レッツ・エンジョイ・輪廻転生!

 

佐々木 眞

 
 

お久しぶり、おらっちコロンボ。

 

うちのカミさんとテレビを見ていたら、ニッポン国の首相と並んで若いモデルが立っていたので、誰だろうと画面を見直したら、ぬァんとまあ、2022年5月11日の今日、来日したばかりの、フィンランドの美貌の首相、花も恥じらう37歳のサンナ・マリンさんではないですか。

 

容姿端麗が歩いている! 才色兼備がほほ笑んでいる!

 

ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして、従来の中立政策を放棄し、NATO加盟を即決した、決断と実行の政治家として、世界的に注目されているようだが、んなこたァ、どうでもよろし。

 

容姿端麗が歩いている! 才色兼備がほほ笑んでいる!

 

テレビをつければ戦争、自殺、沈没、行方不明と陰惨な悲劇ばかりだが、そんな中でも時々マリンさんのような目の覚めるような容姿端麗、才色兼備が登場して、文字通り瞼が垂れ下がり、棺桶に両足を突っ込みかけた老人の、目覚まし草になってくれる。

 

容姿端麗が歩いている! 才色兼備がほほ笑んでいる!

 

ニュージーランドの首相ジャシンダ・アーダーン、デンマーク首相メッテ・フレデリクセン、モルドバ大統領マイア・サンドゥ、

 

世界は、美人すぎる政治家で溢れている。

 

容姿端麗が歩いている! 才色兼備がほほ笑んでいる!

 

ニッポン国にも容姿端麗な美人政治家がいることはいて、例えば自民党の三原じゅん子参院議員なんかは、文字通りその最右翼だろうが、惜しいことには、おむつの中身が八紘一宇で満杯で、こればっかりはどうしようもない。(きっと金八先生の教育が間違っていたんだろう。)

 

容姿端麗が歩いている! 才色兼備がほほ笑んでいる!

 

「若いのに宰相兼備。世の中にはこういう政治家もいるのねえ。生まれ変わったら、こういう政治家もいいわねえ。ところで、あなたはどういう人に生まれ変わりたいの?」

と、カミさんが尋ねるので、こう答えてやった。

 

「おらっちは、もう人間様にはこりごりだ。すぐにお互いにいがみ合って喧嘩して、喧嘩だけならいいけど、それがあっという間に無辜の民草を巻き込む戦争沙汰になってしまう人間社会なんかに、もう生まれ変わりたくはない。次は、鳥ならホトトギス、蝶ならギフチョウ、魚ならメダカ、花ならスミレにしよう、と、こないだ交通事故で死にかけて以来、心に決めているんだ」

 

「あらまあ、あーた、人間は、死んだら人間に生まれ変わるのよ。蝶よ、花よ、は反則よ」

「反則なんか知るもんか。昔から父母未生以前の存在は、人間を含めて地獄、餓鬼、畜生、修羅、天上の六道を行ったり来たり輪廻転生していて、草木国土悉皆成仏、かの梅原猛選手が唱えたように、人間は花鳥風月から修羅、犬畜生まで、なんにでもなって、何千何万回となく生まれ変わるのさ。げんに我が家のコウ君なんか、お釈迦様がお座りになっていたハスの葉っぱの生まれ変わりじゃないか」

「コウ君はそうかもしれないけど、私はずーっといろんな人間に生まれ変わっていくのよ」

「へえ、そうかい。おらっちは、随分長い間生き続けていて、もはや見るべきほどのものは見たずら。人間なんかもうたくさんだ。とりあえず次の世では、かの藤原定家が、夜も寝ないでその一声を待ち望んでいた、ホトトギスの♂なんかになりたいな」

「じゃあ私♀とは、もうすぐ永遠のお別れという訳ね」

「いや、永訣ではない。長い目で見れば一瞬の、ほんの束の間の別れだ。しばらくはお別れして、別々の人世、いや別々のライフ・ステージを、楽しもうではないか! 永久に不死身の輪廻転生を、テッテ的にエンジョイしようではないか!!」

