全部さ

 

揺れてた

夜中に
目覚めたら

揺れていた

それでもう
眠れない

一瞬
見たのさ

湖なのか
海なのかな

わからなかった

海も
凪いだら

ひろい湖みたいさ

どうなんだろう
もう眠れない

一瞬
水の揺れるのを見た

それは
世界の一部なのか

それは全部さ

 

 

 

野外音楽堂にて

 

正山千夏

 
 

蓮葉でうめつくされた池の上を
みどり色の風が通る
夫は1時間以上かけて
自転車でやってきた
涼しい風とはうらはらに
うっすら全身に汗にじませて

弦楽器のハーモニーに染み込む
初夏のビールはあわい黄金色
サウンドホールの奥の小さな空洞に
ハートビートの血潮の調べ
クールな顔のギタリストは
細かく膝をゆすってる

ケータイをかざすことすら忘れ
自分を風の中にほどいてしまう
隣にいる夫や友だちすらほどけてしまう
鳥たちがその調べに賛同する
そこにいるすべてのものたちが
西陽に照らされビール色に染まる

空気中に漂う細かなほこりが
ふつふつのぼってく
日々の小さな小言も
自転車で疾走する孤独も
まるでビールの泡のよう
大きな日除けにたまり
層をなしたと思ったら消えた

 

 

 

一重八重

 

長尾高弘

 
 

1

道端のドクダミにカメラを向けていたら、
反対側から声をかけられた。

《うわっ、怒られちゃうのかな。
勝手に撮らないでって》

でも、そういうことではなくて、

「珍しいの? 珍しいの?」

こっちもいい加減おじさんだけど、
こちらが子どもだったときに
すでにおばさんだったようなおばさんだ。

「ええ、八重のドクダミは珍しいですよね。
いつも探しているんですけど、
このあたりでは、ここでしか見ないんですよ」

「そうでしょう、珍しいのよ。
一本だけもらってきて植えたんだけどね、
なんだか増えちゃって。
でも珍しいから切らないでいるのよ」

「本当に珍しいですよね。
このあたりでもドクダミはいっぱい咲いてますけど、
一重のやつばっかりで、
八重はここでしか見ないんですよ」

「そうでしょう、珍しいのよ。
一本だけもらってきて植えたんだけどね、
なんだか増えちゃって。
でも珍しいから切らないでいるのよ」

同じことをきっかり二度ずつ言ったところで、

「どうもありがとうございました」

その場を離れた。
初めて会って、
ほかに話すことなんかないもんな。

《そうか、勝手に生えてきたわけじゃないんだ。
だからよそでは見つからないのかな?》

などと考えた。

おばさんも晩ごはんのときにきっとおじさんに言うだろう。

「あんたはいつもそんなもん刈っちまえって言ってるけど、
今日は珍しいですね、っつって、
写真まで撮ってった人がいるのよ」

来年も八重のドクダミを楽しめるはずだ。

 

2

確かに翌年も八重のドクダミは楽しめたよ。
おばさんとは会わなかったけどね。
でその翌年が今年なんだけど、
八重のドクダミはすっかりなくなってた。
もともと大きな家が建っていて、
その隣に「裏の畑」って感じの場所があって、
梅の木が植えてあって、
奥の方には栗の木も植えてあったかな。
八重のドクダミに気付く前から、
そこの梅の花はよく見に行ってたんだけど、
八重のドクダミはそっちの裏の畑と
道の間のちょっとしたスペースで咲いてたと思う。
今年見に行ったら、
そういった木々はすべて切られていて
道沿いのスペースも
植えられていた草、
勝手に生えていた草、
全部引っこ抜かれていて、
更地って感じになってた。
あのとき、
おばさんは裏の畑から出てきて
家のなかに入っていく途中でこっちに気付いて
声をかけてきたわけで、
裏の畑と大きな家は同じ敷地だったはずなんだけど、
今日は別の敷地って感じに見えた。
たぶん、本当に別の敷地になったんだろうな。
「裏の畑」の部分は一段高くなってたのか。
更地になってそれがよくわかった。
もう顔も忘れちゃったけど、
おばさんどうしてるんだろう。
八重のドクダミを珍しがる人は
いなくなっちゃったのかな。
母屋と道の間のスペースには、
バラやオオキンケイギクにまじって、
勝手に生えてきたらしい
一重のドクダミが咲いていた。

