どど どぉん どど どどっ

 

薦田 愛

 
 

ぴぃぴぃぴぃー
リビングの窓いっぱい
葉を繁らせる桜の樹のどこかだろうか
ひときわ高く鳴く
声の主が知りたくて
歴二ヵ月のスマホで調べる
便利だなスマホ
日本野鳥の会鳴き声ノートなんてあるんだな
午前十時すぎ朝食の洗い物を済ませ
ソファでひと息ついたところへ
どど どぉん どど
どどっ
何だろう
どこか近所で太鼓の練習でも始めたんだろうか
ハナミズキやツツジのある中庭を囲む
小さなこの集合住宅はいつも静かだから
最近越してきた向かいの棟の人かななんて
いけないなあ根拠のない濡れぎぬは
うちだってまだ一年そこそこ
歩いても歩いても
このあたりのことはどれほども知らない
東京入谷の住まいはまわりに
お寺も神社もたくさんあったから
祭のころになると週末ごとに笛や太鼓
お囃子が近づいてくるのだった
ひよひぃ ぴぴぃ
とことん どこど
とことことこ どどどどどん

あれまたかすかに
どど どぉん どど
どどっ
まさか
まさかね
気づかなかったんだ

二日くらいあとだったか
メイクをしようと脱衣所のドアを開けたら
押し寄せてきた
おと
どど どぉん どど
どどっ
えっ
太鼓の練習?
違うのだった太鼓じゃなかった
よそじゃなかったうちだった
洗濯機が鳴っていたのだった
どど どぉん どど どどっ
これはいわゆる異音ってやつだろうか
グレイでクールな洗濯機の上蓋前面にある
一時停止ボタンを押し
リビングに戻ってトリセツを開く
音の種類さまざまについての解説に
どど どぉん どど どどっ
は含まれておらず
異音のある場合は使用を続けると危険な場合があるとの記載
とはいえ洗いかけのものを放置もできないので
つむれない耳をつむらないまま
洗濯を再開
ふむふむ
ずうっと鳴ってるわけでもないんだな
洗うものの重さを量っている時、空回りしているような何かひきずるような
し し きゅ きゅる しし し し きゅる
洗っている時の音がいちばん大きいな
どど どぉん どど どどっ

仕事帰りのユウキに話すと
「何年使ってるの」
そうだね
東日本大震災よりあとに買ったよ
五年か六年くらいかな
「洗濯機なんて、そうそう壊れるものじゃないよ
もっとも、きみのうちはお母さんもきみもすごい量の洗濯をしていたみたいだから
ふつうの家の頻度に比べたら、だいぶ消耗してるのかもしれないね」
あのころ
女所帯の長らくの習慣で
ベランダに出る窓にも鍵を
上下合わせて三つつけていた
つまり籠城の覚悟
ゆえにずうっと外干しはせず
浴室乾燥と洗濯機の乾燥機能をフル利用していた
(なんて反エコだったんだ!)
東日本大震災のあとは放射線量が気になって
洗濯物の量も頻度もいっそう増えた
ことに雨のあとはコートもスカートも鞄のカバーも
脱いだ端から外した端から
洗濯機の中
身につけるものを選ぶ基準は何より洗えること
いや洗えない表示のものでも洗ってたっけ

東京をはなれて
今の住まいには浴室乾燥機能もないけれど
外干しをためらう理由もなくなった
奥行きのないベランダの物干し竿に隙間なく並べては
容赦ない西日に射られながらすばやく取り込む

し しし きゅきゅる しし し
どど どぉん どど
どどっ
だましだまし使っていても
音はやまない
洗い終えたものをすっかり出すと
なにやら違和感
あれっ ねじが浮いてる?
これってつまりねじがゆるんだせいで異音が出てたってことかな
いのる思いでしめ直しても
次に使うとまたゆるんでいる
かぞえきれないくらい回って
かぞえきれない靴下だのタオルだの
すりへった洗濯機の年月をおもってみる