「変なの」

「変でも構わない。それが人世さ。いや、もとい、僕たち、生きとし生けるものの、永遠の相なのさ」

「そうなの?」

「そうさ、レッツ・エンジョイ・輪廻転生!」

(2人声を合わせて)「レッツ・エンジョイ・輪廻転生!!」

 

 

 

2022年の憲法記念日

 

長尾高弘

 
 

ウクライナには
日本の憲法9条のようなものがなく、
歴としたウクライナ軍がある。
みんなそれを忘れてないか?
ロシアが侵攻したのは、
ウクライナ軍がロシア系住民を殺してる
という主張からだ。
(それは言いがかりだという人もいるけど、
 ぼくは本当だと思っている。
 証拠の動画は捏造されたものには思えなかった。
 でも、さしあたりその点については白黒をつけないでおこう)
もし、ウクライナ軍なんてものがなければ、
ロシア軍だってウクライナに攻めていくことは
できなかったはずだ。
自衛戦争の形をとりつくろわなければ
今どき戦争なんて始められないのだから。
なんで軍隊なんか持ってしまったのだろう?

日本には憲法9条がある。
でも、自衛隊という軍隊にしか見えないものがあり、
アメリカと日米安全保障条約という軍事同盟を結んでいて、
アメリカの戦争に参加する集団的自衛権なんてものも
行使することになってしまった。
日本のまわりは中国、朝鮮、ロシアと
アメリカが敵扱いしている国がずらりと並んでる。
朝鮮など、休戦してるとはいえ、
アメリカとはずっと戦争状態のままだ。
最近は台湾をめぐってアメリカが中国に脅しをかけており、
日本もしっぽを振ってついていこうとしてる。
南西諸島は中国の方を向いたミサイル基地だらけだ。
おまけにウクライナ紛争をきっかけに、
世論調査では改憲した方がいいという人の方が多いと
新聞が騒いでる。
「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることの
ないやうにすることを決意し」たんじゃなかったのか?
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
 われらの安全と生存を保持しようと決意した」んじゃ
なかったのか?
もう過去の過ちは繰り返さないという決意は
どこに行っちゃったのか?

 

 

 

在最後的春天裡;
最後の春のなかで、

 

Sanmu CHEN / 陳式森

 
 

在最後的春天裡;
總是散去,雲和人
而靈床堆著經籍泥土
有蜂,有傷口
沈重的段落
是陰鬱的中提琴。

在最後的春天裡;
群蜂飛舞。
蜂鳴,將挖出的泥土存放。
骨頭!危機的碑片
岩塊和鐵,還有土,
以及水的阻力。

在最後的春天裡;
露出傷口。
哦!鳥啊,只有骨頭堆才算數!
寄存的雨如史無聲
而心,畫軸一般展開。

在最後的春天裡,
嶄新的特首說:「我,和我們」
預告春天的囚徒
明天將再被捕⋯⋯
而山徑通向原野,
拔節的芒草在練習祈禱。

在最後的春天裡;
一顆落單的念珠遺置靈床。
昏死如同「相信」。
我的呼吸只是風的一部分;
虎斑是聖城的遺囑。

 

2022年5月11日 香港西貢

 
    .
 

在最後的春天裡;
 最後の春のなかで、
總是散去,雲和人
 結局は散ってゆく、雲も人も
而靈床堆著經籍泥土
 そして遺骸を横たえるしとねには古書が泥のように積み重なる
有蜂,有傷口
 蜂がいる、傷口がある
沈重的段落
 重苦しい一節は
是陰鬱的中提琴。
 陰鬱なビオラだ。 

在最後的春天裡;
 最後の春のなかで、
群蜂飛舞。
 蜂が群れ飛ぶ。
蜂鳴,將挖出的泥土存放。
 蜂は羽音を立て、ほじりだした土を置いていく
骨頭!危機的碑片
 骨! 危機を伝える石碑の破片
岩塊和鐵,還有土,
 岩塊と鉄、そして土、
以及水的阻力。
 さらに水の抵抗。

