山の麓に町の灯りを眺めることができる。
魚を煮る匂いが、たちこめてくる。
「震度1以上の各地の震度は――」というラジオの音。
漫才師の、割れる怒声。
それから、赤ちゃんの泣き声。
水のような体験をしているのは、修行僧である私である。水は、生きている声音を吸い取って、この山あいから街中へと降りていく。
音の塵を溺れる寸前まで飲まされているのは、私である。
枯草で編んだ、草鞋には液質の何かが沁みている。草の汁か、それとも命が食した、また別の命の汁だろう。
ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ――
いつのまにか、足下の道は、舗装されている。
私は、硬直して別の音を鳴らしていた。
春に
生まれた
56年が過ぎて
母を
見舞った
雪原のむこうに
山々はあり
雪原のうえ
空は
ひろがっていた
雲が浮かんでいた
誰にでも空はあるだろう
そこにいた
そこに投げられていた
56年が過ぎて
なにもわからない
今日が
ひろがっていた
箪笥から、たぶん、狼狽した春を抜きだした。
そんな、手触りだけが残った。
墨のような、
跳ねが爪を食っている。
まさに今、食らう。
私はまもなく校歌をうたう、できるかぎりの轟音で。
例月、例月、例月、まわり、例月が年月を許さない。
区別がつかなくなってきている。
このまま、為体は、ねとねと。
淡緑の羊羹だというさじ加減か。
そろそろかな、うちあがりは。
この吸引、この吸収というべきか、のどごしに頼って疎かになった姿のまま待つ。
待つこともないが、
しゃあしゃあと終える時に、着衣していた土が香りだす。
柔軟剤より遥か遠くまで柔軟しきっていた。
香りに蜂が寄り道するように、このまま一生、目線を落とし、
偽わろうと寄り道を真似る。
道端の花束はこの街が機能しなかった場所を炙りだし、
機能しなかった校歌のように
そこを陣取る。
と、同等に雨が降る。
天気というものは、
こんなもんなんだと思います。
真面目に聴けない。
雨音が跳ねている。
どろりと脈うつ、
聴いたという感触の端から。
それは耳の輪郭と、この現象の端から
丸みだけを抽出して、
まるで
得体のしれない、
フルーツの盛り合わせである。
昨日の夜
新幹線で新庄についた
それから車で
西馬音内まできた
雪原がひろがっている
そのうえに
空がひろがっている
ヒトビトは
小さくみえる
子どものころ
増水した川で溺れたことがあった
死ぬんだと
おもった
死は遠くない
そこに川が流れていた
昨夜は
荒井くんが
浅草橋の西口やきとんで
待っていてくれた
わたしの誕生を
祝ってくれた
産まれたとき
泣き叫んだろう
憶えていない
ヒトに生まれた
虫だったかもしれないし
鳥だったかもしれない
ヒトはいつか垂直に叫ぶだろう
部屋は光に満ちている。
大きな鏡と白いキャンバスを前に、
あたしは絵筆をもって止まっている。
鏡には
何も写っていない。
十九歳の夏。
あたしは首のない自我像を描いていた。
細く切りひらかれた瞳は、
わずかな光を含むとすぐに閉じてしまうので、
光に満ちているはずの白いアトリエを、
あたしは、暗がりの、深度の浅い、
見渡しの悪い空間と認識した。
トルソーがいい、とあたしは思った。
人を描くなら、トルソーがいい。
鏡はいらない。
そして、頭部は描かない。
あたしの瞳から見えたものだけが物質なのだ、と。
あたしは、自らを見下ろしてみる。
絶壁のように、垂直に、下方へとひろがるカラダ。
床に投げだされた足、
それが、十九歳の〈私〉だった。
神田珈琲園で
サンドイッチと
ブレンドを頼んだ
今夜は
二階がいっぱいで
一階にいる
川崎の河原で
カッターで刺されて
死んだ少年のことを思った
その死もネットで
検索した
いまスマホでこの詩を書いている
カッターで
詩を刻みたい
午後に
うえはらんど3丁目15番地に
伺った
坂のうえだったはずが
通り過ぎていた
記憶の地図はあやふやで
今と一致しない
坂をのぼり
坂を下りて辿りつく
志郎康さんと麻理さんと
友人たちの
笑顔があった
空に帰して笑って
いた
地図はない
どさっ、とではなかった
ぐぐり、といった
腰をおとした指定席、新宮駅を
紀勢本線名古屋行き特急はのこして
シンパイのこして
伊勢の手前、多気へと
速度をあげる
ぐぐり、といった
窓ぎわへ母を促し通路の側へ
おとした腰の全重量を
おろしたての晴雨兼用折り畳み傘が
受け止めていた
ぐぐり、といった
駅弁買う前に、おはぎをみつけた
秋彼岸
これでいいよね、お昼
じゃらじゃらっとパックを鳴らして母が
しまったのに
カフェがあった 駅前
窓がおおきい
入る?
