海のウニに寄せて

 

辻 和人

 
 

『岩田宏詩集成』をようやく通読
面白かったなあ
労働者の悲哀を描いた「神田神保町」とか
ポーランドの歴史をテーマにした「ショパン」とか
印象に残る詩がいろいろあるんだけど
岩田宏さんと言ってすっと出てくるのは
やっぱり「いやな唄」
「いやな」というミもフタもないそっけない言い方が面白い
「あさ八時/ゆうべの夢が」とか
五七調のリズムが歯切れ良くて心地よい
でもって
「無理なむすめ むだな麦/こすい心と凍えた恋/四角なしきたり 海のウニ」
各連の末尾に置かれたフレーズが不思議感いっぱいで楽しい

さて
ここでちょっとひっかかる
「海のウニ」
どうしてここだけ手抜きなんだ?
「無理なむすめ むだな麦」 ちょっと思いつかない意外な組み合わせ
「こすい心と凍えた恋」 皮肉っぽい感じがマル
「四角なしきたり」 風習の堅苦しさが面白く表現されてる
しかるに
「海のウニ」
ウニが海辺に生息しているなんて当たり前でしょ?
他の言葉はひねりがあるってのにさ
更に更に
最終行を見よ
何とこの「海のウニ」だけが「!」つきでリフレイン
特別扱いされてるじゃないか

この詩はウニから見た人間の暮らしの戯画化なのか?
いいや、そんなことどこにも仄めかされてない
じゃなぜだろう
謎は深まるばかり
ページを見つめていると
鋭い針が刺さってくるようで
ブスッ
ブスッ
いやな気分になるな
おっと
「ご飯できたよー。」
ミヤミヤが呼んでる
本閉じて下におりなきゃ、だ

海のウニさん
海のウニさん
空のウニでも地のウニでもない
海のウニさん
この詩の中で君は
唯一、岩田さんから直に呼びかけられている存在なんだね
きっと岩田さんはここで君を救い出すことによって
いやな気分にいったんケリをつけたんだよ
「かずとーん、早く下りてきてーっ、ご飯できたって言ってるでしょーっ。」
はぁい
ぼくも呼びかけられてる
呼びかけられるって嬉しいね
特別扱いされるって嬉しいね
でもってこれ以上待たせたら
いやな気分が
ブスッブスッしちゃうね
海のウニさん
ぼくの頭の中に隠れておいで
一緒に一階に下りて夕食をとろうよ

 

 

*この作品は杉中昌樹氏主宰「詩の練習」の岩田宏特集号に掲載された詩を加筆修正したものです。

 

 

 

歯が痛い

―わが親愛なるキシモト医師に捧ぐ

 

佐々木 眞

 
 

 

左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い
右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い
左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い歯が歯が痛い

死ぬ死ぬ死ぬ キシモト先生助けて下され!
それはそれはお気の毒、
すぐにヨコスカまで飛んでらっしゃい

はい、飛んできましたよ キシモト先生!
こんにちは、ササキさん
死ぬ死ぬ死ぬ キシモト先生よしなにお願いいたします

大丈夫、人間、そう簡単に死にはしません
では、お口をおおきくひらきませう。
あーん、あーん、あーん

なーるほど、奥歯のシコンノウホウ(歯根嚢胞)ですね
今日は、歯茎をざっと洗いませう
ちょいと麻酔なぞいたしませうか

あーん、あーん、あーん
痛い痛い痛い 死ぬ死ぬ死ぬ
洗うなり 煮るなり 焼くなり センセにおまかせいたします

グオーン グオン ギュルグギュルギュル
グオーン グオン ギュルグギュルギュル
グオーン グオン ギュルグギュルギュル

ノオ、ノオ、ノオ
ああああ そこは神経が ま まだ生きておる
やめてけれ やめてけれ ズビズバア ズビズバア

チューン チューン チューーン ピクル ピクルブ ピピピビピピ
グギグギグギ ガリガリガリ グギグギグギ ガリガリガリ
ブウン ブウン ブウン ビカビカビカ ブウン ブウン ブウン ギタギタギタ

ササキさん
痛かったら 教えてくださいね
痛かったら 手を挙げてくださいね

グリグリグリーン ギャリギャリ グリグリ グリリン グエンカオキー
ギャリギャリゼッポ グルーチョハーポ マルクスエンゲルス チェゲバラ グルリンパ
バズーン バズーン ドスバソス バズーン バズーン ドスバソス

oooooooooo nnngaaabubububugibugibububu
aaaaaaa guggi—–njyubobobobguhahahahagashigasigasigasisisisgga
denndendendenn zunnzunnzunnzunn baribaribaribagigigigizubizubizubarin