在最後的春天裡;
 最後の春のなかで、
露出傷口。
 傷口をさらけ出す。
哦!鳥啊,只有骨頭堆才算數!
 ああ!鳥よ、骨の山が築かれてそれでやっと恰好がつくというのか!
寄存的雨如史無聲
 預けられた雨は歴史のように音もないが
而心,畫軸一般展開。
 心は、掛け軸のように拡げられている。

在最後的春天裡,
 最後の春のなかで、
嶄新的特首說:「我,和我們」
 こんどの新しい行政長官はいう、「私、そして私たち」と
預告春天的囚徒
 それは春の囚われ人が
明天將再被捕⋯⋯
 明日にはまた捕らわれるのを予告するかのようだ・・・
而山徑通向原野,
 そして山道は原野に向かって通じ、
拔節的芒草在練習祈禱。
 ずんと伸びたススキはお祈りの稽古をしている。

在最後的春天裡;
 最後の春のなかで、
一顆落單的念珠遺置靈床。
 ぽつんとひとつの数珠が遺骸を横たえるしとねに残された。
昏死如同「相信」。
 気絶して正気を失うことは「信じる」ことと同じだ。
我的呼吸只是風的一部分;
 私の呼吸は風の一部分にすぎないのだが、
虎斑是聖城的遺囑。
 南の海の宝貝は聖なる都の遺書なのだ。

 

2022年5月11日 香港西貢 
 2022年5月11日香港・サイクンにて

 

日本語訳:ぐるーぷ・とりつ

 

 

 

 

 

薔薇の名前

 

工藤冬里

 
 

アニソンを通してしか真理を語ることが出来ないのでアキシュの王を騙す
格上シャンベルタン対密造ビオのような敗戦が繰り越されている
名前を見てから花を見るのと、花を見てから名前を見るのとどう違うか比べながら歩いた
どうも言葉が先らしい
脳は誰だか分からぬまま一枚づつ着せられて何処に戻るか
薔薇は花ではない

ヴィブラートが滅びを跨いでいる
怯えたヴィブラートは無駄な信仰
石の上の奇矯な行動によって認められる
娼婦の行動も記念として垂れ下がった
個人の墓から思いの中に取り出して
さらに餅をください
生来の意欲の前段階をimmnotherapyで強めてください
中間色の版画家の石の色した物語りの中で
家族は
民族浄化の決定がなされてからエステに意味を付与するしきたりが始まった
王にもフィッシング・メールを送ったので
教授の講義のテーマが変わった
仮面の内側の大三島は
ビールだけではない
royce’は信じない
負けない
親しくならない
死ななくていいので地上の体の各部を殺せば
プレス機で押し潰される前に弁当箱を救う
トイレで平手打ち
あゝ無理なことではないんだ
石化した盾型の白や青ざめた孔版画のヴァージョン
無理だと分かるには時間がかかる
毎日が宴会
限界だが離れたくはない
新しい人形の筋膜注射
音声案内のAI嬢にG.I.joe
思い出グラスシャンベルタン
東西南北ではなく上下内外を見る
今は木はみどりではなく黄色
石手川のほとりで枯れなかった
嘘をつくことだけ不可能
形式を遡る
踵を砕くとはもう地上でサンダルを履くことはないから
見えるものは張りぼてなので
ものづくりに価値はなかった
時間は水とは違って溜めることができない
午後の秋
のいろどり
従順な行動を伴っている千人に一人
の花

 

 

 

#poetry #rock musician

歩いて

 

駿河昌樹

 
 

     Suis-je amoureux ?
     ―Oui, puisque j’attends.
      Roland Barthes
      〈Fragments d’un discours amoureux〉 1977

 
 