「そうか仕方ないね」
早じまいで帰宅したユウキの車でいちばん近い量販店コジマへ直行
冷えすぎた平日夜のフロアはほぼ独占状態
ドラム式の威風堂々をスルーし
整列する各社新製品を通り越し
そうそう
七キロ洗える全自動式洗濯機でいいんだよ
梅雨どきには外干し時間が限られちゃうから
乾燥機能はいちおう欲しいよね
異音の主となった今のも乾燥機能があって
いざって時にはけっこうありがたい
でも六キロで、ちょっときゅうくつ
七キロはほしいね
言い合いながら仔細に覗き込むところへ
洗濯機をお探しですかと若手男性店員N氏
ちょっと目元が北村一輝似の濃い目くんは
ひやりとしたフロアの空気を切るように私たちの前から隣のブロックへ
「ああ、大型じゃなくていいので。七キロ洗えて乾燥機能ついてれば」
ならばと戻った列の二台を、こちらは節電、こちらは節水、とてきぱき解説
デザインお値段もにらんで節水タイプのを選択
今日選んで明日配達、というわけにはいかないけれど
太鼓の練習とさよならできるよかった

それが火曜の夜六月の日没は遅い
暮れきらないうちに買い終えて帰った
のだったが

どど どぉん どど どどっ
廃棄確定の全自動洗濯乾燥機でお茶を濁しながら
まもなく到来する新しい洗濯機の機能を確認する
使い心地のクチコミも今更ながら気になる
節水をうたっているけど洗いあがりがイマイチというのは気になるな
すすぎの回数を増やしたら結局たくさん水を使ってしまうし
そのぶん時間もかかるってこと
ふと見ると、縦型全自動洗濯機と銘打ってはいるけれど
乾燥の文字が入っていない
ってことは
乾かせないの?

配達の時間帯を知らせる電話を受けて
メモを取るのもうわの空
洗えるけど乾かせないのでは、梅雨をのりきれないのじゃないか
慣れないLINEで仕事中のユウキにメッセージ
配達時間がわかったよ
ただ、洗濯機に乾燥機能がついてないみたい
どうしようキャンセルできるかな
「え、なんで?」
だから、そういう機能のを選んじゃったみたい
まず配達をキャンセルできるかどうか聞いてみるね
「わかった」
乾燥機能のない洗濯機を積んだトラックがわが家に近づく
いやいやまだだいじょうぶきっとだいじょうぶ
コジマへ電話するも北村一輝似のN氏は不在
代わりのK氏にこうこうこういうわけでと
キャンセルを申し出る
配達とご購入のキャンセルはお受けできますが
改めてご購入の場合は金額が変わりますのでご承知ください
もちろんです勝手を申して申し訳ないですと陳謝
汗を拭きふき受話器を戻す

それでも洗濯機は要るのだった
予算内におさまるかどうかわからないけど
間際でキャンセルした手前
早めに行かなくちゃ

改めて選びに行った
コジマへ
二日後だったか
その日北村一輝似のN氏はいた
キャンセルの一件を詫びつつ話した
乾燥機能つきのものを改めて選びたいと
するとN氏
濃い眉の下の濃い目をくっきりとあげて
乾燥機能はついていますというのである
ただし乾燥といっても温風のそれではない
風乾燥だという
「ああそれなら十分だ。やっぱりこのままでいい」
とユウキ
温風ではないのはやや心もとないのだったけれど
湿気が籠りがちな脱衣所のつくりを思うと
そうだねそれでいいね
ではとN氏は改めて配送の手配
キャンセルのキャンセルという次第で
もとの値段のまま

よかったこれでやっと
どど どぉん どど どどっ と
さよならだ
籠城の女所帯のぬれた靴下やコートのにおい
うっくつのしみたグレイの
すり減ったおおきな矩形ははこびだされ
し し きゅきゅる し しし と
うめくものはもういない
ここには