 

 

 

5月の彷徨

 

正山千夏

 
 

もうペンを持つことも
そうそうないのに
中指に盛り上がり続ける皮膚
私のDNAがつむぐ神秘

まとまらないあたま
ひまつぶしの余生
亡霊の行き交う交差点で
劣等感の夢を見る

目を閉じて
呼吸にゆっくり意識を合わせると
鳥が遠くで鳴き始める
いや、それは遠くなのか

上と下
右と左
前とうしろ
遠くと近く
内と外
過去と未来
光と闇
鳥と私

それらの真ん中とはしっこを
生み出すことと
もとにもどすこと
私の意識がつむぐ神秘

光年先の太陽
対流する大気圏が
5月に届いた輝く日差しのなかで
ほほえみを誘う風になる

盛り上がる皮膚をめくれば
痛みとともに赤い血が流れ
舐めれば鉄の味がする
いや、それは痛みなのか

空と大地 東西南北
仮想現実つなぐスマホ
賞味期限の順に並ぶ食品
奥の方から取り出す
私、とあなた
長いトンネルを抜けると雪国
それを明日見ることのない
昨日死んだもの

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 36

 

朝になった
ゴンチチのロミオとジュリエットを聴いてた

ハクセキレイが鳴いた

ヒトの欲望の裏側に
債務はある

35年の生を売る
労働を売る

部屋に残ったのは

カーテンと

ベットと
青い本棚だけだった

ロミオは毒を飲んだ
ジュリエットは短剣を刺した

 

 

 

夢は第2の人生である 第50回

西暦2017年睦月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

白い顔の女と宿屋に入ったら、なぜだかもうひとり顔のない女も一緒に入ってきた。他には誰も客がいない2階のだだっぴろい大広間に布団を敷いて、まだ夜にもならないのによもやま話をしていたら、急にその気になったので、私が白い顔の女の上にのしかかると、顔のない女は気を利かせて、別の部屋に逃れ去ったのだが、宿屋の女将がいきなり部屋の襖を開けはなったので、私たちはひどく興ざめしてしまった。1/2

私は大統領との面会を果たべく延々と待たされているのだが、いつまで経っても名前を呼ばれないので、だんだん頭に血が上って来た。1/3

真冬だというのに、真っ白な百合が、巨大なサソリの形で咲き誇っている。そしてその花弁の奥のメシベの一つひとつに、ウラナミシジミが長い口吻を伸ばしていた。1/4

落城が間近に迫った城内では、敵軍の侵入で自分の命が危ぶまれるというのに、兵士も城民も、城中のどこかに隠されているという財宝を求めて、狂ったように宝探しに狂奔していた。1/5

我が右手の長剣を振りかざしながら、2度までも突撃したけれど、武運つたなく、私は敗軍の将となった。1/6

亡命ロシア人のオリガ姫が、「私ももう歳でくたびれたからそろそろ故国へ帰りたい」とレストランのオーナーに訴えたが、これまで通り日露のスパイを続けてほしいといわれて、泣く泣く引き下がった。1/7

正月にやってきた親戚の子供たちに、気前よく300万円もお年玉をばら撒いてしまったので、私は今年に予定していた詩集の処女出版を諦めざるを得なくなってしまった。1/9

オグロ選手は、私を美味い料理屋に連れて行ってやろうと考えていたのに、私が勝手にそこいらの一膳飯屋で晩飯を済ませてしまったのを腹立たしく思っていたとみえて、あっという間に行方をくらましてしまった。1/10