雨がうつくしい

たぶん
迷子になったまま

歩いて

あるか
なきかの
こころの
花ばな
つよくはない
やさしく降る雨に
打たして

歩いて

やわらかい葉が
もう
いっぱい出ていて

雨に打たれて

わたしも花ばな
あるか
なきかの
こころの
花ばな

逝ってしまったひと
逝くひと
はじめから
いなかったひと

雨に打たれて

花ばな

夜ですから
くらい
くらい
もっとくらいところへ
行こう

歩いて

こころの
花ばな

《わたしは愛しているのか?
 ―そう、
 わたしは待っているのだから》*

 
 

*ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』(1977)

Roland Barthes 〈Fragments d’un discours amoureux〉, Seuil, 1977

 

 

 

餉々戦記(茶碗蒸し、て、みた 篇)

 

薦田愛

 
 

茶碗蒸し、て、みた
いつもしきりに食べたいああ食べたいと
唱えるほどではない
けれど好きなのだった淡いあじわいの ぷるる
と言ってすぐ食べに行ける先も思い当たらないのなら
つくるのが早い
と思えるくらいに少ぅしずつ
つくることに慣れてきた
ちょっとくやしいけれどつれあいユウキの作戦に落ちた気がする
「男でも女でも生きていく上で何でもじぶんでできれば
 困ることがないよ」
って たしかにね でも
蒸し器もあるのに仕舞いっぱなし
なぜだろう 毎日使うフライパンや片手鍋が気楽
っていうのは言い訳でたぶん
じっさい出して使ってみれば同じくらい
気楽で便利なんだろうな
新聞の小冊子や日曜版の
カラー写真つきレシピにそそられるとスイッチが入る
つくったことはなくても食べたことのあるものはなおさら
なになにフライパンに水張ってつくれちゃうの
蒸し器出さなくてもいいのなら一段と楽
茶碗蒸し、て、みた
蓋つきの器はあったはずが見当たらなかったから
百均でありあわせの白いのふたつ
新聞紙に包んでエコバッグの底へ

あれは勤め先が大手町、お濠端に移り
にょっきにょっき高さを競うオフィスビル林立するのを逃れて
大通り隔てた隣に
小さなビルや路地の多い内神田という町があるのを知ったころ
ふるびた長崎料理店をみつけた
ランチメニューのちゃんぽんや特別定食という文字と並んで
茶碗蒸し定食七百円
ちゃ ちゃわんむしですか
釘づけになったのだった食べてみた
小ぶりのどんぶりに満ちみちる
なるとだったか鶏肉に椎茸
海老も入っていたはず ああ
ゆるいめの出汁がにじみ出すクリーム色の
卵の生地 たぷったぷぐじゃあ
ふうふう冷ましながらうずめる匙をあふれる
たぷっふるっぐじゃあっ
出汁のいってきまで平らげたっけ
いったい卵いくつぶんだったろう
そういえば
タルトやミルフィーユ、シュー皮にずっしりつまったカスタードクリーム
だいこうぶつ
出汁巻き玉子にスクランブルドエッグにプリン
つまるところ卵ものが好きってことなのかな

茶碗蒸し、て、みた
その夜何度めかの
茶碗蒸し、蒸してみた
雛の節句にさむい雨いえ雪まじり

前の日もその日も出かけそびれて身もこころも屈託
日脚は日々のびているのに雲が低いと
暮れるのもなんだかはやい
紙箱にねむる小さな陶人形のお雛さまも飾りそびれ
玄関に生けた桃のはなびらかじかんでいる
ちらし寿司はハードルが高いけれどせめて
蛤のお吸い物くらいつくってみたいなと
去年みつけたレシピもファイルの紙束に埋もれたまま
せめて せめてもと
畑でとれて冷凍してあった黒枝豆を茹でて剝くむく
おおつぶの黒いうすかわやぶるなかから
あさみどり
地物の椎茸四つ割りボイル済みの小海老も
ふたつの器におさめ
卵ひとつに出汁一二〇ミリリットル
醤油とみりん小さじ一杯ずつ加えてざるで漉っすっ
のだけれど
らっらんぱくううっとスプーンにも菜ばしの先にもあらがい
ざるっううっの目をとおっらなぁいいっ
ああぁっ
ごぞごぞティースプーンでこするざるの
金属のあまいにおい
うっぐうっぐ
初めてつくったとき何げなく茶こしで漉したらぜんぜん通らなかった
ううっぐんっぐ はあ
すこし白いものがのこるけどこのくらいでいいや
そそぎ分けて蓋 あ フライパン
水は張ったまままだ沸かしてなかったよ
ぐつりぶくりぐらりぼこっ
あわのさなかへ並べて中身の半分の湯量でって
蓋したままじゃ置けないから外し
ぐらっ あつっ 並べてからかぶせて
湯気よけのキッチンペーパー畳んでのせフライパンの蓋
弱火にして十五分 タイマーをセットしてスタートし忘れることもしばしば
ああもうこんな時間
出すのずいぶん遅くなるな