ニュン ニュン ニュン ガガガガガガ ニュンニュンニュン ガリガリ ガガーリン
ブブーン チュルチュル チュルンシュ パシュパシュ
ググーン ガリガリ ガリーン ザザザザザア

我痛し故に我あり初鰹 the end is the end is the end is the end is the end is the end
苦悶煩悶拷問苦悶煩悶拷問 the end is the end is the end is the end is the end is the end
七転八倒七生報国 the end is the end is the end is the end is the end is the end

チューン チューン チューーン ピクル ピクルブ ピピピビピピ
グギグギグギ ガリガリガリ グギグギグギ ガリガリ ガガーリン
ブウン ブウン ブウン ビカビカビカ ブウン ブウン ブウン ギタギタギタ

イタイオー イタイオー
ズビズバア ズビズバア
お願いだから もうやめてけれ

ギグギグギグ グルンン ガガンガガア
オペオペオッペル グララアガア
アヒアヒアヒヒ アビキョウカン

やめてけれ やめてけれ
生まれてきて すみません
イタイオー イタイオー

ビンビビン ビビビビ ブウン ブウン ブウンン
チューン チューン チューーン
ピクルピクル ブピピピビピピ ヌガア ヌガヌガア

はいササキさん おつかれさま
今日は、これでおしまいです
痛くなったら いつでもどうぞ

汗と血と涙の苦闘45分
ようやっと奥歯の歯根嚢胞の治療が終ると、
ヨコスカは黄昏 真っ赤な黄昏

よたよたとキシモト歯科を転がり出る男の影ひとつ
ほれ、また一日を生き延びた
キシモト先生 ありがとう

キシモト先生 さようなら
その時 ヨコスカは 真っ赤な黄昏
第7艦隊は 真っ赤に燃えていた

 

 

 

あい(ゆびさき、の)

 

長田典子

 
 

しんじている
あなたを
いっしんに

あさ いっしょに
めざめる

ふいに だきあう
そおっと ひとつになる

あなたの ほそい
ゆびさき、の
せいあい が すきです
ふれあう かさなる ひとつになる
あなたの はりつめた ふともも
だんりょくが
すきです

しんじている あなたを 心から
じんじている わたしを 心から

ドアをでたら
じゃあね、って
べつの方向にあるいていく

ことばがなくても
わかる わかっている

もう戻らない
会わない

それでも
いつくしみあう
しんじあう
えいきゅうに

とてもシンプルな
かんけい

そういうの
あい、って
よぶのではないかしら

そういう
せいあい、って
あるのではないかしら

 

 

 

あい(青いお空の流れるところ)

 

長田典子

 
 

ささのは
さらさら

かわに
流してしまいましょう

あいした
きずつけた
きずつけあった
あいしあった
いたかった
ことば たち

ごめんね

ぜんぶうらがえし
わたしだけ を
あいして
いいたかったのは
それだけだった
のに

ねじれてねじれてうらがえってねじれて
ぞうきんみたいに
なきました
ぼろぼろに汚してしまいました

ごめんね

ささのは
さらさら

かわに
流してしまいましょう

わたし
流れていくでしょう
青いお空の流れる落ちる
さきのさきの
そのさきまで

明るい光さす森のなか
ゆっくり
ゆっくり
ゆれる椅子で わたし
ながいながいマフラー編んでいるでしょう

うまれかわったら
あなたの猫になれたらいいな
それなら ゆるしてくれる
たぶん
 
 
ゆるしてください

 

 

 

あい(鉱物)

 

長田典子

 
 

ささのは
さらさら

きずついたこと
きずつけあったこと
ののしったこと
ののしりあったこと
みんな
流してしまいましょう

きょう
ラッパズイセンがさきました
シュンランのつぼみを見つけました
となりの猫は
ガールフレンドぼしゅうちゅうです
さっき庭をよこぎっていきました

わたしたちの
あいは
まだだれにも発見されてない
川の底の底の底にうずもれている
鉱物
だから

ささのは
さらさら

きずついたこと
きずつけあったこと
ののしったこと
ののしりあったこと
みんな
流してしまいましょう

あしたは
おはよう! って
ちがう何かになって
会いましょう

たとえば
カワウソ
岸辺にせっせと積みあげていく
川床をただよう みどりの葉っぱたち
魚の骨たち
くだけたガラスたち
お日様にあたれば
とつぜん
きらきら光りだす
鉱物たち

ささのは
さらさら

積みあげましょう
たしざん
しましょう

しあわせの
鉱物
たち

 