いいね、と母。コーヒーのみたい
そうだよね、喉かわいた。
雨もよいの丹鶴城址へ宿から五分
蚊柱に遭遇、退却して浮島みっせいする緑
徐福公園はあきらめ、でもほら
この道の先が速玉大社、昨日のバスで行った
ナギの大樹があったよね
のぼっておりて歩きまわって宿へ
入念な母はすっかり荷造り
ぎりぎりに出るのはシンパイだから
そろそろ行こうと促すので
どさっ、と放り込み
ぐぐい、とファスナーひいて
じゃあ行こう、とキャリーを立てたら
だまっている
どうしたの
キーがない
一枚でいいです、と返してもよかったのに
渡された二枚をうけとってしまった
いっしょにいるから使わないのに
一枚でドアをあけ、ホルダーに置いて灯りをつける
もう一枚は母が
その一枚が
ポケット全部みたの
だまっている手が休みなくうごいている
くちをひきむすんで
ちょっと怒っているようにみえるけど
気がせいてるんだ
知っているのに、できることはないか
焦れてきいてしまう
だまってて 考えてるんだから
気がちる
そうだねそうだった
きゅうっと狭くなる
通路
黒い表紙の宿泊約款ひらくくらいしかできないな
あ、いざとなればって、このくらいで
いざはくやしいな 三千円でいいのか
だいじょうぶだよ、あなたが言うように
早め早めにしていたからまだ三十分、
いや、一時間ちかくある
過ぎたってどうってことない
できることがないと心はおちつくのか
あわてる気質は同じなのに
一枚でたりるのに
一枚しか使ってないのに
その余りのもとめない一枚のために
まっしろになって くちひきむすんで
あわてなくっちゃいけないなんて
うーん納得できない
なんて言葉にできずに
うなっていたら母が
モノクロギンガムチェックのブラウスの
胸ポケットを
なに。え、なに?
うーん、こんなところに入れるなんて
ふだんしないことどうしてしたんだろう
つぶやく母の
肩がなで肩にもどる
まっしろになってくちひきむすんで
あっとおもってなで肩にもどって
よかったあっとゆるんで
お腹すくからなにか、と探しながら駅まで
水ひとくち飲まずに
厚切りトーストとコーヒー、
駅前カフェの
私は紅茶
熊野新報写真特集
くつろぎすぎて
あと十五分
改札へキャリーをひいて
指定券と、もう一枚
きのう途中下車してハンコもらった乗車券
もらわなかったかもしれない
もらわなかったって?
返してもらってないかもしれない
だったら返してもらわなきゃ
すみませんきのう昼過ぎ着の特急で
途中下車のハンコをもらうはずの
乗車券が一枚返されてないみたいで
あと十二分で出る名古屋ゆきの指定券もってて
二人のうち一人の乗車券はあるので
昨日の分の切符がまだあるなら
まじってないか探してほしいんです
わかりました探してみましょう
奥へゆくひと 検札にたつひと
つぎつぎに荷物もつひとたちが改札をとおって
ホームへ階段へと
あと十二分の針をおしてゆく
階段のぼって向こうのホーム
キャリーをさげて五分かな
ありましたっ
紙片をつまんで駆けてくるひとはいない
かわりに
調べてみたのですがありません
指定の席に乗っていただいて
ひきつづき調べて出てこなかった場合
あらためてお支払いねがいます
そんなぁっと
言いさしにしてとおる改札あと四分
いやだ、
かすかな悲鳴
え、声にならない
これ、と言ったろうか
困りきった指が
さぐりあてていた裏の黒い一枚
胸ではなく
バッグのうすいポケット
ハンコもらってそのまますとっと入れたんだね
むりもない
バスの乗り場へ気持ちがいってたから
いやだ、もう
そんな、よくあることだよあなたはきちんとしてて
自信があるからがっかりする
緊張したり疲れたりして
たまぁにうっかりしたのは
だめなひとの気持ちをわかるためかもよ
半ば母に半ば以上は
うっかりすぎる自分の肩もつように
くちひきむすんだまま
目をつむって母は
ぐぐり、といった
晴雨兼用折り畳み傘の
曲がりを直そうとして折れたのを
いいですか、と預かっていった
二見の宿の仲居さん
お伊勢さんをめぐる一日は
これで使えますよとガムテープを巻いて
包帯みたいだけど、だいじょうぶ
まぶしい秋分の
玉砂利ふみしめて
外宮から内宮、駆け足で
ああ、でもやってしまったみたい
なに、と母
デジカメ
お抹茶いただいたとき手首から外したたぶん
バッグの中じゃないの
いや、あそこだとおもう
駅の写真でも撮っててね
宇治山田駅のベンチにひとり
さぐってもひろげても、ああやっぱり
近鉄特急名古屋行きまで二十五分
内宮らしきところへ電話
あの、忘れものしたみたいです
デジカメ、ニコンの
クールピクス、ですか銀いろの
そうです、それです。送ってくださいますか
お手数ですが
いいですよ。持ち主のところへかえるのが一番ですから
ありがとうございます
あったよ、と告げて
よかった、とひとこと
やっぱりね、親子だね、いや
あなたはなくしてなかったけど
私は忘れちゃったしね
新宮のせんべい伊勢のまんじゅう
折り畳めない傘をキャリーにおさめ
近鉄特急名古屋行きの
窓は暮れはじめたところ