百均でみつけた器は小さく
レシピどおりの量だと卵液が余るので
三分の二に減らし醤油とみりんも半量にしたらちょうどいい
濡れてあつあつなのをまた蓋を外し
落とさないように救いだしてぬぐって蓋
冷めないうちに食べたいなあ
と思っていたのに

雛の節句
さむくて身もこころも屈託
仕事帰りのつれあいユウキはバスタブに湯を張ると着替えをとりに二階へ上がる
その
すれ違いざま
なにか
なにを言ったのだったかわたし
なんと応えたのだったかユウキ
「きみの声は小さくてよく聞こえないんだよ」
ということもあったから
聞こえなくていらだったのだったか
うつむく気持ちが身体のふちをあふれて
せきあげる
声をのみ玄関わきの部屋でダウンコートと帽子
次の日からふたりで出かけるので着替えを入れてあったリュック
大きな傘と手袋も手に引き戸をあける
降っている 斜めに
みぞれまじりだ
斜めがけサコッシュには懐中電灯も入っている
鍵をかける
四方が山の町は街灯もまばら
田畑広がる集落は大通りまで真の闇
懐中電灯のちいさな明るみを差し出しさしだし
歩く
きのう家の中の急階段を踏み外して尻餅をついた
ガラス戸にぶつけた膝もかすかにいたい
躓かないように転ばないように
ああすっかりばあさんだ
雛の節句
なのに
なあ
十八分歩けばショッピングモール
路線バスは走っていない時間だけれど
家から四十五分歩けば駅
大阪に出れば宿はある
その前になにかお腹に入れよう
閉店まぎわのモスバーガーでラテに照焼バーガー
食べたかったのはこれじゃない
みぞれまじりの中へまた傘をひろげ
通りに出る 
と 
トタラトラタン トテラトラタン
握りしめていたスマホが鳴る
ユウキだ
「どこにいるの」
ゴダイの前だよ *
「ごはん食べよう 迎えにいくよ」
湯冷めするよ
「いいから ゴダイの前だね」
たちどまる
まっすぐ駅まで歩いていれば
一時間に一本の電車に乗れていた
白い車を待ちながらゴダイで
地酒と
ユウキの好きな赤ワインを買う
白い光の中を
歩く
歩きたかったんだと
独りごつ

雛の節句 
ダウンコートをぬぎリュックをおろし
ソファに並び 
ふたり
冷めた茶碗蒸しに匙をいれる
灯油ファンヒーターが音をたてる

 

 

 

頑張ってる音

 

辻 和人

 
 