 

 

曇り空

 

石川順一

 
 

唱える唱える
牝鶏の真言が
一杯のお茶だ
アップルを
二個食べる今朝
牝鶏ではなくて
曇り空から
晴れ上がって行く
空が印象深い
パピヨンを今年初めて見た
昼餉の赤飯、ラーメン
塩のかけすぎには御注意
老いたくない気持ちが郷を呼ぶ
さぼる知恵(レイズィーナック?)(自信なし)
グレの歌を聞きたい
虎の群れを見て惰眠を貪る
居酒屋の鳥が襟足に止まって
ハンガーが凶器に変わる瞬間を恐れる
私はすばしっこさだけが
頼みの綱だと思った

 

 

 

帰郷

 

道 ケージ

 
 

陽水の『断絶』では
「母は今年九月で六十四
空0子供だけのために年とった」

ウチの母は今年十一月に八十七
全て忘れてしまいそうだから
米寿の祝いを早めに
だから博多に帰る

「早く家に帰りたか」
圧迫骨折で入院中
一人住まいの自宅で転ぶ

「この病院は入ったら二度と戻られんって
空0言いよったよ」
誰がね
(後見申立書に捺印)
そげなこと言うわけなかろうもん

「あんたの兄貴たい
空0バスん中で独り言のように言ったことがあったと」

宗像の小さな家で正月に
庭でバトミントンしたな
物干し竿がネット代わり

父は和服に脛毛出し
母のわりと正確なサービス
欺しあいだな

かあさん、血ぃ出とうよ。怪我したと?
ズックを洗う母に駆け寄った
「ケガやなかとよ」

そんなこと もう覚えてないか
玄海灘 黒く
友泉亭如水庵に夕陽、近づく

必死の思いで故郷に帰る

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その28

 

佐々木 眞

 
 

 

落語ってなに?
面白い話をすることだよ。

お父さん、安いって割引のことでしょ?
うむ、まあそうだね。

おばあちゃん、寝られなかったね。
うん。
おばあちゃん、亡くなったよね。
うん。
ドクターゴン、ドクターゴンよ。

お母さん、ぼくはムクゲ好きですよ。
お母さんもよ。
お父さんも好きだよ。

焼き芋、焼き芋ですよ。

お母さん、就職活動ってなに?
お仕事を探すことよ。

古川さん、むかし「お変わりありませんか」っていったよ。
そう。
お変わりありませんか。お変わりありませんか。エアコンいじっちゃだめ。お変わりありませんか。

お母さん、コウブ君亡くなったの?
亡くなっちゃったね。
こうぶ君、なんで亡くなったの?
病気だと思うけど。

虫は、セミとか?
そうだよ。
お父さん、ぼく、アブラゼミ好きだよ。
そうか。お父さんも好きだよ。

お母さん、疑問てなに?
さてどういうことかなあ?っていうことよ。

お母さん、申すと甲違うでしょ?
違うね。
申し上げるってなに? 言うことでしょ?
そうよ。

お母さん、別にってなに?
別なことよ。

ネギシさん、浜松に住んでたの?
え、さうなの?
そうだお。

お母さん、旅行でおみやげ買いますよ。
そう、買ってくださいな。
お父さん、先輩の英語は?
wwwww

お父さん、ウエダさんが「汚れとりましたので」とおっしゃったよ。
そう。じゃあ、また汚れ取りに行こうね。
いやですお。

岸本先生、ユキオっていったよ?
耕君、先生に名前聞いたの?
そうだよ。ユキオ、ユキオ。

お母さん、ぼくシダックス好きだったんですお。
シダックス、なくなっちゃったねえ。
なくなりましたよ。

お父さん、しりとりしよ。戸塚。
カメ。耕君、カメだよ。逃げないでよ。

お母さん、デートってなに?
会ってお話したりすることよ。

おばばちゃんちに、オクラ植えた?
植えたよ。見てね。
見ますよ。

「気をつけて飲んでください」っていったよ。
何を?
お茶だお。
誰が?
おばあちゃんが。
そうなんだ。

お母さん、待ちぼうけってなに?
誰かをずーと待っていることよ。

お母さん、エイエイオオってなに?
がんばるぞお。
エイエイオオ、エイエイオオ。

お母さん、それぞれってなに?
ひとつひとつ、ってことよ。

お母さん、身軽ってなに?
身のこなしが軽いってことよ。

お母さん、いらつく、ってなに?
いらいらすることよ。

お母さん、ファイトってなに?
がんばることよ。
ファイト、ファイト、ファイト!