取り残された私は、裏通りをふらふら歩いているうちに、まわりが純白に輝くジュラルミン回路に入り込んだが、逝けども行けども出口に辿りつかないし、時々は背後から高速弾丸列車が通過するので、危なくて仕方がない。1/10

そのうち、前方の踊り場のような空間に濃紺の顔をした、ウルトラセブンの姿が見えた。私が「一刻も早くここから出て地上の駅まで行きたいのだが、どうすればいいか教えてくれないか」と尋ねると、ウルトラセブンは「もうすぐオグロがここにくるはずだ」と教えてくれた。1/10

十二所でいちばん早く咲く白梅を見に行ったら、花も木も枝もあとかたもなく消え失せていたので、こりゃ大変だ、夢から覚めて朝が来たら、すぐに現場へ行ってみなくちゃ、と焦った。1/10

ヤフオクの競売に、またしても500円差で敗退してしまい、悔しくて悔しくて、てんで眠れなかった。1/11

かこっこいい俺様は、有名な建築家がデザインしたかっこいいトップホテルのバーで、かっこいい服着て、かっこいいポーズを決めていたが、誰一人その俺様を見ている人はいなかった。1/12

「ああ、まんべんなく焼けたビーフカツを食べたいなあ」という要望が寄せられたので、うちの軍の料理人に頼むと、早速美味しいビーフカツを作ってくれた。1/12

野原であおむけになって、お天道様の激しい光を感じながら目をつむっていると、私の唇の上に、数多くのてふてふがとまって、羽根を休めているのに気付いた。1/13

マージャンなんて何十年もやっていなかったのに、サトウ君にヤクマンを振りこんでしまい、お金の持ち合わせなんか全然ないからどうしよう、困った困った、と冷汗をかいていると、有難いことに夢から覚めて夢だと分かった。1/14

敵の追跡から逃れるために、わしは長い間ほら穴の中に隠れ住んでいたが、その快適さがすっかり気にって、穴から出るときに、読み残したたくさんの書物を、そのまま穴に置いてきたほどだった。1/15

好いた女と奈良に旅立ち、昼間から旅館に部屋をとって、早く寝ようと思ったのだが、まだ女中が掃除しているので、布団が敷けない。仕方なく、夕方まで時間をつぶそうと町中を散歩していたら、女の父親と出くわして、女を無理矢理奪われてしまった。1/16

それで仕方なく知人のナラさん宅に逗留していた私は、ある日、ナラ宅を訪れた妙齢の美女と意気投合したので、一刻も早く寝たいと思ったが、まだ真昼なので、仕方なく、夜が来るのを待っていた。1/16

ところが夕方になると、東京からフマ君がやって来て、「これからナラ宅で、全世界アナキスト同盟の日本支部総会を開催する」と宣言したが、私はあまり興味がなかったので、くだんの美女と手に手を取ってフケた。1/16

会社の忘年会の余興に、地元の去年のものつくりコンクールで佳作に選ばれたひょっとこのお面を被って「アイハブアメン踊り」を歌って踊ったのだが、てんで受けなかった。1/17

留学はしたものの、現地の言葉がてんで分からないので、私は急いで語学学校に通うことにした。1/18

洞窟の奥に棲息していたその猛虎は、安全な隠れ家だと信じ込んでいた人々を、次々にゆっくりと喰い尽くした。1/20

コンサート会場には、大勢の人々がたむろしていたが、ここでは受付で名前を呼ばれた限られた人しか入場できなかった。「ミスタ・スティング」という名前が呼ばれると、私の隣にいた男が黙って入場していった。1/21

トランプ大統領の就任演説を聞きながら、刑事コロンボの妻がボタンをつけていたのは、冬物のガウンではなく、よれよれのレインコートだった。1/22

わが劇団では、今回木下順二の「夕鶴」を舞台にかけることになったが、座長が「今回は団員1名につき100名分の切符代を負担してほしい」といいだしたので、「与ひょう」役の私は、即座に退団した。1/23