すぅーっふぅーっずこんっこん
透明プラスチック越し
頑張ってる音、聞こえそう
ちょっと低体重で生まれたコミヤミヤ
保育器のお世話になってる
口には管、胸にも手にも足にもセンサーが貼られて
横のモニターには刻々変化する数字が映し出されてる
「お父さん、娘さん順調ですよ。
ぐったりしてるみたいに見えますけど違うんです。
保育器の中でいろんなことを勉強してるんですよ。
呼吸の仕方とか
体温の調節の仕方とか
栄養の摂り方とか
一生懸命覚えてるんです。
すごく活動してるんですよ。
応援してあげて下さいね」
ぼくの横にそっと並んだ先生が言う
確かにコミヤミヤ、動いてる
今、それっ
口をちょぼっとさせた
手の先をぴくっとさせた
お腹をひゅういっとしならせた
緩慢に見えるけど
緩慢どころじゃない
呼吸も体温も栄養も
力いっぱい勉強して
その結果がモニターの数字を
刻々突き動かしている
すごいね、コミヤミヤ
すぅーっふぅーっずこんっこん
頑張ってる
頑張ってる音、聞こえそう

 

 

 

 

みわ はるか

 
 

大きな喪失感に包まれている。

有限な人生の限界を真正面から突き付けられたような気がした。

 

3月下旬。

その日は休日出勤で14時頃に仕事が終わり、リュックを抱えながらおもむろに携帯を取り出した。

1件の、これまたメール嫌いな幼なじみからの連絡の様だった。

珍しいこともあるもんだなと疲れた頭で何だろうと考えていた。

階段をのろのろと降りながら中身をチェックする。

「はっ」と心の声が出ていたのかもしれない。

すれちがう人が怪訝な顔をわたしにむけていた。

わたしは、必要最低限書かれたその文面を何度も何度も繰り返し目で追った。

にわかには信じられないものであった。

「◯◯亡くなった。今日の未明。」

それ以下でもそれ以上でもなく、ただそれだけが書かれていた。

ただその文面がわたしに与える衝撃はどんな長文よりも大きいものだった。

守衛さんにいつもと変わらない笑顔をなんとか作り挨拶をし、駐車場まで歩く。

座席に座りゆっくりとメールの送信者に電話をかける。

コールの時間はものすごく長いように感じた。

彼も詳しいことは分からないようであったが、紛れもない事実であることは確かなようだった。

30代前半、働き盛り、奥さんもおり第2子妊娠中であった。

駐車場からしばらく動けなかった。

久しぶりの晴天で雲が流れるように漂っていた。

何十年かぶりの雪もやっと通り過ぎ、快適な気候がこれからやってくる。

街の人の気分も高揚し始めている。

いつもと変わらない日曜、になるはずだった。

わたしの心はぐちゃぐちゃと、せっかく積み上げたブロックが一気に崩れていくような気持ちになった。

 

彼も含めた幼なじみ3、4人でSNSでグループを作って、近況や集まって犬の散歩をしたりご飯を食べたりしていた。

お互いの結婚を祝ったり、同じ業界で働いていることもあり悩みを相談したりしていた。

住んでいる所はバラバラだったけれど、誰かの帰省に合わせてよく地元の焼肉屋さんに行った。

きれいとは言い難い所だったし、店員さんもさして愛想がいいわけでもないし、匂いや油はベトベトに服につくようなとこだけど、育った町のそこにある焼肉屋、小さいころから変わらず在り続けてくれるというだけで安全地帯だった。

わたしは知っている、遅れてきたメンバーのために、一度焼いて皿に移してあった肉をそっと網に戻して温めなおしていたことを。

急に写真を撮って、こういう何気ない瞬間を大事に保存していたことを。

みんながアルコールを飲みたいと言ったら、必ず運転手をかって出ていたことを。

うちの実家の犬を可愛がってくれたことを。

注文1年待ちの鉄のフライパンをこっそりと注文し、わたしの結婚に間に合わせようとしてくれていたことを。

 

みんなきっと知っている。

彼の家族は誰に対しても親切で、例外なく彼も親切であるということを。

 

わたしは今でも連絡できる他の幼なじみに事の顛末をゆっくりと、正確に電話で伝えた。

誰も知らずに過ぎていくのはあまりにも不憫だと思ったからだ。

みんな相当驚いていたし、中にはその日結婚式だった人もいた。

人生はむごい、そして神様は意地悪だと思った。

みんながまたそこから知りうる限りの人に連絡してくれたようだ。

最後のお別れに行ってくれた人もたくさんいたと人づてに聞いた。

わたしは、GWに伺う予定だ。

現実を突きつけられるのはかなり怖い。

しかし、行かねばと、残された人間はそれでも生きていかなければいけないのだと思っている。

 