届けられ開梱され納まってみれば何ごともなかったような
顔でそこにいるのが大型家電というもの
白にピンクの配色はいささかこそばゆく
風乾燥はまことに心もとないけれど
回転する音は静かなのだった
うん うん ぐぐー すすっ すすー
上蓋に化粧ポーチを置いてもすべらない
梅雨が明け
みみ みぃん みみ みんみん みぃん
いちめんの蝉しぐれ
洗濯終了のベルさえ
聞こえない

 

 

 

寒空の下で

 

みわ はるか

 
 

朝起きると窓から見える山々には早くも雪が積もっている。
どうりで寒いはずだなと急いでファンヒーターの電源を入れる。
朝晩の気温の下がり具合は尋常ではなくぶるぶると震える。
窓には結露も発生していた。
これから本格的な冬がやってくるんだと思うと少し身震いした。

夜7時頃、ダウンや毛糸の帽子を着込んであえて外に出てみた。
意外と空いているお店がたくさんあったのには驚いた。
真剣に患者の口腔内を観察している歯医者さん。
誰もいないのに明かりが灯してある神社。
カウンター席10席程のラーメン屋さんには観光客であろう外国人でいっぱいだった。
トタン屋根で作られた簡易なお店からはおでんのいい香りが漂ってくる。
みんなの楽しそうな声がわたしの気分を高揚させた。
白い息を弾ませながら15分ほど歩くと図書館が見えてくる。
そう、わたしのお目当てはここだった。
21時までとわりと遅くまで開館しているのだ。
こんな遅い時間にも関わらずたくさんの高校生やスーツ姿の大人がいた。
参考書とにらめっこする人、PCに向かっている人、朝刊や雑誌に目を通す人、黙々と本を読む人。
みんな1日の終わり、静かな館内で好きなように過ごしていた。
こういう雰囲気が好きでわたしはよく足を運ぶ。
今まで数回引っ越しを重ねてきたけれど、まずその地域で探し出したのは図書館だった。
本が好きというのもあるけれど、それと同じくらいその雰囲気や空間が心地いいからだ。

わたしが長椅子に座って新聞を読んでいると、隣に初老のおじいさんが腰を下ろした。
70才はとうに超えていると思われる。
細身できれいな白髪、縁のないない眼鏡、わりときちんとした服装で靴は革靴だった。
どんな本を読むんだろうと、そっと視線をそちらに向けると「物理学・幾何学」みたいな題名のものだった。
いかにも小難しくてわたしなんかには到底理解できそうにない。
そこでわたしは想像する。
昔はどこか大学で物理学を専攻し、そのまま大学に残り研究に明け暮れていたのか。
はたまた、電機メーカーのような企業の研究職あるいは開発部門に従事したいたのか。
それとも、物理学というものはただの趣味で本業は畑違いの農業や営業職だったりして・・・。
こんな人を支えてきた奥様はどんな人なんだろう。
いつもニコニコしていて夫の帰ってきたころに熱々のクリームシチューを出すような人か。
気難しそうな性格に耐えかね夫とは距離を置き自由奔放に自分の人生を謳歌しているような社交的な人か。
同職でいつもああでもないこうでもないと議論を家庭内でも繰り広げているような人か。
色んなことをチラチラ観察しながら想像していると「ん?}というような困った顔をされてしまったので思いを巡らすことは中断した。
その人は21時のチャイムが鳴るとさっと席をたち、今や自動貸し出し機となったPCの前でその本の貸し出し手続きをしていた。
慣れた手つきだった。
わたしも慌てて新聞をもとの場所に戻し上着を着込んだ。

外に出るとぐっと気温は下がって顔に当たる風は突き刺すように痛かった。
鞄の中に潜ませておいた帽子と手袋を急いで出した。
スナックや居酒屋が並ぶ道沿いはきらきらしていけれど、行きと違ってほとんどのお店は閉まっていた。
羽の生えたよく分からない生き物の置物につまずいた。
人の姿が見当たらないコンビニの若い女の店員さんは金髪のさらさらした長い髪をいじりながら大きなあくびをしていた。
少しくたびれた背広を着たサラリーマンがとぼとぼと歩いていた。
その日の月は雲に隠れたりそうでなかったり中途半端な姿だった。