ヤフオクで買ったばかりのCDプレーヤーのボリュウムを上げると、いきなり再生が停まる。何回やっても停まってしまうので、眼がさめてから実際にやってみると、やっぱり停まるので、夢にも値打があることが分かった。1/25

私は中国の田舎に派遣されて、土地を測量することになったのだが、あまりにも広大過ぎて、どこから手をつけていいのか考え込んでいるうちに、早くも3カ月が過ぎてしまった。1/26

私はその地方の「がっつき踊り」を踊るために、全速力で坂を下って皆と合流した。1/27

せっかくのメンズウエアの新ブランド発表会なのに、突然の大雨で出席者一同ずぶぬれになってしまった。すると新作のウエアを一着に及んだお寺の坊主たちが、徒党を組んで行進してきたので、雑誌の編集者やプレス関係の連中も、その後に続いていなくなってしまったから、主催者は泣いたり怒ったりしている。1/28

私は、夢中になってサボテン狩りをしていた。恐らくトップは私だろう、と思いこんでいたのだが、なんと最後の最後でナガオ氏に抜かれてしまい、虎の子の1万円札を取られてしまった。1/29

我が家を訪れた柔道家が、ぜひ私の家にも来てくれ、と言うので、訪問すると、庭の真ん中に、柔道着をきてポーズを決めた彼の銅像が建っていた。1/30

 

 

 

俺っち、三年続けで詩集を出すっすっす。

 

鈴木志郎康

 
 

俺っち、
ここに三年続けて、
詩集を出すっちゃ。
八十を過ぎても、
いっぱい
詩が書けたっちゃ。
俺っち
嬉しいっちゃ。
ウォッ、ホッホ、
ホッ、ホッ。

詩集って、
詩が印刷された
紙の束だっちゃ。
書物だっちゃ、
物だっちゃ。
物体だっちゃ。
欲望を掻き立てるっちゃ。
自分が書いた詩が
物になるっちゃ。
空気の振動が立ち昇ってくる
物体になるってっこっちゃ。
手に取ると、
グッとくる。
ヤッタアとくる。
ああ、その達成感が、
堪らないっちゃ。
ウォッ、ホッホ、
ホッ、ホッ。

この詩集ちう物体は、
人の手に渡るっちゃ。
肝心要のこっちゃ。
詩を書いたご当人が
詩人と呼ばれる、
世の中の
主人公になるってこっちゃ。
ところがどっこい、
世の中の人は、
ヒーローとは認めてくれないっちゃ。
せいぜい、
認めてくれるのは
知人か友人か家族だけっちゃ。
それでも、
いいっちゃ。
この世に、
言葉が立ち昇る、
詩集ちう物体を、
残せるっちゃ。
この世には、
物体だけが、
残るっちゃ。
ウォッ、ホッホ、
ホッホ、ホッホ。

 

 

 

俺っちの家族が皆んな笑ってたっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

焼け跡で遊んで、
腹へったあ、って、
家に帰ったら、
皆んなが、
大きな口を開けて、
笑ってたっちゃ。
ワッハッハッ、
アッハッハッ、
ハッハッハッ、
ヒョッヒョッヒョッ。
おふくろも、
親父も、
爺さんも婆さんも
兄も、
大口を開けて
笑ってるっちゃ。
おふくろは
身体を二つに折って、
笑ってるっちゃ。
何だか分からないけど、
俺っちも、
笑っちまったっちゃ。
敗戦後の、
一年経った頃のこっちゃ。
笑ってからは、
玄米を入れた一升瓶に棒を突っ込み、
棒を押し込み、
サックザックサックってね、
精米したっちゃ。
夕ご飯は、
かぼちゃ入りのすいとん、
毎日かぼちゃ、
かぼちゃ、
うんちが
黄色くなっちまったっちゃ。
アッハッハッ、
アッハッハッ。