11年前、事故で同級生を2人すでに亡くしている。

空を見ると3人の顔が思い浮かぶ時がある。

死後の世界が本当にあるのだとしたら、3人でもう何もストレスや苦労もなく穏やかに焼肉でもしてるのかな。

お酒も二日酔いを気にすることなくたらふく飲めるね。

いつかわたしもその日が来たら仲間にいれてよね。

 

グループメッセージの既読の数が1つ減った。

何日待っても既読にはならない。

アイコンの写真だけが笑っている。

 

人生は幻だ。

 

 

 

水の女

 

塔島ひろみ

 
 

イザナミのおしっこから生まれた女神のミツハは
グレて 眉をそり 髪を染め
大麻、覚せい剤、何でもやり
次から次へと男と寝た

水のむらは治水のため 川をつくることを思いついた
人柱に素行の悪いミツハを立てる
ガムをくちゃくちゃやりながら ミツハは笑いながら埋まっていき
水の女神として祀られた
水を治める神 舟や子を水から守る神
稲作の村の灌漑用水を守る神

時代はうつり 橋がかかった
土手の工事で邪魔になり 社は下流にどかされた
産業、産業と 村はいい始め
田んぼはつぶれ 町工場がつぎつぎに建っていった
そばの荒れ地に大きな建材屋ができたころ
ミツハは社を離れ 人界におりた

おしっこから生まれ
人柱になり
工事の邪魔だとどかされた
失うものはなにもなかった
いつもとびきりの笑顔だった
ガムをくちゃくちゃ噛んでいた
私たちと交わり 冗談言って笑い
男たちとも平気で交わり
だからパンツなんてはいてなかった
誰よりも幸せそうな顔をして いつでも誰にでも 優しかった
踏んじゃってごめんねー!って言いながら
髪留めを拾って 届けてくれた
素行が悪いから
何でもミツハのせいになった
笑っていた

人間は
神でもないのに川をつくり 橋をつくり
工場をつくり
神もつくり

そして今度は大きなマンションを建てるという
地上げ屋が来た
札束をピラピラさせて 水のまちにやってきた
小さな工場や、家、アパート、柳の木
次々つぶれて その地盤沈下の更地の下に
ミツハがまた 人柱に立ったのだ
ミツハの上に 8階建のマンションが建った

毎年7月の例祭には
境内で式典があり 屋台が出る
パン、パンと 手を叩き
社殿に向かって礼をする
さんざん利用して 今はもうこの町の敵でしかなくなった川の水
その水の神はもうそこに とっくのとうにいないのに
空っぽの社殿の前で
拝む 祈る
そして屋台でかき氷を食べる
ボタボタ 色のついた水を垂らす

水波能売神 ミツハ 水の女
人間の欲望

 
 

(4月某日、奥戸7丁目水神社付近で)

 

参考:
「かつしかの文化財」79号、葛飾区文化財保護推進委員・葛飾区郷土と天文の博物館
『葛飾区神社調査報告』、東京都葛飾区教育委員会
『奥戸に生れ育って』、清水その
『図説 日本の古典1 古事記』、集英社

 

 

 

発車オーライ

 

工藤冬里

 
 

私が私にもなってはいけない理由
Cristo fue levantado de entre los muertos
複数形の死から受け身でよみがえらされる
やばいうやまう
対面通行事故お巡り
あやめ見に行く
影のクラウド
意欲と力の両方

発車オーライ
パロールは服の縫い目
縫い目が無ければ脱ぎ捨て易い
縫い目のない服
縫い目の無い服を私は着たい
水のような化粧品
化粧品のような水
水のような酒
酒のような水
エレカシのサラサラは難しい曲だ
縫い目の無い下着のように彼は黙っていた

 

 

 

#poetry #rock musician