明日が来るのが怖い時がある。
なぜかよく分からないけれどなんとなくそんな日がある。
ずっと暗闇でもいいのになぁなんて。
首を左右にぶんぶん降って自宅を目指す。
たまに後ろから来る車に注意を払いながらぽつぽつと歩き続ける。
あのおじいさんはもう家に着いたかなぁと考えながらもう一度空を見上げると月はもう完全に雲の後ろに隠れてしまっていた。

 

 

 

魚群も鳥の群れもクラゲのように窄んで開く *

 

小さな

旅から
帰ってきた

女と犬が迎えてくれた

旅では
生きてるうちに見られなかった夢を **

聴いた

竹田さんが
嗚咽するのをみた

それから
荒井くんと

吾妻橋藪で蕎麦を食べた

夕方
村岡由梨さんのイデアという映画をみた

ひかりがあり
そのひかりを問う映画だった

肉体の
牢獄からひかりをみたのだろう

死のレッスンはまだつづけなければならない

それから
山形訛りの男たちと会った

男は
村では

赤だと言われたのだろう

上原では
詩人たちの詩を聴いた

詩はあなたとわたしの間にある
詩はあなたとわたしの間にある

魚群も鳥の群れもクラゲのように窄んで開く *

窄んで開く *

ことばで
語れないこともある

背黒イワシの群れが
海面を真っ黒に染めるのを小舟から見たことがある

浜辺でカモメたちが空中に浮かんで停止するのを見たことがある

語れない林のなかに
紅い山茶花の花がひらいている

 

* 工藤冬里の詩「海抜ゼロ」からの引用
** A-Musikの曲「生きてるうちに見られなかった夢を」

 

 

 

バケツ

 

塔島ひろみ

 
 

パチンコ屋の店先で女が大きなポリバケツを洗っている
ホースで水をダイナミックに流しながら
緑のタワシでゴシゴシこする
濁った水が店横の歩道から、ドクドクと環状七号線に流れていく
歩道の汚れも一緒に押し出し、水は少しずつ透明になる
女は毎朝7時50分にそれをやる
全ての作業を無言でやる
そして雑巾でキュキュッと水を拭き
太陽に干すと 開店の10時にはピカピカになるのだ

そのバケツに向かって 昼過ぎ、私たちはスシローの階段を降りた
環七を挟んでパチンコ屋の向かいにある、回転すし屋の階段を降りる
3貫盛りフェアで膨らんだお腹を抱え マグロと一緒に、階段を降りる

信号の向うに、犬を抱えた男がいた
痩せた薄茶色の犬の足は、硬直しているのか、ピンと空を向いている
男はまるでご馳走の載った皿を持つみたいに
その固まった獣を抱えて、立っていた
大型車が轟音を立てて走り抜ける
環状七号線はたくさんの車を飲みこんで、流れ、
その上を、縦横無尽にカラスが飛び交う
信号が変わった

鮪、米、鰹、蛸、お金、ひがみ、恋、非行歴、愚かな正義・・・
ぐちゃぐちゃに体内に閉じ込められたそれらと一緒に、
私たちは巨大な、ガンジス河のような環状七号線を横断する

カラスが激しく鳴いている
犬を抱えた男はこちらに向かう
近づいてみると、
それは木製のこわれた犬の置きものだった
足をピンと立てた嘘の犬は、
男が歩くたびにカタンカタンと、どこか取れた部分が音を立て、
ご馳走のように抱えられたまま私たちと擦れ違う
そして、
どこか、私たちと別の場所へ向っていった

向う岸では青い、大きな、ピカピカの、パチンコ屋のポリバケツが待っている
私たちをタワシでこすり、環状七号線に流すために

今、そこへ向かう

 

(11月某日、スシロー付近で)

 

 

 

海抜ゼロ

 

工藤冬里

 
 

バチカンをぶっ壊す!
とフランシスコが叫んで始まる
終末
が見えた気がして
まだ生きている僕らのことを想う
僕らは復活の無い死を遂げる稀有な存在となる
死んでいた人たちが代わりに傾斜地に住む
一人一ヘクタールが割り当てられる
どちらかというと
斜面に穴を掘って住むといいと思う
復活のない死には美学が必要である
だから人文学が栄えていたのだ
何のためにフランス語を勉強したのか?
死ぬからじゃないのか?
鉛筆の芯で出来た大きな直方体を考えているんです、と言うと彼女は喘いでがたがた震えた
様々な種類の白い光が蓮華文のように放射した
異なった白はアウェー感を醸し出した
マッチ箱のような形
乗り手は言葉と呼ばれ
白かった
ホワイトハウスはどんなところですか
白いよ
小麦一リットルが八千円
セントヘレナ島以外の全ての人が
目と想像力を活用して強めてゆく
風化との闘い
鉛筆だけで光を表現している
何故そう言えると思いますか
王冠を被ったり投げたりしている
ヒゾーガンである
ビーツの葉も実も、煮出すと瑪瑙のように赤かった
目が沢山あった
バランスと生理は関係ない
沢山ある目を受け入れなければならない
壮大な場面
魚群も鳥の群れもクラゲのように窄んで開く
色とりどりの葉、丸い黄色い葉
所詮私には無理だったのだ
相手の中に何があるかを確認してもらい
第四脛骨脱臼
チャリタブル プランニング
宇宙船で視覚が奪われる
人の姿をした漢字が、立っている
形にあらわすことはとても大事
世の中わるくなっても先頭にいるのは白い馬
集合的な努力
これ以上低くならない海抜ゼロをいつも見ていたから
チベットに居ても
この最低の平面を思い出すだろう

という字には貝が二つある
右の賣は売の旧字である
一見して売り買いのことと知れる
買うと賣る
貝に貝
貝で償う黨員
Celui qui appelle du levant un oiseau de proie

 

 

 

ソノヒトカヘラズ Ⅲ

 

南 椌椌

 
 


©k.minami+k.soeda

 

ホラホラ ホラ
コレハ ぼくの骨じゃない
たぶんその年の秋深く
この公園の池に墜ちた
ゴイサギのギー君の脛骨だ
泥に白くまみれて 干からびて
やぶにからまれ 転がっている

とぼとぼ歩くな 足うらをしっかと踏み込め
緑藻で濁った池のほとり
いつかギー君が飛び立ち際に
ぶっきらぼうに こうつぶやいた
踏み込むんだ!足うらだ!

夜の公園で 空ぶらんこが揺れている
ナンテン センリョウ サネカズラ 赤い実
ヒメモモとキンモクセイ
季節外れのメキシコセージの青い花
まだ生きているカイツブリ

空0夢現・ゆめうつつにある時間が
空0僕の自然という気がする
空0ゴイサギが飛び立つ日の
空0春の門 ひと眠り夏 また秋の門

ギー君はどうして墜ちたのだろう
そっぽを向いて ぼくを諌めていた
百年の孤独の長のようだった
いつからか ざんばらの羽がこわばり
朽ちた杭の上でまんじりともせず
生きることに 永いこと飽いている
気には留めていたのだが それだけ

銀杏の実が匂う その夜
ギー君の脛骨を ひだりてのひらに
新月の尻尾に ギー君の係累を見て
公園の池のめぐりを ひとまわりした
そしてふと ギー君とどこか似ている
ソノヒトのことを思った

ソノヒトは いつも黒づくめ
そっけなく かなしみを たしなみ
カメラにぶら下がって 踊り子を
四十年撮り続けていたが
とんと稼ぎには無縁だった
寡黙の人の範疇に入るのだろう
小さな劇場の左隅に そっと席をとり
数少ないシャッター音で
無数以上の写真を遺した
闇と光のあわいを 往還して
現像液からゆらゆら立ち上がる
踊り子のかたち ソノヒトの指先
そう! それっ!

311からほどなく 津波の浜に行った
ソノヒト 子どもの頃 貝をひろいに走り
夏という夏 泳いでいたという浜
ピースライト燻らして ずっと
棒のように立って 何を見ていたのか
なぜか近寄れなかった ギー君のようだった
放縦な生き方をした というわけでもなかったが
酔うと 誰彼なしに アイラブユーだぜ!
女の家で 男の家で アイラブユーだぜ!

舞踏 風景 舞踏 風景
長身痩躯の寂寥が汗をかいている
そして そのまま風呂でゆらゆら 死んだ
風呂でとっぷり 夢みて死ぬなんて
時代の幸福を 絵に描いたよう
かも知れない さもさも ありなん
たましひなんて その時はけむりです
そう! それっ!

なつかしいギー君と
ソノヒトのことを思った

 

 

 

更年期の雪

 

正山千夏

 
 

無音の部屋にいる
今日は寒いから出たくない
時計の針の音が嫌い
二重サッシはありがたい

無言の自分がいる
正面から見据えてみる
オトナの社交辞令が嫌い
最近のインナーはあったかい

あったかインナーを脱がしてみれば
痩せ細った私の体が
冬の枝木みたいに震えてる
そうやって越冬していく

更年期の雪が降る
うっすらと雪化粧
それとも霜
もっとゆっくりと忍び寄る劣化

これまでだって
時計はそこにあったはずなのに
いつから針の音が嫌いになったのか
思い出すことができない

更年期の雪が降る
吹きっ晒しの私の脳みそが
うっすらと雪化粧
それは今日の空のような灰色だ

 

 

 

扉を開き、その世界にいること

 

ヒヨコブタ

 
 

静かな世界をもっている

どれほど周囲がけたたましくとも
静かな世界のなかに他者をいれぬこと
そのときだけ
ほんのいっしゅんだけは

いつからかざわついたこころからもはなれて
その世界にいるとき
自由であるのかわからずとも
ひとときの、ほんのひとときの

悪意に満ちている、と誰かがいう世界があるのか
善意だけを信じようと必死なのか

わたしはどちらにもなることはできないだろう
どちらもあり続けてきただろう

現実世界から去っていくことに加担するのは
なぜなのだろう
加担したひとほどそのじじつからは目を背けるのは
誰も去る必要はないのだ
去らせることに加担してはならぬのだと
自らには
自らにだけは

ことばが通じあわぬときの苦しみも
気持ちがかよいあわぬときのかなしみも
溢れすぎるとき
わたしはこの世界からいっしゅん離れる
現実からいっしゅん

痛みがあることを嗤わないで生きていきたい
そんな世界だけではないと
ひたすらここまで

小さな猫たちの
温もりだけではないことの現実と
わたしの現実世界との重なるぶぶん
そうではないぶぶん

もう少しだけ
静かな世界にいる

 

 

 

東京の勤め人は大変だろうな *

 

雨は止んでた


仏壇の花の水をかえ

水とお茶とご飯を供えた
線香をあげた

線香をあげて
女は

出かけて行った

モコと
見送った

車のガラスの向こうで
横顔が

過ぎていった
それから

皿を洗う
洗濯をする

洗濯物を干す

東京の勤め人は大変だろうな *

東京で
働いたことがある

毎日

夜遅くまで働いた
長い電車に乗った

別の女と
住んで

子どもが生まれた

時間を無駄にしたとはいわない

 

* 工藤冬里の詩「十一月ソノ二」からの引用

 

 

 

十一月ソノ二

 

工藤冬里

 
 

隠し場所を見付けられず元気がない
このインクもそろそろ終わりだ
爆発は口から
弁償のランチ
葉は一様に水分不足を訴えている
真理とは間違いからの自由
奴隷ではないので選べる
足を組み替え
家主の話を聴く
殺人したら追い出す
死にたいは録音できない
先祖の薬物
千八百万人の習慣からの自由
声を聴くってアナ雪みたいだね
結論を言ってから そして というのはやめてくれないかな
うろこ雲はイワシのフライのようにえぐれている
村山も武蔵野だった
唄えなかった
強制されて从(シタガ)う
三十年待って
f(x)=ax+bのグラフ
蛙の目玉
骸骨のママ
レール上を歩いていく陳腐
一台だけ売る外車屋
花弁波打つ周縁
房べり
花弁の房べり
水筒を落とすと
茶にガラスが混じる
種の中の柿の芽のように浮き出る
カーブの続く山道
死にたい は録音できない
死ねシネマよ
シネマへ
死ねおまえ
きのうやった
写真の継ぎ目はwaterfall
台形
ゲームのワーム
フォークで耕す 掌
子供を愛することを教わる必要があった
意識的に子供に愛情を表現する必要があった

起きれないので
空0ラ抜きは駄目だな
起きられないので
三十九度の追い焚きにして
温めようとした
出かけるには温めるしかなかった
その手続きがどうしても必要だから
使われても勤められないだろう
空0東京の勤め人は大変だろうな
空0六十年代的な瞬間の美学が悪いのだ
小便もしたいが寒いので後にする
水の中で水を我慢しているのがおかしい
水の中に水を入れた袋があるのと一緒だ
水は温まりにくく冷めにくい
体は水であるのでなかなか暖まらない
体はレトルトのカレーにすぎない
ただの水分の詰まった袋なのにものを考えたりしてすごいと思う
設定温度に近づくと四十度の熱とかやばいと思う
空0やばいとかあんまり使いたくないな
余程の炎症がないと体温はそんなに上がらないだろう
熱いものを飲むと自分を冷やそうとして体温は下がる
熱い湯に入るとそれでも徐々に体温は上昇するのだろうか
冷たいものを飲んで体に年寄りの冷や水を浴びせると
子供の頃の顔が柿の種の中の芽のように浮かび上がる

作者がいない映画
最大公約数に落ち着くのではなく
銅の代わりに金を携え入れる
臭みを除き
何年も先のことを決める
平たい赤い街の線描
のような声
干し煉瓦に新聞を貼った壁
作者のいない映画の
制作に参加できない者だけが作者であった
嫉みで曇らされて、批評どころではなかった
欠けていたので、殺してしまおうと思った
子供の頃の顔を殺そうとしたのだ
周りに立つ人々のために言っています
参加できない作者は語らされた

最高の仕事とは嘘を暴く仕事です
彼らはそれで爽やかさを得ることができます

問題はエネルギーが限られているということだけです

車は、頭であるか体であるかのどちらかだ。後部の窓が吊り上がった眦であるときその直下は目の下の整形の弛みとなるが、体であるならば凹凸は悉く四躯の筋肉となる。大型車でも頭だけのものもいる。外車は動物の体全体が多い。厄介なのは頭と体が混合しているもので、それをバッドデザインと呼ぶ。

象徴界にもピンキリがある
という言い方は想像界的だ
学問的には象徴界にピンキリはない
ということは象徴界という用語は無意味だ
象徴界という用語はそのために存在するのではないか

花ではなく実の色で飾るとは恐ろしいことだ

いきなり命
十代
二十代
三十代
六十代
七十代
short lives
をやり直せるなら

それも同じことだ
支配する者が
支配される者よりも先に死んでしまう

薬品業界のコンシューマー
延命商人

くの字型の死
アダムは九三十歳
十億倍の使用に耐える

今から
四万キロで地球一周

多様
才能性格能力
猫のような多様性

片道五十年の旅行

百五十億人
一ヘクタール
三千三百坪

山々の頂で豊作

獅子の歯の
黒地にレモンイエロー
香月泰男

投げ捨てることにより支払う

爽✖️✖️✖️✖️

Θυγάτηρ
thygater
娘よ
蛍光黄緑の爽✖️✖️✖️✖️

紫キャベツの色

湖に注ぐ川の
完結
だらだら流れる力じゃなくて

腕を通す喜び

脛骨の四番
首が折れる

最高の仕事とはうそを暴くという仕事
絶望の荷を引きずったまま生きる

一人一人が持つエネルギーは限られている

余ったエネルギーを使っていた

いつの間にか赤を入れられ

だらだら流れる力じゃなくて

がまんすればするぼど強くなります